第40話 救いの女神
「貴方は勇者を、神か何かと勘違いしていませんか?」
アキラが八つ当たりをしていた森の木陰から突然、鈴の音のような妙に頭に響く声が聞こえた。
「……いつから見ていたんですか、プロクシーさん」
「見ていたというのはどれのことでしょう?」
「はい? どれ……って??」
村長との会話中に突然現れ、言いたい事だけ言って幻影の様に消えていった女が今のこのタイミングで再びアキラの前に姿を現した。
そして相変わらず言葉がどこかチグハグで、話がどうにも通じない。
「私は貴方の記憶を見させていただきました。……随分と、いろんな人の死に向き合ってきたようですね」
「……最低な趣味してるな、アンタ」
「これでも、褒めているのですよ? 生き死に慣れてしまうと、次第に人の気持ちが分からなくなってしまうものですから。他人も、そして自分の感情も……」
――それは、アンタ自身のことか?という言葉を寸前のところでどうにか飲み込んだアキラは、森の中にあった大木を憂いを帯びた瞳で見上げているプロクシーを睨みつけた。
「それで? プロクシーは結局俺に何を言いたいんだ。わざわざ人の過去まで覗いて、安い慰めの言葉でもかけに来たのか?」
「えぇ、そうですよ? チートでどれだけ強くなっても、精神が弱々の雑魚スライムハートの貴方をわざわざ慰めに来てあげたのです」
「雑魚スラッッッ!?」
「あっ、コレではスライムに失礼でしたね。彼らはああ見えて、結構打たれ強いので」
「ず、随分と煽りますねぇ……」
ピキピキと音が鳴りそうなほどに、アキラのコメカミの血管が引き攣っている。
いや、この人は本気で俺のことを心配していて、わざと煽ることで元気を取り戻させようとしてくれてるってのは分かっている。分かってはいるんだが、やり方ってモンが……
「それに貴方の本来の性癖を加味すると、どちらかといえば綺麗な女性に罵詈雑言を浴びさせられると喜「わー! わー!! な、ナンノコトカナー? ボク、ぜんっぜんワカラナイナー??」大変気持ち悪い趣味をお持ちなようなので」
「大変正直なご感想をありがとうございました……」
なんだかもう、悩むのも疲れてきちゃったよ……
ていうかさ、この人が途中で消えたりなんかせずにちゃんと村長の事を最後まで見ていてくれたら死なせずに済んだんじゃ?
「私も流石に死にかけだった村長が治った直後にあんな自棄喰い自棄飲みをするなんて微塵も思わなかったのですよ。あの人、枕の中にもお酒を隠してたみたいですし。どちらにしろ、内臓がボロボロで後先は長くはなかったんです。それこそきっと、今日あの時に女神様の御許に導かれるのが彼の運命だったのですよ」
「そういえば床板の下に隠されていた村の納税帳簿を見たら、いろいろと悪どいことが書いてありましたよ」と査察官のような事も付け加えて言われると、なんだか複雑な気分になってきた。
――悪人だろうと、治療したら全力で最後まで診るのが責任だけどさぁ。
こっちも人間だもの。治療した意味はあったのかなって思っちゃうよね。
アキラは項垂れたまま深い溜め息をひとつ吐くと、降参したかのようにプロクシーに言葉を返す。
「まぁ、いつまでも引きずってないで早く解放者達を止めなきゃってのは分かっているんです。ただ、少し考える時間が欲しかっただけで」
「そうですか。分かっていればそれでよいのです。解放者達の聖別薬は、あの村長のように使用した者を依存させる効果もあるのでしょう。一刻も早く止めさせないと、この国は中毒者で溢れかえってしまいます」
――それは俺も思っていた。
中毒で思い出したのだが、恐らく聖別薬の成分は麻薬に近いモノが含まれている気がするのだ。
要するに、何かの原因で興奮・錯乱している人を、鎮静系の効果で一時的に抑えているだけなのだと推測できる。
アルコールは薬草の成分を抽出するだけでなく、相乗的に薬草の効果を高める目的があるのかもしれない。
そもそも、アルコール自体も脳の働きを抑制する効果があるからね。
原因不明の悪魔の呪いと、国盗りを企む解放者。
どちらがこの国を崩壊させてもおかしくは無いだろう。
「分かったよ。俺は二人の元へ戻って、今後について早急に話し合うよ。……そして、王都へ行って解放者達のクーデターを止め、悪魔と呼ばれている原因を解明する」
「……そう、ですか」
「あ、はい。頑張り……ます?」
「……?」
……あ、あれ? リアクションはそれだけ?? ここまで意味ありげに出現してきておいて? この流れなら普通もっと色々あるじゃん!?
「それだけ? いろいろ、とは?」
プロクシーはキョトンとした顔で、首を傾ける。
「え、いや。……神の代弁者なら力を与えるとか、私もついて行きますとか、神器レベルの装備を渡しましょうとかさ? 色々とやれることがあるじゃない??」
「私は……陰から応援しておりますので」
「いやいやいや。それってまた俺に全部放り投げただけだよね!? あっ! おま!! 都合が悪くなったからって、やり切った顔で手を振りながらフェードアウトするなよぉおお!!」
まるで天に召されるかのようなキラキラとした演出をさせながら、満足げな顔のプロクシーは静かに天に消えていってしまった。
ちきしょう。こんなに神出鬼没に姿を現せられる能力があるんなら、少しぐらい俺を手伝ってくれたっていいのに。
「まぁ、女神様が影で見守ってくれているって考えれば……心強くはあるのかな?」
それに、俺のメンタルを心配してわざわざ出てきてくれたみたいだしね。
俺はさっきよりも少しだけ軽くなった自分の心に、「お前も結構単純なんだな」と苦笑しながら、村で待っているであろう仲間達の元へと帰るのであった。




