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17・家族との再会

「ずいぶん久しぶりに感じるわ…」


実家に着いて、我が家を見上げる。

相変わらずの…ボロ家!久しぶりに見るせいか、迫力がある。

隣に立つロイアスは、言葉と顔色を失っている。

あんな豪邸に住むロイアスに取って、この家はあまりにもショック映像だと思う。


「あ、あの…ロイアス…信じられないかもしれないけど…これが…」


「アリエル…そうか!アリエルも馬を飼っていたのか!」


急になぜか顔を綻ばせるロイアス。


う、馬!?はて?と首を傾げた私を見て、ロイアスが実家を指差した。


「あれは、馬小屋ではないのか?実家はどこにあるんだ?」


「ハハハ。馬小屋ではありませんよ。あれがわたくしの実家です」


「な、なんだと!?あの馬小屋に人間が住んでいるというのか!?」


苦笑いの私を前にして、驚愕の表情を浮かべるロイアス。


ええ。住んでいますとも!

そして、何度も言うけど馬小屋ではない。


「それは…失礼したな。決して悪意はなかった。許せ」


慌てるロイアスが面白くて、笑ってしまった。悪意が無いのはしっかり伝わっているわよ。


「さ、さあ、早く馬小屋に行くぞ!」


意気込むロイアス…しつこく言うけど馬小屋ではない。


「みんな~!ただいま帰りました!」


張り切って玄関を開けて中に入ると、全員の視線が私に向いた。静まり返った一瞬の間が過ぎると、大騒ぎになった。


真っ先に私の胸に飛び込んで来たのはセシル。 


「お姉さま!会いたかったよぉ!冷酷悪魔に殺されてなかったんだね!生きててくれて良かったよ~!!」


「お嬢様!ご無事で何よりですわ」


アンナとユアンが抱き合って喜んでいる。

お父様は、私には近寄ろうとせず、部屋の端にポツンと佇んで、必死に涙をこらえていた。


「お姉さま、このカッコいい男の人、だあれ?」


セシルが目をパチクリさせながら、ロイアスを見上げている。セシルから熱視線を送られたロイアスは中腰になって、セシルの頭をグリグリと撫で回した。


「ほう。…やはり似ているな。小さなアリエルではないか!なんと愛らしい…」


勢いよくセシルの頭を撫で回すせいで、セシルの髪の毛がぐしゃぐしゃになってきた。

何て言うか。やっぱり不器用よね。

ロイアスって。


それにしても、ロイアスの口から「愛らしい」なんて言葉を聞くとは思わなかった。

さすがは小悪魔セシル。


「お兄ちゃん!痛いよ!僕、目が回ってきた」


「ああ!すまない」


ロイアスが慌てて手を離すと、セシルが髪の毛を整えながら聞いてきた。


「それで?このお兄ちゃんは誰?」


皆の困惑した視線を感じる。

早いところ、紹介した方が良さそう。


「みんな。紹介するわね。こちらがわたくしの夫、ロイアス・ジャンヌ-ル侯爵よ」


「え~!!」


大きな声が上がった。アンナとユアンは驚きすぎて腰を抜かしてるし。部屋の端にいたお父様はツカツカとロイアスの前に来ると、頭を下げた。


「あなたがジャンヌ-ル侯爵様でしたか。ご挨拶が遅れてしまいました。申し訳ございません。わたくしがアルクレスタ伯爵家の当主でございます。娘が大変お世話になっております」


