14・ベッドで…何してるのよ!
夕食の時間になり、シャローナと食堂へいくと、すでにロイアスが席についていた。
ロイアスは、私とシャローナを見ると、少し照れたような笑みを見せてくれた。きちんと正装しているロイアスは、いつもよりも素敵に見えて、直視できずに困ってしまう。
「ジャンヌ-ル侯爵様、本日は急な訪問にも関わらず、ご夕食にお誘い下さり、ありがとうございます」
シャローナの挨拶に、ロイアスが目を細める。
今日はすごく機嫌が良いみたい。シャローナに好感を持っていることが伝わってきて、嬉しくなる。
「楽しい時間が過ごせたようで良かった。存分に飲んで、食べてくれ」
目の前のグラスにワインが注がれ、夕食が始まった。料理長が張り切ってくれたようで、いつもに増して華やかで豪華な料理が並んだ。美味しい食事を頂きながら三人で談笑する時間は心地よく、あっという間に時間が過ぎていった。
「侯爵様、そういえば、わたくしの兄は、王宮の騎士団に所属しておりますの。ジョセフ・ブルアンという名前に覚えはございますか?」
シャローナの質問に、ロイアスは一瞬、考えてから口を開いた。
「私の隊にはいないのだが、ジョセフ・ブルアン伯爵の名は聞いている。確か第三部隊に所属していたと思うが…とても優秀だと評判だ。そうか。そなたの兄か」
シャローナの兄が王宮の騎士団にいると知って、ロイアスも驚いたようだ。
騎士団は大きな組織で、ロイアスが団長を務める第一部隊を始め、確か、第五部隊まであるのよね。
同じ部隊じゃなければ、話すこともないかもしれないけど、ロイアスが名前を知っているくらいだから、ジョセフが優秀なのは間違いないわね。
「離れて生活しているので、なかなか会う機会がないのですけれど。活躍しているようでわたくしも嬉しいですわ」
ジョセフをを誉められて嬉しいらしく、シャローナが満面の笑みを浮かべた。ジョセフは、とても感じの良い方だったもの。
私もジョセフが誉められて嬉しい。
ライラが食後の紅茶を入れながら、侯爵様に目配せしたのが分かった。すかさずロイアスが、コホン、と得意気に咳払いすると、「今夜は特別なデザートをご用意致しました」と言いながら、ライラが運んできたあるものを見て、恐怖に震えた。
スイカだった。大きなスイカが近づいてくる!!
隣にいるシャローナと、二人して抱き合ったわよ!
「そうか。抱き合うほど嬉しいとは。ライラから、そなた達が、スイカが好物だと聞いてな。急ぎ取り寄せたのだ。間に合って良かった。さあ、遠慮なく食べるといい」
どこをどう見たら私達が嬉しがっているように見えるのかしら?
私とシャローナは怯えてるのよ~!
やっぱりちょっとロイアスってずれてると思う。
ド-ン!と目の前に置かれた大きな大きなスイカ!この時期にこんな立派なスイカを取り寄せるなんて、さすがは侯爵家と言いたいところだけど、こんな所で無駄に権力使わないで!と叫びたいのが本音。
ああ…ロイアスの目が…キラキラしてる。
期待に満ちた目で、私達を、見ているわ。
どうやら、ここは喜んでおいた方が良さそうだけど。困ったわ!笑顔が作れない!
「ま、まあなんて美味しそうなスイカですこと。オホホホヘホ~」
さすがのシャローナも声が裏返ってるし。
凍りついてるわたしの耳元で、ライラが囁く。
「お嬢様とシャローナ様がスイカの話をしているのがチラッと聞こえたもので。お二人はスイカを食べたいのだとすぐに分かりました。わたくし、勘が良いのですよ。すぐに侯爵様にお伝えして、無理をしてご用意頂きました」
ライラ…やっぱり聞いていたのね。どこまで聞いていたのかは謎だけど。本当にクビ宣言しちゃおうかしら。私の気持ちも知らず…ニコニコしたこの笑顔は、誉めて欲しい時の顔よ!全く余計な事をしてくれるものだわ!
