第3話 探す元カノ
「...雄二」
パソコンを開き、電話を握りしめ、深いため息を繰り返す1人の女。
彼女の名前は山本史佳、3ヶ月前まで五十嵐雄二とは恋人だった。
「結果はどうだったんだろ?
雄二の事だから大丈夫だと思うけど」
一週間前に雄二の合格発表は終わっていたが、史佳は結果を知らない。
それどころか何処の大学を受験したかも分からない。
共通の知り合いに尋ねても、誰1人として知らなかった。
雄二と史佳が出会ったのは両親が経営するレストラン。
そこにバイトとして入った雄二、史佳もホール係で店を手伝っていた。
高校は違うが同い年の二人、休憩時間に自然と自分達の事を話す様になっていた。
史佳は学校生活や友人の事、そして将来の夢を。
雄二も高校の事や、年の離れた妹の話を楽しそうにするが、その他の家族の話は一切しなかった。
『雄二は両親が苦手なの?』
『本当の家族じゃないからね』
何気に聞く史佳に、雄二はポツリと呟いた。
『ごめんなさい...』
不味い事を聞いてしまったと謝る史佳に雄二は気にしないでと笑った。
しかしその後、話の端々から雄二は誰1人家族と血の繋がりを持たないと知った。
『雄二は1人じゃないよ....』
数ヵ月後、史佳は雄二に告白した。
『気持ちは嬉しいけど、付き合う事は出来ない』
困った顔で雄二が口ごもる。
『そっか...理由を聞いてもいい?』
『高校を卒業したら家族と縁を切るつもりだ。
後1年ちょっとしかここに居ないから』
『それまで、お願い』
強い決意を秘めた雄二の言葉に史佳は食い下がる。
『分かった』
『ありがとう、宜しくね』
こうして交際を始めた二人。
しかし史佳には雄二に隠していた事があった。
それは音信不通になっている恋人がいた事。
二股をしていた訳では無い、しかし正式に別れを前の恋人に言って無かった、
相手は史佳より一つ年上の中学の先輩。
確かに付き合っていた時は好きだったが、相手が遠方の高校に進学すると頻繁にしていた連絡が減り、やがて全くしなくなってしまった。
『自然消滅したんだ』
史佳はそう思った。
『お父さん、雄二と付き合っても良いかな?』
『節度ある付き合いをしなさい』
両親は雄二との交際を許した。
何しろ雄二はこの地域で一番の学校に通っており、仕事振りも真面目だった。
このまま付き合いを深め、いずれ結婚すれば娘の将来は安泰だと考えた。
史佳に恋人が居た事は両親も知っていたが、最近全く彼氏の話をしない娘に別れたと思っていた。
『別に言わなくてもいいか』
そう考えた史佳だったが、それは大きな失敗だった。
雄二と付き合って1年が過ぎた頃、前の恋人が突然史佳の前にやって来たのだ。
『久し振りだね』
『本当ね、急にどうしたの?』
『この近くにある大学に通ってるんだ』
『そうだったの?』
数年ぶりに会う懐かしさも手伝い、話が弾む史佳。
男も嬉しそうに笑った。
『また会っても良いかな?』
『良いわよ、でも私付き合っている恋人が居るの』
『そっか』
少し寂しそうにする男、史佳は特に気にしなかった。
しかし、男は黙って別の女性と付き合い、別れた後、史佳との元サヤを狙っていた。
雄二と付き合っているが、受験勉強に忙しい恋人とバイト以外で会う事は殆ど無かった。
それでも史佳は幸せだったが、元カレと会う時間は何かを狂わせて行った。
そんな生活が3ヶ月過ぎた頃、雄二から一通のメールが届いた。
『...なにこれ』
メールは短い文章で
[元カレと仲良くして下さい。僕は邪魔しないから。
バイトは辞めました、おじさん達には伝えてます]
そう書かれていた。
慌てて雄二の携帯に電話をするが既に着信は拒否されていた。
混乱したまま両親のレストランに史佳は駆けつけた。
『どうして雄二が辞めるって言わなかったの?』
『それは自分が一番分かっているだろ?』
『え?』
冷たい目をする父親に息が詰まる史佳。
『貴女、最近バイトに来ないで、雄二君1人だったじゃない。
いったい何してたの?』
『それは...』
元カレと会っていました。
そんな事は当然言えない。
『私達は家で何度も忠告したよ、雄二君をそのままにして大丈夫かと』
『そうよ、貴女の招いた結果だから受け止めなさい』
『...そんな』
突き放す両親の言葉に項垂れるしかなかった。
こうして雄二との交際は終わった。
史佳は雄二との繋がりを全て失ったのだ。
[どうしたの?また会いたいな]
元カレのメール。
雄二と別れて以来、全く会わなくなった。
もうそんな気分では無くなっていた。
[ごめんなさい、もう会いたくないんです]
短いメールを返した。
[どうして?恋人と別れたんなら何も問題ないじゃないか]
『ち、ちょっと待って!』
再び返って来たメールに史佳は叫んだ。
雄二と別れた事は両親以外、誰にも話してなかった。
[どうして別れたって知ってるの?]
史佳は怒鳴りつけたい気持ちを堪えメールを返した。
[答えてよ!!]
再びメールを送るが元カレから返事が一切無い。
怒りが堪え切れない史佳は直接元カレの携帯に電話をした。
『どういう事?』
史佳の携帯に浮かぶ通話拒否の通知。
その後、史佳は元カレの知り合いからようやく話を聞き出した。
元サヤを狙っていた事。
なかなか落ちない史佳に業を煮やした男は雄二と接触し、最近ずっと史佳と一緒だった事実と、メールのやり取りを見せ、
『俺は史佳と将来を誓った仲なんだ、別れてくれ』
そう迫った事を。
『なんて事をしてくれたの!』
全てを知った史佳は叫んだ。
自業自得と分かっていたが、込み上げる怒りを抑える事が出来なかった。
史佳は雄二の家に向かった。
『...雄二、あの』
久し振りに会う雄二に言葉が出ない史佳。
『...ありがとう、約束の1年間楽しかったよ』
『待って!違うの!!』
『もう来ないでくれ、迷惑だから』
玄関で叫ぶ史佳を残し雄二は扉を閉めた。
その時見た雄二の瞳に史佳は黙って帰るしかなかった。
「絶対に探しだしてみせる。
誤解が解ければ、また雄二と」
歪んだ笑顔を浮かべ、電話を手に片っ端から連絡をする史佳。
それは雄二の通っていた高校の関係者達。
「すみません、五十嵐雄二君の事でお聞きしたいのですが...」
今日も虚しく史佳の1日が過ぎて行った。