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船乗りの元締めであるトゥーリオの依頼を受け、キャベツならぬ魔葉の新しいレシピを開発することになったアキラ。
「といってもなぁ、キャベツって基本的に『生・茹で・蒸し・煮る』くらいなんだよなぁ。あとは焼きそばとかで焼いているぐらいか?」
「それぐらいなら既にやってそうよねぇ」
「長く保存も出来ないと、船には載せられないと思うです」
「そうなんだよなぁ……俺らでも干して乾燥させてみたり、色んな塩漬けは試してみたんだが味がどれも似たり寄ったりでよぉ」
ふ〜ん? 意外にオッサンも色々試してたんだ。
乾燥や他の漬け物かぁ……あ。
「オッサン! それ、イケるかもしれない!!」
何かを思いついた様子のアキラは一同を引き連れ、テトリアにある市場へと繰り出した。
テトリアも各地に農作物を輸出しているだけのこともあって、見たことのない食材やグロテスクな魚介など、多種多様な商品が店頭に並べられていた。
「ちょ、ちょっと! スパイスとか買うのはまだ分かるけど、なんで果物や魚介類まで買ってるのよ!」
「アキラ様お腹空いたです? しょうがないですね〜。この優しい優しい、ボクがお付き合いするですよ??」
「ちゃうわ! ちょっと見たことない種類の食材もあったけど、味見した感じは大丈夫そうだったし、コレらで新しい魔葉料理を作るんだよ!」
アキラが今回市場で購入したもの。
それはリンゴや梨に似た果物、イカもどきの塩漬けや小海老などの魚介類。そしてニンニク、生姜、ネギ、唐辛子のような野菜達だ。
今回のキー食材は――唐辛子。
元いた地球においては、辛味を加える香辛料の代表格として幅広く使われているのはご存知だと思う。
だが、この香辛料が広まったキッカケになったのは、大航海時代の有名人、コロンブスだと言われているのは案外知られていない。
この時代は、金と同価値と言われた胡椒が話題に上がることの方が多いからね。
でもこのコロンブスさん、なんと唐辛子のことを胡椒と勘違いしたせいで、世界に"唐辛子"イコール"胡椒"だと混乱をもたらしたウッカリさんなのだ。
だから胡椒とは科名も見た目も全く違うのに、Red pepperなんて呼ばれる様になってしまった。
「ということで、今回作るのは魔葉の唐辛子漬けだ!」
「なにがとういうことでなのかは分からないけど、もう美味しいモノ食べさせてくれるなら、細かいことはどうでもいいわ。……でも漬物はもうあるのよ?」
「あぁ、心配するな。俺が作ろうと思っているのは、塩漬けの発展系である"キムチ"という漬物だな。ただの塩漬けとは違った辛さがあるが、この辛さは食欲が刺激されて、ご飯が止まらなくなるぞ!」
食材を買い揃えたアキラ達は、冒険者機関の調理場を借りて作業を始めた。
今回はトゥーリオやソルティーナ、他の暇そうな受付嬢達も興味津々に見学している。
「さて、まずは魔葉の下処理なんだけど……コレって、どう捌けばいいんだ?」
緑色の手足が丸いキャベツ部分からはみ出し、ウネウネと動き回っている。はっきり言ってかなり気持ちが悪い。
――メシッッ! バキッ!!
「なにを生娘みたいなことを言っているんです? まったく勇者ともあろう人が情けない。内臓も無いんですから、魚とかよりよっぽど楽ですよ」
凄く漢らしい態度で、次々と手足を捥いでいくソルティーナさん。
ちなみに手足は、生で食べられる珍味らしい。
それを聞いたリタとトゥーリオが、さっそく隣でモグモグと齧っていた。
ようやく気を取り直したアキラは、魔葉を一枚一枚丁寧に剥いでいく。
白菜でキムチを作る際に一度、外で白菜を干すと味わいが増すテクニックがある。
だが干すことで増えるビタミンDと違い、今回の目的である壊血病対策に必要なビタミンCは日光で分解してしまうことがあるので、今回はやめておこう。
大体の魔葉の重さを測ったら、約4%の塩を揉み込んでいく。
「あの……ボク、今まで疑問だったんですけど。なんで漬物にするだけで、保存が効く食べ物になるです?」
ポリポリとまだタコのように動く足を齧りながら、リタが首を可愛く傾げて質問してきた。
「そうだなぁ。昔の人は経験則なんだろうけど、上手いこと色々考えたもんだよ」
保存食で思いつく代表的な手法は、干したり塩に漬けたりするやり方が挙げられる。
これらは、食品の"自由水"を減らすことによって菌の繁殖を防ぐことを利用している。
菌が繁殖するには栄養が必要なのは、前に菌の有無を確認した実験でも説明したかもしれないが、人間が生きていく上で重要なのと同じように、菌も水分を必要とするのだ。
自由水とは文字通り自由な水で、なにか他の物質と結合していない水だ。
簡単に言ってしまえば、この水分が塩や砂糖と結び付くことによって食品中の自由水が減り、菌が繁殖しづらくなることで保存が効くようになる、という訳だ。
「とまぁ、そんな感じで腐敗を防ぐんだ。あとは薫製にしたり、冷凍したりとか色々あるけどな」
塩で揉み揉みされた魔葉は、浸透圧の差で水分が出てきた。これを甕の中に入れて、上から重石を乗せることにより更に水分を抜く。
まぁここまでは、今までのザワークラウトとほぼ同じ。ここからキムチの素となるヤンニョムを作っていこう。
ヤンニョムは韓国料理における万能調味料みたいなもので、焼肉や蟹といった食材の下味をつけたりする。
作り方は、こだわらなければ案外簡単だ。
イカの塩漬け、小海老、ニンニク、ネギ、生姜、唐辛子を魔法で粉砕して混ぜていく。
そして果物系をすりおろして入れれば、それだけで完成だ。
「おいおい、なんで辛い唐辛子があるのに甘い果物をいれるんだ?」
今度はトゥーリオが疑問に思ったのか、ヤンニョムを少し舐めて味見をしている。
「まぁ辛い中にも甘味があると、味が複雑になって美味しくなるってのもあるんだけど」
キムチは、納豆と同じ発酵食品だ。
この漬け物には乳酸菌が含まれており、乳酸菌が発酵するためには栄養となる糖分が必要なのである。
……これを聞いて、不思議に思っただろう?
『菌を繁殖させないように漬け物にするんじゃなかったのか?』と。
実際その通りなのだが、正確に言えばヒトの害となる菌を繁殖させないためなのだ。
一定の環境下では、一つの菌が増えると他の菌の増殖が抑えられるという現象がある。
それを利用し、乳酸菌を増やして腐敗菌を減らすのだ。
菌の世界も弱肉強食なんだよなぁ……
「前にやった培養実験でも、一つの菌のコロニーには他の菌が繁殖することがほぼないっていうのが分かるんだが……うん、その顔を見れば興味ないっていうのがよく分かったよ」
「はい。私には味が良ければ、それで」
「おう。腐らず美味けりゃ問題ないぜ! ガハハハ!」
すでに全員がアキラの説明などそっちのけで、ヤンニョムを指で掬っては舐めて珍しい辛さを楽しんでいた。
「この辛さが堪らないです! ボク、もっと辛くても大丈夫です!」
「私はちょっと辛いのは苦手だけど、コレは止まらないわね〜!」
「アキラ様! 早く完成させて欲しいです!」
「これならなんのお酒が合うのかしら〜」
まったくコイツらは……と呆れつつも、この様子ならキムチも大丈夫そうだと確信したアキラは、微笑みながら一人作業に戻っていった。




