マイナスのオーバーフローから始まる異世界無双 ~許嫁に追放された無能は、敵を倒すたびにレベルダウンする世界で不遇職《レベル・ギフター》の真の力を覚醒させる~
「私の前に二度とそのブサイクな顔見せないで! この甲斐性なしの無能!」
「ま、待ってくれっ……キレーヌ!」
バタン!
何か弁論する前に俺は許嫁からアパートを追い出された。
これからラブラブな新婚生活が待っていた矢先のことだ。
「くそぉ……。少しも話を聞いてくれなかった」
キレーヌにブサイクだなんて言われたのは初めてのことだ。
内心そんな風に思われていたんだと思うと、だいぶショックである。
(あれだけ愛を誓い合った仲なのに。はぁ、なんでこうなった……)
それから何度もチャイムを鳴らしてもキレーヌが出てくることはなかった。
仕方ないので、俺はとぼとぼと歩いてアパートを後にする。
まあ、これも当然と言えば当然なんだけど。
今日は俺の十五歳の誕生日で、待ちに待った〈祝福の儀〉の日だったわけだが、俺はそこで至上最低なステータスを受け取ってしまったのだ。
雪の降りしきる夕方の路地裏に腰を下ろすと、俺はため息をつきながら光のディスプレイを立ち上げる。
「ステータスオープン」
---------
【ラセル・ルーク】
Lv.0
HP 10/10
MP 0/0
攻撃力 0
防御力 0
魔法力 0
素早さ 0
【クラス】
贈与士
【スキル】
固定スキル:《贈与》
EXスキル:なし
スキルポイント:なし
【習得】
なし
【装備】
なし
【アイテム】
ポーション×1
聖水×1
---------
Lv.0。
それが俺の受け取ったステータスだ。
「レベル0。そりゃ、愛想をつかされて当然か」
レベルだけじゃない。
そのほかの項目も、HPを除いてオール0。
一般的に授与されるレベルは100が基本だと言われている。
レベル0だなんてのは、問題外もいいところだった。
「しかも、言い渡されたクラスは、不遇職の贈与士だし」
他者にレベルを贈与することしかできないこのクラスは、不遇職の代表格と言われており、多くの者から忌み嫌われている。
誰だって、剣士や魔術師、召喚士などの花形のクラスに就きたいからな。
「はぁ……やっちまった。これじゃ、キレーヌも怒って当たり前だよな」
キレーヌは6歳の頃からの許嫁で同じ魔術学院に通っていた。
彼女は俺よりも先に〈祝福の儀〉を終えていて、俺の十五歳の誕生日に合わせて結婚する予定だったんだ。
俺がこんなクソみたいなステータスを受け取らなければ。
今日を迎えるまでは、キレーヌとは本当に仲がよかった。
魔術学院でも、周りからお似合いのカップルだって、何度も羨ましがられたっけ。
「期待させていた分、落胆も大きいよな……」
この世界では〈祝福の儀〉を迎えた男は許嫁と結婚し、冒険者としてダンジョンに赴くことになる。
ダンジョンに挑むには、当然、自分のレベルが重要になってくる。
というのも、魔物を倒すたびにレベルがダウンするからだ。
レベルが上がることは絶対にあり得ない。
魔物を倒すたびにステータスはガンガン下がっていく。
魔物を倒し続けると、最終的には誰もが等しくレベル1となる。
だから、〈祝福の儀〉で受け取るレベルがとても重要なのだ。
人生のすべてと言ってもいい。
ダンジョンの魔物を倒して冒険者ギルドから報酬を受け取り、またダンジョンに入っていく。
そんな風にして、男は十五歳のうちに生涯賃金をきっちりと稼いで妻を養う必要がある。
けど、俺のこのゴミみたいなステータスじゃ、キレーヌはとてもじゃないけど養えない。
(あれだけ美人なキレーヌのことだから、新しい相手はすぐに見つかるはずだけど)
