4話
少し歩くとそこまで離れてなかったのか、すぐに家に着いた。
ちなみに、彼女は
「もう、歩けない」
と言っていたので、僕が仕方なくおんぶをすることにした。………正直、とてもしんどかった。
女の子が重いのではなく、ただ単に僕の体力が乏しいだけであって、女の子自体はものすごく軽かった。なんか悔しかった。
玄関に入るとメイドが出迎えるが、いつものように嫌そうな顔をすると、僕に要件だけを伝えてそそくさと立ち去っていった。
背負っている女の子はその様子を不審に思ったのか、僕に聞いてきた。
「ねぇ、君、何かしたの?」
「 いや、僕自身は何もしてないんだけど周りがね………」
「……………わかった」
女の子が何を思ったのかは分からないが、納得したのならそれでいいだろう。
ちなみにおじいちゃんは用事で家を空けているそうだ。
「とりあえず、僕の部屋に行こうか」
僕は女の子を背負ったまま、家の外にある物置小屋へと向かった。
物置小屋に着くと僕は女の子を下ろして外に待たせて、部屋の中を少しだけ整理した。
「ふぅ……」
物置小屋の中は、ものを置く場所の他にベッド、机、椅子という、どこにでもあるようなありふれた内装となっていた。
ちなみに机の上には、おじいちゃんが僕に読み聞かせてくれた絵本や勉強するための本が数冊置いてあり、ベッドには敷布団と掛け布団がそれぞれ一枚ずつ敷かれている。
僕はベッドの上の布団をたたみ、本を机の中にしまうと外で待たせている女の子を中に入れた。
中に入り、僕は椅子に、女の子はベッドに座ってもらった。
「えっと、じゃあまずは君が誰でどこから来たのかを教えてくれないかな?」
「……そんなことより、お腹がすいた」
「あ、ごめん!そういえばそうだったね。ちょっと焦ってたよ……」
僕は、机の中にこっそりしまってある非常食用のクッキーの入った缶を女の子に渡した。
女の子は蓋を開けると、それがなんなのか分からないのか、物珍しそうに観察していた。
「これ、何?」
「えっと、それはクッキーっていうお菓子で、甘くてとても美味しいんだ」
「……………(パクッ)。…………おい、しい!」
そこから女の子がクッキーを食べる速度が格段に上がった。
一枚食べたらいつの間にか二枚目も食べていて、そしたら三枚目もいつの間にか口に入れているという、もはや神業みたいな感じになっていた。
そして結局、クッキーの入った缶は一瞬で空っぽになった。あぁ、僕の非常食…………
「…………とても、おいしかった。ありがとう」
「うん、どういたしまして。えっと、じゃあ質問してもいいかな?」
「うん、いいよ」
「まず、君は一体誰なんだい?」
「私はシャナ。精霊って言ったらわかる?」
「え、精霊って、もしかしてあの大戦で負けたっていう………」
絵本で読んだことがある。大昔、人間族と精霊族は契約という名のもとに共存していたが、傲慢な精霊族たちは人間族が所有していた資源を狙った。
もちろん人間族はそれを拒み、そして両者との間で戦争が起こった。
結果は精霊族の敗北。彼等は人間族の前から姿を消し、人間族たちは代わりに魔法という概念を作り上げた。
「その認識は間違い。元々、戦争なんか起こってない。傲慢だったのは人間の方。資源を狙ったのも人間。そして私の先祖は人間達を見限り、姿を消して関わりを持たないようにした。まずそこから認識を改めるべき」
「そうだったんだ……。じゃあ悪いのは精霊じゃなくて人間だったんだね」
「そのとおり。そして私はその精霊族」
「へぇ。じゃあなんで君はあんな場所で倒れていたの?」
「……話したら、長くなる」
「僕は大丈夫だよ」
「なら、いい」
シャナの話によると、彼女が育った村は精霊族が人間族から関係を絶ってから移り住んでいた村で、その村の村長がおよそ十年前からとある事を始めたという。
それが、
『人間と関わらなくなってから千年以上経つからそろそろ元の関係に戻してもいいんじゃね?』計画だという。
その内容は精霊が村の外へ出て、そこで人間と契約し昔のような共存関係になろうというもので、一見簡単そうに見えるようなものだった。
まず精霊には階級というものが存在する。
意志を持たず、そこら辺をただ漂っている下級精霊。
意志を持っているが、体は小さく妖精のような存在で、小さいのからそこそこの力を引き出せる中級精霊。
体の大きさは人並みで、大きな力を引き出せる上級精霊。
体の大きさは伸縮自在で、小さいものから世界を揺るがすほどの力を引き出せる大精霊。
主にこの四つに分かれている。
昔の人間は精霊と契約する際に、その精霊と契約するにふさわしいかどうかなどが、契約の内容となっていた。
