おねえさまキャラ登場と思ったら、こんなのばっかり。
すみません、ブクマ、評価、ご感想まで。
心から感謝です!!
だから、好き勝手やっても、どうか石を投げないでください。
「……なにが魔法のない理想の未来のためにだ。そう偉そうにぬかす本人たちが、自爆魔法なんぞ使いやがって。自分たちが魔法を使うのは、かまわないというのか。だから俺様は、おまえら反魔法同盟が大嫌いなんだ」
倒れ伏したにせメイドと、その手から離れた粗末な小型の魔法の杖を見下ろし、王子レオは吐き捨てた。
「みねうちだ。顔面を蹴り砕かれなかっただけ、ありがたく思え」
怒りがまだ目の奥に燻っている。
蹴った形のままだった足をゆっくり下ろす。
見事なまでのヤクザキックだったが、足の裏全体で押したから、暴龍王子的には手心を加えたつもりらしい。鼻血と泡をふいてのびているテロリストとしては、おおいに抗議したいところだろう。
リーナとしては、おおいに同情してあげたいところだったが、自分ごと自爆テロで殺されかけたこともあり、同情ケーキを半分に切った。後頭部のうずきで、鎮圧の巻き添えになって、大きなたんこぶをこさえたことを思い出し、さらに半分に切り分けた。
「……はあ、それにしても……びっくりしたぁ……」
緊張の糸が切れ、リーナは床にへたり込みそうになった。
今になって膝ががくがく笑い出した。
一歩まちがえば木端微塵だった。
自爆魔法の怖さは嫌というほど母から教え込まれている。
魔法の杖を停止させる作業に全神経を集中し、さなかには恐怖を意識していなかったのだ。
「……見事だった。腕は怪我していないか? だいじょうぶか」
すっとレオがそばに寄り、支えてくれようとする。
ちゃんと下から手を差し伸べてきた。
乱暴者なのに、たまに王子らしさが顔を出す。
「た、助けていただいて、あ、ありがとうございます。おかげをもちまして……」
流れるような自然な動作につられて、レオの掌に手をのせてしまう。
リーナの胸がどきりとする。「この魔法整備士は、もう俺様のものだ」と言ったレオの言葉に、不覚にも少しときめいてしまっていた。そうでなくても王子の寝室で二人きりなのだ。
たとえ足元にはカニみたいに泡をふいたにせメイドが転がっていたとしても。
「……礼などいらん。仕事をしろ。休んでいるひまなぞないぞ。とっとと、このテロリストの魔法の杖を解析しろ。ここでやれ」
エスコートされた先は、魔道具箱が置かれたサイドテーブルだった。
うん、わかってた。どうせこんな展開になるって。
あー、そういえば、「腕は怪我してないか」って言ってたな。
「怪我してないか」じゃなくて。
どうやらリーナの魔術整備士としての腕にしか興味がないらしい。
まあ、それはそれで本望なのだが、少しさびしい。
せっかくおしゃれまでさせてもらったのに。
リーナは運命の非情を再確認した。
「……これでもう少し、女扱いしてくれたら、満点だったのに……」
「ああ、なんか言ったか? さっさとやれ。ぶっ殺すぞ」
エスコートされたあと、ぶっ殺すと声掛けされるレディなどいるだろうか。
「さぁ、空耳じゃないですか。言われなくてやりますよ」
冷たく言い捨て、椅子に腰かけようとするが、大きくふくらんだスカートに慣れていないので、どうすればいいかわからず、まごまごする。巨大すぎるスカートが視界の邪魔になり、椅子の位置さえうまく把握できず、後ろ手が確認しようとぶざまに宙を泳ぐ。
「……と……んっ……! ……ぎゃああっ!! 手がつった!!」
レオが呆れたようなため息をつく。
「……やれやれだ。普段着用のドレスでこれとは先が思いやられるな。夜会用のドレスのスカートはもっと膨らんでいるぞ。背もたれを使わず、浅めに腰かけるんだ。重心は前よりにな」
すっと椅子を後ろにひき、うながす。
下町育ちのリーナは椅子などひいてもらった経験はない、むずがゆい。
お酒に酔ったように頭がくらくらする。
「あ、ありがとうございますです!!」
呂律が回らなくなりそうだ。
「ただのエスコートだ。いちいちでかい声で礼を言う必要はない。軽く会釈するだけでいい」
レオは机の上に、反魔法同盟の杖を投げ出した。
「はいいっ!! 以後気をつけます!!」
「……バカにしてるのか。それをやめろと言っている」
がちがちで着席したリーナだったが、魔道具箱と魔法の杖を前にし、かちりと仕事モードに切り替わる。あっという間に分解を終えて、中身の確認をしたリーナの顔が、怒りに歪む。
「……ひどい!! これは自爆するためだけに作られた魔法の杖です。出力魔法陣がわざと取り外されてます。壊れるために生み出されたなんて、この子が可哀そうだ……」
目に涙が浮かんだ。
絶対に許せないと思った。
魔法の杖を愛するリーナにとっては決して許せない鬼畜の所業だった。
自爆魔法とは、じつは魔法の杖のトラブルによる事故だ。
魔法の出口である出力魔法陣になんらかの問題があり、外に魔力が抜けない場合、内圧によってふくれあがった魔法の杖は爆発する。発射口が塞がれた銃身の引き金をひくのとよく似ている。
初心者の魔術師が一番起こしやすい事故のひとつで、毎年何人もの死者が出ている。
それを防ぐために、「魔法陣セットアップ」により、きっちり起動、増幅、出力の三種類の魔法陣が作動しているのか確認するのだ。だが、この杖には出力魔法陣がついていない。起動すると自爆以外に道はない。