でも、貴重な青春時代を無駄にさせてしまった俺の罪は、計り知れないくらいにでかい。
「俺みたいなヤツがこの国に居座ってたら、目障りだろうし……。うん、すぐに出て行こう」
女を養えない無能な男は、国から出て行くのがここゾルダン王国のしきたりだ。
もし、願いが叶うのなら。
キレーヌだけはどうか幸せになってほしい。
「不甲斐ない男を許してくれ。ごめん、キレーヌ……」
俺は、遠くに見えるアパートに向けて深々と頭を下げると、城門へと向けて歩き始めた。
〇
「ぅぅっ……さみぃぃ……」
ブルブルと震えながら、俺は雪の降りしきるゾルダン平原を当てどもなく歩いていた。
聖水とポーションはすでに使い果たしていて、これからはいつ魔物が襲いかかってくるか分からない状況だ。
(レベル0の俺が魔物なんて倒せるはずもないし……。どのみち、死ぬ運命か)
〈祝福の儀〉で平均的なステータスを受け取れなかった時点で、俺の人生は詰んでいたと言える。
夜空から舞い落ちる粉雪に目を向けながら、一体俺の人生は何だったのかと回想していると――。
「ツゥゥラァァ!」
(!)
前方から有翼系の魔物がこちらに目がけて飛んでくるのに気付く。
ブラッディノドンだ。
---------
【ブラッディノドン】
Lv.30
HP 350/350
MP 30/30
【習得】
《吸収》
【系統/クラス】
有翼系/D
---------
クラスDに分類される魔物でそこそこ強い相手である。
厄介なのは《吸収》。
相手のレベルを吸収する操作魔法を使ってくるが、レベル1相手には当然通用しない。
(多分、レベル0の俺にも効かないはず……)
そもそも、吸い取られるレベルがないんだ。
(でも、攻撃を受けないに越したことはないか)
国を出る際に、途中で見繕った兵士の剣を前に構える。
とはいえ、俺の攻撃力は0なので攻撃を当てることはできない。
ただ、逃げるための奇策として剣を構えただけだ。
が。
「ツゥゥラァァ~~!」
「うわぁ!?」
ブラッディノドンは怯むことなくこちらに攻撃を仕掛けてくる。
まぬけにも、俺は雪の上に尻もちをついてしまった。
(ぐッ……どうする!?)
魔物もバカじゃない。
こっちに攻撃能力がないことがバレてるんだ。
今のはフェイント。
次は、間違いない攻撃を当てにくるに違いない……。
(俺のHPは10だ。クラスDの魔物に突撃を喰らったら、間違いなく即死だ)
とにかく逃げるしかない。
雪の上に落としてしまった兵士の剣を拾うと、俺は一目散に駆け出した。
「……っ、はぁ……っはぁ……はぁッ……!」
雪に足が取られて思うように前に進まない。
そうこうしているうちに、ブラッディノドンは背後まで迫ってきていた。
「ツゥゥラァァ!」
ダメだ……! 逃げ切れないっ!
背中越しのブラッディノドンが大きく翼を広げて、今度こそ攻撃を当てようとしてくる。
だが。
相手が仕掛けてきたのは突撃じゃなかった。
(!? まさか《吸収》……?)
ブラッディノドンの足元に、輝く紫色の魔法陣が発生する。
そして。
「ツゥゥラァァ~~!!」
鋭い雄叫びを上げながら、ブラッディノドンは《吸収》の魔法を繰り出してきた。
「っ!」
とっさに、俺は兵士の剣を盾代わりにして防ごうと試みるが、そんなもので防げるほど甘くない。
バヂィィーーン!
《吸収》の操作魔法が俺の体にぶち当たる。
けれど。
その時、信じられないことが起った。
キュイィィィ~~~ン!!
(ッ、なんだ!?)
かつて経験したことのない力が奥底から溢れ出てきて、俺の体は無意識のうちに動く。
ザシュッーーー!!
