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16 模擬戦

 障害物を乗り越え、スタニスワフは銃を手に走った。目指すは敵陣営にある赤い旗だ。その周囲には国境警備隊が配置され、攻撃班から陣地を守っている。壊れた荷車の瓦礫の陰に隠れ、王太子は自分の班の仲間、トマシュ・アシュケナージとアンジェイ・ミクリを振り返った。


「ここからが難しいなあ」

「厳重に固めてますからね」

「何であのデカブツが敵側なんだよ」

 三人は顔を付き合わせて作戦を練った。修道院外の練兵場で模擬戦を見ていたスタニスワフがやってみたいと言い出したことから飛び入り参加したのだ。グスタフ・エデルマンは守備側に回って指揮を執り、王太子は攻撃班を率いる。


「向こうもそう思ってるよね。子供三人くらい簡単だって」

 スタニスワフは全く戦意を失っていない。本来実践向きでないトマシュとアンジェイはつられて頷いた。王太子は続けた。

「だから、向こうを驚かせれば隙が出来るんじゃないかな」

「どうするのですか」

 トマシュが尋ね、スタニスワフは悪戯っぽい表情で作戦を話した。


 短い打ち合わせの後、三人はそっと散開した。彼らが持つ銃は模擬戦用のもので当然実弾は入っていない。ただし、コルク玉でも当たればそこそこ痛いし塗料が塗ってあるので汚れてしまう。

「よし、二人とも予定の位置に着いた」

 スタニスワフは瓦礫の隙間から守備陣を狙った。乾いた銃撃音がしてコルク弾があちこちに跳ねる。


 守備側のグスタフは冷静に発射数を数えた。

「五発か……無駄玉が多いな」

 言い終わる前に瓦礫が崩れる音がし、焦ったような発射音が続いた。溜め息をつき、グスタフは一人ずつ確保することにした。

「前進」


 守備隊が王太子に接近した時、瓦礫の遮蔽物が次々と崩れ始めた。土埃が舞う中、連射の音が響く。反射的に地に伏せた守備陣は、視界が開けて現れた光景に愕然とした。

「はい、旗奪取」

 いつのまにか陣地中央に潜り込んだアンジェイが赤い旗を手に笑った。

「……何だ?」

 状況が理解できないグスタフに、姿を見せたスタニスワフが種明かしをした。

「僕が囮で瓦礫にはまり込んだように見せかけて、その間にあちこち壊して回って隙を突いたんだ」

「遮蔽物を攻撃に使うなど」


 抗議しかけたグスタフに、アンジェイが言った。

「銃だけなんて規定にないけど」

 審判役の国境守備隊中隊長が笑い出した。

「確かにそうです。戦闘慣れしていない者と甘く見た守備陣の負けですな」

 やったと仲間と手を打ち合わせた後で、スタニスワフは彼に詫びた。

「でも、後片付けが大変だよね。ごめんなさい」

「構いません。非戦闘員に不意を突かれる危険を部下も認識したでしょうし」


 守備隊は苦笑しながら同意した。

「大胆な奇襲でした、殿下」

「アンジェイが規定に詳しいし、トマシュが瓦礫の強度をすぐに計算してくれたから。正面からじゃグスタフにかないっこないし」

 素直に仲間の能力を賞賛する王太子に中隊長は大きく頷いた。


 そこに、尼僧たちが昼食を届けてくれた。婚約者の姿を見つけ、王太子は駆け寄った。

「カトラ! 模擬戦で勝ったよ!」

「修道院からも見えましたよ。お疲れ様でした」

「すぐ着替えてくるから!」

 飛ぶように宿舎に駆けていく少年を見送り、カトレインは中隊長に挨拶をした。

「殿下に付き合ってくださってありがとうございます」

「いや、我々も新しい発見が出来ましたよ。子供の発想は柔軟ですから」

「お友達と一緒に城では考えられない体験が出来て、とても楽しそうですね」

「戦争ごっこは男の子の遊びの定番ですからな」


 自分には出来ないことだとカトレインは練兵場を眺めた。修道院から出てきたバルバラが彼女に声をかけた。

「男の子同士でつるんで遊ぶようになる年齢に来てるのかね。寂しいかい?」

「えっ? いえ、別に……」

 驚いた公爵令嬢は取り繕うとしたが、気がつけば不満顔になっていた。

「…はい、つまらないです」

「なーに、気が済むまで遊び倒したら、今度は女の子に夢中になるんだよ」

 修道院長の言葉に、屈強な守備隊員が笑いを堪えていた。


 宿泊施設の食堂で彼らは共に昼食をとった。少年たちは運動の後で旺盛な食欲を見せ、スタニスワフは婚約者と今日の出来事を報告し合った。

「カトラは大叔母上のお手伝いだったの?」

「はい、私の家の妹たちで慣れているので小さな子をあやすくらいは出来ますから」

「そうなんだ」


 スタニスワフは彼女の家が大家族であることを思い出した。バルバラが彼に告げた。

「熱心に世話をしてくれて助かってるよ。冬前になると駆け込みが多くなるからね」

「そんなに逃げてくる人がいるんだ」

 哀しそうな王太子に、トマシュが言った。

「受け入れ先は他にないのでしょうか」

「法律で簡単に離婚できないから面倒なんだよ」


 アンジェイが辛辣に指摘すると、バルバラが溜め息をついた。

「だったら法を変えるしかないね、未来の法律家さん」

「そうなんだ、なら人を助ける法律を作れるよね」

 スタニスワフに期待を込めた目を向けられ、アンジェイは思わず頷いていた。


 それから王太子は婚約者に午後の予定を訊いた。

「カトラは何をするの?」

「刺繍をしようと思っています。修道院が町のお店で売る小物に加えてもらえますので」

「どんな刺繍?」

「スタシェク様にいただいた花を押し花にして残していますから、それにしようかと。ハンカチならそれほど時間もかかりませんし」


 スタニスワフは乗り出すようにして懇願した。

「僕にも作ってもらえる?」

 カトレインは微笑んだ。

「喜んで。スタシェク様が使われるのなら、家紋にお名前の頭文字を組み合わせましょうか」

「うん」


 仲睦まじく相談する二人を見ながら、バルバラは婚家の分家筋の少年アンジェイに尋ねた。

「殿下と一緒に戦った感想は?」

「よく分からない。あんなのするつもりなかったのに、成り行きでやっちゃったし…」

 修道院長はにやりと笑った。

「他人の能力を認めて協力を取り付ける。それも才能だね」


 納得未満の少年と、王太子と婚約者をいささか羨ましそうに見る少年たち。彼らを楽しげに見守りバルバラは呟いた。

「さて、いい歳して大きな玩具を手放せない奴も来ることになってるし、面白くなりそうだね」



 限りなく騒音に近い駆動音に、くしゃみの音が混じった。

「大丈夫? 爺ちゃん」

 助手席に座る少年が怒鳴るように祖父に言った。

「ああ、平気だ」

「本当にこの道でいいの?」

「間違いない、ほら、あれだ」

 グレツキ商会の先代会頭と孫が乗る蒸気車は山道を走り続け、山脈に建つ聖ツェツィリア修道院の尖塔が針葉樹の森越しに見えてきた。

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