21・愛を告げる時
私は、ロイアスの声を聞いて、瞬時にジョセフの腕をすり抜けた。
最後尾にいたおかげで、周囲には見られてなかったのは救いだったけど、壇上に上がっていたロイアスにはバッチリ見られていたのね。
よりによって、ロイアスに見られるなんて…!
浮気じゃないけど!これはいわゆる不可抗力というやつで…断じて浮気じゃないけど、襲い来る罪悪感…。
人波をかき分けて私に向かってくるロイアスを見て、周囲の人達が何事かと、一斉に振り返る。
あ、危なかった。
もう少しジョセフから離れるのが遅かったら…
想像しただけで恐ろしいわ。
今になって、心臓のバクバクが止まらない。
目の前に来たロイアスが、私の腕を掴んだ。
そして、素早く私を守るように背中に回すと、ジョセフを睨み付けた。
「貴様、アリエルに何をしていた?よほど、この俺を怒らせたいみたいだな。本気で俺を敵に回すつもりか?」
怒りを溜め込んだ静かな声。背筋が凍りそうになる程、冷たい言い方。
叫び散らすよりもずっと怖い。
ジョセフは、ロイアスの視線を真っ直ぐに受け止めると、意を決したように口を開いた。
「ジャンヌ-ル侯爵…わたしは…」
待って。
ちょっと… 待って! ジョセフ!
一瞬にして青ざめたわ。
まさかとは思うけど。
私の事がす、好きだ、とか、ロイアスに言わないわよねぇ!?
そうなったら、大変よ!伯爵家の長男が侯爵家の妻に懸想しているなんて知られたら、身分第一主義の貴族社会じゃ生きていけないわ。
ましてや、皇帝のお気に入りであるロイアスのつ、妻である私に!
早まってはダメよ、ジョセフ!
「ジョセフ!だめよ!言ってはだめ!」
ジョセフの口を塞ごうと、勢い良く前に飛び出した。何としても、波乱の告白を阻止しなければ!
「わたしは…昔から…欲のない子供でした」
とっとと…急に勢いが削がれて、ズッコケた。
ロイアスが視線はジョセフに向けたまま、無言で床にひれ伏す私を抱き上げてくれた。
ううっ。泣いていいかしら。
我ながら恥ずかしすぎる!
「それで?何が言いたい?昔話でも始めるつもりか?要点をまとめろ」
苛立ったロイアスに対して、ジョセフは冷静だった。うっすらと笑みを浮かべながら、私に視線を移してきた。
「生まれて初めて、心から欲しいものが出来たのですよ。どんな手を使ってでも、手に入れたいと思えるものが」
「それがすでに、他人のものであってもか?」
「ええ。欲しいですね。一度は諦めようとしましたが。どうやら無理なようです」
私を見るジョセフの視線に強い決意のようなものを感じて、ゴクリ、と息を飲んだ。
私の知っているただ穏やかなジョセフとは、別人のよう。
隣に立つロイアスからは、冷気と殺気を感じるし。
どちらを向いても、今の私に逃げ場は無さそうね。
「アリエルは…ジャンヌ-ル侯爵の事を愛しているのかい?」
はい?
不意打ちの質問だった。
「2人は愛のない結婚だと聞いているのだが、本当の所はどうなのだろう?アリエルの気持ちを聞かせて欲しい」
ジョセフの本気の瞳。
怖さすら感じる程に真っ直ぐだった。
どうやら嘘や誤魔化しは、許されない状況みたい。
相手の本気には、こちらも本気で答えなくては。
「私は…」
愛してる…そう言えたらどんなに良いだろう。
ロイアスに対するこの思いは、すでに愛と呼べるものだと思う。
でも…ロイアスはどうなのかしら。
ロイアスの落ち着かない様子を見て、直視できずに視線をそらしてしまった。
ロイアスが、明らかに動揺しているわ。
そうよね。最初に言われていたものね。
私を愛することはないし、愛して欲しいとも思わないって。
あの時は…私だって同じ気持ちだったのに…。
いつの間にか、ロイアスの事を…愛してしまった。私の手で幸せにしたいと思うほどに。
でも、私の気持ちを伝えるにはまだ早い気がする。
せっかく、ロイアスとの距離も縮まって、「白い結婚」とはいえ、仲良く過ごしているのに。
やっと、イザベラとの事が片付いたばかりだもの。ロイアスの女性不信が完全に治るまで、私の想いは封印した方がいいわよね。
それにはもう少し時間が必要だわ。
でも、「愛してない」なんて、言えない!
だって、愛してるもの。
嘘はつきたくない。でも、真実は言えない。
ど、どうすればいいのよ~!
わずか数秒の間に、いろんな思いが交錯する。
困り果てた視線の先に、ロイアスがいる。
不安そうに俯いているロイアスを見ているうちに、私の内側から、愛しさが溢れてくる。
暖かいものに包まれてしまう。
ああ…完全に私の負けよ。
あれこれ考えても、ロイアスを前にすると全て無駄なんだわ。肩の力を抜いて。
素直に想いを伝えよう。
片思いだって、構わない。
「愛してい…」
愛してるわ、ロイアス。
「待て!何も言うな!こんなバカな質問に答える必要はないぞ!」
私の決死の告白が、ロイアスの怒鳴り声で遮られてしまった。いきなりの大声にビクッ!として、最後の「る」が言えなかったわ!
何とも、中途半端な告白に終ってしまった。
ロイアスが私の手を取る。
「帰るぞ、アリエル!」
表情を強張らせて、スタスタと早足に進むロイアスに、必死に付いていく。
「ち、ちょっと…ロイア…ス」
震えてる!?
私の手首を掴んでいるロイアスの手が、小さく震えているのが分かって、何も言えなくなってしまった。
ロイアス…そんなに…私の気持ちを知るのが嫌なのね?
そう…そうよね。愛のない結婚なはずが、いきなり「愛している」なんて言われたら困るものね。
きっと、ゾッとして寒気が来たんだわ。
震える程に嫌がるなんて。
私…何か勘違いしていたのかもしれない。
もしかしたら…なんて、都合の良い勘違いを。
ロイアスの優しさに、甘えていたんだわ。
ズキンとした痛みが、胸を刺す。
振り返ると、遠ざかる視界の隅に、自嘲ぎみに微笑むジョセフが見えた。