気付けば、俺はブラッディノドンを真っ二つに斬っていた。
ドスンッ!
二つに切り裂かれた魔物の亡骸が雪の上に落ちる。
「……な、にが、起きた……?」
兵士の剣のカチカチを震わせながら、足元に落ちたブラッディノドンに目を向ける。
俺の攻撃力は0のはず。
兵士の剣の性能も【攻撃力×1.2】というもので、0にそれをかけたところで0のままだ。
(だから、攻撃を当てることはできないはずなのに……どうして……)
それと、先程から全身に漲ってくる力の正体が知りたくて、俺はひとまずステータスをオープンすることにした。
光のディスプレイに表示された内容を見て、俺は再び目を見開いた。
---------
【ラセル・ルーク】
Lv.999
HP 9999/9999
MP 999/999
攻撃力 9999
防御力 9999
魔法力 9999
素早さ 9999
【クラス】
贈与士
【スキル】
固定スキル:《贈与+)》
EXスキル:《叛逆レベリング》
スキルポイント:なし
【習得】
なし
【装備】
兵士の剣
【アイテム】
なし
---------
「ファッ!? レベル999?!?!?!」
俺は驚きのあまり大きくスッ転んだ。
レベル999……?
ステータスも大幅に上昇しているし、一体なんの冗談だ、これは!?
だが、驚くのはまだ早かった。
すぐにもう一つ変化している点に気付いた。
「《叛逆レベリング》?」
EXスキルの項目はいつの間にか解放されている。
すぐに画面をタップすると、突然、アナウンスが頭の中に響き始めた。
【おめでとうございます。レベル999を授与されたため、贈与士のEXスキル《叛逆レベリング》が解放されました。】
「は……?」
そこに表示された内容を見て、俺はまたも大声を上げた。
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【EXスキル】
《叛逆レベリング》
内容:魔物を倒すたびに毎回レベルが上がる。上限はレベル999。
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「うぉぉぉぉい!?」
それは、この世界の掟をぶち壊す規格外の性能を持ったスキルだった。
「魔物を倒すたびにレベルが上がるって……いやいやいやっ! 意味が分からないんだが!?」
雪の上で俺はのたうち回った。
ぶっちゃけ、かなりパニックだ。
レベルは敵を倒すたびに下がるものだからだ。
それは、幼い頃から大人たちに言われ続けてきた普遍的な常識のはず。
現に、俺はその場面を何度も見てきている。
魔術学院の先輩たちが十五歳で冒険者になって、ダンジョンに入るたびにレベルが減っていく現状を。
「……て、ちょっと待った! これ、さりげなく固定スキルも変化してないか!?」
震える指先を押さえながら、俺は固定スキルの項目をタップすると、またも頭の中にアナウンスが流れる。
【おめでとうございます。レベル999を授与されたため、贈与士の固定スキル《贈与+)》が覚醒しました。】
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【固定スキル】
《贈与+)》
内容:相手にレベルを分け与えることができる。また、分け与えたレベルに応じてスキルポイントが加算される。
---------
「スキルポイントが加算される……。これまでの《贈与》にはこんな性能なかったぞ……!?」
スキルポイントとは、技や魔法を習得するのに必要なものだ。
パネル上で技や魔法を解放して、その都度ポイントを消費する必要がある。
レベル同様に、スキルポイントも〈祝福の儀〉で授与されるもので、受け取ったポイントがそれ以上増えるようなことは絶対にない。
だから、どの技や魔法を解放していくか、みんな慎重になる。
剣士のクラスを言い渡されたのなら、基本的には剣技のスキルパネルを解放していくことになる。
なぜなら【特化ボーナス】が付くからだ。
魔術師なら攻撃魔法のパネル、召喚士なら召喚術のパネルを開いていく。
(スキルポイントなんて、俺には関係のないものだって思ってたが……)
しかし、画面の内容を信じるならば、スキルポイントは入手可能ということになる。
贈与士に特化したスキルパネルは無いけど、解放できないわけじゃない。
「相手にレベルを分け与えると、スキルポイントが加算されるなんて……。夢のようなスキルになったぞ、これ……はははっ」
乾いた笑い声を上げながら、俺は夜空を仰いだ。
どうしてこんなことになったのかはよく分からなかったが、現に俺のレベルは999になっているんだ。
今なら、ゾルダン王国へ戻って、キレーヌに会いに行けば復縁させてもらえるかもしれない。
「よし! 今からでもキレーヌのところへ戻って謝ろう。それでやり直しさせてもらうんだ!」
許嫁としての責任をこのまま放棄するわけにはいかない。
ひょっとすると、俺がレベル999となったのは、神様の粋なはからいだったのかも。
尻についた雪を払いながら立ち上がると、俺はゾルダン王国へと向けて歩き始めた。
〇
夜の平原をしばらく歩いたところで気付く。
(? なんだろう?)