器の大きさによって下級精霊から大精霊の内の、さらに属性までもが決まるらしい。
ちなみに契約する前の人間には精霊が見えず、力も平凡だった。
だから、契約は簡単だろうというのが村の住民の見解だったそうだ。
だがしかし、そこで問題が発生した。
それが、人間族の衰退である。
昔の彼らは、大精霊まではいかなかったものの、上級精霊と契約する人は稀に存在していて、普通の人でも中級精霊と契約するのが一般的だったらしい。
だが、計画の第一貢献者である中級精霊がおめおめ帰ってきたのでどうしたのかと聞くと、人間族の器がこれ以上にないくらい小さすぎて、契約が出来なかったという。
そう、精霊たちは人間という生物を甘く見ていた。
彼等は精霊と関わりを失うことで、時が経つにつれ器が小さくなってしまったのだ。
これを聞いた住人たちは騒然とした。
このままでは、精霊族と人間族との間の交流が永遠に途切れてしまう。
そうなってしまえば、精霊たちの村はこれからも発展せず、ずっとこのままだ。
それだけは阻止しなければ。
それから十年、結局契約した精霊は一人もおらず、現状維持の状態が続いている。
シャナも計画に組み込まれたうちの一人だったそうだ。
僕と会うまでは、世界中のあちこちを転々として回っていたが、やはり契約できる人間はいなかった。
世界を旅しているうちにお金も尽き、お腹が減りすぎて体力もなくなり倒れていたところを僕が見つけたというのが今回の顛末だ。
「………これで終わり。わかった?」
「うん、わかったよ」
嘘である。
僕の理解力では半分弱しか理解できなかった。
「そう。それじゃあ、私からも一つ質問してもいい?」
「うん、いいけど」
「どうしてあなたの目は、ずっと暗いままなの?」
「……………え?」
何を言っているんだろうこの子は。
僕の目って…………
「えっと…………それってどういうこと?」
「初めて見た時から気になってた。あなたの目は、何かを諦めた人の目。だから、あなたに何があったのか、教えて欲しい。」
「……………」
いいのだろうか。シャナにこの話をしても。
いくら精霊だとしても、僕の状況を伝えたら他の人と同じように、僕を軽蔑するかもしれない。
すると僕が黙っているのを見たシャナは、
「怖いのなら、話さなくてもいい。でも、これだけは忘れないで。私は、君がどんな人でも、どんな状況に置かれていても軽蔑したり拒否したりしない。………だって、やっと見つけたから。君のような、器の大きい人に」
その言葉が引き金だった。
「僕はーーー」
そこからは、言葉がスラスラと出てきた。
生まれてから一歳で魔力がないと言われたこと。
それが原因で、家族から嫌われるようになったこと。
五歳でバレた時に同年代の子や街の人から魔無しや忌み子と呼ばれるようになり、いじめられるようになったこと。
それが今も続いていること。
そして、そんな僕にも少しだが味方がいること。
今まで一人で抱え込んでた分を目の前の出会ったばかりの女の子に話したのに、何故か僕の胸はスッキリしていた。
でも、やっぱりシャナは僕のことをよく思ってはいないのではないかという不安が頭をよぎる。
すると彼女は、黙ったまま立ち上がると僕の方に歩いてきた。
え、なに?
僕なにかされるの?
しかし僕のそんな心配は杞憂に終わった。
彼女は手を広げると、僕の頭をその胸の中に包み込んだのだ。
彼女の話から察するに体は長い間洗っていないはずなのに、ほんのり甘いようないい香りがした。
「…………よく、頑張った。これからは私がついてるから、心配しなくていい。」
「っ!」
「もう、我慢もしなくていい。君が一人で抱える必要はもう、なくなった」
僕はいつの間にか、涙を流していた。
そういえば最後に泣いたのっていつだっただろう。
そんなことを考える暇もなく、僕はシャナの胸の中で感情をぶちまけることになった。
シャナは何も言わず、ただ僕の頭をさすって微笑みながら見守ってくれていた。
「……………グスッ」
「…………そういえば」
「…………どうしたの?」
「君の名前、聞いてない」
「そういえばそうだったね。僕の名前は、ユーリス・ヴァレンツァ。この街の男爵家の三男だよ。これからよろしくね、シャナ」
「………うん、よろしく」
そう言って彼女は微笑んだ。
多分僕が今まで見た中で、一番綺麗な笑顔だと僕は断言できる。
こうして、僕はシャナという名の精霊と共に、これからの日々を過ごすことになった。
感動する話にしようとしたはずなのにいざ読み返してみると………………なにコレヘ(゜д゜)ノ