17 再会
夕暮れ近くに修道院にやってきたのは、何ともうるさい蒸気車だった。初めて目にする機械に守備隊も驚きを隠せなかった。
「怪しい者じゃない、儂はミハウ・グレツキ。こっちは孫のレフ。バルバラ様とは昔なじみで懐かしくなって来てみただけで」
守備隊に胡散臭そうに囲まれた老人は臆する風もなく自己紹介した。騒音を聞きつけた王太子は、ミハウと蒸気車を歓迎した。
「ミハウさん、大叔母上とお知り合いだったんですか?」
「そうですな、殿下がお生まれになるずっと前のことですが」
そして、彼の後ろから頭を下げる少年を見たスタニスワフは顔を輝かせた。
「レフ? 王宮で泥団子の作り方教えてくれた」
「どうも」
王太子と共に蒸気車を見に来たトマシュ、グスタフ、アンジェイの三人は新たな客人の素性を聞いて納得した。
「あのグレツキ商会の…」
「なら身元は確かだな」
「本家の婆様と古い知り合いって……」
彼らに王太子は昔からの知人を紹介した。
「レフは商会の人と色んな所に行ってるんだ。アグロセンやリーリオニアにも」
外国と行き来していると聞いて、少年たちは感心したような視線を向けた。レフは頭を掻きながら説明した。
「父さんや爺ちゃんに連れられてあちこち行ってきただけで、ついでのお荷物だったし」
それでも外国の話をせがまれ、レフは彼らと賑やかに移動した。
「子供同士は手間がなくていい」
ミハウ・グレツキは孫たちの様子に目を細め、守備隊中隊長に告げた。
「バルバラ様にお取り次ぎ願えますかな。出来ればあなた方もご同席してもらいたい」
穏やかな中に真剣なものを滲ませた言葉に、中隊長は従った。
「本当にやってくるとはね。あの玩具はまともに動くんだねえ」
いきなりの言葉にもミハウ老人は笑って挨拶した。
「お久しぶりです、バルバラ様。かれこれ先の戦役以来ですか」
「あの時は世話になったね。グレツキ商会が内外からかき集めた武器弾薬で戦役を乗り切ったようなものだよ」
「いやいや、前線に立つ兵隊さんの比じゃありませんよ」
食えない笑顔でやりとりを終え、修道院長は直截な質問を浴びせた。
「で、用件は? グロースに金儲けの匂いがあったとしても、ここまで来るには相当の理由があるはずだよ」
「かないませんな」
老人は懐から一枚の銀板写真を取り出した。
「これは、セービンで蒸気車を慣らし運転した時に撮影したものです。別荘で異変があった日の午後に」
それは普通の風景写真に見えた。湖と湖畔に広がる森。ミハウ・グレツキは端の方を指さした。
「これが何か分かりますか?」
木の隙間に動物がいるようだった。バルバラは天眼鏡を持ってこさせた。拡大された写真を覗いた中隊長は首をかしげた。
「馬のようですが……小型だから農耕馬じゃないな、いや、このまだら模様は…」
弾かれたように顔を上げる彼に、老人は頷いた。
「ブシバルスキ馬、モルゼスタン原産の軍用馬と見ましたが」
室内は一気にざわめいた。
「何故、モルゼスタンの馬があんな所に隠れるようにしていた?」
「国内の軍にあの馬を採用している所はないはずだ」
「まさか、セルゲイ殿が?」
沈黙を守る修道院長に、ミハウ老人が尋ねた。
「何故、あの方をここに招かれたのですか、バルバラ様」
「危険なものは近くで監視するに限るからさ」
「あの御仁が危険人物であると?」
「うちの情報収集部隊からの報告で、引っかかることがあるんだよ。セルゲイ・ブロンスキィは確かにナタリア妃の実弟だが、直衛騎兵隊の隊長てのは名誉職で戦場に出た記録はない。なのに、あの侵略戦を生き延び傭兵部隊を作り上げた」
「夢の王子様にしてはなかなかたくましい経歴ですな」
「額面どおりならね」
「他にも疑惑を持たれている方がおられるのですか?」
「御一門は静観するようだね。迂闊に動けば排斥ととられかねないし。それでもエデルマン元帥と緊密に連絡を取ってるよ」
ミハウ・グレツキは立ち上がった。
