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・・星屑の狭間で・・  作者: トーマス・ライカー
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艦長当選から職場での対応と支援・・記者会見・・報道とモリー・イーノス


舞台はこの地球のパラレルワールドの一つである世界。


超高密度で超高速度で、超高度に複合的・複層的に発達して展開し、定着している超高レベルのデータストリーム・ネットワークである、未来社会。


総合商社で営業係長として勤務する、アドル・エルク。


データストリーム・ネットワーク・メディアが、超大規模なバーチャル体感サバイバル宇宙空間艦対戦ゲーム大会を企画し、ネットメディアのバラエティー配信番組として開始するとした。


そして、一般市民から各種戦闘艦の艦長役として募集する事になり、アドル・エルクはそれに応募して当選した。


男性艦長の場合、その艦のクルーは全員、その艦長が選抜した女性芸能人が配属され、女性艦長の場合、その艦のクルーは全員、その艦長が選抜した男性芸能人が配属される。


クルーの個室の中は録画されないが、作戦行動中は勿論、それ以外の艦内は総て録画され、編集されてバラエティー番組の中で放映される。


アドル・エルクは軽巡洋艦の艦長となり、女性芸能人の中から彼の艦のクルーを選抜して配属させる。


彼の軽巡洋艦『ディファイアント』は、このバーチャル体感戦闘サバイバルゲームを、彼が選んだクルーと共に、どう戦い抜くのか?



私の名はアドル・エルク。


比較的に大きいと言われる総合商社に勤める38才のサラリーマンだ。


妻と娘が一人いる。


この時代は超高度に統合された有線・無線のデータストリーム・ネットワークが複層して複合的にほぼ全世界を網羅する世界だ。


市民の娯楽・情報取得・政治、経済活動への参加・学業・仕事・研究・趣味・余暇活動も、その殆どがこのデータストリーム・ネットワークに依拠している。


一方向のみの放送メディア・システムは、その殆どが全廃されて双方向重合複層メディア・システムに、取って代わった。


更に、データストリーム処理システムの技術は、アイソリニア・チップ、アイソリニア・ロッドの集積率が極度に上昇したのを受けて、処理システムそのものの超小型化・処理速度の超高速化・複合複層同時処理方式の超高速化が、瞬く間に急進した。


データの表示システムに於いても、多方向からの視聴にも適応し、超高密度・超高画素数にも到達した3D立体投影システムが実用化されてはいるが、それはまだ個人の個室や家庭内や地域の公共施設や企業や研究機関の室内等での比較的に限られた空間の中で利用するぐらいのシステムに留まっている。


それでもバーチャルな体感システムは、世界のどこにいても、世界中の誰とでも、自由に、いつでも、同じバーチャル体感ソフトウェアを使用する事が出来る様になってはいた。


この状況が、ゲーム市場にビッグ・バンを引き起こしたのは言うまでも無い。


様々な種類のバーチャル体感システムでの、ゲームソフトが研究・開発・製作・販売され、ユーザーに使用されるようになった。


言うまでも無く、データストリーム・ネットワーク・メディアも、バーチャル体感システムでの様々なゲームを使用した番組を立ち上げ、それらは概ね好評を博していた。


それらの中の一つに、サバイバルタイプの宇宙空間戦闘に、戦闘艦を操艦して参加し、勝ち抜いていく、視聴者参加型のバラエティー・ゲーム大会を企画した番組があり、私もその大会に参加するべく応募して、なんと当選してしまったのだった。


私が応募したのは、バーチャル体感システムメーカー、データストリーム・ゲームソフトメーカー、データストリーム・ネットワーク・メディアら数社で共催される、『サバイバル・スペースバトルシップ』と言う大会だ。


その大会を共催する形で参加している、データストリーム・ネットワーク・メディアが企画した番組は、ゲームに参加する戦闘艦艇の艦長として、一般人の男女を10名ずつ募集し、男性の一般人艦長には女性の芸能人を指揮させ、女性の一般人艦長には男性の芸能人を指揮させて、それぞれにこのゲーム大会に参加してもらい、その指揮ぶりや戦いぶり、ゲームに参加中の艦内の様子をそのまま収録してバラエティー番組の中で流すと言うものである。


メールで当選の通知が来た日の夕方に電話が掛かって来た。1月25日だった。


話した相手は女性でもう名前は忘れたが、その番組のセカンドディレクターの一人だった。


番組のプロデューサーやディレクター等との顔合わせと基本的な打ち合わせとともに、撮影セットの説明をしたいので何時が良いかとの事だったので、次の土曜日の朝に私がそちらに出向くと言う事で合意した。