前方の真っ白な雪の上に何か黒い影のようなものが見えた。
(まさか、魔物……?)
兵士の剣を取り出して前に構えるもすぐに思い出す。
そうだ。
今の俺はLV.999なんだ。
「ビビる必要はないか」
しかも、魔物を倒してもレベルは下がらないという無敵の状態にある。
魔物が襲いかかって来るなら、むしろ望むところだった。
「♪」
スキップでもするような気軽さで、その影へ向かって歩いていく。
が。
その輪郭がはっきりとし始めたところで、俺はハッとした。
「! 人が倒れてる……!?」
しかも、若い女の子だ。
俺は一目散に彼女のもとへと駆け出した。
「おい、大丈夫か!?」
そう声をかけるも相手の反応はない。
仕方ないので抱きかかえる。
(!)
間近で見る少女は、とても美しく透き通った顔立ちをしていた。
白銀の長い髪はとても艶やかで、ピンク色のカチューシャは雪の中でとても輝いている。
衣服はドレス風のとても上品なグリーンの服を身にまとっていた。
年齢は俺と同じくらいかもしれない。
「あんた、平気か?」
何度か肩を揺すっても少女は目を閉じたままだ。
すぐに俺は異変に気付いた。
「……血!?」
彼女の腹部は、毒々しい赤い血で染まっていたのだ。
(っ……どうすれば……)
このまま彼女を背負ってゾルダン王国へ向かうか?
いや……ダメだ。
血は乾きつつある。
おそらく、魔物に襲われて長い時間ここに倒れていたんだろう。
(ゾルダン王国へ運んでいるうちに、大変なことになるかもしれない……!)
今この場で止血しなければ、少女に命の危険があった。
だが、もうポーションは使い果たしてしまっている。
「やっぱり、この子を背負って行くしか……」
そう思ったところで、俺はあることを思い出した。
「……待てよ? この子にレベルを贈与すれば、スキルポイントが手に入るんじゃないか?」
スキルポイントが加算されれば、白魔法を習得できる。
何かを迷っているような暇はない!
少女の前に両手をかざすと、俺は大声で唱えていた。
「森羅万象の理よ。因果を受けし我は汝に力を与えん。レベル200――《贈与+)》!」
シュピーン!
すると。
目の前の少女の体が輝きをもって発光する。
やがて、彼女から浮かび上がった光の玉が俺の中へと入り込んできた。
【レベル200を贈与したため、スキルポイント[200]が加算されました。】
よし!
これでスキルポイントが入手できた。
俺はすぐに光のディスプレイを立ち上げて、白魔法のスキルパネルを開く。
---------
【白魔法/下位パネル】
〈01〉-〈02〉-〈03〉-〈04〉-〈05〉
〈06〉-〈07〉-〈08〉-〈09〉-〈10〉
〈11〉-〈12〉-〈13〉-〈14〉-〈15〉
〈01〉=???
