悪魔崇拝 〜Fede del diavolo〜
「じゃあ依頼は達成ということで大丈夫ですか?」
「はい。魔葉キムチは各組合でも大好評でしたので、高評価での依頼達成となりました。特に料理部署を抱える食品組合より開発料が一年間支払われることになりましたので、後ほどご確認くださいね」
この世界ではさすがに特許法は無かったが、開発者の保護と技術の確保のために、一年間は開発料が支払われるらしい。
技術のレベルによって特級〜五級にランク分けがあり、級数によって支払われる額が異なる。
まぁパソコンや情報インフラが整っていないこの世界で、一々売り上げから計算して個人にリターンとかさせてたら、算出してる間に一年が過ぎちゃうしね。
技術を申請したら、一律でもお金がすぐに貰えた方が開発者も嬉しいだろう。
「じゃあ依頼もこなしてお金も入ったことだし、明日は休息を兼ねてテトリアを観光するか?」
「わぁい! さんせーです!」
「そうね。船旅の後だし、久々に陸でゆっくりしたいわ」
「がははは! また船に乗りたくなったらいつでもこいや! たまにはトリメアにも来てくれよ!」
トゥーリオのオッサンは、キムチの入った大きな甕を抱えながら最後まで賑やかに笑いながら去っていった。
たぶん、この後に船に戻って船員とまた宴会でもやるのだろう。
「ふぅ。なんだかんだ言って、トゥーリオとも長く一緒に居たわね」
「面白いゴリラでしたぁ」
「ほんっと、リタは人を人として見ないよなぁ。まぁ海で世話になったし、いつかまた会いに行こう。それより、ソルティーナさんにオススメの宿を教えて貰ったから俺たちも移動しようぜ?」
ソルティーナに貰った地図の通りに宿へ向かうと、≪茜色の潮騒≫という吊り看板がある建物を見つけた。
その宿は、海が一望できる区画に建てられた二階建て建物だった。
入り口を見つけた頃には、ちょうど白い外壁のキャンバスに夕焼けが色を差しており宿の名前の由来が窺える。
地球と変わらない潮の薫りと、一面に赤く染まった大海原。まるで映画のワンシーンのようなノスタルジックな風景に、一同は宿にも入らずにその場で立ち尽くしてしまった。
「すごい……素敵」
「あぁ、異世界で見た景色の中で一番かもしれない」
「まるでミネストローネみたいです……」
「「……」」
「ん? お客さんかい? 生のゴブリン食ったみたいな顔してどうしたんだい」
「はい……いや、いいえ。なんでもないです」
「……今晩泊まり……空いてるかしら……?」
「うん? ちょっと前からトリメアからの客が滞ってたからね、今なら客も居ないから大丈夫だよ! ほら、入んな入んな!」
恰幅の良いおばちゃんに案内され、三人は建物の中へ入っていった。
五部屋くらいしかないこぢんまりとした宿だが、清潔感のある良い宿だった。
女将とオーナーである旦那さん、そして十五歳ほどの男の子の三人で経営しているそうで、先ほどから彼が唯一の客であるアキラ達にベッタリと接客をしている。
「すごいすごーいっ! お兄さん達って勇者さまなんだ! ねぇねぇ、お話にある神器って持ってるの? 魔法は? ジャンにもみせてみせて!!」
ピコピコと小麦色の小さな耳を動かしながら、アキラたちに話をねだってくる姿は大変愛らしい。
どうやら彼はハムスターの獣人のようで、まだあどけない大福餅のようなふっくらとした顔がチャーミングだ。同じ小動物型獣人のリタと並ぶと、この場のモフモフ度が跳ね上がる。
「ん〜素晴らしい。さすが異世界。あ〜イイわぁ」
「なに気色悪いこと言ってるのよ。子供が怖がるわよ? それに……分かってるわよね?」
「ん? あぁ、大丈夫。そこまで俺もそこまで野暮じゃないよ」
ジャンと名乗ったハムスター獣人の男の子。
仲の良い三人家族のように見えるが、夫婦にはケモ耳が無い。つまり、二人は人族である。
獣人と人族のハーフは必ずどちらかの種族になるし、隔世遺伝して先祖返りする確率は限りなくゼロに近い。
つまり、夫婦とジャンは血が繋がっていない可能性が高い。
リタとジャンが泊まる部屋を見に行った後、宿の食事場でロロルと話していると、宿の女将が話しかけてきた。
「あの子はね、この街の南にある農村の生まれなんだよ。獣人の親と三人で暮らしてたらしいんだけどね……」
女将の話によると、親子三人で狩りをすることで毛皮や肉を獲って僅かな日銭を稼ぎ、貧しいながらも仲良く幸せに暮らしていたそうだ。
しかし、数年前から太陽の国ヘリオスで奇妙な噂が立った。
"悪魔を崇拝している団体がいる"
"恵みの象徴である太陽を怨み、闇の月を崇拝している破滅主義者"
"女神の祝福を呪いに変え、人を狂わせる"
そういった話が、各地で聞こえるようになったそうだ。
「あの子がいた村でね、突然凶暴化する村人が出たんだよ。そうなった原因は分からなかったらしいんだけどね……真っ先に疑われたのがジャンの家だった」
その村では、獣人の家族はジャンの所だけだったらしい。
村のような閉塞された場所では、少数派というのは多数派に排斥されやすい。
それまで少なからず付き合いのあった村人も、ジャンの家に関わるのを避けるようになっていったらしい。
そこまではまだ生活が出来る程度だったそうだが……
「解放者達?」
「あぁ、そうだよ。この国を『悪魔崇拝者達から解放する』って声高に叫んでる連中のことさ。奴らは平和を謳っちゃいるが、やってることは気に入らない連中をいたぶって吊し上げることさ。そしてジャンの親は……奴らに殺された」
解放者たちが主張する中に、"悪魔は月を象徴とした神を崇拝する"というフレーズがある。
たしかに地球でも月は太陽と相反する象徴として良く使われるが、この世界では不味いことになる。
「もしかして解放者達は、月に住んでいる第二世界の人達が悪魔崇拝者だって言ってるの!?」
珍しく本気で怒っているのか、宿のテーブルを両手でバン!と叩いたロロル。
足元で寝ていたアンさんも、ビクっと驚いて飛び起きた。
「本当にくだらないさ。亜人の連中がそんな事をして何になるっていうんだよ。だけど、実際に村の住人に狂人が出ちまった。……もしかしたらもう村人全員が狂っちまってたのかもね。結局、ジャンの親は自分達を囮にして村から逃がしたけど、解放者達に袋叩きにあって死んじまった。ボロボロになってこの街に辿り着いたジャンを私達が見付けてね。それ以来、私達が親代わりとして一緒に暮らしてるのさ」
……思った以上にえげつない話だった。
俺だったら、さっきみたいなジャンの様に明るく振る舞えないよ。
沈黙してしまった俺達は、部屋から漏れるジャンとリタの楽しそうな声をしんみりと聴いていた。




