24 帰途
三日ぶりに訪れた聖ツェツィリア修道院を見て、王太子スタニスワフと彼の婚約者カトレインは言葉を失った。
修道院前は雪が吹き飛び、むき出しになった地面には大穴が空いていた。しかも一カ所や二カ所ではない。
大きな正門には何故か穴が開き、尼僧たちが木槌を振るう音が院内に響いていた。
「よく来てくれたね。グロースでは結構な活躍だと聞いたよ」
先王の妹である修道院長バルバラは甥の一人息子と婚約者を笑顔で迎えた。
「ちょっと後始末で騒々しいけど気にすることはないよ」
門を入ると頑丈な外壁では尼僧たちが二十八糎榴弾砲を整備していた。何故あんな物がという表情は王太子の護衛までがお揃いだった。院長は天気の話でもするような口調で説明した。
「あれは対ザハリアス戦役時代のものでね。まあ、壊れる前に下取りに出して新型を配備する潮時かねえ」
彼女に秘書役の尼僧が呼びかけた。
「院長様、武器庫の確認をお願いします」
「分かった」
さっきの単語は空耳だろうかという顔をする王太子たちをバルバラは案内した。
「礼儀知らずの傭兵どもがここを占拠しようと押しかけてきたんで追い払ったんだよ」
ようやく納得がいったように、スタニスワフが尋ねた。
「ここはそんなに重要な拠点なのですか?」
「まあね、元々は要塞を建設するつもりが妙な尼僧が礼拝堂を建ててしまった関係で尼僧院になったって訳さ」
礼拝堂の奥、聖遺物箱が収められた部屋の更に奥に、物々しい鋼鉄の扉があった。その中にずらりと武器弾薬が並び、担当の尼僧が在庫を細かく確認していた。
「全て収容しました」
報告を受けたバルバラは頷いた。
「閉鎖する。全員退去」
尼僧たちはしずしずと武器庫を出て、重い扉を閉めた。バルバラがこれも大きな鍵で施錠する。
鍵を手に院長が歩いたのは聖遺物箱の前だった。無造作に箱を開けて鍵を入れるのにカトレインが焦った声を出した。
「あの、それは聖女様の遺骨を収めているのでは」
「ああ、あれはとっくの昔に売っ払って施設拡充の足しにしたよ」
あっさりと修道院長は告白した。
「……売った……?」
「ちょうどアグロセンが王家肝いりの修道院を建てるって事で箔を付けたかったようで。右腕丸ごと渡してやったから、今ごろは傘下の修道院に小分けされてるんだろうね」
「そんな、聖女様の遺骨を…」
「元々、夢見がちな修道女がある日いきなり聖女の遺骨だって持ってきたものだし、まあ今のところ特にバチも当たってないから聖女様はお許しくださったんだろうよ」
聖光輪十字を掲げて祈りの言葉を呟き、バルバラは義理は果たしたとばかりに箱を閉めようとした。そして、ふと思い出したように小さな骨を手にした。
「ああ、一本だけでも残してくれって他の修道女に大泣きされて、薬指だけはあったんだっけ」
その骨には指輪が嵌められていた。古い丸甲の質素な指輪だが、表面に何かが彫られているのにカトレインは気付いた。
「盾…、それに楽器? これは聖ツェツィリアの持物では?」
「どうだろうね。聖ツェツィリアは山に入って姿を消したとしか伝えられてないから、真相なんて分かるはずもないし」
骨を箱に戻し鍵をかけ、バルバラは王太子たちに言った。
「さあ、今度はそっちの話を聞かせておくれ」
院長室で二人はグロースでのことを彼女に話した。傭兵部隊が町を襲い、修道院の店も襲撃を受けたこと、傭兵の言葉から鉄道が危険にさらされていると分かり急遽駆けつけたこと、援軍の列車と衝突させるための列車をかろうじて引き込み線に切り換えたこと、セルゲイにカトレインが拉致され蒸気車で追跡して奪還したこと。