〈02〉=???
〈03〉=???
〈04〉=???
〈05〉=???
〈06〉=???
〈07〉=???
〈08〉=〈人体修復〉
〈09〉=???
〈10〉=???
〈11〉=???
〈12〉=???
〈13〉=???
〈14〉=???
〈15〉=???
---------
スキルパネルは、習得する技や魔法それぞれに応じて、上位パネルと下位パネルの2種類が存在する。
初期は下位パネルの〈08〉だけがオープンされていて、隣接するパネルのみスキルポイントを消費して習得することが可能だ。
たとえば、〈08〉を解放した後は、〈03〉〈07〉〈09〉〈13〉のパネルが解放できるようになる。
(とはいえ、今の俺には〈08〉のパネルしか習得できないけど)
秒で〈08〉のスキルパネルをタップする。
---------
【消費スキルポイント:200】
〈人体修復〉
内容:対象相手のHPを小回復する。または、軽度の傷を修復する。
消費MP:30
---------
(魔術学院で習った通りだ。スキルポイント[200]を消費して〈人体修復〉を習得できるぞ)
回復術師なら【特化ボーナス×1.5】がついて、回復量を増やして施術することが可能だけど、今はそんなことは気にしていられない。
俺は即座にスキルパネルを操作した。
【スキルポイント[200]を消費して、〈人体修復〉を習得しました。】
「待ってろ。今、俺が治すから」
彼女を一度雪の上に寝かせると、俺は両手をかざして詠唱する。
「天の雨粒よ。白銀の大河のもとに集い、この手に命の躍動を――〈人体修復〉」
その瞬間。
夜闇に淡い光が舞い降りてくる。
それは、女の子の腹部を照らして、あっという間に傷を修復した。
「…………ぅ、んぅ……」
しばらくすると、少女が目を開けた。
「お! 目を覚ましたか!?」
「……っ、あなた様は……?」
「驚いたよ。こんなところで血を流して倒れていたから」
「……そういえば……。たしか私、魔物に襲われて……」
〇
それから俺は、どうしてこの場に倒れていたのか、その理由を女の子から聞いた。
どうやら、シャドウグリズリーに背中から襲われてしまったようだ。
幸いにも、彼女は身代りの宝珠を持っていたようで、それがあったおかげで瀕死で復活できたらしい。
敵はそれで興味を失ったのか、どこかへ消えていったということだった。
なんにしても命が助かってよかった、と俺は胸を撫でおろした。
「……でも、どうしてこんな夜中に、外になんか出てたんだ?」
普通、王国の城門は夕方を過ぎると閉まってしまう。
こんな夜中に雪の降りしきる平原にいたのは、少し奇妙だった。
「その前にお礼をお伝えさせてください。回復術師様。助けていただきまして、本当にありがとうございます。あなた様がいなかったら、私は命を失っていたことでしょう」
彼女は胸に手を当てて頭を下げる。
その気品ある振舞いは、とても慣れているという印象だった。
「お礼を言われるようなことはしてないよ。あんな状態で倒れてたんだし、助けるのは当然だ。それに、俺は回復術師じゃないんだ」
「そうなのですか? でも、白魔法をお使いになられたのではないでしょうか?」
「話すと少しややこしくなるから割愛するけど、俺は贈与士なんだよ」
「贈与士? 贈与士って、ほかの方へレベルを分け与える、あの……」
――不遇職。
そう言おうとしたのかもしれない。
たしかに、贈与士なんて馴染みのないクラスを耳にしたら、こんな反応にもなるか。
「俺の名はラセル・ルーク。実はさっき君にレベルを贈与したんだ」
「私に……ですか?」
「勝手なことをして悪かった」
「そんな……それが本当なら、とんでもないですよ。言われてみたら、たしかに全身から力が溢れ出てくるような気がします」
「そうか。これも何かの縁だ。よかったら、君の名前も教えてくれないか?」
「あっ! ごめんなさい……私ったら。ご挨拶がまだでしたね」
女の子はそこでぺこりとお辞儀をする。
「私はレイミラと申します。辺境にある集落で暮らしています」
「集落?」
「はい。私がこの場所を通りかかったのは、ゾルダン王国へ行った帰り道だったからなんです」
「どういうことだ?」
そこで俺は、改めてレイミラから詳しい話を耳にする。
