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第51話 「再始動1」

サッカーするって

 冬がもうすぐ明けようとしていた早春のとある昼、わたしは無性にサッカーをしたくなった。なんの前触れもなく突然である。高校が終わり、授業の疲れを吹き飛ばすかのように、夕方にサッカーをしているのを見たからだろうか、あるいは買い出しの帰りに母校である中学校で、青年たちが練習していたのを見たからなのかはわからない。


 仲間と一緒に練習したいとはならなかったが、ただボールを蹴りたくなり、中学まで使っていた愛用のボールを家から引っ張り出し、大きな公園へと足を運んだ。すぐ近くにある公園ではサッカーをするにはあまりにも小さすぎるので、少々時間をかけ、思いっきり蹴っても誰にも迷惑をかけない公園を選んだ。


 久々といっても、毎日学校でフットサル部の人たちを誘い、ボールを触っているからだろうか、中学三年の時以来に触った、少し大きくいつもと使っているものとは違いよく跳ねるボールは懐かしい感じはしなかった。

 昔よく使っていたこの公園は前とは違い、子どもたちがまったく顔を出しておらず、球技をしている人はいなかった。


 使い放題なことを確信した私は早速思いっきり蹴る前に、準備運動を始めた。準備運動といっても軽いジョギングとストレッチだ。高校に入学し、身体を動かさなくなる前の中学の頃はそんなことをしなくても大丈夫だったが、身体を動かさなくなってから前と同じようにすると、運動した次の日は身体のありとあらゆる場所が悲鳴を上げる。

 これが歳のせいなのか、身体が運動をしなくなった自分への腹いせなのかどうかはわからない。


 息が切れるまではいかず、身体が少し温まるくらいの軽いランニングをし、次の日に身体を痛くさせまいと入念にストレッチをする。これをするとしないとでは、明日の自分のメンタルの良し悪しにも影響しかねない。


 サッカーをするための準備を一通り終え、緩めのアップから始めた。

 アップと準備運動は同じだと思うが、まあ間違ってはいない。アップは準備運動に含まれるといえば含まれるからだ。だが、線引きをしておいたほうがいいだろう。考えるにアップはボールを使い身体をなじませることに対し、準備運動は自分の体に負荷をかけないようにする。言いなれば、今からボールを蹴るか、身体を今から動かすかを自分に伝える違いだ。

 もっと端的に言えば、ボールを使い体を温めるか、使わずに温めるかという違いだ。


 まず、リフティングをして感覚を取り戻そうとリフティングを始めるが、毎日しているせいだろうか、まったく違いが感じられなかった。

 気を取り直し、ゴールにシュート打ってみる。しかし、これもいつもと違いを感じられない。


 1つ気づいたことといえば、いつも自分でパスを貰いに行き、フリーになってから、そこからシュートを打っていた。自分でボールを運びそれからシュートを打たなくなっていた。

 そう。ドリブルだ。フットサルではサッカーとは違いあまりドリブルをしないのだ。コートが狭く、その分相手の寄りが速くなる。しかし、サッカーはフットサルとは違い、コートが広く、その分相手の寄りもフットサルより速くはない。


 それからしばらくの間、ドリブルができる素晴らしさを楽しみ、今までの感覚を取り戻すのだった。

あの日常をもう一度

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