時を超えて貴方を信じる
無機質な冷たい刃が首筋を撫でる。
首に垂れてきた血はお母様のものだろうか
ギロチンの下にいる、私、レベッカ・スカーレット。
私が何をしたって言うの?
悪いのは全部あの人よ!
あの人の子孫であることすら咎められてしまうの?
レイラ・スカーレット、私の祖母でもある女。
そいつのせいで私は身分を隠し逃げてきたというのに、長い鬼ごっこも終わりか。
もう疲れたしいいだろう。
だが、これだけは言える、
私は貴方みたいにおろかなことはしなかった。
嗚呼、神よ本当に居るのなら哀れな私の願いを叶えさせて。私の愛する人たちのために。
私もとうとう気が触れてしまったのか、そう思い目を閉じた私に神は慈愛を与えた━━━
「・・・お嬢様!レイラお嬢様!!もうお昼になりますよ!起きてくださいって!!」
「あと10分よ、お願い!もうすぐ起きるから少し出ていてくれる?」
「らしくないですねぇ、分かりました!何かあればお呼びください」
私の侍女らしき女が部屋を出る。
手の震えが止まらない、私は上手く受け答えが出来ていたのだろうか。
何気なく見た姿見、それに映るのは私ではない。
美しいアッシュブロンドのふんわりとした髪に小動物のように愛らしく、澄んだ空のように青い瞳。
それは紛れもない、現皇帝の婚約者。
レイラ・スカーレット。私の祖母だ。
小さい頃お母様に見せてもらった写真そのものだった。
その瞬間、私は覚悟を決めた。
これは神が私に与えた最後の慈愛だ。
運命を私が変えてみせる。
もう何も失いたくないから。
━━━私はレイラ・スカーレットとして生きる━━━
まず、私がすべきことは今の状況の把握だ。
確かレイラには兄妹はいない。父は皇帝の従順な臣下で家を開けることが多かった、そしてレイラの母はレイラを産んだ後すぐ亡くなっていた。
うろ覚えだが、そんな感じだった。
トントン「お嬢様!お食事ですよ!」
リズミカルなノック音が聞こえる。
あの侍女か、すっかり忘れていた。
「お入り。」
何がそんなに楽しいんだか知らないが笑顔で昼食の用意を進める。
袖にsunnyという刺繍がしてあった。
少し冒険してみようではないか。
「サニー?私は何歳かしら?」
「何をおっしゃいますか?16歳でしょう?
来月には殿下との結婚式ですね!」
「私は童顔だから14には見えるわ~」
「ふふっお嬢様ったら」
昼食を食べ始める。
収穫は大きかった。
サニーとはレイラを裏切った侍女長だ。
レイラが逆賊として処刑されるのは18歳を目前に控えた頃だっただろうか。
つまり、あと2年もないのだ。
手始めに皇帝との結婚式で醜い運命を掻き乱してやろうじゃないか。
しかし、屋敷でも気は休まらんな。
このような笑顔を向ける者が間者とはな。
コイツが裏切り始めたのが昔からならば少し
これからの参考になるかもしれない。
手紙のようなものを探そうか。
~翌日~
体を壊してはならないと半ば無理矢理であったかもしれないがサニーを休ませた。
侍女室になにか手がかりがあるかもしれない。
幸い昼間は皆、仕事に追われている。
今が好機だ。
サニーの机は実に殺風景だった。
必要最低限の文房具や本しか置いていない。
手がかりは簡単に見つけられそうにない。
間者であれば、情報を流す手段は手紙か直接会うくらいだろう。恐らくこの屋敷内に協力者はいない。
手紙を探そう。
だが、何も出てこない。苛立ちで頭がおかしくなってしまいそうだ。せいぜい出てきたのは紙きれぐらいだ。
「もう、仕事は終わりよね?疲れたわー!」
侍女達の声が聞こえてくる、私は逃げるように部屋を後にした。
なぜか、私はあの紙切れの数々に違和感があった。
~数日後~
「お嬢様、お召しかえを」
「えぇ、入りなさい」
この喋り方にも反吐が出るな、優しい口調で喋るのは性に合わない。
「お疲れの様子と伺ったのでアップルティーを持って参りました。」
「ありがとう、サニー」
甘い香りが鼻に抜ける。
ああ、見逃していたな。
繋がった。私の中で疑問は確信になった。
サニーはあぶり出しを使ったのだ。
りんごの汁であぶり出しをしていた。
こんなもので私を欺けると思っていたのね。
キャンドルにかざしてみる。
『特に怪しい動きは無い。
しかし旦那様はこのやりとりを感ずいておられるようだ』
やはり、サニーは間者なのね。
分かっていても、人を失うのは辛い。
だがこんなことで立ち止まるようではダメなのだ。
もう、誰も大切な人は失いたくない。
「あ!そういえば!!今日は旦那様が帰ってこられますね!3ヶ月ぶりでしょうか。ですが、ビクトリア卿が討たれてしまったそうです…」
ボロが出たわね。
帝国はそんな情報をそのまま流せば自分たちが不利な立場になる、強い帝国であることを民に見せなければならないのに。
一介の侍女がそんなことを知っているのだ?
私にも知らされていないようなことを、
間者はお父様の所か、もしくはお父様の近くの敵側かどちらも有り得るわね。軽はずみな行動はダメね。
馬車の鈍い音が近ずいてくる。帰ってきたのね。
最後までレイラを信じた唯一の人ね。
上手く乗り切れるだろうか。心配になると、処刑される時と重ねてしまう。体が震える、血の気が引く、上手く呼吸ができない。
「お嬢様、笑顔を見せて差し上げましょう。」
サニーが背中をさするとお母様を思い出してしまう。
残酷かな、こんな優しい人が今、この瞬間1つも私を心配に思っていないなんて。
「お父様、お待ちしておりました
お疲れでしょう」
「ああ、レイ、会えて嬉しいぞ」
「ええ、私もです」
未だにレイラの人物像が掴めていないのに不安だ。
誰よりもレイラに近い人を騙すことが出来るだろうか。
その後は他愛もない会話をしながら夕食を取った。
思いのほか、お父様は優しい笑顔を見せてくれた。
部屋を出る時、
「レイ、後で私の部屋に来なさい」
と言われてしまった。
「ええ、お父様!」
私なら大丈夫、そう言い聞かせてお父様の部屋に向かう。
ガチャン
「お前は誰だ」
首筋に剣が当てられている。うまく呼吸ができない。
この人は私を信じてくれていた人だ。
賭けてみよう、私の運命というものに。
「全てお話させていただきます。」
いきさつを全て話した。
レイラの残酷な運命を聞き入れたお父様は
「よく話してくれた」
そういうと私を抱きしめた。
暖かい感じに涙がとめどなく溢れ出した。
そんなものを受けるのは初めての事だった。
そして、私は決意を固めた。
「侯爵様、私たちで協力しましょう」
さすがに動揺しているな。
「私は卑しい身分にされていたとはいえ、王族の血を受け継いでいました。数人の侍女と一緒にいた為、教養が全くなかった訳ではございません。」
「この忌まわしい運命を二人で変えませんか?」
さすがに、やりすぎたか。だがそれは要らぬ心配だった
「その提案受けようではないか。 レベッカ嬢。」
「ええ、嬉しい限りです。」
私は部屋を後にした。
安堵と共に新たな不安が生まれる。
なぜレイラは逆賊とされてしまったのか。
だが、この数日で1つ分かったのはレイラは意図的に逆賊となってはいない。なぜかそう断言できた。
祖母のことを信じてみようと思う。
貴方を助けて、お母様と3人で笑いたいわ。