「私が暮らす集落では、わけあって国を出ることになった者たちが大勢暮らしています。そこで暮らす者たちのレベルは皆1で、私たちは魔物の襲撃から逃れるように場所を転々として生活を送っているんです。それで定期的にゾルダン王国へと赴いて、教会の方たちから好意で食料などを分けてもらっています」
レイミラは、魔法ポーチの中身を俺に見せながらそう言う。
ちなみに魔法ポーチっていうのは亜空間に繋がっている袋のことで、そこには色々な物を詰め込めたりする。
「なるほどな。その帰り道に魔物に襲われたってわけか」
「はい。ですから、あなた様に救っていただき本当に助かりました。この魔法ポーチの中には、貴重な食料が入っておりますので」
一般的に〈祝福の儀〉でレベルを授与された者は、ダンジョンでのクエストをこなして報酬を稼いでいるうちに、自然とレベル1となる。
自然とそうなる分にはいいんだけど、中には俺みたいにまったくレベルを授与されないなんてヤツもいる。
もしかすると、レイミラが暮らしている集落もそんな者たちが集まってできたのかもしれない。
「そういうことなら、礼には及ばないぞ。俺もスキルの検証ができてむしろ感謝してるくらいだからな」
「さっき、ラセルさんがおっしゃっていたレベル贈与の件でしょうか?」
「ああ。一度、自分のステータスを見て確認してみるといい」
俺の言葉に従ってレイミラはステータスをすぐに確認する。
それを目にして彼女は大きく驚いた。
「……うそっ。ホントです! 今、私Lv.201になってます……! ステータスの数値もこんなに上がって……。こんなにレベルを受け取ってしまってよかったのでしょうか……?」
「ああ、気にしないでくれ。今の俺のレベルは799だから」
「799!?」
「正直、俺自身もまだこの状況を上手く飲み込めてないんだ。でも、ちゃんとレベルが増えたようならよかった。HPも自然と上がっただろ?」
「はい……。あの、命を助けてもらったにもかかわらず、レベルまで贈与していただけたなんて、私なんてお礼をしたらいいか……」
「いや、本当に礼なんていいよ。俺が勝手にやったことだ。それよりも、このまま1人で集落まで帰れそうか?」
そんなことを訊ねていると――。
「ホォ゛ォオオオオッ~~!!」
突然、前方から何かの雄叫びが聞こえてくる。
「!? ラセルさん! さっきの魔物です!」
「なに? てことはシャドウグリズリーか?」
「はい! 今すぐここから逃げませんと……」
レイミラはその場から立ち上がるも、すぐに足首を押さえてしゃがみ込んでしまう。
「痛っ」
「どうした!?」
俺はレイミラのもとに駆け寄る。
どうやら、足首をひねってしまったようだ。
(まだ本調子じゃないんだ)
それに、あんな風に襲われたトラウマもあるに違いない。
いくらレベルが200増えたからといって、連続で攻撃を受けたら今度こそ命が危ないかもしれない。
「……俺があいつを倒す。レイミラはここで少し待っていてくれ」
「ですが、相手はクラスCの魔物です……」
「ああ。知ってるよ」
ゾルダン王国の周辺に生息する魔物については、魔術学院の授業で何度も勉強してきた。
シャドウグリズリーは、物理攻撃に特化した獣系の魔物だ。
---------
【シャドウグリズリー】
Lv.70
HP 780/780
MP 40/40
【習得】
〈凶裂吼爪〉
〈キリング・ハンド〉
【系統/クラス】
獣系/C
---------
シャドウグリズリーには通常攻撃と魔法による攻撃が効かない。
また、物理攻撃与ダメージ2倍・被ダメージ2倍という極端な特徴を持っている。
(今のステータスでも、この剣でいくら殴ったところで、相手にダメージを与えることはできないな)
兵士の剣を前に構えながら、俺はレイミラの前に出る。
「ホォ゛ォオオッ! ホォ゛ォオオッ!」
雪の降りしきる中、敵はゆったりとした足取りでこちらへ向かって迫ってきていた。
どうやら見逃してくれはしないようだ。
こうなれば、やることは限られている。
「レイミラ。またちょっと勝手にやらせてもらうぞ」
「え?」
俺は再び彼女の前に両手をかざして口にした。
「森羅万象の理よ。因果を受けし我は汝に力を与えん。レベル300――《贈与+)》」
シュピーン!