神妙な言い方に、ロイアスへの警戒心が滲んでいる。


「いや。事前に連絡もせずいきなり訪ねてきたのは私の方です。どうか顔を上げて下さい。私達はすでに家族なのですから」


ロイアスの優しい言葉がお父様は相当意外だったのか、一瞬、戸惑った表情を見せてからゆっくりと微笑んだ。ロイアスの人柄を垣間見て、ほっとしたのだろう。


「全然噂と違うね!ロイアス様、すごくカッコいい!!」


興奮しながらセシルが言うと、ロイアスは目を細めてため息を洩らした。


「己の醜さは承知している。セシルよ…気を遣う事はないぞ」


ロイアスの言葉に、セシルが焦った様子で私に耳打ちしてきた。


「ロイアス様…ちょっと…何言ってるか分からないんだけど…」


セシルが困惑している。無理もない。

絶世の美男子が自分の事を醜いだなんて。

イザベラの呪いは根が深過ぎるわ。


このロイアスの自己評価低すぎ問題はどうしたものかしら。


ため息を付きたいのは私の方よ~!


「セシル。ロイアス様は、冗談を言っているのよ。冗談が大好きな陽気な方なの。オホホ」


「な~んだ!冗談か!僕、ビックリしちゃったよ。ロイアス様って面白いね!」


さすが子供!すんなり信じてくれて良かったわ。セシルは、すっかり気を許したようで、ロイアスの腕に掴まって遊んでいる。


「ロイアス様、こちらにどうぞ。すぐに紅茶をお入れしますわ」


アンナが紅茶の準備を初めて、みんなでソファーに腰掛けた。隣に座っているロイアスを見ながらものすごく不思議な気がする。いつの間にかロイアスもお父様と話が弾んでいるようだし。セシルはロイアスの隣に座って嬉しそう。家族になるって、こういうことなのね。


家中を見渡すと、家具やインテリアが変わっている事に気が付いた。破れてボロボロだったカ-テンやカ-ペットは新しくなっているし、テーブルもソファーも新品。食器や花瓶も欠けたものがない!


以前より生活の質が向上しているのは明らか。

アンナの入れてくれた紅茶も香りが良くて美味しい。


白湯と変わらない程に薄めた紅茶を飲んでいたのが嘘みたい。

全部ロイアスのおかげね。

改めて、感謝しかない。


「ねぇ、ロイアス様、僕のお姉様はとっても可愛いでしょう?僕の自慢のお姉様なんだよ!」


セシルが、ロイアスの前で堂々と胸を張りながらとてつもなく恥ずかしい事を言い出した。

ロイアスの反応が怖いっ!まだまだ言葉を続けそうなセシルの口を慌てて塞いだけど、時すでに遅し。


全員でロイアスの返事を待つ微妙な空気になってしまった。


どうするのよ~!この間は!


焦り始めたその時、紅茶を飲んでいたロイアスが手を止めて、セシルの頭を優しく撫でながら微笑んだ。


「ああ。アリエルは可愛い。俺に取っても自慢の妻だ」


セシルの顔が、パアァァッ!と明るくなり、「そうだよね!そうだよね!」と繰り返している。私は顔が赤くなっているのが自分でも分かって恥ずかしさで胸が一杯だった。

でも、同じくらい嬉しかったのも事実。


お父様とアンナとユアンが同時に泣き出したのはさすがに驚いたけど。


「幸せなんだな、アリエル」


お父様の涙の呟きに「ええ。幸せです」と、答えることが出来た。この返事に嘘はない。


例えロイアスが私を愛していなくても、愛する人と一緒に過ごせる私は幸せだもの。


それから、みんなで食卓を囲み、賑やかな夕食となった。急な発熱のせいで、同行出来なかったライラの様子も伝えると、セシルがライラを恋しがって、「次は必ず連れてきてね」と念押しされてしまった。


ライラは、体調を崩す事が多い。元々、虚弱体質なのだろう。

発熱と貧血の頻度は少なくない。

今回はなぜか、カイルが「ライラさんの看病ならお任せください!」と張り切っていたから任せてしまったけど。

大丈夫かしら…若干、不安が残るのよね…。


久しぶりに家族の会話とアンナの手料理を味わって満足した私は、強烈なに眠気に襲われて、ソファーに腰掛けたまま、眠りについていた。


夜中に喉が乾いて目が覚めると、きちんとベッドに横たわっていた。きっと、ロイアスが私をベッドまで運んでくれたのだろう。


水を求めてキッチンへ行くと、お父様とロイアスが向かい合ってお酒を飲みながら何やら話をしていた。立ち聞きするつもりはなかったけど、何となく声を掛けづらくて、思わず身を隠してしまった。


