夏の果実
「しゅ、しゅごかった……マーレ族恐るべし」
「なーにを呆けておるのじゃ。たかがマッサージ如きで寝落ちしおって」
昨晩はマーレ族秘伝の生態マッサージで、地獄のような天国を味わった。
レジーナのお礼と称した巧みな手技で、背ビレ外しや三枚おろしなど、人間の骨格を超えた秘儀でヒギィ!となってしまった。
特に鱗落としという叩き技では、男のアキラが「そこトントンされると、奥まで響いて気持ちいいのぉ」などとドン引きする声をあげていた。
しかし、お陰で昨日のモンスター退治の疲労もなく、とてもスッキリとしている。
「ふぅ、一家に一人はマーレ族が欲しくなるよ。……そういえばレジーナはもう海に帰るのかい?」
「ふふふ、なんなら本当に我の番になるか? ……そうじゃの、折角久方ぶりに陸に上がったのじゃし、ヘリオスの港までついて行こうかの」
少しだけ気恥ずかしそうに顔を背けながら、ゆーらゆらと身体を揺らすレジーナ。
出会った当初の凛とした態度より、今のような可愛いイメージになってきてしまったな。
「そうだな! 本当はもっとトリメアの魚料理を堪能したかったけど、向こうの国でも食べられるだろう。それに、レジーナが居れば珍しい海の幸も教えてくれるだろ?」
「そ、そうじゃぞ! 船旅の間も、其方が度肝を抜く魚を獲ってきてやろう! 楽しみにしておくがよい!」
度肝を抜くって、ソレ毒とか危ないヤツじゃないよなぁ? と若干不安に思いつつも、可愛いドヤ顔をするレジーナを見て微笑むアキラであった。
◆◆◇◇
一旦マーレ族の元へ帰ったレジーナと別れ、三人は渡航船組合の事務所へ向かった。
「おう、来たか勇者サマ!」
「おいおい、勇者サマはやめてくれ。俺の名前はアキラって言うんだ、組合長さん」
「だから組長じゃ……って言ってねぇな。分かった、俺は海の男、オロトゥーリアス。トゥーリオって呼んでくれ!」
――それって海鼠の別名じゃなかったかな……
「わ、分かったよ……トゥーリオ。それで、船は無事出せそうかい?」
「おうよ! お陰様で、避難させた船は無事だったぜ! あとは積荷さえ載せれば、明日にも出航できるぞ?」
無事に出航できる喜びに沸いた一同。
取り敢えず今日は準備に当てることにして、翌日に出国する事に決めた。
「それにしてもアキラさんよぉ。あのクッソ美味いピギール重のレシピを、あんなにホイホイと街の連中に教えて良かったのかい? そりゃあ、ウチのカミさん達は大喜びだったけどよぉ」
そう。アキラはこの街でも、ウナギのタレや調理法などを秘匿する事なく、大盤振る舞いにバラまいてしまっていた。
今頃、レジーナが他のマーレ族を呼び寄せ、深海に居るピギールを魚市場に卸すよう取り計らっているだろう。恐らく、トリメアはこれから未曾有のピギールブームが到来するであろう。
「いやぁ、たまに自分で作るくらいなら良いんだが、蒲焼きって凄い手間が掛かっただろ? アレは人が焼いたのを食べるから有り難みがあると思うんだよ」
日本では地方や店によって焼き方や味は千差万別だった。
ひつまぶしや白焼き、西洋風など様々な発展した食べ方もある。
店それぞれの特徴があるから、食べ歩きは楽しいのだ。
……あぁ、肝焼きやヒレ巻き食べらながらビール飲みたい。
「まぁそういうワケで、特に理由がない限りレシピは公開してるんだ。商売するつもりは今のところ無いし、その街の特産品になってくれればいろんなメシが食べられる。その方が俺は嬉しいよ」
「……そんな事言われちまったら、期待に応えねぇワケにはいかねーな。アキラの心意気に応え、街の発展の為にも頑張るぜ!」
「組長ぉ。街の女連中に聞きやしたが、昨晩奥さんと凄かったらしいじゃねーですか〜?? もしかしなくとも、組長が頑張るのは夜の方なんじゃねぇですかィ?」
トゥーリオの部下が、下品な笑いを浮かべながら茶々を入れてくる。
しかし、すぐさま顔を真っ赤にしたトゥーリオに締め上げられ、更には周囲の女性陣からゴミのような視線を浴びせられていた。
「ははは、確かに滋養溢れる食材だって言われてるし、この世界由来の不思議パワーがあるのかもね。でも、食べる量はほどほどにしてくれよ?」
ウナギには脂溶性ビタミンであるビタミンAが含まれる。
脂に溶けやすいビタミンは、胎盤や母乳を通って胎児に影響を与える事があるので、摂取量には注意が必要なのだ。
客そっちのけで取っ組み合いをしている職員を無視して組合の事務所を出たアキラ達は、明日の出航に向けて買い出しに出掛ける。
「そういえば日本ではそろそろアレが出回る頃なんだけどな〜。米もある世界だし、こっちにも無いかな?」
「いらっしゃい! おいおい、兄ちゃん!! 美人さん揃えて買い物なんて羨ましいねぃ!! 兄ちゃん、美容に効く果物があるよ! 彼女達に買ってあげたらどうだい?」
「あはは、彼女なんかじゃないけどね。おばちゃん、この辺に一口大の大きさで、緑色をした果実ってないかな? 熟れてくると甘い匂いがしてくる奴なんだけど」
「んんっ? あぁ、アプリコのことかい!? いや……あるにはある、んだけどねぇ」
「ん? もしかして食べられないの?」
「それがさぁ、ウチのバカ息子がアプリコと騙されてプリュネ買っちまってねぇ。見た目も匂いも似てるが、プリュネはとてもじゃないが青臭くて食べられないんだよ〜」
「それ! それだよ!! ねぇ、それ欲しい! おばちゃん、そのプリュネ買うよ!!」
「アンタ、今度は何を作るつもり? 食べられないって言ってるわよ?」
「……アキラ様が食べて苦しむ分にはボクは構わないですよ?」
「ちょっと、兄ちゃん止めときなよ! 鳥しか食わないようなシロモノだよ?」
一同の抗議を気にも留めず、次なるレシピを考えるアキラ。
「また始まった……」と蚊帳の外に置かれたアンさんは、犬らしからぬ溜息をそっと吐きながら主人を見つめるのであった。




