4・旦那様とのご対面
話はトントン拍子に進み、すぐにでも来て欲しいという、ジャンヌ-ル侯爵の意向を受けて、5日後には旅立つ事となった。
シャローナには、すぐにでも手紙で報告しなきゃ。
きっと、驚くわね。
結婚が決まり、やるべき事を頭の中で整理しながら、ウキウキで荷物をまとめ始めるのだった。
出発の日、ライラと共に馬車に乗り込んだ。
護衛もおらず、お供はライラだけ。寂しい門出である。
お父様は涙を堪えているのか、目を見開いてひたすら怖い顔になってるし、アンナとユアンは祈りを捧げながら涙を流している。
「お姉さま、冷酷悪魔に身売りするって本当なの?っていうか、身売りって何なの?よく分からないけど、お姉さまが殺されるのは僕、嫌だよ!」
それは…私も嫌だわね。
セシルは、いろいろな噂を聞きかじったのだろうけど、物騒な事を言い出すし。
重いため息と共に、出発したのだった。
ジャンヌ-ル侯爵邸は、王都から、3時間程かかる場所にある。ラシェラと呼ばれる街で、王都に次ぐ大きさの都市。
海に近いこともあり海産物が多く取れる豊かな街だ。朝早く出発したので、昼には到着する予定と伝えてある。
換金出来る宝飾品はほとんど売ってしまったので、荷物は必要最低限なものだけである。
北に向かっているせいか、時間の経過と共に少し肌寒く感じてくる。
「お嬢様、寒くなってきました。こちらをお使い下さい」
ライラが私の首にふわりとマフラーをかけてくれた。
「ありがとう。暖かいわ」
ライラも、ジャンヌ-ル侯爵邸で働ける事になり、とても心強い。知らない場所で信頼できる味方がいるのは有難い。
ライラが働くのも許可してくれたし、ジャンヌ-ル侯爵って…噂ほど悪い人じゃないのかしら?
少なくとも、我がアルクレスタ伯爵家にとって救世主であることは、間違いないわね。
ライラとお揃いのマフラーを巻いて、おしゃべりなどしていると、あっという間にジャンヌ-ル侯爵邸に到着した。
「ここがジャンヌ-ル侯爵家…冷酷悪魔の棲みかね」
大きくて立派な豪邸を見上げながら小声で呟く。
吐き出した息が白くなって消えていく。
「う~寒いですね!お迎えはまだでしょうか」
ライラが両手を擦り合わせながら門から中を覗いている。
花嫁が到着するっていうのに、ジャンヌ-ル侯爵ってずいぶんのんきな男ね。
そう思いながら、ライラと一緒に邸宅内を覗いていると、3人の男性がツカツカとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
騎士たちだろうか。腰に立派な剣を携えている。
真ん中にいる長身の男性は、思わず目を奪われる程の美形だった。
キリリと引き締まった目元。ブルーブラックの瞳が美しい。
すらりと細い鼻梁。緩やかに艶めく黒髪が印象的で、一度見たら忘れられない魅力に溢れていた。
後ろにいる2人は部下なのだろう。
真ん中の男性の一歩後ろを歩いている。
門が開き、3人が私とライラに目を止めた。
不審げに上から下まで見られている。
怪しまれている事は明らかだった。
「えっと、わたくしは…」
気づけば寒さのあまり頭から首まですっぽりとマフラーで覆っていた。
確かに不審者に間違われても仕方ないかもしれない。慌ててマフラーを取ろうとした瞬間に、小馬鹿にした声が降り注いだ。
「ほう。正門から入る強盗か。大胆な奴らだ」
気が付くと、すぐ目の前で美形が腕組をしながら、睨んでいた。
「お嬢様に向かって…強盗とは…無礼ですよ!お嬢様は…」
ライラが美形に向かって抗議すると、不機嫌そうに眉をひそめた。顔が整っているだけに、凄みがある。
「護衛も付けずに、ずいぶん危機感のないお嬢様だな」
そりゃあ、お金さえあれば護衛くらい雇ったわよ。
でも、無いものは仕方ないでしょう!
この無礼な3人は、ジャンヌ-ル侯爵家が抱える騎士たちという所かしら。
いいわ。見てなさいよ!侯爵夫人になったら泣くほど後悔させてやるんだから。
私は、真っ直ぐに、美形の目を見ながら咳払いをすると、声高に告げた。
「わたくしは、アルクレスタ伯爵家のものです!ロイアス・ジャンヌ-ル侯爵の妻としてこちらに参りました」
驚きで、美形の目が見開かれる。
思わずドキドキしてしまった。
煌めく瞳に吸い込まれそう。
あ~もう、どうしてこの人こんなに顔が整っているのよ!悔しい。
さっきのドキドキ、撤収したいっ。
「そうか。今日だったか。すっかり忘れていた」
そう言うと、美形は、意地悪く微笑んだ。
ヒィィィ~!美と邪悪が共存してる。
悪魔よ!悪魔の微笑みだわ!
「ロイアス・ジャンヌ-ルだ。ようこそ。俺の花嫁」