すると、またレイミラの体は輝きをもって発光する。
それと同時に、光の玉が俺の中へと入り込んできた。
【レベル300を贈与したため、スキルポイント[300]が加算されました。】
これで新しく何か習得することができる。
シャドウグリズリーとの間合いを確認しつつ、俺は今度は剣技のスキルパネルを開いた。
---------
【剣技/下位パネル】
〈01〉-〈02〉-〈03〉-〈04〉-〈05〉
〈06〉-〈07〉-〈08〉-〈09〉-〈10〉
〈11〉-〈12〉-〈13〉-〈14〉-〈15〉
〈01〉=???
〈02〉=???
〈03〉=???
〈04〉=???
〈05〉=???
〈06〉=???
〈07〉=???
〈08〉=〈桜花斬〉
〈09〉=???
〈10〉=???
〈11〉=???
〈12〉=???
〈13〉=???
〈14〉=???
〈15〉=???
---------
まずは〈08〉のスキルパネルをタップする。
---------
【消費スキルポイント:250】
〈桜花斬〉
内容:対象敵にダメージ小の剣技を打ち込む。また、一定確率で敵をスタン状態とする。
消費MP:25
---------
これが[250]のスキルポイントを消費するのは承知済みだ。
この剣技を習得しただけでも敵を倒せるに違いなかったが、ここは念を入れる。
俺はそのまま〈03〉のスキルパネルもタップした。
---------
【消費スキルポイント:50】
〈命中率×1.2〉
内容:対象敵に剣技を当てる際、命中率が1.2倍となる。
---------
(シャドウグリズリーは身のこなしが素早い。ここは一撃で必ず仕留める……!)
今、俺のレベルは499だが、さすがに物理攻撃与ダメージ2倍の技は受けたくない。
それに、後ろにはレイミラがいる。
(こういう局面では、舐めプしないことが重要なんだ)
魔術学院で何度も習ってきた教訓だ。
【スキルポイント[250]を消費して、〈桜花斬〉を習得しました。】
【スキルポイント[50]を消費して、〈命中率×1.2〉を習得しました。】
頭の中で流れるアナウンスを確認すると、俺は目の前から迫ってくるシャドウグリズリーに向き直った。
「ホォ゛ォオオオオッーー!!」
こっちの存在に気付いたようだ。
敵はもの凄い雄叫びを上げながら、一直線に突撃を仕掛けてくる。
俺は兵士の剣を前方に構えて狙いを定めた。
「我が剣に導きの力を統べよ。白刃を引きながら斬り伏せ――〈桜花斬〉!」
ズバシュギギギィィィーーンッ!!