「実は、ひとつ頼みがあるのです。は、伯爵の事を…その…お義父様…と、お呼びしてもよろしいでしょうか?」


気恥ずかしいのだろう。しどろもどろになりながら、ロイアスがお父様に問う声が聞こえた。


「も、もちろんです!そう呼んで頂けたら、大変光栄です。今やロイアス様は私の…私の大切な…息子なのですから!」


思いっきり照れながらお父様はそう言い放つと、照れ隠しに勢いよくお酒を飲んだ。

うん。これは、かなり感激している様子。

涙目になって、ブルブルしている。

相変わらず怖いお顔だわ。

見慣れたせいか嫌いじゃないけど。


ロイアスはそんなお父様を微笑ましく見つめている。二人の間にほんわかとした空気が漂っているのは気のせいかしら。


すっかり打ち解けたようで良いことだけど。


何だか背中がムズムズするわね。


男同士向き合って、照れあって、何をやっているのやら。


何だか見てはいけないものを見てしまった気分…。


「それで、その、少々気になったのですが、皆で暮らすにはさすがにこの家は狭すぎるのではありませんか?」


コホン、と咳払いをしながら、ロイアスがお父様に言った。


ロイアス…少々どころか、本当は、ものすごく気になっているわよね。何しろこの家を馬小屋扱いしたくらいだもの。


それでも随分と、オブラートに包む言い方をしてくれた。お父様に気を遣って丁寧に接してくれているし、使う言葉も選んでいる。

そんな事が、素直に嬉しい。


お父様は、ロイアスの言葉に深く頷きながら顔を曇らせた。


「ええ。おっしゃる通りです。以前の邸宅は売りに出してしまいましたし、今の私に買える家はここだけでした。私のせいで、家族と使用人には不自由な思いをさせております。情けない事です」


「そうでしたか…」


「アリエルにとっても、今は亡き母との思い出が詰まった家でしたので、あの家を離れる事は相当辛かったはずですが、あの子は…バカな私を責める事もせず、愚痴も言わず、ただ、ひたすら、解雇した従業員の再就職探しに奔走しておりました」


「フッ。アリエルらしいですね…」


「ええ。本当に。自分の事の事は後回しにしてでも、目の前で困っている人の為に一生懸命になる子なんです。そういう…優しい子なんです」


お父様の泣き声が聞こえ始めた。

困った。出ていくタイミングを完全に失ってしまったみたい。


「今日、ロイアス様にお会いして、本当に良かったです。心底、ほっといたしました。アリエルが結婚してこの家を出ていってから、毎日後悔しておりました。アリエルに手紙を出しても返事はありませんでしたし。辛い思いをしていないか。泣いているのではないか。考えると夜も眠れずにおりました」