次いでにクルーとなるメンバーの人選が出来るのかと訊いたところ、500人程度のリストを送るから選んでおいて欲しいと言われたので、二つだけ、35才以上の人はリストに含めないで欲しいと言う事と、クルーの人事と艦内配置については艦長と艦の司令部に任せて欲しいと注文を付けたが、快諾してくれた。


番組の予告編にも使用するPVを作製するので、私の個人情報を公開させて欲しいと言われたが、顔と名前と年齢だけを許可した。


選ばれた他の艦長達と顔を会わせる事があるのかと訊いたら、番組制作発表イベントが行われるので来て欲しいとの事だった。


そこでは併せてPVの撮影やら記者会見やらインタビューやら全体説明会も行われると聞かされた。


一両日中にクルー候補となる女性芸能人のリストをメールで送ると言う事まで聞いて電話を切った。


さすがに注目度の高い新番組だし、今も盛んに宣伝されている大会でもあるので、これ位の事は当然なのだろう。この大会に出場出来る事に対しての喜びよりも、これから自分の身辺が慌ただしくなる事への憂鬱さの方が少し優っていた。


そしてそれはすぐ現実になった。


電話を切ってから30分後に配信されたネットニュースで、選ばれた20人の一般人艦長がもう発表されたのだ。


その全員が顔・名前・年齢ともに公表されていた。おそらく最低限の公表範囲として要求されたのだろう。


改めてこれから大変になるなと思いながら、選ばれた20人についての事を手許の携帯端末にメモとして書き込み始めた。

年齢だけでは、未婚・既婚は判別できないが、艦長として選ばれたこの人達の年代は、30代から50代に渡っている。20代と60代の人はいなかった。


その顔付きと表情からは、性格を読み取る事はできなかったが、充分に高い知性と強い意志を感じさせるものだった。


ネットニュースのデータをダウンロードして、それぞれについての印象を書き込み始めてから、5人目についての印象を書き込み始めたところで電話が来た。


電話の相手は、職場の同僚で後輩のグラハム・スコットだった。


『もしもし先輩?すごいじゃないですか!よく選ばれましたね。おめでとうございます。頑張って下さい。応援してますから』


『まだ選ばれただけなんだから、あまり騒がないでくれよ』


『何言ってるんですか。倍率五億倍以上ですよ。それを突破しただけでも、超すごいですよ』


『お前が知ってるって事は、フロアの皆ももう知ってるかな?』


『そんなレベルじゃないですよ。ニュースで流れてからもうメールが引っ切り無しで返事もできません。先輩のところもすごいんじゃないんですか?おまけにさっきはファーストチーフから電話が来て、お前ちょっと電話して様子を訊いてみろって言うからこうして…』


