魔法=ご飯チートの可能性
多少のゴタゴタや事故はあったものの、無事に旅のスタートを切ることができた。
フィイインとエンジンを鳴らし、魔導機は聖都ジークへ向けて街道沿いをひた走る。
「おぉ〜空を走るって陸上を運転するのと違った爽快感があるんだな!」
窓を全開にし、風を感じながら上機嫌に叫ぶアキラ。
他に魔導機なんて走っていないし、交通法なんてものもない。時々商隊や冒険者らしき集団とすれ違うが、速さは比べ物にならない。
ちなみに運転手はロロルである。
Uの字型のハンドルを片手で握りながら、軽快に走らせている。イケメン過ぎる。
「ゴーレム馬車タイプの定期便もあるんだけどね! でも世直しの旅に出るなら、これくらいは役得よね〜オホホホホ!」
やめてくれ、完全に悪役貴族と悪役令嬢のノリだ。
まだ彼女もいないのに婚約破棄なんてしたくない。
そんなこんなで順調に距離を稼いだが、やはり出発が遅れたせいか日没の時間が迫ってくる。
「んーそろそろ野営の準備するか? そういえばテントは準備してあるけど、この国って季節はあるの? 積荷に防寒具はなかったけど」
時間や暦についてはあらかじめ聞いていた。
時間は一日二四時間、一ヶ月は三十日で一年が三六十日。
この世界に来てもたまたましていたソーラー式腕時計は、続投が決定している。
「日本のような四季は無いわ。この国は年間を通して温暖と言っていいわよ。たまに太陽が変な挙動で地球を回るから、冬のような年があるけれど」
「おおっと。僕の知識チートが火を吹くぜ! ロロルちゃん。信じられないかもしれないが、地球の周りを太陽が回るんじゃなくて、太陽の周りを地球が回っているんだ。昔は天動説とか言ってたらしいけどね!」
転生・転移モノあるあるである。
ちなみに地動説はコペルニクスさんが有名だが、実はアリスタルコスさんという方が、なんと紀元前にその説を唱えていたらしい。しゅごい。
余談だが、この手の話でよく出てくるのが地動説を支持したことで宗教VS科学を起こし、宗教裁判で裁かれたと言われるガリレオ・ガリレイさん。
だけど宗教裁判で投獄はされてはいない。
もっというと「それでも、地球は回っている」と言ったという証拠もない。でもしゅごい。
「な、なんですってー。と言いたいところだけど、敢えてこう言うわ。アンタの世界ではそうなんでしょう、アンタの世界では、ね」
そうなのである。
実は、頭のネジがかなりぶっとんだ魔術学者が、魔導望遠鏡を開発した。
更にはなんと、この世界オルトを十数年かけて踏破し、測量まで行ったのだ。
そうして数々の測量や、ほぼ星々の位置がズレない事が確認された為、天動説の方が証明されてしまった。
極め付けに彼は、月のような星だと思われていた惑星は、亜人族の住む世界"メーダ"だったと発見した。
ちなみに、もしかしたら魔人族の世界パキラもどこかの星にあるのかもしれないと探索が行われたが、そちらはまだ発見されていない。
「そうそう。この星は自転もしてるし、万有引力もあるから心配しなくていいわ。だからさっきから落としてるリンゴはアンタが責任を持って食べてね?」
◆◆◇◇
慣れない野営の準備をどうにか終え、夕飯の準備を始めるアキラ。
今日のメニューはトマトソースのパスタだ。
この世界でも、パスタは様々な種類が売っていた。
しかしソースは無く、野菜のスープなどにぶち込むだけだった。
なのでソースは自作してみる。
レッツ異世界クッキングだ。
先ずは玉ねぎ、ニンニク、人参にセロリやハーブを全て土と風の混合魔法で微塵切りにする。
この世界は魔法を解除すると、生成した物質は消えるから異物の混入の心配は不要だ。
野菜達をオリーブのようなオイルで炒めると、ニンニクの香りが出てきた。
鍋の中でザッザッザッと小気味良い音が奏でられたら、そこへ完熟したトマトを入れる。
今回はさすがにコンソメは無かったので、クズ野菜と、肉屋で貰った骨付き肉を魔法でミキシング。それらを別の鍋で煮込んでスープを作る。
それだけだとかなりの時間が掛かるので、魔法で圧力をかけて肉と骨髄の旨味を引き出して行く。
骨の中身までトロトロに溶けて汁が黄金色に輝き始めたら完成だ!
