魔王様をプロデュース
この世界には魔族と人間がいる。
魔族と人間は自分たちの領地を広げるべく、長い間戦いに明け暮れている。そんななか、現世の魔王はその類い希なる才能と残虐な性格で、一気に数々の地を支配下に置いていった。
魔王の進行を阻止すべく、人間の王も勇者を派遣して対抗しようと試みた。しかし、魔王の力は強大で勇者も太刀打ちできず、人間はなす術もなく滅びの時を待つのであった…。
魔王の世界征服まで、あと一歩。
っていうのは、私の妄想なんだけどね!!
妄想といってもただの妄想じゃない。近い将来こうなるんだ。なんてったって、我らが魔王様はすごいお方なんだからっ。
「…では、本日の連絡事項は以上だ。解散!」
ふと、魔王様の声で我に帰る。
しまった、朝の会議の最中だった。
しかし、他の魔族たちは、既に部屋から出ていくところだ。
連絡事項は聞き逃してしまったが、きっと何時ものとおり、たわいもないことだろう。問題ない。
では、早速私も仕事に取りかかるとしよう。
私の仕事はざっくり言うと仕えている魔王様の補佐全般だ。魔王様とは幼馴染みで、その縁もあってこのポストについている。
一応、魔王様の側近?ということになるのかな。
名前?
えーっと、まぁそれはおいおいね。
そして、今、目の前の玉座に座っているのが魔王様なのだが…。
「魔王様!
さっそくゲームを開始するのは止めてください!!」
「いいではないか。会議も終わったことだし。」
魔王様はすごいお方だ。
ただちょっと、何というか、のほほんとしている。
「おぉ、珍しい虫を捕まえたぞ!
高く売れるといいのだがな。」
魔王様はすごいお方だ。
本気をだせば、すぐに世界征服出来ちゃうのだ。
「うむ、なかなか借金が減らないな。」
魔王様はすごいお方だ…。
すごいお方だ…。
プッチン
「まーおーうーさーまー!?」
「な、なんだ?」
私の声のトーンで察したのか、魔王様は顔をしかめる。
「いいかげんにしてください!
それではいつまで経っても世界征服できませんよ!?」
「また世界征服の話か。
それより世界平和に貢献したほうが有意義ではないか?」
「はぁ???
どこの世界に世界平和目指す魔王がいるんですか!?」
「ここにだ。」
ダメだこりゃ。
この調子で世界征服なんて出来るはずがない。
私は魔王様にカッコよく世界征服してほしいのに…。
ここは私が一肌脱ぐしかないっ!
「わかりました。
このままでは拉致があきません。よって、私が魔王様を魔王様らしくするため、今からサポートさせていただきます。
よろしいですね?よろしいですよね?」
こうして、半ば無理やり、私の魔王様改造計画が始まった。
そう、これはプロデュースだ。
魔王様補佐の仕事の一貫だ。
決して私情を挟んではいない。
さっそく私は魔王様改造に取りかかる。
「まずはそのゲーム、没収です。」
魔王様がプレイしているのは『のんびりにんげんの森』というものだ。通称『のん森』。
人間のアバターを作って、無人島で借金を返済するゲームである。
無人島なのに、なぜタイトルが森なのかは不明だ。
このゲーム、人間の生活を追体験できるとかで、何故か魔族の間で流行っている。
そして、例に漏れず魔王様もはまってしまった。
なんとも嘆かわしい。
「魔王様がゲームとか、イメージじゃありません。
どうしてもと言うなら、代わりに人間を無双するゲームはいかがですか?
百万歩譲って、殺人事件が起きるミステリー系ゲームでもいいですよ?」
「それはそれで面白いが、俺は今『のん森』がやりたいのだが。ブツブツ…。」
依然として文句たらたらの魔王様だったが、私の頑固な性格を知ってか、渋々ゲームを止めてくれた。
「では次です。
領地を拡大すべく、手始めにここから近い辺境の村を襲い、支配下に置きましょう!」
「そういえば、あの村は最近雨が降らなくて困っていると部下から報告があったな。
作物が育たず、井戸も枯れ、飲食に不自由しているとか。
そうだな、我らが介入して食糧難の解決を援助したほうがいいかもな。」
「えっ?」
「人間の王も、遠方ゆえなかなか手が回らないのであろう。」
なんかイメージと違う。
もっとドーンとかバーンとかやって、ひれ伏せ人間~!!みたいなのを想像してたんだけど。
でも魔王様、珍しくやる気あるっぽいし、ここは一旦話を合わせておいたほうがいいか。よし、ついでに適当に持ち上げておこう。
「さすがです、魔王様!カッコいいです、魔王様!!よっ、イケメン!!!」
「お前は俺をバカにしてるのか?」
どうやら持ち上げ作戦は失敗だったらしい。
まぁいいや。気持ちを切り替えて次だ、次。
「次は、勇者が来たときのシミュレーションをしておきましょう。いざというとき慌ててはいけませんからね。避難訓練みたいなもんです。」
「む?勇者が来たら、避難するのか?」
「たーとーえーでーすー!」
まったく、真面目にやってほしい。
「じゃあはい、勇者やってきます。アクション!」
「そうだな…。」
魔王様は一度目を閉じ、思案する素振りをみせた。
そして次の瞬間、目を見開き、堂々と言い放った。
「勇者よ、よく来たな!疲れたであろう。温かな食事と温泉で、まずは旅の疲れを癒すがよい。」
「カーーーット!何でそうなるんですか?」
これでは完全に旅館だ。
放っておけば宴会でも始まりそうな雰囲気さえある。
「私が手本を見せますので、魔王様は真似てください。リピートアフターミー?