内心の怒りに耐えながら、私はどうにか微笑んだ。
「まあ。本当に美味しそうなスイカだこと。大きくて、立派で…本当に恐ろしい…いいえ、美味しそうだこと。ねぇ、シャローナ?」
「え、ええ。本当に。大きすぎて、わたくし、少しばかり怖じ気づいてしまいそうですわ」
シャローナと目を合わせながら、ホホホホホホ!と高らかに乾いた笑いが響き渡ったのだった。
その夜、宣言通り寝室にロイアスがやってきて、やや緊張しながらも、二人でベットに入った。
気恥ずかしくてロイアスの顔がまともに見られない。
しばらく、横を向いて呼吸を整える。
2人で眠るのはあの初夜以来だわ。
ドキドキしながら、ロイアスの方を振り向くと、せっせと円形の砥石で剣を研いでいる所だった。驚きのあまり「ぎゃあっ!」と、叫び声を上げてしまった。
「ロイアス!ベッドに剣を持ち込むなんて!怖すぎるわよ!」
ぜいぜいと肩で息をしながら抗議すると、「ああ。これか。気にするな」と一言。
気になる!気になりすぎて眠れない!
「いざとなれば、この剣でアリエルの事は守るつもりだ。安心して眠るが良い」
剣の先端をギラつかせながらロイアスが言った。
いやいや…その剣が怖くて眠れないわよ。
どうにか剣を鞘に収めてもらい、やっと平和な夜が来た。
ロイアスが横になると、お風呂上がりのせいか、ほのかに石鹸の良い香りが漂う。クンクンとロイアスの体に鼻を近づけてしまって、そんな自分にギョッとする。
これじゃ、まるで変態ね!しっかりするのよ、アリエル!
不思議そうに私を見下ろすロイアスと目が合って、慌てて体を離した。
「き、今日はシャローナを夕食に招待してくれてありがとう。大切な友人をもてなしてくれて嬉しかったわ」
「いや、礼などいらぬ。夫として当然の事をしたまでだ。シャローナは、とても性格が良いのだな。さすがアリエルの友人だ」
いたずらっ子のような微笑みを浮かべながら、顔を斜めに傾けたロイアス。艶めいた黒髪がさらりと揺れて、男の色気が私を直撃してくる。ロイアスは全く無自覚なのが恐ろしい。可愛いのに、色気があるなんて反則よ。せめて、どちらかにしてくれなきゃ、心臓が持たないわよっ!
「実は、少し困ったことがあってな」
身悶える私を完全に無視したロイアスが、封書を手渡してきた。
開けてみると、王宮からの招待状だった。
「近々、皇帝の誕生日を祝うパーティーが開かれる。帝国中の貴族が集まるだろう。俺は理由をつけて今まで参加したことはないのだが…俺が結婚したことがバレてしまったらしい。夫婦で参加するようにと、使者まで寄越してきた。今回ばかりは参加しないとまずいかもしれん…」
ガックリと肩を落としながら、ロイアスが顔をしかめる。落ち込んでいるロイアスには申し訳ないけれど、隣で私は一人ほくそ笑んだ。ロイアスが社交場に行きたがらないのは知っているけど、これは、噂を払拭するチャンスよ!ロイアスには是が非でもこのパーティーに参加してもらうわ。
「ロイアス。これはチャンスよ!パーティーに出席するわよ。早速、街に買い出しにいくわ!」
「そうか。買い物か。すぐに選りすぐりの店を邸に呼び寄せる事にしよう」
そうなのよね。お金持ちの発想って、これが普通よね。
服や宝石などを買うにしても、自分が出向くのではなく、向こうから来てもらうんだわ。
普通の高位貴族ならそうよね。
没落前の私もそうだった。
でも、私は、この街を知りたいし、自分の足で見て歩きたい。
結婚して以来、邸に籠ってばかりいる気がするし。いい気分転換にもなりそうだもの。
そして何より、ロイアスを外に連れ出すのよ。
少しづつ、広報活動していくわ。
「いいえ。出掛けましょう、ロイアス」
そして、決戦の日に備えなくては!
打倒、イザベラ!
私を敵に回したこと、深く後悔させてやるわ!