今回余った分は、同じく魔法でフリーズドライにして保存しておく。
そしてトマトソースの鍋にコンソメを入れ、煮詰めて塩胡椒をして味を整えたら完成だ。
野菜と肉の旨味がギュッと詰まった絶品に仕上がった。
「んん〜っ! 期待してなかったけど、トマトの甘酸っぱさに肉の旨味や甘味、チーズのコクが合わさって……とっても美味しいわ!」
「お褒めに預かり光栄ですお嬢様。硬めに茹でた後に、パスタをオリーブオイルとニンニクで軽く炒めると、ソースと良く絡むようになって美味しくなるんだ。まぁ有り合わせで作ったにしては上等だな」
その小さな口にトマトソースを着けながら、頬っぺたをパンパンに詰めてお代わりのパスタを咀嚼するロロル。
そのトマトソースを舐めたい、いやいっそ太ももにソースを塗りたくってしゃぶりつきたい……などと考えながら作業をする変態勇者。
「ねぇ、さっきから何をしているの? デザートでも作っている訳? アンタにしては殊勝な心がけだけど」
「あ〜。デザートも作ったが、コレはまた別だよ。ちょっとした実験」
先程の肉エキスやその他の材料を溶かし、鍋で煮る。
更にいくつかの工程を済ませると、小皿の様なガラス容器に褐色に近い液体を注ぎ込むと、魔法で冷やし始めた。
「これは通称、チョコレート寒天だ!」
「チョコレート!? 贅沢品じゃないの。奮発したわね!」
「期待させた言い方なのは自覚しているが、残念でした。チョコレートの色をしているが食べ物じゃあない。このチョコレートの色は血液によるものだ」
――チョコレート寒天培地。
微生物研究において、細菌を培養するのに使われる培地の一種。
血液中のヘモグロビンが変性によりチョコレートの様な色を示すため、こう呼ばれているのだ。
この培地は、菌にとっても色々と栄養豊富なので、特定の菌は培養しやすいといった特徴がある。
「ちょっと! なんでそんなモノ作ってるのよ! ばっちぃじゃないの!!!!」
「うん、ちょっと世界を回る上で必要かなって」
アキラが心配しているのは感染症である。
もちろんこの世界にも病気はあった。しかし、治療法と言えばほとんどが治療魔法という名の対症療法なのである。
それでも大抵の疾患に一定の効果があるので、一旦は改善する。
だが、数日すると悪化する。
他の治療法と言えば、経験則による植物や鉱物由来の薬を使うしかなく、地球と比較すると医療レベルは高いとは言えない。
生態系がまるで違う世界においても、微生物による感染症が存在しているのか確認しようというのである。
今回は皮膚にいる常在菌と呼ばれる菌たちが居るのか、視覚的に確かめよう。
方法は簡単。培地に指先をこすりつけるだけ。あとは繁殖しやすい環境で放置する。
もし菌が存在していると、培地で繁殖し、目に見えるコロニーを形成するのだ。
正直、専門家でも無いのに症状のみで診断をして、効くかも分からない薬を安易に投与する異世界人さんには、モルモットちゃん達もビックリであろう。
確定診断もできない環境で、スペクトルの狭い抗生剤をいきなり使ってドヤ顔できるメンタルが羨ましい。
「よーっし、培地が固まったからこの上を指でなぞって密閉して、と。あとはインキュベーターが無いから魔法で温めて。試しに変性させるイメージで魔力を当ててみるか……」
◆◆◇◇
次の日の朝
「ぎゃぁぁあああ! なによコレぇ!! くっさ! 臭すぎるわよ!!」
「あー……喜ぶべきか、喜ばないべきか。これは後者かなぁ」
昨日作った容器の中身は、白く丸いツブツブで満たされていた。
この白い斑点がいわゆるコロニーと呼ばれるモノで、菌が増殖してできたものである。
そしてこの培養実験。ひっじょーに臭いのだ。
培養実習の時は業務用冷蔵庫並みの大きさのインキュベーター(培養に適した温度と湿度を保つ機械)に、一学年分の大量の培地が敷き詰められる。
インキュベーターを開けた瞬間、ロロルの様な絶叫が上がったのはいい思い出だ。
「つまり、この世界には細菌の様な生物が居ることはコレで分かった訳だ。染色液が無いからグラムの陰陽は分からんが、このコロニーは球菌に近いか。ブドウ球菌かな? 肺炎球菌とかじゃないといいなぁ」
「ちょっと! コレ新種のモンスターじゃないでしょうね!?」
「ハハハ、たしかに生物の一種だけど、魔力も無いし。俺みたいに世界を超えてもない……ん? まさか?」
魔力が無いのは地球の話である。
そして世界を超えたのはアキラだけでは無かったとしたら。
そして昨日、微生物に変な魔力を当てた結果が引き起こす事は……
ボコッ! ボコボコボコボコ……