『ハッハッハッ、よく来たな勇者よ!
我を恐れずここまで来たこと、褒めてやろう!
だが、勇者と言えども我の前では無力であること、存分に思い知るがよい!』
」
私は事前に用意しておいた大きめの扇風機でマントをなびかせながら、ポーズを決めた。
もちろん、扇風機は勇者サイドから見えない位置に配置してある。
「…そのセリフとポーズ、自分で考えたのか?」
「…」
あーーー、なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきたっ。冷静に返すの止めてほしい。ホントに。
もう話題を変えよう、そうしよう。
「それはそうと、魔王様。
問題はまだあります。名前です。
エリックなんて名前、魔王らしくありません。魔王用の偽名を用意すべきです。」
そう、魔王様の名前はエリック。
人間のどっかの国の王族にでもいそうな名前である。魔王として極めて不適切である。
「露骨に話題を変えたな。」
「ナンノコトカ、ワカリマセン。」
「一応聞いてやるが、名前の候補はあるのか?」
候補か。魔王っぽい名前。
何となくだけど、濁点多めがいい気がする。
「ダダ…」
「却下。」
まだ全部言ってないのに。
「くだらん。
魔王用の偽名使う魔王こそ聞いたことないわ。
それに自分のことを棚にあげて何を言ってるんだ?マ…」
「大変ですっ!魔王様!
勇者がそこまで来ています!」
突然、部屋の扉がバタンと音を立て、下級魔族のデーモンが慌てて入ってきた。
「な?勇者?
お、おおお落ち着いてくだしゃい、魔王様!」
「落ち着くのはお前だ、全く。
よし、総員に伝えよ。手厚くもてなすように、とな。」
「承知しました!」
そう言うやいなや、デーモンは部屋の外へ飛んでいった。
ど、どうしよう。心の準備が出来ていない。
というか、普通に考えれば魔王様の前に側近の私が勇者と対峙するのよね。
自分のセリフ全然考えてなかったーーー。
そうこうしている間に、勇者はあっさり魔王様の部屋までやって来てしまった。
その出で立ちはいかにも勇者らしく、伝説っぽい剣と盾と鎧と兜を身に纏っている。
「魔王ー。来たぞー。」
「おぉ、勇者よ、よく来たな。疲れたであろう。温かな食事と温泉で、まずは旅の疲れを癒すがよい。」
「お、いいじゃん!楽しみー。」
ん?
んん?
私は、一度冷静になれと自分に言い聞かせ、今目の前で起こった会話を心の中で反芻する。
あれっ?今来たのって勇者…だよね?
何か、めっちゃフレンドリーなんですけど。
ってか、そのセリフ、ついさっき聞いたやつですけど。
「魔王様?」
結局のところ、私はこの一言しか絞り出すことが出来なかった。
「ん?今朝の会議で言ったではないか。
今日、勇者来るからそのつもりでいろ、と。」
今朝の会議?
はっ、妄想してて、全然聞いてなかったやつじゃん!
誰よ?聞いてなくても問題ないとか言ったやつ!
「というか魔王様、勇者とは初対面のはずでは?
何でそんなにフレンドリーなんですか?
何で勇者ふつうに訪ねて来ちゃってるんですか?」
あまりにも分からないことだらけで、一度話し出したら質問責めになってしまう。
「確かに勇者とは初対面だ。
だが、俺たちは『のん森』のフレンドで、よく一緒にプレイしてるのだよ。
勇者に所用があったゆえ、本日俺が城に招いたのだ。」
魔王様とフレンドになれる『のん森』、恐るべし。
じゃなかった!私の、いや、魔王様の世界征服計画は??
「じゃあ、せっかくだからとりあえず温泉覗いてみるわー。」
「あぁ、また食事のときに話そう。」
勇者が退室し、魔王様と二人きりになった。
私はまだ頭が混乱している。
「それはそうと、マリア、聞いてくれ。」
突然、魔王様が真剣な顔で私の名を呼ぶ。
そう、私の名前はマリア。いかにも聖女っぽい名前。魔王様以上に、魔族には似合わない名前。
「世界征服はともかく、マリアにはこれからもそばで支えてもらいたいと思っている。
だから、つまりだ。その、何というか。」
魔王様は言い淀んだ後、大きく息を吸った。
「俺と結婚してほしい。」
ん?んん?今なんと?
