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25 王都

 専用列車がパデレシチ中央駅に到着し、王太子一行がホームに降りるなり、無数の撮影光が焚かれた。驚くスタニスワフを護衛が庇い、王宮への馬車に乗せて出発した。


 カトレインやグロースで行動を共にした少年たちもそれぞれの家から迎えが来ていた。次期公爵となる長兄エドムンドが妹を抱擁した。

「お帰り、カトラ。疲れただろう」

 使用人たちも王都に留まった者と再会を果たし、公爵家の人々は馬車で屋敷へと移動した。


 公爵邸では、母イザベラが笑顔で出迎えた。

「お帰りなさい。セービンでもグロースでも色々あったようね。心配していたのよ」

 娘を抱きしめて、公爵夫人は長女が家族の元に戻ったことを実感していた。次兄テオドルや弟妹たちもカトレインを取り囲んだ。


「鉄道はどうだった?」

「グロースで傭兵が暴れたって新聞に載ってたけど、本当?」

「雪虎ってまだ国境にいるの?」

 質問攻めにする子供たちを乳母や家庭教師が追い立てた。

「カトレイン様はお疲れですよ。お話は明日にでも聞かせてもらいましょうね」


 不服そうにしながらも、ポニャトフスキ家の大勢の子供たちは従った。小さな妹たちにキスをして、カトレインは母と兄を振り向いた。

「やっと帰ってきた気がするわ」

「少し休みなさい。お父様が帰られたら知らせますから」

「はい、お母様」


 侍女たちと共に、公爵令嬢は久しぶりに自分の部屋に入った。使用人が持ち帰った荷物をほどいて片付けるのを眺め、部屋着に着替えた彼女は様々なことがあった旅を思い起こした。

