第39話 責任
「村長を殺したのは……恐らく、俺だ」
アキラは俯きながら、悲痛な声で呟いた。
彼の強く握り締められた拳は、小刻みに震えている。
「……どういうことか説明してくれるのよね?」
さっきまで村長を本気で殺したがっていた人物とは思えない、真剣な面持ちでアキラを見つめるロロル。
それは答えの如何によっては彼を責めるつもりである眼差しにも見える。
「アキラ様はずっとボク達と居たですよ? そんな、村長を傷つけるような行為はしていなかったです!」
「……あぁ、確かにリタの言う通りだよ。俺は治療した以外には彼に何も手を出してはいない……だけど、村長が亡くなった一番の原因は恐らく――"リフィーディングシンドローム"なんだ」
「り、りふぃーでぃんぐ……って何よ??」
聞き慣れないワードに困惑するロロルとリタ。
二人でお互いの顔を見合わせるが、もちろん答えは出てこない。
――リフィーディングシンドローム。
これはとある条件下でおこる致命的なショック症状である。
その状態とは……
「村長のこの痩せこけた身体から判断するに、彼は恐らくここ最近マトモな食事を摂っていなかったようなんだ。つまり、相当な飢餓状態だったんだよ……」
それは村長を一緒に助けたロロルとリタも知っている。だが、なぜそこから彼が死に至ったかまでは分からない。
「そこへ俺が魔法で、中途半端に体調だけを治してしまった。表面上だけとは知らなかった村長は、完全に回復した勘違いしたせいでアルコールの入った聖別薬を飲んだり食事をしたことで……内臓がショック状態になって、死んでしまったんだ」
人間というのは食事による糖分をエネルギーとする際には、体内にあるミネラルが必要となる。
当然長い間栄養不足だった彼の体内には、充分な量のミネラルは無かったはずだ。
そんな状態の時に、村長は食事を摂ることで急速に糖分を摂取してしまった。
ただでさえ不足していたミネラルが更に消費され、内臓がダメージを受けて致命的なショック症状を起こしてしまったのだ。
こうなってしまうと、意識障害や心肺機能に異常を起こし、最悪のケースでは……
「村長は、聖別薬を常習的に飲んでいたみたいなんだ。薬の効果はあったかもしれないけど、薬酒だったせいで慢性的なアルコール中毒に陥ってたんだろう。アルコールもこの症状の一因なんだ……クソッ、俺が気付いていれば……」
「そ、そんなの! アンタのせいじゃないじゃない!!」
「違う!! 治療行為をするなら、患者がどういう状態でそうなっていたか当然調べなきゃいけなかったんだ!! ド素人が中途半端な治療なんてしたからこうなったんだ!! 俺が! 殺したも同然なんだよ!!」
緊急的な処置だったとはいえ、医療従事者として治療行為をしたのだ。
それならば、いくら暴言を吐かれても患者の側を途中で離れるべきでは無かった。それが医療に携わる者の責任というものだからだ。
後悔と情けなさに耐えきれず、思わず家の柱に拳をぶつけるアキラ。
パラパラと天井から木の破片が辺りに降り落ちる。
いくら悔しがろうが嘆こうが、亡くなった者は帰ってこない。
「アキラ様……」
「――悪い。少し外に出てくる……」
「ちょ、ちょっと!!」
「一人にさせてくれ!! ……頼む」
アキラは家から飛び出し、森の中へ走っていってしまった。
「ロロルさん……ど、どうするです??」
「……きっと今は何を言ってもダメね。下手にアイツを慰めても、絶対に納得しないでしょうし。……仕方がないわ。村長は私達が供養しましょう」
「アキラ様……心配です……」
家の中に横たわっている村長の遺体は、まさに悪魔に呪い殺されたかのような酷い状態だった。
ロロルは苦悶の表情を浮かべる村長の顔を撫で、そっと目蓋を閉じさせてやる。
その横ではリタが村長が少しでも安らかな眠りにつけるように、聖句を唱えながら祈りを捧げていた。
『闇は安寧と安らぎを齎さん。光は浄化と再生を与えん。混沌は循環と生命を創り賜う。女神よ、この者に救いと祝福を……』
ひと通りの祈りが終わると、二人は魔導具で村長に弔いの火をつけた。
浄葬の炎によって、彼の身体は世界へと還元されるのだ。
数分の間に炎は消え、そこには魔力結晶体だけがコロンと寂しげに転がっていた。
「女神……か。神と言ったって、何もかもを救える訳が無いのよね……」
村長宅の裏手に手頃な石で作った墓へ持参したプリュネ酒と小銭を置くロロル。
彼女は哀しそうな表情を浮かべながら、夕焼け色に光る魔力結晶を暫しの間見つめていた。
◆◆◇◇
……一方ロロル達から逃げたアキラは、村の外れにある森の中で八つ当たりをしていた。
彼が通り過ぎた跡には、魔法や聖剣で倒された木々が転がっている。
「クソッ!! くそ糞クソッッッ!!!!」
――最悪だ!!
ついに取り返しのつかないことをしてしまった。
この世界に来て、チートを与えられて。
勇者だなんだって煽てられて、調子に乗っていた罰が当たったんだ。
なにが"世界を救う"だ。
自分の身勝手な偽善で、他人を死に追いやってしまった……
なんでなんだ。どうしてこんなことに……
ふと病院に勤めていた頃に担当した癌患者を思い出す。
その時俺は薬剤師の仕事として「良くなりますよ、治療の為ですよ」と言いながら、抗がん剤治療の手助けをしていた。
患者は最初こそ元気に会話をしていたが、数ヶ月も経たずに状態は悪化。
患者は襲いくる痛みに耐えきれず、麻薬で痛みを取るようになってからは常に眠り続けるようになった。
――そして最期の会話もすることなく……静かに息を引き取った。
俺はあの時のように、良かれと思った行為で患者をこの手で苦しませ、殺したんだ。
中途半端な偽善で、傲慢に、無責任で。
俺は、また、人をこの手で……




