21 迎撃
山脈の奥、聖ツェツィリア修道院を目指して傭兵部隊が進軍した。
「チョロい仕事だな、尼さん脅して修道院を占拠すりゃいいなんてよ」
「あそこは亭主から逃げてきた女たちもいるって噂だぞ」
「そりゃ慰めてやらねえとな」
傭兵たちが下品に笑うと、隊長が部下の気を引き締めさせた。
「油断するなよ、どこに辺境伯の守備隊が隠れてやがるか分かんねえからな」
彼らの橇は山頂に向けて走り続けた。
やがて見えてきた修道院の規模に傭兵たちは驚いた。
「よくこんな山ン中に、でっけーのを建てたもんだぜ」
「ここを押さえれば辺境軍の動きは筒抜けなのさ」
「それじゃ、一応呼びかけてみるか」
挨拶代わりにと、大型の橇に引かせた十二糎砲を修道院正面の門に向ける。
「一発ブチかましてやれ!」
轟音を上げて砲弾は木製の門を貫いた。傭兵たちは笑い、はやし立てた。
「尼さんたち、中で泡吹いてんじゃねえか」
その予想は裏切られた。正面門の外壁上に一人の尼僧が現れたのだ。彼女は恐怖のかけらもない目を傭兵に向けた。
「おやおや、こんな雪の中を逃げられ男が大挙して押しかけてくるなんてね」
軍刀を手にした修道院長バルバラだった。
動じる風もない老尼僧に、傭兵隊長は鼻白んだ様子で怒鳴った。
「さっさとここを明け渡せ! 女たちは置いてっていいぞ!」
部下の馬鹿笑いが沸き起こる中、バルバラは命令した。
「全砲門開放!」
堅牢強固な外壁の一画が動いた。出現したのは六門の大砲――対ザハリアス戦役で帝国軍を圧倒した攻城砲だった。傭兵隊長の顔が一気に青ざめた。
「あれは…二十八糎糎榴弾砲!?」
「嘘だろ、あんな化け物がどうして」
男たちが混乱する中、砲門担当の尼僧たちは着々と砲撃態勢に移った。
「弾薬装填完了!」
頷いたバルバラは、眼下の傭兵部隊に向けて宣告した。
「辺境伯領で修道院に銃砲を向けたこと、地獄で後悔するんだね」
彼女は軍刀を振り上げた。
「撃て!」
六門の攻城砲が一斉に火を噴いた。砲弾の落下地点にいた傭兵は一瞬にして肉塊と化し四散した。雪の中に絶叫がこだまする。
「逃げろ!」
「…助けてくれ……、脚が、脚が……」
尼僧たちは手を緩めることなく次の砲弾と火薬を二十八糎榴弾砲に装填した。
「次弾装填完了!」
「撃て!」
二度の斉射で勝敗は決定した。戦意喪失し混乱の極みにある傭兵に対し、二度目の砲撃はもはや虐殺だった。
運良く砲撃を免れた隊長以下数人は、命からがら橇や徒歩で山を下ろうとした。そこに、冷気を切り裂くような銃声が響いた。さっきまで走っていた傭兵が雪に倒れ動かなくなる。
「まさか、辺境軍の白い悪魔か?」
雪に紛れ敵兵を確実に仕留めるザモイスキ伯軍の狙撃兵は、ザハリアス戦役では悪霊と同義語になっていた。
「木に隠れろ! 橇に乗れ!」
叫ぶ隊長はそのままの表情で額を打ち抜かれた。しばらく立ち尽くした後、人形のように崩れ落ちるのを見て、傭兵たちは恐慌状態に陥った。
山脈の銃声は敵部隊が沈黙するまで続いた。
グロースにある修道院の店を訪問したカトレインは二階でお茶を飲んでいた。
「下の方が騒がしいわね」
窓から通りを眺めながら呟くと、店に勤める尼僧たちが慌ただしく行き来した。
この店に案内してくれた尼僧を公爵令嬢は呼び止めた。
「何かあったのですか、姉妹タマラ」
尼僧は小声で答えた。
「国境の見張り塔が攻撃されました。敵は山越えで修道院に向かっています」
カトレインはカップのお茶がこぼれるのにも構わず立ち上がった。
「殿下は? バルバラ様は?」
「詳しいことは、まだ」
そう言って、タマラは動揺するカトレインの手を取った。
