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22 汽車

 グロース駅にも国境の異変の話は伝わっていた。


「どうなってるんだ? ここが戦場になるのか?」

 保線員が駅員を捕まえて問いただすが、答えられる者はいなかった。

 そこに、連絡員が血相を変えてやってきた。

「隣のロトカ駅から守備隊を乗せた臨時列車が来る。すぐにホームの用意を」


 雪の中でも分かるようにランプを点灯しようとした駅員は、隣接する車両基地の異変に気付いた。

「何だ?」

 中の一両が動き始めたのだ。

「おい、臨時列車の予定はあったか?」

 同僚に尋ねても、誰もが首を振った。

「まさか。ロトカ駅から列車が来るんだぞ」

 セービン―グロース間は単線だ。上下線のすれ違いは駅でないとできない。

「あれを止めろ! このまま行かせたら衝突する!」


 駅員たちがホームに入ってくる車輌に乗り込もうとしたが、一人が肩を撃たれて転倒した。微速進行する機関車が率いる貨車の扉が開き、中から騎兵が次々と飛び出た。誰もが小柄なまだら馬に乗っていた。

「…モルゼスタン騎兵?」

 駅員の一人が呆然と呟いた。


 機関車の運転席には、運転士と彼に銃を突きつけたモルゼスタン兵が乗っていた。

「最高速度にしろ」

 銃で脅され、運転士は顔を引きつらせながらノッチを回した。列車は蒸気を吹き上げてロトカ駅へと走った。充分な速度に達したと判断し、モルゼスタン兵は運転士の頭部を銃把で殴ると外に放り出し、自らも雪上に飛び降りた。運転士が最後に鳴らした汽笛が雪中に響く。