『ファーストチーフが!?それじゃ明日出社したらヤバイかな?』


『会社としても、もう動いていますよ。特に宣伝部がね…』


『宣伝部が?オイ待てよ。まさか俺に番組内で社のPRをさせようって言うんじゃないだろうな?そんな事をやらされるんだったら、俺は辞退するぜ…』


『そこまでは言わないでしょうけど、何かの話はありますね・・・』


『まさかこんなに早く知れ渡るとはな…』


『まあ、覚悟してやるしか無いですね。番組収録のスケジュールによっては、会社としても出来るだけ都合を付ける方針みたいですから…』


『もうそんな話まで出ているのか?…分かったよ。色々スマんな』


『これくらい、どうって事はないですよ。それより羨ましいですね。クルーを女性芸能人から選べるんですから…』


『それが結構難題だと思うな…キャラクターはともかく、素の性格は分からないからな…』


『上が何を言って来るかも気掛かりですけど、皆のやっかみも結構キツイと思いますよ。先輩は女性社員に人気があるから……』


『まあ会社の方は何とかするさ。これからも何か聞いたら頼むよ』


『分かりました。僕で良ければ、いつでも訊いて下さい。それじゃ明日会社で…』


『…ああ、また明日な…あっ、ファーストチーフに電話するのか? 』


『ご心配なく、適当に言って置きますから…』


『済まないな…宜しく頼む…それじゃお休み…』


『お休みなさい…明日、始業の前に電話します』


『分かった、それじゃ…』


電話を切って未読メールを調べてみると、もう1200件を超えていた。


思わず溜息を吐くと、コーヒーを淹れに立った。


同じ会社に勤めている人間を同僚と他部所の者とでグループ分けし、ネットワークの中での友人達を、交流のある者とない者とにグループ分けした。


大体の返信内容のパターンを6種類ほど用意して、結構時間は掛かったがコピペで総て返信した。


残ったメールは大会の運営本部からのもので、添付されていたファイルには女性芸能人500名のリストがあった。


早速プリントアウトして眼を通し始めたが、ふと時計を見るともう9時を廻っていた。


ファイルをデスクに置いて席を立ち、シャワーを浴びて食事を済ませるまでに、1時間ほど掛かったのでファイルは明日に廻す事にして、自宅に電話を入れた。


二ヶ月前までは、自宅から通える距離に職場があったのだが、勤務する部署の移動により、通勤できない距離となったので、それ以来1人用の社宅マンションに住んでいる。


当然だったが、家族も私が当選した事は知っていた。


あまり非難がましい事は言われなかったが、相談して欲しかったとは言われた。明日から色々と大変になるだろうから、身体には気を付けるようにと言われて通話を終えた。


ファイルに一瞥は投げたが手には取らずに明日の準備を済ませると、通勤用のバッグにファイルを入れた。昼休みにでも眼を通すか…。


着替えてベッドに入る前にもう一度メールをチェックしたら、未読メールが5000件を超えていた。


『倍率五億倍以上…か』


もう完全に諦めて総てを落として寝た。


1月26日は火曜日だった。いつもより30分程早く眼が覚めた。私にとっての平日がいつも通りに動き出す。


顔を洗って着替え、コーヒーを淹れて朝食の用意をしながら、いつもなら仕事上の連絡が無いか確かめるために端末を起動させるのだが、mailBOXを見るのに躊躇していたのでどうしようかと思ったが、見ることにした。


未読メールは8500件程になっていた。


思ったよりは増えていなかったが、ざっと見ると知らない人間からのメールが30件程届いていた。


内容はそのどれもが、様々なニュースメディアからの取材の申し込みだった。これは私のアドレスがニュースメディアにリークされたという事だ。


私は軽く舌打ちしてコーヒーを飲み干すと、業務に関連したメッセージが無い事を確認して端末を落とした。


身仕度を調え、バッグを取って外に出た。今にも雨が降りそうな曇り空だ。会社から支給された通勤用のエレカーをスタートさせると、グラハム・スコットをコールした。


『ああ、スコットか? おはよう、……うん、今出たよ。どうも俺のアドレスを誰かがリークしたらしい。……うん、まだ今来ているのは、ニュースメディア各社からの取材申し込みだけだけどな……参ったな…とにかくアドレスは変えるよ…出社したらすぐファーストチーフに話をするから…ああ、分かった…じゃ、また後でな…』


通話を切ってから、約15分で私はエレカーを職場の駐車場に滑り込ませた。


私は一階のホールフロアを通り抜けると左に折れてキャフェテリアに入った。まだ始業には時間があるので、コーヒーを飲みながらいつもここで一服している。


自分でコーヒーを淹れて席に着くまでの間に17.8人の同僚から声を掛けられた。一応一人一人に挨拶して謝意を述べ、話を切り上げて席に着くまでにたっぷり20分は掛かった。


席に着くとほぼ同時にグラハム・スコットとファーストチーフのエリック・カンデルが入って来た。


『おはようございます、チーフ…』


言いながら席を立とうとする私を左手を軽く挙げて制して、2人とも向かいの席に着いた。


『スコットから聞いたよ。まずは、おめでとうと言わせてくれ』


いつものにこやかな笑顔で言った。


『ありがとうございます』


『取材の申し込みは何社から来てる?』


『今朝の時点では18社からでしたが、今は判りません』


『そうか…人事と営業本部に話を通して、1時間以内に君のワークアドレスは変更させる…君は一切応えるな。無視して良い…実は社にも問い合わせやら取材の申し込みがもう数件来ていてな…』 『すみません』