「魔力が弱い人間でも扱えるよう、起動魔法陣は軽いものが使われてます。だけど、増幅魔法陣は極めて強力です。ただ作りが粗雑なので、爆発はともかく、まともな魔法はまず放てないと思います。精度は完全に無視していますね……回路も安物なので、一回の使用が限度でしょう。杖の素材も耐久性をまったく無視したものです」
「ふん、早い話が、自爆テロ専門の魔法の杖というわけか。いつもテロリストごと杖は粉々に吹っ飛んでしまうんでな。中身が確認できたのは、今回がはじめてだ。お手柄だ。だが、まずいな。こいつは思ったより危険な代物だ」
レオが口に拳を押し当てるようにして唸る。
レオの危惧はリーナにもよくわかった。
自爆のみに特化したこの魔法の杖は、おそろしく安く作ることができる。
自爆武器が大量生産可能というのは、悪夢以外のなにものでもない。
「これなら、学生さんの練習杖の半分くらいの価格でつくれるでしょうね」
リーナの言葉にレオがうなずく。
魔法技術の粋である魔法の杖は、高価なのが頭痛のタネであるが、そこをクリアされるとバラまきが可能になる。おまけに、わずかな魔法適性しかない人間でも使用できる。防ぐがわとしては、頭が痛いどころではない。
さらに、事態はもっと悪化する可能性がある。
「……もし、もっと魔法適性が低い人間でも作動するよう改造されたとしたら……」
口にしたリーナ自身の背筋が寒くなった。
炎に包まれる王都が見えた気がした。
「……そんなことされたら、王都のあちこちで、反魔法同盟の自爆攻撃がはじまっちゃうわねえ。お手上げになるわ。はじめて中身見させてもらったけど、やつらの魔法の杖って、予想以上にえぐいのね。早いとこ、製造元を叩き潰すべきね」
「……っ!?」
いきなり横からのぞきこまれ、リーナはびっくりして椅子から転げ落ちそうになった。
縦巻きロールの髪型の、紺の制服の少女が、いつの間にか忍び寄っていた。
高い位置で締めたベルト、ロングスカート。
クラヴァットと見まがうほどの幅広の白いネックバンドが、首元で存在を主張していた。
華麗に刺繍された腕章をつけている。
「あはっ、ごめんね。驚かしちゃった? 私、ジェシカ。王立の魔法寄宿学校で、代表生徒やってるの。生徒会長っていったほうがわかりやすいかな。あなたがリーナちゃんね。あら、そのドレス似合ってるわね。よろしく、後輩ちゃん」
「……こ、後輩……!?」
にこにこしながら握手し、ぶんぶんとリーナの手を振り回すが、反応がかんばしくないのに気づき、首をかしげる。
「……もしかしてレオ殿下。魔法寄宿学校の入学の件、この子にまだおっしゃってないのかしら」
糸目の笑顔だが、額に怒りマークが見えるようだ。
「忘れてはいないぞ。さっきまで眠りこけていたうえに、今の自爆テロだ。時間がなかっただけだ。ほんとだぞ、その糸目はやめろ」
俺様レオが珍しくたじたじになっている。
このジェシカという少女のほうが力関係的にレオより上らしい、とリーナは直感した。
憧れのまなざしでジェシカを見上げるリーナに、レオははあっと深い息をついた。
「……おまえ、ジェシカがいい奴なんて勘違いしてるんじゃないだろうな。そいつは俺様よりよほど性質が悪いぞ。この国の謀略を司るデモンズ家の一員だ。毒虫がはだしで逃げ出すほど悪辣だ。さっきの自爆騒ぎ中も、ずっと様子をうかがっていたんだ。おまえに狙いを定めてな」
レオの言っている意味をリーナが理解するのに少し時間がかかった。
狙いって、もしかして、魔法で……!?
ジェシカは悪びれず、ぺろっと舌を出した。
「だって、リーナちゃんがテロリストの可能性もあるでしょ。王族を守るのがデモンズ家の使命だもの。でも、もう疑いは晴れたわ。ごめんね。……おわびに私の裏の顔を見せてあげるから」
ジェシカの口元がにいっとつりあがり、リーナはぞっとした。
同じ笑顔のままなのに、禍々しい得体のしれない凄みが浮かび上がってきた。
遠慮しますとリーナが言う間もなかった。
ジェシカが片手にぶらさげた大きな包みを振りながら、つかつかと倒れたテロリストに近づき、屈むとその腕をとる。んーっと鼻歌をうたいながら、背中がわに腕をねじりあげる。
「もしもしー、おめざめの時間よ」
ばきんっと気持ちの悪い音がした。
腕の骨をへし折ったのだ。
「……ひっ!?」
悲鳴をもらし、リーナは思わず目をそらした。
突然の激痛に口全部を開くようにし、絶叫しながらテロリストが跳ね起きようとした。
だが、ジェシカに完全に動きを封じられ、また顔面から床に突っ込む。
「……おはよう、テロリストさん。私、ジェシカ、よろしくね。デモンズ家の人間といえば、あなた達には通じるかしら」
蒼白になってがたがた震え出すにせメイドを床に押さえつけたまま、ジェシカはにたりと笑った。
「あなた、歌はお上手? さあ、愉快な拷問をはじめましょう。リーナちゃんもたっぷり楽しんでね。ちょっとすごいわよう」
……すみません、ちっとも楽しくありません。
もう帰ってもいいですか。できれば、ドラたろーだけ預からせてもらって。
リーナは泣きたい気持ちで、そう強く願った。
そして、もちろん神様が、そんな願い事をかなえてくれるはずがなかった。
お読みいただきありがとうございます!!