危険なティータイムのはじまり
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タイトルとあらすじ、タグの一部を変更しました。
本編はそのままです。どうかご了承ください。
「……おい、ジェシカ。あの反魔法同盟のテロリスト女を、これからどうする気だ」
別人のように従順になったにせメイドは、デモンズ家の手の者にどこかに連れていかれた。
部屋を出るとき、すがるような目でジェシカを見た。
「のーぷろぶれむよぉ」
ジェシカがウィンクで応じると安心した様子だった。
「どうもこうもありませんわあ。彼女の安全は、デモンズ家の名において保証しました。もうテロリストではありません。これからは、我が家の駒として働いてもらいます。読み書きができ、メイド経験もある。反魔法同盟の事情にもある程度明るいし、頭もよさそうなので、他の仕事もしこめそう。容姿も悪くない。スパイとして理想的です。おまけに……」
レオの質問に、朗らかに答えるジェシカの開いた目が、にいっと薄気味悪く細められる。
レオが顔をしかめる。
「……おまけに、弱点の弟ごと抱え込むから、余計にコントロールしやすいか? 最初からあの女をマークして、取り込むつもりだったな。王子の俺を自爆テロのおとりにまでして。ほんとに嫌な一族だな、おまえのところは」
「使えそうな鳩はわりといるのですけどね。裏切らない伝書鳩にするには、帰るところを持つものでないと。彼女のような人材は値千金ですわ。……我が家が幸せであればあるほど、鳩は死に物狂いでそこに戻ろうとするもの。だから、折れた腕が完治するまでは、デモンズの用意した場所で、弟さんとできるだけ幸せな日々をすごしてもらうつもりです。味方には愛を、敵には地獄を。飴と鞭が、我が家の家訓ですの。ご存じでしょう」
ゆるぅっとジェシカは足を進めた。
今だ腰が抜けたままのリーナのおとがいに指をかけ、くいっと引き起こす。
リーナは悲鳴をあげそうになった。
私は鳩じゃありません。
食べてもおいしくありません。
「……顔立ちは悪くない。貴族としても通用するかも……でもお、わずか二カ月で、平民のこの子を貴族令嬢に仕込むなんて。難易度がかなり高めですわねえ。鞭ばかり使うことになりますわよ」
リーナは震え上がった。
目の前の床には、さっきジェシカが広げた数々の拷問道具が置かれたままだ。
あのおぞましい金属の筒もだ。
ぞわっと変な汗が出てくる。
うっかり自分に置き換え、想像してしまったのだ。
「ふん、おまえなら鞭など使わずとも、貴族令嬢の一人や二人仕立て上げられると思っていたが、とんだ見込み違いだったようだな」
リーナの顎から手を離し、ジェシカはレオと向かい合った。
「……お言葉をかえすようですが、レオ殿下はこの子を、王立魔法寄宿学校に同行させるおつもりでしょう。あそこは貴族の子供たちばかりが学ぶところ。少しでも違う色を見せれば、すぐに浮き上がりますわよ。なまじのことでは正体など見破られます。しかも、授業だけではなく、寮生活も、その子たちとともにすることになる。そのうえ、例の入学試験があります。正気の沙汰ではございませんわあ」
あきれはてたというふうにジェシカは言った。
「教師役を引き受けるには、条件が悪すぎますわあ。デモンズ家とて、万能ではございませんのよ」
「はっ、謀略を司るデモンズ家がその程度で腰がひけるか。暗黒の一族も地に堕ちたものだな。優秀なスパイと引き換えだ。悪い条件ではあるまい」
「……御冗談を。こちらにどこまで譲歩させる気ですのお」
「俺様の命を危険にさらしたんだ。自爆用の魔法の杖のからくりもわかった。詫びと貴重な情報、これでお釣りがくるだろうよ」
レオ王子とジェシカは軽口を叩き合っているようだが、互いのぴりぴりした雰囲気が、接触点から火花を散らしていた。ぶつかりあう嵐の真っただ中にいるようで、おろおろを通り越し、リーナは一刻も早くこの場から逃げ出したかった。だが、自分の将来に関する話が、勝手におかしな方向に進んでいくのを見過ごすわけにはいかなかった。
「す、すみません!! 質問がいくつかあるんですが!!」
二人の威圧感に負けないよう、リーナは大きな声を張り上げた。
びしっと挙手し、発言の許可を求める。
なんの、びびってなるものか。
こちとら下町っこでい。威勢の良さなら折り紙つきだい。
い、いざとなったら、謝り倒せばいいし……。
謝れば……許してくれるよね。
「……あン?」
「……なあに?」
ぎろんっとレオとジェシカがこちらを向く。
二匹のいがみあう怪獣の間に割って入った気がした。
これは絶対口のきき方ひとつで、首がすっとぶ。
視線を当てられるだけでこわすぎる、おしっこちびりそうだ。
「……俺様たちの話の腰を折るとは、ナリ子のくせに生意気だ。言いたいことがあるなら、とっとと口にしろ。ぐずぐずしてると殺すぞ」
レオの悪態になぜかほっとする。