「院長様なら大丈夫です。危険があれば必ず殿下を避難させるはずです」
彼女の言葉に爆発音と銃声が重なった。
「お嬢様!」
侍女がカトレインを庇うように抱え、尼僧が裏階段に案内した。
「こちらへ。緊急用の橇があります」
公爵令嬢は移動しようとしたが、階下から怒鳴り声がしたのに足を止めた。武装した男たちが店に侵入したのだ。店舗にいた尼僧たちは固まって聖光輪十字を手にお祈りを始めた。
「動くな! おとなしくしろ!」
男の言葉にはザハリアス訛りがあった。壁に身を寄せ、カトレインは外にいる彼らの仲間の言葉を聞き取ろうとした。
「……列車……」
「……切り替え……」
途切れ途切れの単語が分かるだけだが、鉄道に関することらしい。店内の男たちは簡単に制圧できたことに気をよくして二階に上がろうとした。
その時、カウンター内に身を潜めていた尼僧たちがライフルを手に立ち上がると彼らに銃弾を浴びせた。さっきまで震えていた尼僧も銃を投げ渡されるとすぐさま侵入者を狙撃する。
形勢逆転した店舗で銃声が止んだ時、侵入者は全て倒れていた。
「安全確保!」
床に転がる男たちを蹴りよけながら、武装した尼僧が二階にやってきた。
「撃退しましたが、早く避難を」
「待って」
公爵令嬢はまだ息のある男の側に駆け寄り、ザハリアス公用語で質問した。
「鉄道で何をするつもりなの?」
「……もう、遅い…」
憎々しげにそれだけ言うと、男は拳銃を抜こうとした。すかさず尼僧がその腕を打ち抜き、男は事切れた。
他に尋問できる者はいなかった。途方に暮れるカトレインの耳に、銃声とは違う爆音が届いた。通りを見ると、どこかで見たような蒸気車が雪の上を走っていた。乗員を見て彼女は思わず外に飛び出した。
「トマシュ様、グスタフ様!」
「カトレイン様!?」
レフが機械を急停止させた。公爵令嬢は四人の少年が乗る蒸気車(改)を呆気にとられながら眺め、そこにいない者のことを尋ねる。
「殿下は?」
「ザモイスキ邸です」
「ご無事なのね」
彼女がほっと息をつくと、少年たちは修道院の店の惨状を目にして固まっていた。
「あれを尼僧たちが?」
外に運び出される死体を見て、公爵令嬢は土地勘のあるアンジェイに訊いた。
「駅はどこに?」
「この、通りの向こうだけど」
「駅が何か?」
トマシュに訝しげに言われ、彼女はさっきのことを話した。
「鉄道で何か仕掛けているかもしれないの」
少年たちは顔を見合わせて頷いた。レフが操縦桿を握る。
「よし、行き先はグロース駅だ!」
ボイラーを稼働させる蒸気車にカトレインは乗り込んだ。追ってきた侍女に叫ぶように言い残す。
「駅に行きます!」
高機動橇と化した蒸気車(改)は、開業したばかりの駅へと滑り出した。
公爵令嬢付きの侍女たちが呆然と店内で立ち尽くす中、三頭立ての橇が店の前に停まった。飛び降りてきたのは王太子だった。
「何があったの? カトラは?」
「それが、宰相様のご子息たちと駅に行くと言われて…」
スタニスワフは考え込み、詳しい話を聞いた。
「あの男たちがザハリアス語を話してたんだね」
「お嬢様は何かを聞き出そうとなされて、急に飛び出してしまわれて」
困惑する侍女に頷き、王太子は警護の者に言った。
「ここの片付けを手伝って」
警護員は店の死体を運び出し、最新式の銃で武装した尼僧を見て何やら呟いていた。
その隙に、スタニスワフは橇の御者台に乗り込んだ。
「僕も駅に行くから!」
それだけ言うと、少年は馬を走らせた。
修道院の防衛ラインは榴弾砲で親玉潰してそれでも攻撃止めないと機関銃の掃射で殲滅するえげつない火力です。




