こぼれ話②
とある枢機卿猊下の場合
「あぁ、もう! なんでアキラ君考案のカラアゲはこんなに美味しいのよぉ!!」
ここは聖都ジークにある、最近流行りの食堂宿だ。
今までは、宿の客相手の食事提供のついでに食堂をやっていた。……のだが、このところは夕飯だけではなく、今のように昼飯目当てでやってくる客で溢れている。
「レイナさんさぁ、ウチに毎日食べにきてくれるのはありがたいんだが、公務の方はいいのかい?」
宿の女将が追加で注文されたお皿に山盛りで積まれたカラアゲをテーブル置きながら、レイナに話しかける。
もちろん、エールとのセット(二杯目)だ。
「だってぇ……タルタルソースの酸味とカラアゲの甘じょっぱい味付け、それにエールよ!? 止められるわけないじゃない!」
更に最近では、塩だけをかけて食べる通の者や、パンに葉野菜と共に挟んで、お弁当代わりに持ち帰る者など、様々なアレンジが出てきている。
ちなみに、レイナの今日の夕飯はそのカラアゲサンド、肉エキス入り甘辛野菜餡ソース掛け(別途料金)だ。
「あ、女将さん! エール、おかわり!!」
「レイナ……お前、最近……太ったか?」
――ピキリ。
どこの誰かが放った一言で、食堂の中にとんでもない冷気が走った。
あれだけ騒がしかった客たちは沈黙し、少なくない数の女性の身体が小刻みに震えている。
レイナも例外ではなく、両手に持ったナイフとフォークがカチカチと音を鳴らしていた。
グゴゴゴ……と擬音をたてながら、声のした方のテーブルを見るとそこには。
「な、なんで貴方がいるのよ……お兄様……」
一般民が着るような外套に、よく見ればどこか上品なシャツにパンツのルックスの偉丈夫。
その隣の席には、同じような格好にインテリ風の眼鏡をした細身の美紳士。
このアクテリア王国の最高権威を持つ二人。
そう、国王レクスと宰相閣下その人である。
「いやぁ〜、やっぱり本場本店のカラアゲは一味違うな!」
「やはり、料理人にレシピだけ渡して作らせても、この様な出来上がりにはなりませんからな〜」
さも当然かのように、カラアゲをパクパクと食べながらそれをクイっとエールで流し込むオッさん二人。
傍目から見たら、ただの酒好きの近所のおっちゃんである。
「あ、女将さん! エールこっちこっち!!」
「私もエールのおかわりお願いします〜」
「あっ! ちょ、ちょっと! そのエールは私が注目したやつよ! ていうか無視しないでよ!!」
「むぐむぐむぐ……ゴクッ! ゴクゴクッ!! ぷはぁ〜っ。たまんねぇなぁ!! むぐむぐ。このために国王やってるってカンジがするぜぇ!」
「アンタは何を喰って飲んでも、そういってるでしょうが。それに国王とか口滑らせないでくださいよ。私まで宰相ってバレたらどうするんですか」
レイナは二人の居たテーブルに移り、手でバンバンと叩いて存在をアピールしているが、まるで無視されている。
その間に彼女が注文したエールは、すでに半分以上飲まれてしまった。
「わ、悪かったわよ!! アキラ君が美味しいモノ作ってくれても、お兄様に伝えなかったのは私が悪うございましたってばぁ……」
連日売り切れ必須なカラアゲが王家の耳に入り、彼らの御用達となってしまえば、更に品薄となってしまうのは火を見るよりも明らかである。
この枢機卿猊下ともあろうお人は、自分がカラアゲを食べられなくなるのを危惧し、実兄であるレクス王に内密としたのである。実に小狡い女である。
「まったく。裏の者を使って調べなければ、この至高のカラアゲは食べられんかったんだぞ?? こんな旨いモノをお前一人に食い尽くされてたまるかってんだ」
妹が妹なら、兄も兄だ。
この男は聖都にいる諜報員を私的に使い、流行っているグルメ情報を集めていたのだ。
「お兄様? 諜報員は不穏分子を炙り出したり、治安の維持だったりと、そういったことに使ってくださらない? 彼らもヒマじゃないんですから」
「何を言う!! 奴らだってこの宿のお得意様なんだぞ!? お前と同じく毎日通ってるって言うからだな……」
国王が話す大声に、食堂の隅にいた何人かがビクッとしていた。
ちなみに、その中の数人は先ほど「太った?」発言の時にも震えていた女性だった。
「そ、そうなの……」
「それにだな! レイナ! お前だって私がちょくちょくと城下の飲み屋に出掛けているのを、私の妻に報告しただろ!! そんなの卑怯じゃないか!!」
「何をおっしゃるのです。私は王妃であるお義姉様に依頼されたので、仕方なくやったのです。ましてや、お兄様が浮気などされていたら国家的スキャンダルです。国の為ですよ」
「ぐぬぬぬぬ……し、しかしだな!!」
この兄妹はこの後も延々と、ギャーギャー大きな声で勝ち負けの見えぬ兄弟喧嘩を繰り広げるのであった。
そしてほとんど喋らず、二人の分も黙々と食べ続けていた宰相は、このテーブルの唯一の勝者であったのは間違いないだろう。
そんな悪目立ちしている三人。周りの人達は目を逸らしながらカラアゲを食べたり、「仕方がない人達だなぁ」と笑いながらエールを呷る。
勇者の去った後も、とても平和な昼下がりの一幕であった。