先程の魔王様と勇者との会話といい、今日は幻聴でも聞こえているのだろうか。
「唐突な話になってしまって申し訳ないと思っている。だが、俺は真剣だ。」
聞き間違い、ではなさそうだ。
ただ、あまりにも突然すぎて事態が全く飲み込めない。
突然の勇者の来訪、しかも魔王様の勇者友達宣言、とどめに魔王様からのプロポーズだ。
盛りだくさんすぎる。
混乱するなと言うほうが無理だろう。
「実は勇者を招いたのは他でもない、結婚式の打ち合わせをするためだったんだ。
人間を招待するにあたり、失礼があってはならないからな。」
「そ、そうでしたか…。」
「して、返事は?」
頭はまだ混乱している。
理解が追い付かない。
言葉が出てこない。
ふと、ある記憶が蘇る
小さいころ、私はマリアという名前でいじめられていたのだ。魔族には似合わない名前だったから。
いじめと言っても小さい子供のからかい程度。
今思えば、超絶美少女でおしとやかだった私を男児たちが放っておけるはずもなく、私の気を引きたい一心でやったに違いない。
ただ、当時内気だった私は少なからず悲しい気持ちになり、ある日隅っこでシクシクと泣いていたのだ。
そして、そこに颯爽と現れたのが、幼き頃の魔王様だったのである。
「どうしたの?泣かないで、マリア。
僕が世界征服してマリアが泣かない世界にしてあげるから!」
そう言って、魔王様は私に優しく微笑みかけた。
幼い頃の淡い思い出。
私が世界征服に固執しているのは、これのせいだと思う。魔王様はとっくに忘れてしまってるだろう。
本当は分かっている。
この世界は平和で人間とは上手くやっていることも。
魔王様が世界征服なんて望んでいないことも。
「マリア?」
沈黙に耐えかねた魔王様が私の名前を呼ぶ。
「な、なぜ私と結婚だなんて。」
何か言わなきゃと思って咄嗟に出てきた言葉はそれだった。
「そうだな。
幼き頃、世界征服して泣かせないと約束しただろう?だが、世界征服は果たせそうにないし、するつもりもない。
だから違う方法でマリアを幸せにしようと思う。
まぁ、約束などもう覚えてないだろうがな。」
うつ向いていた私は今の言葉で顔を上げ、魔王様の方を向いた。まさか、あの約束をずっと覚えてくれてたなんて。
「あの約束からちょうど百年。
この機会に気持ちを伝えたかったのだ。」
魔王様の気持ちを知り、徐々に心が落ち着いてきた。
しばし混乱はしたものの、私の返事はとうに決まっていた。
「魔王様、ありがとうございます。約束を覚えていてくれて。
そのプロポーズ、喜んでお受けします。」
「そ、そうか。」
魔王様はホッとした様子で玉座にもたれかかった。相当緊張していたのか、よく見ると少し汗ばんでいる。
「それから世界征服をお願いするのはもう止めです。
私は十分幸せですから。」
それから一ヶ月後、魔族らと人間らの双方から祝福され、私たちは盛大な結婚式を執り行った。この日、この世界に新たな歴史が刻まれたのだった。
(後日)
「ところでエリック、今になって気付いたんだけど、なんでプロポーズ前に勇者が来るの?
普通、結婚決まってから結婚式の打ち合わせよね?」
「え?あー、んー、勇者の都合もあるし、城に来るには日数もかかる。先に勇者と打ち合わせする日を決めておいたのだ。
万が一、プロポーズがダメなら『のん森』上で中止を伝えればよいしな。」
怪しい。歯切れが悪い。
「で?」
「…本当はもっと前にプロポーズするつもりだったんだが、『のん森』を毎日やってるうちに気付けば勇者が来る日になっていたのだ。
まぁそういうことだ。」
はぁぁ?
プロポーズより『のん森』優先だと??
「ついでに言うと、流石に勇者が来る日の朝には言わねばと思っていたのだ。
ところが、どこかの誰かさんが『世界征服だー、魔王っぽくしろー』とか言い出すから、タイミングを逃してギリギリになってしまったというわけだ。」
いや、会議終わってすぐにゲーム始めてませんでしたっけ?
「そもそも、パニクってスルーしちゃってたけど、なんでこの平和な時代に勇者がいるのよ?
世界征服とか言ってた私も私だけど。」
「ん?『勇者』というのは『のん森』上のアイツのユーザー名だが。」
えっ?自称勇者だったの?
自分で勇者を名乗るとは、ある意味勇者だけど。
それじゃあ、あの格好はコスプレ?
「そ、そういえば、『のん森』で勇者と待ち合わせしてたな。この話はもう終わりだ。」
プッチン
「何、話終わらそうとしてるんですか!?
もう怒りました。『のん森』はやっぱり没収です!」
「なにーーーっ。」
世界征服はなくなったが、やっぱり魔王様には少しばかりのプロデュースが必要なようだ。
完