兵士の剣を思いっきり振り抜くと、円状の衝撃波がシャドウグリズリーの巨体を真っ二つに引き裂く。
悲鳴を上げる間もなく、敵は無残な形でその場に倒れた。
「すごいっ……ラセルさん! シャドウグリズリーを倒してしまいましたっ!」
指を組んで目を輝かせるレイミラ。
どうやら、彼女に被害が及ぶことはなかったようだ。
「よかった。今度は傷を負わせることなく済んだみたいだな」
「はい。本当にありがとうございます。ラセルさんのおかげです」
レイミラがぺこりと頭を下げるのと同時に、頭の中に再びアナウンスが響く。
【シャドウグリズリーを1体倒したため、レベルが[1]上がりました。】
それは、これまでの常識が覆る瞬間だった。
本当にレベルは上がるんだ……!
(本来、魔物を倒したらレベルは下がるもんなんだけどな)
未だに《叛逆レベリング》のチートっぷりには慣れない。
興奮さめやらぬまま、俺はそのままステータスを一度開いてみた。
---------
【ラセル・ルーク】
Lv.500
HP 5000/5000
MP 445/500
攻撃力 5000
防御力 5000
魔法力 5000
素早さ 5000
【クラス】
贈与士
【スキル】
固定スキル:《贈与+)》
EXスキル:《叛逆レベリング》
スキルポイント:なし
【習得】
〈桜花斬〉
〈人体修復〉
【装備】
兵士の剣
【アイテム】
なし
---------
レベルは贈与した分下がってしまうが、習得した技や魔法が消えることはない。
これからは、魔物を倒すたびにレベルが上がるし、それをまた贈与してスキルポイントを手に入れたら、双方にもwin-winなんじゃないのか、これ?
俺は少し気になっていたことをレイミラに訊ねた。
「レイミラ。それで話の続きなんだけど、集落の人たちのレベルはみんな本当に1なのか?」
「あ、はい。全員がそうですね」
「てことは、今のままだと誰も魔物を倒せないってわけか」
「そうですね。だから、隠れるようにして皆で生活を送っているんです。といっても、私はラセルさんからレベルをいただきましたから、私だけすごいことになっちゃってますけど……」
「なるほど」
俺は一度頷くと手を叩いた。
「よし! ならさ、俺がその人たちにレベルを贈与して魔物とも戦えるようにするよ」
「え、でも……。そんなことをしたら、ラセルさんのレベルが」
「さっきは言ってなかったけど、俺は魔物を倒してもレベルは下がらないんだ。むしろ上がる」
「ハイ?」
レイミラは口を開けたまま停止してしまう。
まぁ、無理もないだろう。
ついちょっと前の俺もそんな感じだったからな。
それから俺は、レイミラに自分の素性とその身に起こった出来事を話した。
けど、理解してもらうまでにはそれなりの時間がかかった。
〇
「――にわかに信じられません。魔物を倒すとレベルが上がるだなんて……」
「だよな。俺もまったく同じ感想だよ」
「ですけど、ラセルさんのおっしゃっていた意味が分かりました。つまり、《贈与+)》で相手にレベルを贈与すると、ラセルさんはスキルポイントが手に入るんですね」
「そう。だから、お互いにとってwin-winだと思うんだ。レベル1のままビクビク過ごすのは精神的にもきついと思うし」
「たしかに……。ラセルさんからレベルを500もいただいてしまって、なんだかとても安心感が生まれました」
たとえ、魔物を倒すことはできなくても、レベルが上がればHPも増えるから、死の恐怖に怯えずに済む。
〈祝福の儀〉でレベル0を授与されて俺も相当に気が参ったから、その気持ちは痛いほど理解できた。
「だから、集落へ案内してくれないか? ほかの人たちの役に立ちたいんだ」
「本当によろしいんでしょうか? その、許嫁の方は……」
「キレーヌのもとにはあとでちゃんと行くよ。でも、今は集落の人たちにレベルを分け与えたい」
「……分かりました。ラセルさんのご厚意、本当に感謝いたします」
レイミラは深々と頭を下げると、びしっと背筋を正す。
「こちらです。ついて来てください」
「おう」
雪の降る真夜中。
俺は、命を救った女の子の背中を追っていく。
これから人のために、何か大きな役に立てそうな予感を胸に抱きながら。