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20 吹雪

 グロースの町に到着した時にはちらちらしていた雪が本格的な降りに変わっていった。


 ザモイスキ伯爵邸を訪問したカトレインは伯爵夫人にこの地方の天候を説明された。

「冬は本当に天気の変化が予測つきません。さっきまで晴れていても突然吹雪になるのも珍しくありませんのよ。修道院へは雪が落ち着いてから戻られた方がよろしいでしょう。雪が固まった上に新雪が積もると雪崩が起きやすいですし」


 公爵令嬢は伯爵家の厚意を受け取り屋敷に逗留することにした。

「この街にはザハリアスの商人なども行き来しているのでしょうか」

 お茶の時間にカトレインは伯爵夫人に尋ねてみた。夫人は考え込んだ。

「そうですね、時折ザハリアス訛りの猟師が毛皮を売りに来るようですけれど、本格的な通商となると、まだ他の国を通してになるようですわ」


 国境の町では数十年前の戦役の記憶がまだ生々しいようだ。ロウィニアとザハリアスの戦場にされた草原の諸国も同様だろう。列強の圧力に逆らったモルゼスタンが呆気なく分割併合されてからは表面上はおとなしいようだが。

 修道院の店近くで見かけた男たちは、猟師のようには見えなかった。カトレインは迷ったが、報告だけはしておこうと侍女頭に告げた。




 ザモイスキ領国境線。尾根に一定間隔で作られた見張り塔では、国境守備隊が厳しい冬期の任務に当たっていた。

 吹雪の中、山の向こうに見える草原地帯は白一色だ。対ザハリアス戦役での激戦地となったムラーハ高地も全く見えない。


 そんな中、見張りの一人は吹雪の中に何かが光るのを見た。

「何だ? あれは旧モルゼスタン方面か」

 今は分割されザハリアスに併合された地域だと見張りは頭の中の地図で照合した。謎の光点は徐々に接近しているようだ。塔の下に待機している隊員に音声管で伝えるが返答はなかった。

「何やってるんだ!」


 苛々しながら一人が降りようとすると、下から銃声が響いた。

「敵襲だ! 信号を!」

 撃たれた肩を庇いながら、見張り隊員は塔を見上げて相棒に怒鳴った。

 塔はすぐさま近くの見張り塔へと発光信号を送った。


 その間も、ロウィニア国境に向けて巨大な蒸気除雪車が草原を進んだ。除雪車は貨車を牽引し、その中には完全武装した兵士が待機していた。



 緊急信号を視認したのは国境の砦だけではなかった。


 山脈に建つ聖ツェツィリア修道院で監視に当たっていた尼僧が叫んだ。

「発光信号確認!」

「内容は?」

「コード『3‐3‐3』!」


 報告を受けた尼僧は鐘を鳴らした。

「国境に敵襲! 第一種警戒態勢! 各員武器配布の上持ち場で待機!」

 老齢の尼僧が俗人の女性たちを聖堂の奥に避難させ、戦える者は全て迎撃態勢に入った。


 修道院長バルバラは櫃の中から夫の遺品である軍刀を取りだした。そこに尼僧が訪れた。

「院長様、殿下たちをお連れしました」

「ありがとう。殿下、こちらへ」

 彼女が緊張した少年たちを連れていったのは工房だった。


「これ……蒸気車?」

 彼らが目にしたのは車輪に橇を装着され、後部に大きなプロペラが取り付けられた機械だった。

「冬仕様だよ、蒸気車(改)ってとこか」

 改造に当たった修道女たちが院長に礼をし、王太子たちに説明した。

「操縦は同じです。この操縦桿でプロペラの向きを変えて方向転換します」

 簡単な説明だったが、祖父の運転を見ていたレフは頷いた。


「大叔母上、これをどうされるのですか?」

 混乱気味のスタニスワフにバルバラは告げた。

「ちょっと騒がしくなりそうだから、殿下はみんなを連れてこれで麓の町に移動して欲しいんだよ」

 修道院は大丈夫なのかと王太子は言いかけたが、銃を手に素早く防御を固める尼僧たちを見て自分たちが足手まといだと悟った。

「分かりました」


 尼僧たちが数人がかりで押しながら蒸気車(改)は庭に出された。レフが運転席に座り、道案内役のアンジェイが隣に座った。他の三人は後部席だ。着ぶくれした少年五人を乗せた蒸気車が点火した。