 後方から騎馬の集団がやってきた。雪に埋まらない特製の蹄鉄を履いたまだら馬の騎兵。先頭に立つ金髪の美丈夫が走り去る汽車を見遣って満足そうに頷いた。

「これでロトカからの守備隊は到着できない」

 セルゲイの言葉に副官が頷いた。

「この任務を成功させれば念願のモルゼスタン復興に一歩近づきます、セルゲイ様。…いや、アナトーリィ様」


 本来の名前で呼ばれた青年は配下の騎兵を振り向いた。

「途中の引き込み線はどうなっている?」

「制圧してポイント切り替えができないようにしてあります」

 その答えを任務完了と判断したモルゼスタン騎兵は雪の中に消えていった。




 蒸気車(改)がグロース郊外の丘を駆け上がると、駅が見渡せた。

「汽車が出る?」

 レフがホームから出ようとしている車輌を見て言った。だが、駅員はそれを必死で止めようとしているのが見て取れた。更に銃声が聞こえた。蒸気車の乗員は黙りこくった。


 彼らの背後から橇の鈴音がした。御者台にいる者を見てカトレインが叫んだ。

「スタシェク様!」

「みんないたんだ」

 王太子は婚約者に会えてほっとした顔をしたが、すぐに汽車を見て怪訝そうになった。

「ダイヤにない便だけど臨時列車?」

「貨車は空のようです」

 眼鏡を拭きながらトマシュが言った。


 王太子に追いついた守備隊が汽車を見て蒼白になった。

「まさか、ロトカから援軍が来るのに」

 少年たちは顔を見合わせてすぐに行き先を変えた。

「あれを止めなきゃ」

「飛び乗るのは無理です」

 グスタフが速度を見て警告した。考えこんだスタニスワフがあることを思い出した。

「この先、ロトカ駅との中間に引き込み線がある。鉄道路線模型で見た」

「なら、最短距離で先回りだ!」

 レフが蒸気車の速度を上げ、雪上蒸気車と橇は坂を駆け下った。



 引き込み線のポイントに彼らは到着した。グロースからの汽車の汽笛が後方で聞こえた。

「何とか間に合った」

 少年たちは喜んだが、守備隊が安全確認するまで線路には近づけなかった。

「保線員が撃たれて倒れてましたが、付近に敵はいません」

 守備隊が報告した。そして分岐器でポイントを切り替えようとして愕然とした。

「動かない。固定されてる」


 このままでは応援の守備隊を乗せた汽車と正面衝突する。守備隊員が付近の保守小屋から道具を持ってこようとした。その時、銃声と同時に彼は倒れた。

「森の中からか」

 守備隊は王太子を囲んで応戦した。スタニスワフは橇から大型の荷役馬を外した。

「そら、行け!」

 引き綱で尻を叩くと、馬たちは森に向かって突進した。森の中で驚いた馬のいななきが上がり、銃声が止んだ。


 王太子は切り替えポイントに向かって走った。彼の仲間も続く。トマシュが動かない切り替え棒を見て言った。

「溶接じゃなくて膠か何かで接着したようです」

 彼らは協力して棒を引いた。数人がかりで少し緩んだ気がするが、トングレールは動かない。エンジンを切らないまま止まっている蒸気車(改)を振り向きカトレインが尋ねた。

「あれは使えないのかしら」

「そうか、牽引だ!」


 レフが蒸気車の後方からロープを延ばした。それを切り替え棒に結んで運転席に飛び乗る。

「行くぞ、一、二、三!」

 蒸気車(改)はエンジン全開し、王太子と公爵令嬢たちは懸命に棒を引いた。やがて接着剤が剥がれる音がした。

「もう少しだ!」


 スタニスワフの言葉と同時に彼方の煙が見えた。グロースからの汽車だ。守備隊も加わり、ポイントは少しずつ動き始めた。雪の中の汽車の影が次第にはっきりしてくる。

「危険です殿下、下がってください!」

「あとちょっとだから! レフ!」

 スタニスワフが仲間を励ますと、レフは新しく取り付けられた赤いボタンを押した。蒸気車(改)のプロペラが高速回転し、トングレールがじりじりと動き出した。汽車の音が間近に迫る。


 遂に切り換え棒が倒れ、レールが引き込み線へと切り替わった。王太子たちは転がるように線路から離れた。

 無人の汽車が通過しようとしたが分岐点でよろめくように引き込み線に乗った。そのまま本線から離れて車輪止めに乗り上げ脱線する。大音響に少年たちは耳を塞いだ。

「……やった!」

 線路は雪と水蒸気で何も見えない。守備隊はロトカからの汽車を一旦停止させようと信号を出した。


 スタニスワフは蒸気車(改)に駆け寄り、レフの肩を叩いた。

「凄いよ、レフ」

「修道院の人が、緊急用の加速装置付けたって説明してたから」

 グレツキ商会の息子は照れくさそうに説明した。

 はしゃぐ少年たちにカトレインは歩み寄った。気付いた王太子が笑顔で婚約者に手を差しのべた。


 直後に、水蒸気の煙に影が現れた。線路の向こうから騎馬の形をとって。スタニスワフは駆け出した。

「カトラ!」

 彼の必死な様子に公爵令嬢は戸惑い、振り向こうとした。その瞬間、煙の中から伸びてきた腕が彼女を捉え、馬の背に引き上げた。顔を後方に向けると、モルゼスタンの王子の秀麗な姿があった。

「…セルゲイ様」


 彼の顔は怒りに歪み、その目は鋭く甥を睨みつけた。

「叔父上」

 王太子は彼に詰め寄ろうとしたが、守備隊員が背後から抱えるようにして雪に転がった。銃弾が少年のいた場所に浴びせられた。

「スタシェク様!!」


 馬から飛び降りようとするカトレインを拘束し、亡国の王子は嘲るような笑みで王太子を見下ろすと馬を走らせた。

「カトラ!!」

 少年の叫び声とモルゼスタン騎兵の姿を雪と煙がかき消した。

次回更新は連休明けになると思います。

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