「分かりました。こちらも聞き耳を立ててみましょう。商人には商人の耳がありますからな」
「孫はどうするんだい」
「王太子殿下の元に預けていいでしょうか。鼻の利く子でお役に立てるかと」
バルバラは鷹揚に頷き、グレツキ商会の先代会頭は退出した。
ザモイスキ家の国境守備隊は今後のことを話し合った。
「セルゲイ殿の監視を強化しますか?」
「向こうも自由にさせて貰えるなんて思ってないだろうよ。セービンの件はエデルマン元帥に報告を」
守備隊が敬礼と共に引き上げると、バルバラは秘書役の尼僧に愚痴をこぼした。
「あの子の心強い味方になってくれればとも思ったんだけどねえ…」
「こちらの警備は通常でよろしいのですか」
「国境に異変はないし、いつでも動けるようにしておけばいい。それにしても夜は冷えるようになったね」
「雪が来そうですね」
尼僧たちは窓の外の夜空を見上げた。
翌日、少年たちは修道院に招かれ、聖堂を見学した。
「王都の大聖堂より頑丈に出来てますね」
感心したようにトマシュが言い、グスタフも頷いた。
「壁には見張り穴まである」
「教会の皮を被った要塞みたいなものだから」
何度か来たことのあるアンジェイが言うと、レフが顔をしかめた。
「こんな山の上まで資材運ぶとか、相当かかってるだろ」
案内役の尼僧が彼らに修道院の起こりを説明した。
「聖ツェツィリアがこの地に遺骨を残し森に住まう者を守護するという啓示を受けた尼僧が独力で礼拝堂を建てたのが始まりでした。その後王家より認められ規模を拡大していき、辺境伯の庇護を受けて山脈で祈りを捧げています」
ひとりの尼僧が単独で作った小さな礼拝堂からこれだけの修道院に発展したのだと、少年たちは感嘆した。
「あの祭壇の奥に聖遺骨が納められているのですか」
スタニスワフが尋ねると、尼僧は大きく頷いた。
「聖女様は困難にある者に道を指し示すお方。それゆえにここは救いを求める者を拒みません」
逃げた妻や娘を連れ戻そうとする者をかなり物理的に撃退してきた歴史もあるのだと、尼僧はにこやかに解説した。
「最初は壁の上から石や汚物を投げつけていましたが、より効率的に追い払えるよう専門部隊を作りました」
逆らわない方がいい類のものだと、少年たちは本能的に察知した。
それから彼らは来客室で昼食を摂ることになった。バルバラ修道院長とカトレインも同席する。
「その顔じゃ、ここの怖さを脅されたようだね。なあに、弱い者苛めの趣味がなけりゃビクビクすることはないさ」
修道院長の言葉に顔を引きつらせる少年たちを見て、カトレインが困ったように話題を変えようとした。
「この山脈は昔、翼竜が生息していたと聞きましたが」
「ああ、ザハリアスとの戦争でここが騒がしくなってからは見かけなくなったねえ。あの生き物は銃声や砲声が嫌いだから」
食事の手を止め、バルバラは遠い記憶を探る顔をした。
「まだ王宮にいた頃、御一門のミコワイ爺が若い頃に国外をフラついてた時の話で、ザハリアスに皇帝が即位すると月から祝福の竜が降りてくるなんて言ってたね」
「月の竜? 翼竜じゃなくて?」
さすがにスタニスワフもすぐには信じられないようだった。修道院長は否定も肯定もしなかった。
「伝説なのか事実なのか、当時の列強国には降りてたって言ってたけどねえ」
「曾祖父がそんな話を……」
カトレインにも真偽は見当付かなかった。ロウィニアは歴史は古いが国力を付けてきたのはここ一世紀のことだ。彼の昔話の時代で列強とは言いがたい存在だった。
「本当なら、どうして今は見られないんだろ」
不思議そうな王太子の言葉をきっかけに、少年たちは推理合戦を始めた。
食事が終わると、バルバラは彼らに告げた。
「演習は雪が本格的になる前に決行する予定だよ。かなり長い間、馬で山を駆け回るから体力を付けておくんだね」
「はい!」
スタニスワフたちは初めて見る国境守備隊の演習に心を躍らせていた。




