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第4話 勝手なケジメ 後編

 ホテルのラウンジに座る二人の女。

 一見すると親子の様に見える二人だが、よく見ると年が近い。

 五十嵐真莉紗と日向、15歳離れた姉妹の二人。

 姉の真莉紗は落ち着きの無い様子で腕時計を確認する。


 時刻は午後1時になろうとしている。

約束の時間は12時、1時間の遅刻。


『何かあったの?ひょっとしてキャンセル?』

連絡を取ろうにも、雄二の番号を知らない真莉紗は焦りが心を支配していた。


「姉ちゃん、本当に雄兄ちゃん来るの?」


「もちろんよ日向、弁護士先生から来ますって御返事貰ったから」


 真莉紗は不安そうな日向の頭を撫でる。

 日向は雄二と別れて以来、運命に翻弄され、昔の天真爛漫な笑顔はすっかり失われてしまっていた。


「早く来ないかな...」


「...日向」


 妹の姿に真莉紗の胸は締め付けられる。

 雄二と別れた時3歳だった日向も今は8歳。


 大好きだった兄が突然姿を消した。


 日向にとって、それは受け入れがたい事実、大きな心の傷となってしまった。

 全ては彼女達の母、そして義父が仕出かした不始末に苦しめられていた。


「...私も同罪か」


 真莉紗の脳裏に雄二と別れてからの5年が(よぎ)った。

 雄二の居場所は真莉紗が突き止めた訳では無い。

 それは4年前、ある人物からの連絡によって知らされた。


 バイトに励みながら、大学の医学部に通う日々。

 雄二の捜索は遅々として進まない。

 そんなある日、真莉紗の携帯に一人の人物から連絡があった。


『彼を、雄二君を自由にしなさい』


『....どうしてですか?』

 山崎と名乗る男に呼び出された真莉紗。

 彼は弁護士で、雄二に会わせないとの言葉に激しく動揺する、尚も彼は続けた。


『雄二はケジメを着けたんだ。

 これ以上彼に関わるなら...遠慮はしないよ』


『...分かりました』

 山崎の射貫く視線に真莉紗は項垂れる。

 会いたい気持ちを優先させるが余り、雄二の気持ちを蔑ろにしていた事実にようやく気づいた。


『ありがとう、本当に雄二の為を思ってくれてるんだね』


『...はい』


『立派な医師になりなさい、これは私の緊急連絡先だ』


『え?』

 態度を一転し、優しい目になった山崎弁護士が1枚の紙を差し出した。


『必ず役に立つ日が来る。

 力になるよ、君...いや日向ちゃんを守るためにね』


『ありがとうございます』

 真莉紗は山崎弁護士からの紙を大切にしまう。

 こうして二人の話し合いは終わった。


 この事は母達に言わず、秘密にした。

 言えば雄二との繋がりが消えてしまう、そう真莉紗は思ったのだ。


 こうして真莉紗は一層勉強に励む日々となった。

(早く立派な医師に、そしていつか雄二と)