そ、そうだったのね…。


お父様…申し訳ありません。

お父様が眠れぬ夜を過ごしていたというのに…。

私は侯爵家で、毎晩、熟睡しておりました…。

皆に大事にしてもらい、美味しいものを食べさせて頂き、肥えてしまったくらいです。

あしからず…。


忙しくても手紙の返事は何としても書くべきだった。私の怠慢のせいで、余計な心配をさせてしまったみたい。

お父様への申し訳なさで、しんみりとしていると、ロイアスの静かで優しい声が聞こえてきた。


「今夜からは、ぐっすり眠れるでしょうか?」


「ええ!すぐにでも眠れそうです!」


ガハハハハ!と涙目のまま、豪快に笑うお父様。

心底、嬉しそうな笑顔を見て、私も胸が熱くなった。


「アリエルとロイアス様のお陰で、借金は全て返済できましたし、あとは事業を拡大させて、また以前のような生活を1日でも早く取り戻せるように全力を尽くします!」


「ですが、くれぐれも無理はしないように頼みます。おと…おと…お義父様が体調を崩したらアリエルが悲しむでしょうから」


「…初めて、呼んでくれましたね。お義父様と」


「そう、ですね…」


いやだ。この二人、また、ほんわかしてるわ…。

見ている私が恥ずかしい。


「何年かかるか分かりませんが!必ずや…」


だいぶ酔いが回ったのか、虚ろな目をしていたお父様が、突然、「ゴンッ!」とテーブルに額を打ち付けた。


激しい音に驚いた私は、声を上げそうになってしまってかなり焦った。


お父様は「必ずや…必ずや…」と呟いてから、寝入ってしまったようで、大きないびきが聞こえてきた。


ロイアスは椅子の背もたれに掛けてあったブランケットを手に取ると、そっとお父様の肩に掛けてくれた。


ロイアスったら、本当に優しいわ。

不覚にも、キュンとしてしまう。

お父様に対して優しさと敬意を持って接してくれるロイアスに、感謝の思いが溢れてくる。

胸が、バクバクする。おかしいわ。

息をするのが、苦しいもの。


私はその場を離れると、自室に戻ってベッドに潜り込んだ。喉の乾きも忘れて、目を閉じていると、しばらくして、ロイアスがベッドに入ってくるのが分かった。

「おやすみ、アリエル」

ゆっくりと私の髪を撫でるロイアス。

ロイアスの甘い声が耳元で聞こえて、ドキドキして一瞬、体を震わせてしまった。


ばれた?実は寝てないのバレたかしら?

どうしよう。気まずい。


ドキドキして目を固く閉じていると、ロイアスの寝息が聞こえてきて、ホッとした。


私は今夜、とても眠れそうにない。


翌日、みんなで楽しい時間を過ごした。

帰る頃には、セシルがごく自然にロイアスを「お兄様」と呼んでいた。すっかり懐いて、別れを最後まで惜しんでくれた。


「ぜひまた、遊びに来てください」


お父様の声に、「ええ、必ずまた来ます」とロイアスが力強く頷いていた。


「家族とは…良いものなんだな」


ロイアスが帰りの馬車でしみじみ言った。


「俺の父親はとても厳しい人だった。正直、心を開いて語り合った事はない。お互いに真正面からぶつかり合うのを避けていたからな。義理の母親や、イザベラの事で嫌気がさしていたせいもある。もっと、いろいろ話をしておけば良かった。少しは分かり合えたかもしれない。今となっては遅いがな」


窓の外を見ながら遠い目をするロイアスの横顔が少し悲しげで胸が痛む。


「そうだったのね…」


「実は昨夜、アリエルの父上と酒を飲みながらいろいろ語り合ったんだ。実に楽しい時間だった。自分の父親が生きていたらこうして話す事もあっただろうかと思ったな」


ロイアスがお父様と打ち解けられないままお別れしてしまった事を後悔しているのが伝わってくる。ロイアスが私のお父様に対して礼を尽くしてくれるのは、亡くなった自分のお父様を重ねている所もあるのかもしれない。


「アリエルの父上は、愛情深い方だな。俺は学ぶことが多いと感じているんだ。アリエルがアリエルである理由が分かった気がした」


「ふふ。随分と仲良くお話していたものね」


「はっ?見て…いたのか?」


あっ!しまった。


バカバカ!私!覗き見していた事をわざわざ自分でばらしてどうするのよ!!


目を白黒させて動揺する私を見て、ロイアスが肩を揺らして笑い始めた。


「俺の妻は、覗き見も、寝たふりも上手いんだな。覚えておこう」


満面の笑みをしながら。

ロイアスの大きな手が、私の頬にそっと、触れた。

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