表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

いきなり貴族令嬢のドレスに着替えさせられたんですが、平民の私にどうしろと。

すみません。

ブクマと評価、なんだか申し訳ないです。

マッハ展開を心がけています。

「……あの、すみません。質問していいですか。私の着てた服は……それと魔道具箱は。……あと、だいぶ盛大に炎魔法を使ってらっしゃいましたが、わ、私の家は……」


レオのジュストコートから顔を出し、恐る恐るリーナはレオに問いかけた。

王子に自分から話しかけるなど、不敬もいいところだとはわかっている。

だが、仮にも年頃だ。いつまでもシュミーズ一枚ではいたたまれないし、ベッドから身動きとれない。


リーナは、話しているうちに、だんだん不安になり語尾が震えてきた。ついたてから顔をのぞかせたような滑稽な格好だが、本人にとっては笑いごとではない。


母の形見である魔道具箱は、売り払うことが決まったとはいえ、命の次に大事なものだし、店兼家はたったひとつだけ手元に残される母との大切な思い出だ。あのとき刺客たちは火だるまになって転げ回っていた。いかに調度品が少ないとはいえ、家が無事であるとは思えなかった。それどころか近隣に延焼している可能性さえある。


リーナは蒼白になって震え出した。

食うものさえ事欠く貧乏なのに、賠償金など払う余裕はない。

火事を出した場合、夜逃げするか、文字通り身を売るしか選択肢はなくなる。


リーナを年若い娼婦と勘違いした男たちの下卑た笑みを思い出す。

いやな記憶に身体が震えてくる。


なのに、リーナの不安をよそにレオは返事さえしてくれない。

リーナはだんだん腹が立ってきた。つい大きな声が出る。


「あのおっ……!!」


「……家と魔道具箱は無事だ。魔導具箱はここに一緒に運んでおいた。だが、おまえの服は、お尻に大きな穴があいた。ペチコートごとな。もう使えん。俺様は天才だ。炎竜をコントロールし、家の火災は最小限度におさえてやった。だが、おまえは突然気絶し、背後から俺様のほうに倒れかかってきて、炎竜の尾の上に尻もちをついた。だから、自業自得だ。気絶するなら気絶すると声ぐらいかけろ。この無能が」


王子レオは不機嫌そうに言った。

ものすごい説明口調だった。

たぶんレオなりにどう状況を伝えようか考えている最中だったのだろう。

ちょっと悪いことをしてしまった。


いろいろツッコミどころ満載だったが、リーナはほっと胸をなでおろした。

天才というより天災でしょ、ぐらいに心の中のつぶやきにとどめておく。

最悪の事態は免れたとわかったからだ。

たとえ店の屋根には、レオが降ってきたときに開けた大穴が開いているとしてもだ。


とりあえず板をかき集め、応急処置で屋根の穴を塞げばいい。

どんなときも、よかったを見つけなくちゃ……


「俺様のきわめて高度かつ精緻な魔法技術があったからこそ、炎竜を放ちながらも、床に五つの人型の焦げができるだけですんだのだ。泣いて感謝しろ」


やっぱり見つかるのは不安要素ばかりだ。


「……ありがとうございます。涙が出そうです」


あまりのレオの言い草に、下町娘の反骨心がさわぐ。


おかげさまで、これからはおぞましい焼け跡と一緒に暮らすことになる。

きっと独りぼっちの私が寂しくないように気を使ってくれたのね。

それとも幽霊屋敷として宿屋かなにかでもやれるようにとのお心遣い?

くたばっちまえ、お優しい王子様。


後半の毒づきはぐっと我慢し、喉の奥にのみこんだ。

リーナはまだ気づいていない。

レオに必要と言われたことで、自分が生きる気力を取り戻していたことに。

そのことを自覚し、あとで記憶をたどって、懐かしさ+羞恥で、枕に顔を押しつけ、ばたつくことになるのは、まだまだ先のことだ。


精いっぱいのリーナの皮肉にも気づかず、レオは得意そうに鼻を鳴らした。

リーナは悟られないよう、そっとため息をついた。

とりあえずの課題は、燃えてしまった服をどうするかだ。

このままでは身動きしようがない。

まさかレオのジュストコートをマントがわりにするわけにもいくまい。


「ふん、焼いてしまったおまえのみすぼらしい服のかわりに、貴族用のドレスを一着プレゼントしてやろう。とりあえずの普段着にするがいい。俺様の慈悲に感謝しろ」


「……はい?」


次々に予想をこえてくるレオの言動に、リーナはひどく間のぬけた声をもらした。

目が点になる。乙女の視点からいえば、貴族のドレスをもらえる=超ラッキーだ。

だが、「とりあえず」? とりあえずって、なんだ?


レオはいっさい気にせず、指をぱちりと鳴らした。


「おまえたち、この娘に、用意しておいたドレスを着せてやれ」


「「「承知いたしました」」」


隣の更衣部屋から三人の若いメイドたちが出てきて、リーナにベッドから降りるよううながす。というか引きずり降ろされた。


「ちょっとお!? こんな格好じゃ、人前に出れないから、ベッドから動けなかったのに!!」


「トイレは事前に行かせておけよ。慣れないドレスで粗相されたらかなわん。三十分後にまた来る」


レオは言い残すと、くるりと背を向け、すたすた部屋を出て行った。


「では、こちらに……」


「えっ、えっ、ちょっ……わわっ、どこに手をかけてんの!?」


メイドたちは主人の言葉に忠実で、かつ時計のように分刻みで動いた。


そこからリーナの受難がはじまった。


懇願もむなしく、最後の砦だったシュミーズが無慈悲に取り払われた。

この世界にパンツやブラは存在しないので、リーナは生まれたままの姿にさせられた。

同性とはいえ、複数に裸体をさらけ出すことを恥ずかしがる暇さえあたえられず、かわって抜けるような白さの新たなシュミーズが着せられた。リーナはまずその白さにくらくらした。先ほどのベッドのシーツと同じだ。同じ白で同じリネンでも、等級と漂白の手間のかけ具合によっておのずと布地は色合いが変わる。新品のころから少し茶色がかっていたリーナのシュミーズとは大違いだった。


