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13 国境

 汽笛を鳴らし、王太子一行の専用列車は終着駅であるグロースに到着した。辺境伯と呼ばれたザモイスキ家の本拠地であり、ロウィニア王国北東国境地帯最大の街だ。


 ここでも盛大な歓迎を受け、彼らは逗留先であるザモイスキ伯爵邸に移動した。

「はるばるお越しいただき恐悦至極でございます」

 当代のザモイスキ伯爵ヴィトルトが家族総勢で出迎えてくれた。先王の妹バルバラの長男である彼は一族を紹介した。


 伯爵の息子たちは成人しており、孫娘はまだ乳児のため王太子の遊び相手にはならないが、誰もが暖かく血縁関係にあるスタニスワフと彼の婚約者を受け入れた。

 ここでの公務はセービン市と同様で、市庁舎の訪問や王国鉄道の記念碑の除幕式の主賓、それに伴う歓迎レセプションなどだ。

 予定は目白押しだったが、スタニスワフがまだ十歳であることから夜遅くまで参加する行事がないのは有り難かった。


「こちらは王都とは気候が違うのに驚かれたのではないですか」

 晩餐の席で伯爵が王太子に尋ねた。

「一気に冬になったのかと思いました」

「山脈の高地の方は新雪がありましたからね」

 王国北東部の冬は厳しく、鉄道も雪対策が大変なのだと伯爵は説明してくれた。

「最新の除雪車を導入しておりますよ」

「見学できますか?」

 スタニスワフが少年らしく興味を示すのに、伯爵と息子たちは微笑んだ。


 伯爵夫人や令息の妻たちはカトレインに地元の雪貂の毛皮製品を紹介した。

「軽くて暖かく、何より斑点模様が美しいのですよ」

「ぜひ母にお土産を選びたいです」

 楽しそうな公爵令嬢に、彼女たちは市内の毛皮店を紹介すると約束した。

 和やかな会話のうちに晩餐が終わり、王太子とその婚約者は用意された部屋に引き上げた。



 晩餐室から談話室に場所を移し、伯爵は王太子の警護隊と今後の話し合いをした。

「セービンでのことはエデルマン元帥からうかがっている」

 伯爵は警護隊の他にザモイスキ家の国境守備隊を同席させた。

「襲撃に内通者の関与は?」

 伯爵の言葉に緊張を走らせながら、警護隊長が答えた。

「王都からの警護隊は潔白が証明されております。ただ、セービンの警備隊の制服を用意していたことなどから協力者の存在の可能性は拭えません」

「尋問できる者がいないのは残念だったな」


 苦々しげに伯爵が言うと、警護隊長は頷いた。

「御一門の御令息は口封じ部隊をあらかじめ用意していたのではないかとおっしゃっていました」

「そこまで組織だった者が相手であれば気が抜けないな」

「御令息は、目的が暗殺なのか殿下の公務を妨害するためなのか判断が付きかねないとも」

「ここではグロース市警と我が守備隊が警護に協力する」

「感謝します」

 詳しい警備計画を決め、警護隊と守備隊は談話室を辞した。


 伯爵は同席していた長男に尋ねた。

「殿下の物怖しない所は血筋かな」

「王宮を離れての鉄道旅行を楽しまれているご様子ですね」

「聖ツェツィリア修道院も訪問されるようだが、案外あそこが一番安全かもしれんな」

 伯爵親子は笑い合った。



 当然のごとく、グロースにおける公務で王太子が最も興奮したのは車両基地見学だった。

「カトラ、こっち! 機関車に炭水車に…あれが除雪車?」

 十歳の少年らしい好奇心に王国鉄道の東部局長も笑顔になっていた。

「お詳しいですね。ローディンの最新型です。これで積雪三フィートまで対応できます」

「そんなに…」

 雪をかき分けて走る除雪車の勇姿を想像してか、スタニスワフはうっとりとしていた。


「やはり鉄道車両もローディン製が優れているのですか?」

 カトレインの質問に局長は頷いた。

「最近ではアグロセンも開発に力を入れていますが、一日の長がありますね」

「我が国でも作れるようになるのでしょうか」

「国産車両は王国鉄道の目標の一つです。ローディンからの技術供与をこの国の事情に合わせて改良していけば決して夢物語ではないと思っております」

「期待しています」


 公爵令嬢の聡明さに感銘を受けたように、局長は頭を下げた。そこに、汽笛が響いた。驚いて振り向くカトレインは、機関車の運転席から手を振るスタニスワフを見つけた。王太子は運転士の制帽を被り得意そうに笑っていた。