「やたらと火力のある石炭を使ってるから麓までなら余裕だろう。すぐにうちの息子たちの所に行くんだよ」


 ボイラーは順調に蒸気を溜め、冬仕様の車は振動した。修道院の門が開かれる。

「行くぞ!」

 レフが操縦桿を倒した。後部のプロペラが高速回転し、蒸気車は飛び出す勢いで雪上を走り始めた。

 爆音が遠ざかるのにバルバラは苦笑した。

「何とか役に立つ玩具のようだね」


 修道院の門は閉じられ、秘書役の尼僧が院長に尋ねた。

「あれはどうしますか?」

「もちろん使うさ。こんな時のために手入れしてきたんだからね」

 尼僧は頷き、修道院の外壁はにわかに騒がしくなった。



 雪の上は路面の凹凸を拾うわけでもないのにパワーアップした蒸気車の音と振動は凄まじく、会話は大声で怒鳴らなければならなかった。

「大丈夫かよ、これ!」

「知るかよ! 怖けりゃ祈ってろ!」

 こんな状況で喧嘩するアンジェイとレフは、それでも協力しながら麓へ降りようとした。

「そっち、左に!」

「こっちか?」

「それでその先の岩を右!」


 外燃機関で変速機不要の蒸気車は豪滑走し、雪のくぼみを飛び越えた。

「凄い!」

 恐怖より興奮が勝ったスタニスワフが歓声を上げた。木々の影から銃声が聞こえた。

「みんな伏せて!」


 王太子の言葉に少年たちは従った。銃声はまばらで、この速度なら命中は困難だろうと思えた。

「このまま、速度落とすな!」

 レフは必死で操縦桿にしがみつき、蒸気車(改)を疾走させた。やがて彼らの前にグロースの町が見えてきた。



 ロウィニア北東部の国境は山が連なる天然の要害だが、唯一草原地帯に開けているのがグロースだった。当然守備隊は町の防御に人員を割いていた。

「その後見張り塔からの続報は?」

「最初に信号を上げた塔からは何も。他は交戦中としか」

「まさか、山越えで来るとはな」

 ザモイスキ伯爵は唸るように言った。そして、あることに気付いた。


「この前の演習でモルゼスタン騎兵を加えろと言ったのは母上だったな」

「はい。反対意見の者もいましたが」

「なら、その時に修道院に目を付けたわけか」

 山脈にそびえ立つ聖ツェツィリア修道院は、そこを確保すれば辺境での戦いを優位にすることも可能だ。伯爵は苦笑した。

「気付いたのはさすがだが、馬鹿なことを」

 それには守備隊連隊長も同意見だった。

「狙撃部隊を向かわせています」

「それでいい。冬季戦の守備隊の手の内全てを見せたと思ったら大間違いだ」


 そこに執事が血相を変えてやってきた。

「旦那様、さきほど門の守衛から、王太子殿下が到着されたと」

「殿下が?」

 包囲され掛かっている修道院から避難してきたのだと、伯爵は理解した。


 玄関前にある蒸気車(改)を見て、さすがに伯爵は驚いた。

「殿下、これは…」

「大叔母上が使わせてくれました。レフ、アンジェイ、ご苦労だったな。トマシュは市庁舎に、グスタフは守備隊の詰め所に行って報告してくれ」

「はい!」


 蒸気車は再度爆音を蹴立てて出発した。スタニスワフは遠縁に当たる伯爵に尋ねた。

「セルゲイ叔父上は?」

 守備隊連隊長と視線を交わし、伯爵は答えた。

「モルゼスタン騎兵は兵舎から消えていました」


 王太子は俯いた。そしていつも必ず出迎えてくれる者が見えないのに気付いた。

「カトラ…、ポニャトフスキ公爵令嬢は?」

「町にある修道院の施設を視察されております」

 その言葉に思わずスタニスワフは窓の外を見た。


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