うっさい、このタマゴ王子、と心の中でやり返せるからだ。
ジェシカのほうは、ほんとに苦手だ。
こちらの一挙手一投足から、心の中を読み取ろうと、じいっと糸目で観察されている気がする。
「……私の魔術整備士としての腕を、レオ殿下が買ってくださったのはわかりました。とても光栄だし、嬉しいです。だけど、なにゆえ私が貴族のふりをしなくちゃならないんですか。魔法の杖のメンテだけなら、普通に魔術整備士としてお仕えすればいいんじゃないざますか。え、と、おほほ」
精いっぱい上品な言葉を使おうとし、ただすべりするリーナに、レオははあっとため息をついた。
「俺様ともあろうものが、うっかりしていた。このところジェシカと話ばかりしていたんでな。こいつはこちらの言いたいことを次々に先読みするんで、同じつもりになっていた。あほなナリ子には、もっと丁寧に説明すべきだった。すまん」
ほんとに謝罪する気があるのなら、あほとかナリ子とか言うな、と激昂しかけたリーナだが、そのとき、腹の虫がぐううっと鳴った。リーナはまっかになってうつむいた。部屋中に響き渡る音に、ジェシカは糸目を見開き、くすくす笑った。
「……すみません。四日前から水しか口にしてなくて……」
ごにょごにょ弁明しながら、リーナが身の置きどころのない気持ちで、レオのほうをちらりと見ると、意外なことにレオは怒っても、呆れてもいなかった。
「そうか。空腹のつらさは俺様も知っている。気づかず悪かった。ドレスの前に食事にすべきだったな」
すまなさそうにリーナのほうを一瞥し、召使いに声をかけようとする。
ジェシカがそれをさえぎった。
「レオ殿下。そういうこともあろうと、すでにデモンズ家で、居間に軽食を用意済ですわ。アフタヌーンティー方式ですが、サンドイッチを少し多めにしてあるので、空腹のリーナちゃんも満足いただけるかと。十分ほど前に支度させましたので、ポットのお湯もまだ温かいはずですわ」
レオは嫌そうな顔をし、リーナに話しかけた。
「な、こういう先読みばかりされてみろ。説明するのも馬鹿らしくなってくる。だいたい、さきほどテロリストを引き取りに来た奴もそうだが、なんで離宮の俺様の区画を、デモンズ家の手のものが我が物顔に歩いている」
「……レオ殿下をお守りしたいという忠誠心のあらわれですわ。さあ、今後の話がいろいろございますでしょうから、ティータイムを兼ねて、ゆっくりとあちらで」
「ふん、監視の間違いじゃないのか。まあ、いい。居間に場所を移す。ついてこい、ナリ子」
「は、はい」
すたすた歩きだしたレオの背中を、あわてて追おうとしたリーナは、ジェシカの前で躊躇いがちに少し身を沈めた。礼を言わねばと思ったのだ。
「お食事のご用意、ありがとうございます」
ジェシカはにこにこして答えた。
「いいのよー。腹ごしらえしとかないと、私と戦うとき、空腹で倒れられたら困るもの」
リーナの目が点になった。聞き間違いかと思った。
「……す、すみません。よく聞き取れなくて。あはっ、ごめんなさい。私、戦いなんて聞こえちゃって。きっとお腹すきすぎちゃって幻聴が……」
「幻聴じゃないわあ。ティータイムが終わったら、リーナちゃんには、私と魔法の模擬戦をやってもらいます。王立魔法寄宿学校に入学するためには、魔法の試験があるもの。そうねえ、私に一発入れられたら、合格にしましょう」
「え……ええっ!! ええっ!!」
大事なことなので二度言いました。
リーナはまっさおになった。
魔法の杖の魔法陣チェックをするため、魔術整備士は、微量な魔力はある。
だが、魔術師と魔法で張り合うなど到底無理だ。おまけにジェシカは、おそらく……。
「……ナリ子を、ぶち殺す気か。試合は断る。実力差がありすぎる。おまえは王立魔法寄宿学校の魔法戦の覇者だろうが」
レオがはねつける。
今度ばかりはレオが救いの神に見える。
魔法戦はなるべく力量差がないもの同士でおこなう。事故が起きても被害が少なくてすむからだ。
だが、ジェシカは引き下がらなかった。
「これだけは譲れません。この試練をクリアすることが、私がリーナちゃんの教育係を引き受ける最低条件です。リーナちゃんは、王立魔法寄宿学校に入学するんですよ。その意味を、殿下こそよくおわかりでないようですねえ」
「死んでは意味がないだろうが。どうせ手加減などしないのだろう。俺様の見つけてきた魔術整備士をなんだと思っている。さては、引き受けたくないから、事故にかこつけて消す気なのだろう」
「心外ですわあ」
二人は睨み合った。
リーナそっちのけでまた諍いをはじめた二人。
サンドイッチははるか遠くだ。
「あ、あのぉ……」
リーナはおろおろと右往左往するしかなかった。
かわいそうに、お腹をぐーぐー鳴らしながら……。
空腹で死ぬのと魔法戦で死ぬの、どちらが楽なのかと思う。
このままだと、両方が死因になりそうだった。
お読みいただき、ありがとうございます!!