「とても長かった気がしたけど、まだひと月も経っていないのね」

 旅に同行した侍女たちが、少女の言葉に笑い合った。

「無理もありませんわ。本当に色々なことがありましたもの」

「でも、旅の間に殿下とますます仲良くなられたようで」

「そうかしら。トマシュ様たち同年代の男の子との方が楽しそうだわ」

「もう少しご成長なされば、今度は御令嬢たちに目が行きます。そして、ご自分がどれほど素晴らしい姫君を許嫁にしているかお気付きになりますよ」

 侍女頭が真面目くさった顔で言った。侍女たちはくすくすと笑いだし、公爵令嬢の部屋は華やかな空気に満ちていた。



 夕食後、公爵は長男と次男、夫人と長女を書斎に集めた。彼らの前でカトレインは旅行中に起こったこと――主にグロースでの事件を報告した。

「まさか、傭兵まで呼び込むとはな」

「最初に襲われた見張り砦は旧モルゼスタン国境付近の場所だと聞きました」

「そこならザハリアスの占領地域か」


 ロウィニアの仇敵である大帝国の名を聞き、カトレインは不安に駆られた。

「また戦争になるのでしょうか」

 公爵は首を振った。

「本気で侵攻するつもりなら、宣戦布告と同時に陸軍を突入させている。傭兵を使ったのは失敗も折り込み済みの揺さぶりだろう」

「なくしても惜しくない捨て駒というわけか」


 次兄テオドルの言葉を公爵は否定しなかった。カトレインはモルゼスタンの認められない王子を思い出さずにいられなかった。

「セルゲイ様…いえ、アナトーリィ様は本気で祖国の再興を夢見ておられました」

「見果てぬ夢の中で死ねたのならまだ幸運だな。散々いいように使われたあげくに使い捨てられる現実を思い知る前に」


 テオドルの辛辣な言葉にカトレインは同意できなかった。

「殿下の心強い身内になってくれたかもと思うと残念です」

 公爵親子は王太子のもう一人の身内であるバルバラの修道院の話を聞かされ、一様に驚いた。

「武装修道院とはね…」

 エドムンドが苦笑いし、皮肉屋のテオドルは珍しく無言だった。公爵は愉快そうに語った。

「元々は要塞建設候補地だったのが、夢見がちな尼僧に先を越されたという訳か。おそらく本格的な武装化はあの方が就任してからだろうが」


 さすがに聖女の遺骨を売って資金源にした話は出来なかった。カトレインは別のことを話した。

「あの修道院は様々な理由で家族から逃げてきた女性を保護しています。それは間違いなく聖ツェツィリアの遺志を尊重するものだと思います」

「そうね、王妃様も恵まれない者を救う活動に力を入れてらしたわ」

 公爵夫人も娘に同調した。公爵は誇らしげに娘を見た。

「今回の公務旅行で殿下の活躍は新聞でも取り上げられている。かなり好意的な記事だ」


 国王が後宮に入り浸りの中、母親を亡くした後に健気に公務に取り組む幼い王太子という内容らしい。カトレインにしてみれば微妙に違う気もするが。

 それでも彼は多くの者を救ってくれた。自分も含めて。

 公爵令嬢は誇らしげに報告した。

「殿下は危機にあっても諦めたり投げやりになることはありませんでした。どんな時でも私やご友人を信頼なさっていました」


 満足げに頷いた後で、公爵は告げた。

「陛下への報告もある。明日にでも王宮に伺候するので早く休みなさい」

 夫人と長女はその言葉に従い書斎を出て行った。

 残った公爵と息子たちは今回の事件について率直な意見を出した。

「傭兵の襲撃に関しては内通者がいると見て間違いないだろう」


 公爵の言葉に長男は頷き、次男はより剣呑な見解を示した。

「なら、そのうち判明するよ。襲撃が失敗したからには内通の痕跡を消す必要があるから」

「消される可能性があるのか?」

「一番使い捨てにできる者がね」

 不吉な予言めいた言葉は書斎を沈黙させた。



 王都郊外にひっそりと建つブラウエンシュテット公爵所有の別邸。この屋敷の住人である側室ヴェロニカは、新聞の一面を飾る王太子の写真を引き裂いた。

「何が『小さな英雄』? 『鉄道を破壊から救った勇敢な次期国王』? 私の坊やを殺して王太子の地位にしがみついてるくせに!」


 温室の鮮やかな花に白黒印刷の新聞紙の破片が散らばった。忌々しそうにそれを踏みつけ、黒髪を振り乱したヴェロニカは手近な植木鉢を地面に叩き付けた。派手な破壊音が響いた後、荒い息のみが温室を満たす。

 かさりと葉がこすれる音がした。国王の側室はそちらに鋭い目を向けた。

「誰なの?」

 答える者はなく、彼女はますます苛立った声を出した。

「出てきなさい。必ず王太子を始末すると言った癖に、あんな使えない傭兵などに…」


 不意に首元に小さな痛みを覚え、ヴェロニカは手で押さえた。侍女を呼ぼうとしたが急激に全身の力が抜け、声すら出せない。

 彼女は膝をつき、温室の出口に向けて片手を伸ばした。助けを求める叫び声は喉で消え、膨れあがった舌が口からせり出す。そのままヴェロニカは倒れた。


 数時間が経過し、屋敷に戻らない女主人を探していた使用人が温室を覗いた。そして、苦悶の表情で息絶えている彼女を見て悲鳴を上げて駆け去った。引きずられるようにやってきた医師が、ヴェロニカ・ブラウエンシュテットの死亡を確認した。




 王都に帰還した翌日、カトレインは父親と共にスヴェアルト宮殿に伺候し国王リシャルドに謁見した。

 彼の姿を近くで見るのは王妃の国葬以来だったが、その老け込みようはカトレインを驚かせた。公爵令嬢はこっそりと王太子に視線を移した。スタニスワフは少し戸惑ったように父親を見ていたが、落胆や失望といった表情はうかがえなかった。


 少し安心しながら公爵と一緒に最敬礼をすると、国王はセービン―グロース線開通に伴う公務についてねぎらってくれた。

「幼い王太子をよく補佐してくれた。公爵令嬢にこれを」

 近習がビロードのクッションに載せて恭しく国王の前に運んできたのは勲章だった。

「聖ヨアンナ褒章を授ける」


 謁見室に集っていた者たちがどよめいた。カトレインは拍手してくれたスタニスワフに微笑み、素早く敵対勢力のチャルトルィスキ侯爵の様子を盗み見た。政敵の身内が讃えられているのに動ずる風もなく、彼は国王の近くに佇んでいた。

 女官が公爵令嬢のドレスに聖ヨアンナの象徴である糸車をかたどった勲章を付けた。再度国王に向けて淑女の礼をし、カトレインは謁見室を辞した。



「おめでとう、カトラ」

 奥宮でスタニスワフが自分のことのように喜んでくれた。

「式典で主賓を務めたのはスタシェク様ですのに」

「カトラと一緒だったからだよ」

 無邪気な称賛は素直に嬉しかったが、この褒章についてチャルトルィスキ侯爵らが反対しなかったのだろうかという疑問は頭から消えなかった。


 ポニャトフスキ公爵は予定より遅く奥宮に現れた。

「急用が出来ましたので、これにて」

 それだけ言うと、公爵は娘を連れて王宮を後にした。胸騒ぎを覚えながらカトレインは父に従い屋敷に戻った。

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