魔性の女
「確かに外見も仕草もそっくりだよ。その真っ白な柔肌も、もっちりスベスベな太もももな! だがアンタは致命的な間違いを犯した!」
「え、ちょっと私が言うのもなんだけど、貴方かなり危険人物過ぎない? 警備兵呼んだ方がいいのかしら??」
「アンタが乾杯し、飲み干したそのグラスの手! お前は右手で持っていたが……ロロルは左手で持つんだよ!!」
「は? 私もプロを自称するからには、変装元の観察は当然するわ。彼女はフォークもペンも、パンツを履く時の足さえも右よ!?」
「ちょっとその最後辺りの話を詳しく聞かせ……ゴホン。確かにロロルは、ほぼ右手を使って生活をしている! しかし本来、彼女は両利きなんだ。普段は右しか使わないが、ズボラな彼女はメシを右手で食べながら、左手で飲み物を飲む癖が付いたがゆえ、ジョッキやグラスは必ず左手で持つんだよ!! ……きっと携帯がこの世界に有ったら、それも左手で持つ物臭タイプだな」
「携帯が何なのかは分からないけど……今回は私の調査ミスのようね。安心して。私は別に貴方を害する為に来たんじゃない」
ビリビリビリ、と自らの顔の皮を剥ぐようにめくると……にっこりとした笑顔の、金髪の美しい女が出てきた。
だが、その笑顔はまるで仮面の様で、心から笑っているようには見えない。
それがかえって異様な不気味さを醸し出し、アキラは危機感を高めた。
「ふふふ。警戒しないで? この笑顔はね、昔の育ての親に『絶対に泣くな、相手を油断させる為に常に笑顔でいろ』って厳しく躾けられてね。それからずっとこの顔なの。……同情はしなくていいのよ? 私、この仕事がとても気に入っているし。それに、訓練で磨き上げられたこの見事なボディは、100%私のモノだしね?」
本心を窺わせない笑顔で、身体をクネらせておどける女。
「……そうか。まぁ身の上話は置いておいて、ここへ来た用件を聞こうか?」
「えぇ、そうしてくれると助かるわ。あぁ、自己紹介がまだだったわね。私の名前はフィムラフ。外国の言葉で"笑顔"って意味らしいけど、フィムって呼んでくれて構わないわ。そしてお仕事は、とある国の諜報員ってところかしら」
「あーやっぱりか。まぁ、国があればそういう人や機関もあるとは思ったけど。……それで? その国の諜報員さんが俺に接触した理由があるんだろう?」
「すんなり理解してくれて助かるわ。私が貴方に接触したのは勿論、貴方が"勇者だから"よ」
各地で猛威を振るう魔王。
その魔王に対抗するため、女神が召喚した強大な力を持つ勇者。
だが、いくら女神が呼んだとはいえ、勇者も人間だ。
心を惑わせ、その力を魔王ではなく味方の人間に振るうようになってしまったら。
それはもう、第二の魔王の誕生である。
まだ勇者の詳細な情報が見えない各国が、自国の脅威とならないかを調査するのは至極当然だ。
むしろ、そんな危機感を持たない国は危機管理がしっかり出来ていない証拠だ。
「まぁそんなワケで、この街で勇者アキラを調査してたってこと」
「ふぅん。じゃあ、こうしてご丁寧に俺の前に出てきたってことは、勇者として合格なのかな?」
「んー、そうね。無闇に力を奮って、街や人に被害を与えるような行為は無かったし、洞察力や頭の回転もそう悪くない。察しが良い男で助かったわ」
詳しくは語ってこないが、もし勇者として俺が不適格だったらどうするつもりだったのか。
情報を集める為の諜報員だと嘯いてはいるが、その磨き上げられた肉体は戦闘によるものだろう。
自国の脅威となるならば、身命を賭してでも対象を抹殺する工作員ではないのか。
……取り敢えず今は殺されはしないみたいだし、藪を突いて蛇を出すようなマネは避けよう。
あまり裏の世界の話はしないよう、俺は敢えて明るく話を流すことにした。
「お褒めに預かり光栄です〜。これでも、察する事を美徳とした日本の社会に揉まれに揉まれた、察し系男子を自負しているんでね」
「ふふふ。本当に頭の悪い男じゃなくて良かった。まぁこれで私は安心して国に戻れるわ。……このまま貴方が立派に勇者を務めてくれるなら、ね」
変わらない笑顔のまま、椅子から立ち上がって部屋から出ようとするフィム。
最後にアキラへ振り返ると、
「そうだ。このまま農業大国ヘリオスに向かうのなら、十分に気をつけて。どうやら悪魔だの魔族の呪いだのって、キナ臭くなっているみたいだから」
フィムはそう呟くと、赤ワインの僅かな香りを残して去っていった。
ふぅ……と軽く気疲れの溜息を吐くと、開けっ放しのドアを閉めに立ち上がる。
するとドアの隙間から、女性が立っているのが見えた。
「なんだ、今度はレジーナに変装か? 忘れ物でもしたか?」
「其方は何を言うておる? 我は御礼をしにアキラの元へ参ったのじゃ」
「へ? 礼って?」
「ふふふ、ヒトの命を救っても驕らぬのは其方の美徳よな。それに其方は太くて、立派で、長いモノがあんなに美味だと我に教えてくれたじゃろ? その御礼じゃ」
スススっと足音もなくアキラに近付くと、アキラの胸に手の平を置くレジーナ。
「ちょっ! レジーナさん! あんた男か女か曖昧なんでしょうが!?」
「うむ? ふふふ……それは今宵、じっくり時間を掛けて確かめてみるがよい。男も女も、どちらの身体をも知り尽くした我に任せるのじゃ。……快楽に気をやられるでないぞ?」
そのままベッドにドンっと押し倒され、レジーナに馬乗りにされてしまった。
――これまでの一部始終を部屋の片隅で見ていたアンさんは、アキラが出す喘ぎ声に呆れながら、ため息を一つ吐いて眠りにつくのであった。
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ちなみに、ロロルさんがグラスやジョッキを左手で持つのは第6話に描写があります。