 それは離れて暮らす日向の置かれた環境の変化に気づくのが遅れてしまう結果となった。


 ある日、母から離婚すると聞かされ、実家に戻った真莉紗。

 そこで見たのは取っ組み合いをする母と義父、そして泣きながら二人を止める妹の姿だった。


 母は義父の不貞を、義父は母の借金を。

 罵り合う二人の姿に真莉紗は日向を自分の下宿するアパートに連れ帰った。


 仲間と共同生活するアパートでは当然長く生活出来ない。

 真莉紗はアパートを出て、祖母の暮らす家に日向と身を寄せた。


 大学からは遠くなったが、母のバカな騒動ですっかり身体が弱ってしまった祖母の面倒を日向に頼む事は出来ない。

 山崎弁護士に行政サポートの知恵を借りながら、何とか生活を立て直した。


『...ごめんよ二人共』

 祖母は真莉紗と日向に謝り続けた。

 二度に渡る娘の金銭問題による離婚、母として思う所があったのだろう。


 心配していた母の襲来は数回あった。

 真莉紗は母に怪しげなマルチ商法を警察に告発すると告げ、祖母は手切れ金を渡した。


 その後も何度か母から連絡が来たが、キッパリと拒絶し、山崎弁護士に連絡すると、母からの催促は途絶えた。


『怪しい所から金を借り、姿を隠している』


『被害者から逃げ回っている』

 そんな噂が後から聞こえて来たが、どうでも良かった。


 義父に到っては更に悲惨だった。

 浮気相手がその道の人間(アウトサイダー)に連なる関係者だったらしく、一度酷く顔を腫らし、怪しげな男達に引き摺られてやって来た。


『....助けてくれ』

 土下座をする義父の姿に祖母は卒倒し、日向は泣き叫んだ。

 事態を予想していた真莉紗は慌てる事なく、山崎弁護士に連絡し、電話を男達に渡す。

 すると男達は慌てて、義父を連れて退散して行った。

 真莉紗が山崎弁護士との約束を守っていたからだった。


「...お姉ちゃん」


 日向の言葉に真莉紗は現実へと引き戻される。


「大丈夫?何か食べる?」


「ううん、お腹空いてない」


「そっか」


 日向は小さく首を振る。

 三年前に引き取った時、日向はすっかり痩せこけていた。

 母は満足な食事を与えていなかったのだ。

 それ以来、日向の食は戻らず、未だ平均体重に届かないまま。


「久し振り...だな、遅くなった」


 懐かしい声に視線を上げると、そこに一人の男性が真莉紗と日向を見つめていた。


「...雄二」


「兄ちゃん...」


 5年振りの再会。

 真莉紗の隣に座っていた日向が雄二へと歩み寄る。

 しかし雄二の身体に触れる事が出来ない。

 拒絶されるのが怖いのだ。

 日向は自分の両親が雄二にした悪事を祖母から聞かされ、彼女なりに理解していた。


「おっきくなったな」


 雄二の視線は日向を真っ直ぐに捉えている。

 優しい目は5年前と変わっていなかった。


「う...うん...兄ちゃんだ...兄ちゃ...」


 震える手でしがみつく日向を優しく抱き締める雄二。

 ようやく二人は再会を果たす事が出来たのだ。


 10分後、日向が落ち着きを取り戻し、雄二は真莉紗とテーブルを挟んだ席に座った。


「それで義姉さん、なんで僕に今更?」


 雄二は隣に座る日向の頭を撫でながら聞いた。

 テーブルに真莉紗の祖母が遺した遺言書が置かれていた。


「そのままよ、雄二に償わなくては駄目だから。

 お婆ちゃんも、ずっと謝りたいって、だから遺言書を。

 金額はとても足りないけど...」


「償う?」


 真莉紗の言葉に雄二が聞き返す。

 雄二は意味が理解出来ない。


「義姉さんや、義祖母が償う必要なんか無い。

 アイツら(義父、義母)の罪は関係無いだろ」


 雄二が遺言書を真莉紗に押し返す。

 そんな事を雄二は望んでいないのだ。


「でも...」


「ひょっとして、まだ五十嵐姓を名乗ってるのは?」


「うん...償わないで、母の旧姓に戻る訳には」


「全く...義姉さんは変わらないな」


 穏やかな目をした雄二がフッと溜め息を吐いた。


「医師になるのを目指したのも、僕の両親の話からだし。

 遺産の話も償う為、そんなの僕は望んで無いよ」


「でも...私には」

「いいから聞いて」