「お似合いですわ、スタシェク様」

「カトラもおいでよ」

 勧められるままに初めて汽車の運転席に乗り込んだカトレインは、客車とはまた違った眺めに感心した。楽しそうな子供たちに鉄道関係者は終始笑顔だった。



 グロースの地元紙では、連日王太子の訪問に関する記事がトップになっていた。

 除幕式で堂々と挨拶する姿、うって変わって車両基地で機関車に乗せてもらったときの無邪気な笑顔などスタニスワフの評判は上々のようだ。素直で元気一杯の様子が人々に安心感をもたらしたのが大きかった。


「王妃様の蒲柳の質を受け継がなかっただけでも有り難いようだな」

 グロース市中心部のホテルのカフェで、老人が新聞を読みながら呟いた。傍らの少年は窓から道行く人々を熱心に観察していた。

「王都とは着てる物が少し違うみたいだよ、爺ちゃん」

「ここらは寒冷地だからだよ、レフ。防寒目的の服が多いんだ」

「ヴァンダがいればもっと詳しくここの流行を見つけるんだけど」


 レフ・グレツキは隣家の幼馴染みが恋しいようだった。少年の祖父、グレツキ商会の先代会頭ミハウはそんな孫をからかった。

「だったらちゃんとここの記録を撮るんだな。カメラの使い方は教えただろ。帰って土産話もないんじゃヴァンダ嬢ちゃんに愛想尽かされるぞ」

 少年はむっとした顔で口答えした。

「あいつは関係ねえじゃん。セービンのホテル見学してたのを爺ちゃんがこんなとこまで引きずってきたくせに」

「縁を作る機会は必ず掴めってことさ」


 老人はこれまで撮りためた銀板写真を眺めていたが、その中の一枚に目を止め老眼鏡を取り出した。

「どうしたの?」

「こいつは……、レフ、ちっと遠出をするぞ」

「えー」

 不満そうな孫を視野にも入れず、王国一の商人は写真を凝視した。



 王太子とその婚約者を招いた歓迎レセプションはグロース市公会堂で行われた。国境の街の主立った者を身分を問わず招いた宴は素朴だが趣きに溢れていた。


 スタニスワフは公会堂に飾られた大きな剥製に目を奪われた。

「これは雪虎?」

「はい、地元の猟師が山脈の中をひと月かけて仕留めた大物です」

「こんな凄い動物が山脈に住んでいるの?」

「これは先の対ザハリアス戦役の際に麓に現れて人を襲ったもので、以後は生息地を王国より北に移したようです」


 納得したような残念そうな顔で王太子は頷いた。カトレインは今は見ることが出来ないという肉食獣の美しさに溜め息をついていた。

 王太子の婚約者のドレスは午後に近い夕刻であることとデビュタント前であることを考慮して胸元や肩の露出は控えめだった。それでも銀の刺繍の入った青い絹地は最高品質の光沢を生み出し、シャンデリアの下で豪華な輝きに包まれていた。


 列席したご婦人たちは貴族から平民まで羨望の眼差しを向けていた。

「素敵ねえ、あれが王都の最新流行かしら」

「やっぱり御一門のお姫様は違うわよね」

「でも、子供と婚約させられるのは……、ねえ」


 最後は声を潜めて囁き合う彼女たちは、新たに会場に入ってきた者に気づいた。そして皆一様に茫然と見とれた。

 周囲に急速にざわめきが広まるのをカトレインは感じた。どこか既視感を覚えながらその方に目を向けた彼女は意外な人を視界に収めた。

「あれは……」

 婚約者の呟きに反応した王太子が顔を向ける。そこには見覚えのある人物が人の輪の中にいた。


 赤い生地に金モールが輝く華やかな礼装は今は無きモルゼスタン王国騎兵のものであり、金髪と青灰色の瞳はやはり亡き王妃と同じものだった。

「叔父上……?」

 驚くスタニスワフに亡国の王子は礼をとった。

「またお会いできましたね、殿下」


 前王妃ナタリア・ブロンスカヤの弟セルゲイ・ブロンスキィが変わらぬ美丈夫ぶりを発揮していた。

 喜ぶスタニスワフの背後で、カトレインは一つの疑念を抑えきれずにいた。

 これは、偶然なのだろうか。


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