腿の半ばまである靴下もおそろしく白かった。

続いてはかせられたペチコートもだ。


リーナはなんだか目がちかちかしてきた。

万歳の格好をしながら、まるで自分が幼児に戻った気がした。

後ろ紐はメイドがくくってくれる。

幼児というより、至れり尽くせりされた赤子時代だ。

靴下をとめるのは紐ではなく、リボンだった。それもレースつきだ。


メイドたちは少しやりずらそうだった。


下町育ちのリーナが、「着せられること」に慣れていないせいだ。


きちんとしたドレスを着装するには、着せられる者と着せる者の意思疎通が必要だ。マネキンのように固まっているだけでは駄目で、絶妙なタイミングで屈んだり、足を進めたり、手をあげなくてはならない。あとでリーナが知ったことだった。


腰を細く見せるためのコルセットも前ではなく、後ろの紐でくくられた。

おかげて恒例のあらかじめ両腕を通してのコルセット大車輪はしなくて済んだ。

だが、代りにメイドたちは情け容赦なくコルセットを絞めつけた。

背骨が軋むかと思った。

まるで親の仇と言わんばかりの締め付けに、リーナは「ぐえっ」とぶざまな声をもらした。


メイドたちからくすくす笑いが起き、リーナは耳まで赤くなった。


貴族の服は自分一人ではなく、他人に着せてもらう前提でつくられているのだと、リーナは気がついた。道理であんなに皆、腰が細く見えるはずだ。

着つけは一人でするというのが常識のリーナにとって、軽いカルチャーショックだった。


貴族服はリーナにとって、おそろしく居心地が悪いものだった。


スカートの内側の両脇に腰紐でくくるポケットは、いつものリーナの服と同じようなつくりだった。だが、精緻な刺繍がほどこされているところがやはり違う。


スカートを膨らませるパニエが慎ましやかなのは、このドレスが普段着だからだろう。

その上からスカートをはかせられ、三角折にした肩掛けー、フィシューの一角は背中に、二角は前面に垂らされ、コルセットではなく、スカート前部のひもにはさみこまれた。


これでは安定せず、少し身動きしただけでばらけそうだと危惧したが、その上からお洒落な逆三角の硬い布貼りをあてられた。それにさらにスカートが追加され、床まで届く前開きの長裾のローブを着せられた。


ローブの内側には両脇に紐がついていて、スカートの紐と結び合わせ、たくし上げることによって、側面と背中に美しいひだを作るようになっていた。


とどめにあちこちをリボンで飾り立てられながら、リーナは、


〝子供のころは、おめかしした貴族のお姫様にあこがれたけど、これなら平民のほうがよっぽどマシだよねー。だって普段着のドレスを着るだけで、こんなバカみたいに時間を浪費するなんて、下町時間にはまったくそぐわないよ。これなら、顔を洗ってご飯を食べ終わってもまだお釣りがくるよ。毎日これじゃ気が狂っちゃう〟


と自分がやんごとなき生まれでないことを神に感謝し、かつ令嬢の適性がないことを再確認した。


身の丈にあわないものを望んではいけない。

幸せは身近なところにあるものなのだから。


姿見に映った「完成品」の自分は、ちらっと見ただけだと、外見だけは別人のようにかわいく見えた。

だけど、それはパッケージの効果であり、中身のリーナはなんら変わりない。

だから、よく見ると、すぐに違和感を覚える。

しぐさが貴族令嬢としてのものではないせいだ。

格好と中身が一致せず、ちぐはぐなのだ。リーナは苦笑した。


魔法の杖と同じだ。

出力魔法陣と増幅魔法陣はパワーの大きさよりも、お互いのバランスのほうが重要だ。


まあ、一生に一回の思い出として、こういう服を着たのもいい思い出にはなった。王子が寛大な心でこの服をプレゼントしてくれるというなら、ありがたく頂戴し、速攻売り飛ばし、自分に似合いの平民の服に変えてしまおう。


リーナはそう決意した。


だが、三十分後きっかりに戻ってきたレオは、無惨にリーナの思惑を打ち砕いた。


「なんだ、貴族令嬢としての挨拶も知らんのか。だが、姿格好はまあ見れる。二秒ぐらいで贋物とバレるがな。そのぶざまさでは、これから中身磨きに死に物狂いにならねばな。二カ月で、貴族の娘に完璧に成りすませ。拒否は許さん。俺様を守るため、おまえには、これから国家の暗部に関わってもらう」


「……はい?」


レオの言葉の意味が、リーナの頭のなかにしみわたるまで、そこから約一分の時間を要した。


……身の丈にあわないものを望んではいけない。

だけど、むりやりそれを押しつけられた場合、どうするのが正解なのだろうと、自問自答をせざにはいられなかった。


それでもレオの口にした国家の暗部の部分は、意味不明のままだったが。

幸せではなく、不幸せが、身近でぱっくり口を開いて、リーナを待ち受けていた。




お読みいただき、ありがとうございます!!


今回のリーナの着せられたドレス、どのタイプがモデルか、一発でわかった方は、まじですごいです。

師匠と呼ばせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 殴りたくなる、この王子 まなじ才能があるだけに人の心がわからないみたいですね…… (王子側もまた常人に理解してもらえない苦しみがあるかもですけれど) [気になる点] これからどうこの(罵倒…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