 真莉紗を制し雄二は続ける。


「僕は逃げたんだ、それで五十嵐家とは終わり、縁を切った。ケジメをつけたんだ。

 義姉さんも両親が離婚したんだから、ケジメをつけないと」


「...ケジメ?」


「このままじゃ、ずっと五十嵐から逃げられないよ。

 僕はそんな事を望んで無いんだ」


「雄二は私達と縁を切りたいの?」


「...兄ちゃん」


 真莉紗と日向の目に涙が滲む。

 雄二の言葉に拒絶を感じたのだ。


「僕は新しい人生を歩み直した、山崎さんの力を借りてね」


「山崎さん...」


「色々と聞いたよ。

 義姉さんは日向を守ったんだ。

 卒業おめでとう、これから研修医でしょ?」


「そんな事まで?」


「ああ」


 真莉紗の近況を先程山崎弁護士から電話で聞いていた雄二。

 どうしてか?

 史佳との再会に雄二も変わり始めていた。


 そして山崎弁護士から真莉紗は困難な状況にもめげず、医学部を無事に卒業したのを教えられたのだ。


「このお金は日向に使ってくれ。

 これが僕の、日向に対する償いだ。

 寂しい思いを、妹を大変な目に遇わせてしまった兄からのね」


「そんな...でも...」


「私は要らない!!」


「日向...」


 それまで黙っていた日向は立ち上がり、遺言書を雄二に押し付けた。


「お金なんか要らない!

 もう行かないで!ママは居なくなって...パパにも捨てられて...お婆ちゃんも死んじゃって...

 せっかく兄ちゃんに会えたのに...」


 涙を流し続ける日向。

 雄二は少し困った顔で真莉紗を見た。


「義姉さんは?」


「私?」


「義姉さんはどうしたい?」


「わ...私は」


 雄二の問い掛けに真莉紗は答える事が出来ない。

 本当は雄二と別れたくないのだ。

 まだ雄二を愛している真莉紗、でも雄二にとって自分という人間は罪の象徴でしかない。

 それは日向も...


「ならやり直すか」


「やり直す?」


「家族をだよ、もうアイツら(義両親)も居ないんだし」


「良いの?」


「本当?」


「ああ、でも僕の会社は遠いから、頻繁には会えない。

 それで良いなら」


 にっこり微笑む雄二。

 それが雄二に出来る最大の譲歩。


「それで良い!」


「日向は良いの?」


「うん!だって兄ちゃんといつでも会えるんだよ?

 ありがとう!!」


「いや...いつでもって訳には」


 しがみつく日向に困った顔で雄二は頭を掻いた。


「...ありがとう雄ちゃん」


「...義姉さん」


「大丈夫...分かった...ケジメよね」


 真莉紗もようやく気づいたのだ。

 最初から雄二が祖母の遺産に興味が無い事。

 そして五十嵐家の呪縛から真莉紗を、いや日向を救いたかった事に。


「じゃ食べよう」


 雄二は鞄から小さな箱を取り出した。


「それは?」


「シュークリームだ!!」


 箱に描かれたシュークリームの絵に日向が手を叩いた。


「さあ、姉さんも。

 大丈夫、ラウンジの人には断ったから」


「...うん」


 ゆっくりとシュークリームに手を伸ばす真莉紗。

 5年振りにみんなで食べるシュークリーム。

 その味は格別な物となった。

やっぱりのエピローグ行きます!

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[良い点] まさかケジメがそっちの意味だったとは思わなかった。 雄二が闇落ちして義姉と義妹に報復とか考えてなくてよかった。 [一言] 山崎さんはただの弁護士にしては有能すぎるんだが、本当にただの弁護士…
[一言] あーうん…まぁ悲惨なのは分かりますが、よく近くに置くことを選択したなぁっと思いました。 元彼女との話からして、現在は新しい女性と一歩踏み出している状況で、近くに置いたら関係が崩れてしまう恐れ…
[良い点] 雄二と再会できた日向ちゃんのセリフが 健気で健気でとっても泣ける [一言] 更新ありがとうございます 日向ちゃん再会の涙&お金なんか要らないは 作者様の物語の中で屈指の可愛さ健気さだと…
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