「やれやれ、とんだ冒険だったね」
溜め息交じりに修道院長は感想を述べた。カトレインは気掛かりだったことを尋ねた。
「セルゲイ様はアナトーリィと呼ばれていました。この街を占領することでモルゼスタンを復興できるとも」
「それについてはうちの守備隊から情報が入ってるよ。セルゲイと呼ばれていたのはアナトーリィ・ソローキン。モルゼスタン国王が王妃の侍女に手を出して産ませた男児だ」
「庶出の王族だとおっしゃっていました」
「偶然第二王子セルゲイと同い年で容貌も似ていたため、軍事関係が苦手なセルゲイの替え玉をやらされていたようだね。侵略戦でセルゲイはあっさりと戦死して、それを隠すために第二王子になりかわってモルゼスタン騎兵を率いたんだ」
「叔父上は本気で国を取り戻すつもりだったのでしょうか」
「自分の名で再興の英雄になる夢でも見たか……、結局はいいように利用されただけだったけどね」
あの時の彼の顔は夢に狂った者のそれだったかもしれない。カトレインは自分の名を名乗ることも許されなかった流浪の王子に憐憫の情を抱いた。スタニスワフの無事を願う気持ちとは比較にもならなかったが。
「気の毒だと思っているのかい?」
子供たちの気持ちを代弁するようにバルバラが言った。
「はい。叔父上は喜ばないかも知れないけど」
王太子は迷い無く答え、別の事を口にした。
「傭兵を雇ってここを襲わせたのは誰か分かりますか?」
「難しいね。奴らは雇い主を簡単には吐かないだろうし、黒幕は代理人に交渉させただろうし」
そう言って王太子の頭を乱暴に撫でると、聖ツェツィリア修道院長は告げた。
「それは王都の大人たちの仕事だ。殿下は大手を振って帰還すればいい」
間もなく王太子の侍従がグロースに戻る時間だと知らせた。
二人が乗った橇を正門前で見送ったバルバラは、見知った顔がいるのに気付いた。
「来てたのかい」
「ご無事で何よりです、バルバラ様」
彼女に向けて白髪頭を下げたのはミハウ・グレツキだった。
「すまないね、あんたの玩具を壊してしまって」
「改造記録は受け取りましたよ」
「ポニャトフスキ公爵令嬢から、せめてものお詫びにと雪貂の毛皮を預かってるよ」
商会の先代会頭は目を丸くした。
「それはそれは。さすがに御一門のお姫様は太っ腹だ」
「思い出したくないんだろうね」
バルバラの呟きは誰にも届くことなく消えた。
グロース駅に到着したスタニスワフとカトレインは町中の人が集まっているのに驚いた。
「スタニスワフ様!」
「王太子殿下万歳!」
口々に彼を称える声に戸惑っていると、駅長が教えてくれた。
「殿下が列車の衝突事故を食い止めてくださったことを、みんな感謝しているのですよ」
「あれはみんなでやったことなのに…」
納得未満の彼に、カトレインが囁いた。
「代表で受け取るのだと考えては?」
しばらく首をかしげた後でスタニスワフは頷いた。そして、ホームに立っている少年たちに声をかけた。
「トマシュ、グスタフ、アンジェイ、レフ!」
鉄道防衛の功を認められて特別にお召し列車に同乗できることになった少年たちは、緊張しながらも興奮した様子で話し合っていた。
「これが王室専用列車…」
「どんな武装なのかな」
「ダイヤに影響ないのかな」
「改造費どんだけかかってんだよ」
それを眺めてカトレインが笑った。
「帰りは賑やかになりそうですね」
「うん!」
楽しげにスタニスワフは頷き、駆けつけた群衆に手を振ってお召し列車に乗り込んだ。
汽笛が鳴り、特別便は王都に向けて走り出した。




