2・ロイアス・ジャンヌ-ル侯爵について
ロイアス・ジャンヌ-ル侯爵。
先の大戦で隣国、ロキシアニを制圧し、パルシャン帝国を強国へと導いた人物。若干17歳にして天才的な戦略で次々と戦に勝利し続けた。戦が終わり、国に帰還すると国民からは英雄として讃えられた、生きた伝説とも言える凄い人。
そんな国民的英雄であるジャンヌ-ル侯爵様なのに。
23歳にして未だに独身である。
理由は、誰も結婚したがらないから。
もちろん、こんな優良物件を貴族の女性たちがほったらかしにするのには理由がある。
「冷酷悪魔」
これが、ジャンヌ-ル侯爵の異名。
命乞いをしてきた敵を次から次に、容赦なく切りつけ、敵軍からは「悪魔だ!」と狂ったように叫ばれた事が由来だと言われている。(諸説あり)
とにかく、戦バカのヤバい人らしい。
3年前に事故で亡くなった前侯爵夫妻も、実はジャンヌ-ル侯爵様の仕業ではないかと言われている。
気に入らない事があれば、身内にすら剣を向けるという、残忍な男。
仲の良かった貴族の友人たちとティーパーティーを開き楽しんでいた時は、よく冗談で言われていたもの。
「冷酷悪魔と結婚するよりはマシだわ」って。
誰もその冷酷悪魔に会ったことはなかったけど。
「どうやら、容姿も醜いらしいわ」
と、誰かが言えば、間違いないわね、とみんなで同意した。いつの間にか、ジャンヌ-ル侯爵は身も心も醜い悪魔の化身のような男として貴族の女性達に浸透していった。
「そういえば、皆さまお元気かしらね」
倒れたライラをベッドに寝かせて扇で仰ぎながら、毎日のように着飾り、ティーパーティーを開いていた頃を思い出していた。
あの時、友人だと思っていた人達は、私が没落してからは一切連絡が失くなった。
ただ一人、伯爵令嬢のシャローナ・ブルアンを除いて。
シャローナは、ティーパーティーでの口数は多くなかったけど、いつも優しく微笑んでいた。可愛らしい顔立ちをしていて、ドレスのセンスも良い。
上品なしぐさには気品が溢れていて、私は密かに好感を持っていた。
没落し、邸宅を出る最後の日、シャローナが訪ねてきてくれた。
「アリエル様、お辛いでしょう。大変でしたわね」
優しく、労るように両手を握られて、涙が止まらなかった。
「わたくしに出来ることがあれば、遠慮なく、何でも仰ってくださいね。わが伯爵家の領地で取れた小麦で作るパンは、絶品ですの。ぜひ、食べていただきたいわ。今度、お持ちしますね」
涙で目を潤ませながら、微笑まれて、思わず抱き締めてしまった。惚れちゃうわ。私が男だったら、絶対に惚れてる!
本当に嬉しかった。こんな状況になっても、気にかけてくれる人がいると思うだけで胸がこんなにも、暖かくなるのね。
没落と引き換えに、私は真の友人を得たのだった。
その後、シャローナとは、時折会ったり、手紙をやり取りする仲となり、お互いに名前で呼び合う程に親しくなった。最近も、領地で取れる小麦を使ったパンを持ってきてくれた。シャローナが持ってきてくれるパンは本当に美味しくて、最後にはセシルと奪い合うようにして食べてしまった。
シャローナはそんなアリエルとセシルを微笑みながら見ていた。
「アリエル、そう言えば、わたくしには兄がおりますの」
年齢は21歳との事。シャローナと同じく金髪に碧眼なのかしら。
シャローナの兄ならきっと、素敵な男性に間違いないわね。
「アリエルの話もよくしてますのよ」
「ブッ!」
飲んでいた紅茶を吹き出してしまったわよ。
こんな没落令嬢に明るい話題なんかないわ。
一体どんな話をしているのやら。
悪い予感しかしないのだけど。
「明るくて、可愛らしくて、大変な状況の中でも強く逞しく生きていらっしゃる。わたくしの自慢のお友達だって」
「シャローナ…」
そんな大層な生き方はしていないけど、そう言って貰えるのはやっぱり嬉しかった。
「あまり女性には関心のない兄ですが、アリエルに会いたいと言ってましたの。アリエルさえ良ければ、ぜひ今度兄に会って頂きたいわ」
「ええ。ぜひ。わたしも会ってみたいわ。シャローナのお兄様に」
好奇心がムクムクと湧いてきた。
親友の兄なんだもの。出来れば仲良くなりたいわ。
「それでは、決まりですわね!兄は王宮の騎士団に入っておりまして、忙しそうですが、希望すればお休みは取れると申してましたわ」
シャローナは嬉しそうに手を叩くと、すぐに、兄に伝えなくては!と嬉々として帰っていった。
その次の日、早速、シャローナが兄のジョセフを連れて家に遊びに来てくれた。
ジョセフは、シャローナと同じ碧眼が美しく、爽やかな好青年だった。
語り口も柔らかく、優しさが滲み出ている。
「はじめまして。アリエル。シャローナからいろんな話を聞いていてね。会いたかったよ」
真っ直ぐに目を見て笑いかけてくれるジョセフに、私は一目で好感を持った。
昨夜、ジョセフが偶然にも帰省してきたらしい。忙しい中、わざわざ会いに来てくれて嬉しかった。ジョセフは、私達の為に珍しいお菓子や食料を持ってきてくれた。セシルはオモチャをもらって大喜びしていたし、和気あいあいと、楽しい時間を過ごしたのだった。
また合う約束をして別れたけど。
あら?ちょっと待って。王宮の騎士団と言えば…それこそ、ロイアス・ジャンヌ-ル侯爵が団長として君臨している組織じゃないの!
という事は…ジャンヌ-ル侯爵と、ジョセフは…。
「知り合いかもしれないわね」
ポツリ、とひとりごちた。