第4話 勝手なケジメ 中編
「...どうするかな」
予定外のトラブルで実家から足早に去った雄二。
時刻は10時、約束の時間まで後2時間ある。
「ドライブでもするか」
自動車キーを差し込み、エンジンを始動させる。
小気味の良いエンジン音は空冷式独特の物。
強張っていた雄二の顔が綻ぶ。
雄二が乗るのは1960年製のドイツ製ヴィンテージバン。
亡き父が乗っていた愛車と同形の車。
父の乗っていた車は、母が引き継ぎ、ずっと自宅にあったが、母が亡くなると再婚した義父はあっさり売却してしまった。
「あの車はお父さんの思い出だった...」
雄二は実父の朧気な記憶しか無い。
だから手放すのは反対だったが義父達は雄二から奪った
『へー結構良い値じゃない』
ショップの店員から提示された金額に、義母の醜く歪んだ顔は脳裏から離れない。
「...止めよう」
頭を振りながら道路脇に車を停める。
ふと上げた視線の先に一軒のスイーツショップが目に入った。
「シュークリームか...」
[Chouzy,s]そう書かれた看板の下にシュークリーム専門店と書かれた幟。
「シュージィズで良いのかな?」
シュークリームは雄二の大好物。
日向も真莉紗も好きだったシュークリーム。
レストランでバイトをしていた頃、余ったシュークリームがあると店長に断って持って帰っていた事を思い出す。
「土産にでもするか」
コインパーキングに自動車を停め直し、雄二はシュークリーム店の前に立つ。
ダクトから漂う甘い香りに期待が高まる。
店内はショーケースに並んだ色とりどりのシュークリームの皮が。
注文を受けてからクリームを詰める店の様だ。
小さな喫茶スペースも併設されていた。
「あれ?」
扉に手を掛けるがドアが開かない、鍵が掛かっている。
「すみません11時からです」
「そうなんですか」
店内に居た白衣の女性が雄二に気づく。
時刻は10時20分、まだ店は開店前だった。
諦めた雄二が店員に一礼し、立ち去ろうとした次の瞬間、店の扉が開いた。
「ゆ...雄二なの?」
「史佳...」
店員は雄二の別れた彼女、山本史佳だった。
気まずい空気、背中を向ける雄二の腕を史佳が掴んだ。
「どうぞ...もうシュークリームはお出し出来ますから」
「いや、結構です」
振りほどこうとする雄二、嫌な記憶が甦る。
元カレと密会していた史佳、信用していた恋人に裏切られた6年前の悪夢が。
「お願い...言い訳はしないから」
「...分かった」
涙を浮かべる史佳に、雄二は頷いた。
店の中に入ると、史佳はショーケースの後ろに回り、雄二を見つめる。
気まずい空気の中、雄二は注文を始めた。
「...クッキーシュークリームと、チョコシュークリームを3個づつ下さい」
「は...はい」
史佳から目を逸らしながら呟く雄二のオーダー
史佳は注文のシュークリームをショーケースから取り出した。
「...中のクリームは如何しましょう?」
「おすすめは?」
無機質に雄二が聞く。
何かを言いたそうな史佳に、関りたくない態度の雄二。奇妙な緊張感が店内を覆った。
「...玉子たっぷりのカスタードクリームが...でも、ゆ...お客様は生クリームとカスタードクリームがお気に入りでし...たよね」
トレイに乗せた皮を見ながら史佳が呟く。
雄二の好きなシュークリームを史佳は覚えていた。
「忘れて無かったんだ」
「うん...絶対に...忘れない」
「そうなんだ」
史佳の目から堪えきれない涙が溢れる。
それは後悔の涙。
自らの過ちに傷つけ、恋人の愛を失ってしまった悔恨だった。
「この店は?」
「え?」
雄二の言葉に驚く史佳。
まさか向こうから聞かれると思わなかったのだ。
「私が...店長です」
「調理も?」
「ええ、高校を卒業して...大学に入ったけど...馴染めなくって。
それで中退したの、それから二年間製菓の専門学校に」
「へえ...」
店の出店資金は史佳の両親が援助したのは雄二にも分かった。
それより、料理を全くしなかった史佳の変化に驚く雄二。
「...お...お客様は...あれからどうしてました?」
「雄二で良いよ」
「それは...」
「良いから」
「...うん雄二は?」
雄二からまさかの言葉。
史佳は意を決し、雄二に尋ねた。
「5年前に入った大学を2年の時にまた違う大学へ編入したんだ」
「編入?」
「ああ北海道の」
「...だから見つからなかったんだ」
どれだけ探しても、探し当てられなかった雄二。
史佳はようやく分かったのだ。
それだけ、この街を、そして家族や自分から逃げたかったかを。
「...ごめんなさい」
「済んだ事だ」
史佳の謝罪に小さな笑みで返す雄二。
吹っ切れた態度に史佳は今更な罪悪感に苛まれる。
「俺はやっとケジメを着けたんだ。
史佳も早く」
「私も?」
「そうだ、気持ちにケジメを着けないと」
「ケジメか...」
言われてみれば史佳の時間は雄二との別れから止まっていた。
大学は楽しめず退学し、雄二の思い出にすがり、専門学校で製菓を学び、そしてこの店をオープンしたのだ。
いつか雄二に、そう願って。
「雄二...今...恋人は?」
「...居るよ」
「そっか」
雄二に恋人、史佳は嫉妬より、自分がしてしまった過ちから雄二は立ち直ったと安心した。
「史佳は?」
「私は...もちろん...い、居るよ」
「良かったな」
「うん」
後は無言の時間が再び流れる。
史佳は震える手でクリームを詰め、雄二は静かな目をしたまま、その様子を見守った。
「...はい」
「ありがとう」
レジで代金を支払い、商品を受け取る。
予期せぬ再会が終わろうとしていた。
「もう...ここには?」
「おそらく来ないだろう、勤めている会社から遠いし」
「分かった...雄二、元気でね」
「ああ史佳もな」
静かに店を出る雄二。
後ろ姿を見送った史佳は静かに崩れ落ちた。
「ありがとう...雄二...幸せに...」
嗚咽しながら史佳が呟く。
「「恋人なんか居ないよ...あれからずっと...」」
外では雄二も史佳と同じ言葉を呟いていた。
多忙の為、感想がなかなか返せません。
でも、ありがたく拝見させて頂いてます。
ありがとうございます。