『謝る必要はないよ…社へのアプローチには広報が対応するから心配ない…パーソナルアドレスには来てるのか?』


『そちらにはまだ…』


『うん…まあ時間の問題だな…そっちは君に任せるが、早く変えた方が良いな…』


『そうするつもりです』


『朝イチで片付ける仕事はあるのか?』


『さほど急ぐものはありませんが…』


『ならしばらくスコットに任せて付き合ってくれ…人事と営業と宣伝と広報の連中が話したいそうだ…』


『分かりました』


『じゃ、30分後に5階の応接ラウンジでな…』


『はい、では後ほど…』


そう言って席を立つと、エリック・カンデルは出て行った。


やっとコーヒーに口を付けて煙草を咥えた。


『やっぱりかなり慌ただしくなって来ましたね』


スコットも自宅で淹れて持って来たコーヒーをカップに注ぎながら言う。


『ああ…先が思い遣られるな…』


『これからもっと大変になりますから、覚悟して置かないと保ちませんよ』


『解ってるよ…なあ、俺はオフィスには入らないからデスクにある赤いワークファイルを見て早い順に取り掛かってくれないか…?急ぎのものはないから…』


『解ってます…何の話でしょうね?』


『さあな…どっちにしろ聞くしかないんだろうな…ほら、後2分だぞ』


『了解、それじゃあ、また後で…』


グラハム・スコットも立ち上がり、ぶらぶらと出て行った。殆ど人がいなくなったキャフェテリアの中で、私はコーヒーを飲みながら煙草を燻らせている。


女性芸能人リストファイルの事が頭を掠めたが、バッグから出す気にはなれなかった。


そのままコーヒー一杯を飲みながら煙草を2本喫って、バッグを手に席を立った。エレベーターに乗って5階で降りる。


応接ラウンジは左手にある。キャフェテリアよりは狭いが四つに仕切られたボックスシートになっている。


入り口から近いボックスに入り更に近い席に座る。


何か飲み物でも取りに行こうかと思い掛けたが、数人の脚音が聞こえたので諦めて座り直した。


それから5秒程して、『おっ、ここだったか』と、先程のエリック・カンデルが右手を挙げながら入って来た。


続けて4人の男が、彼に従って入った。


4人とも面識は無い。私は立ち上がって彼等と握手を交わした。


『紹介しよう、人事部のザーヒル・タニーン、営業本部のイスマイル・ガスパール、宣伝部のアグシン・メーディエフ、広報部のマスード・カーンだ』


『宜しくお願いします』


6人で座るとテーブルも小さく感じる。


『色々とあるから早速始めよう。先ず君の新しいワークアドレスだが、これだ』


そう言って小さいソリッドメディアを胸ポケットからつまみ出すと、私に手渡した。


『人事と営業でも承認済みのものだ。戻ったらすぐに替えてくれ』


『分かりました』


『そのアドレス宛にも外部の無関係者からメールが来たら、報告して下さい』と、人事のタニーン氏が補足した。


『了解しました』


『それで……あまり個人的な事に立ち入るつもりはないんだが……実際どこまで話が進んでいるんだ?』と、エリック。


『今週の土曜日に…30日ですが、私が局に行って番組のプロデューサーやらディレクター等と、顔合わせや打合せをしながら、撮影セットの見学をさせて貰える事になっています』


『チーフプロデューサーが来るのかな?』と、営業本部のガスパール氏。


『そこまでは聞いていませんが…』


『番組の制作発表会の話はありましたか?』と、広報部のカーン氏。


『はい、制作発表会には出席して欲しいと言われましたが、日程は聞いていません』


『うん…その土曜日の打合せの時に言われるんだろうな…』と、エリック。


『労務管理としても言えることは、例え番組の収録が平日であったとしても、直行直帰の出張扱いにしますから心配しないで下さい。日当・手当も出しますから…勿論休日に行われるなら、収録が終るまで時間外勤務扱いにします…』と、人事のタニーン氏。


『はい…』


『職場にニュースメディアからの通話が入って来るかもしれませんが、貴方は一切応えないで直ぐに広報部に転送して下さい。社に掛かって来る取材の申し込みに付いても、広報部で対応します』と、再びカーン氏。


『分かりました。…それで、もし勤務中の私を取材したいと言って来たらどうしますか?』


『状況によっては…許可を出す場合もある、と言う事ですね、今は…』


『そうですか…』


『まだ流動的な部分もあるでしょうが、こちらからお願いしたいのは、これから始まる向こうとの話し合いや交渉の内容は、細大漏らさずに報告して欲しいと言う事です』と、タニーン氏。


『それは…了解しました』


『ご心配でしょうからお話しますが、宣伝部としてはまだ何も決まっていません。ですが間違ってもエルクさんに社の商品のPRを番組の中でやって貰おうなんて言う事はありませんから、安心して下さい』と、メーディエフ氏。


『逆に言えばそんなのは浅ましいし逆効果だな。それよりアドル・エルクが指揮する艦が勝ち進めば、それだけで大いなるPRになると思うがね』


と、エリック・カンデルが後を引き取って言った。


静かだが力強い肯定の空気が流れる。


『…それで、他にあるかな?…今話しておくべきことは…』


エリックが見回すようにして促したが、誰も口を開かなかったので…


『艦のクルーは向こうが決めるのか?』


『いえ、500人のリストから私が選びます』


『解った。じゃあ今日はここまでにしよう。いつでも連絡して何でも相談してくれ。応援するから…』


そう言って立ち上がった。


『ありがとうございます』と応じて私も立つと、皆も立ち上がり口々に激励の言葉を言いながら私に連絡先のデータも入っているメディアカードをくれた。


エレベーターに乗り込んでからエリックが、『上には俺達が適当に言って置くから心配するな…君は周りから何を言われても、受け流していれば良いから…』


『分かりました』『それじゃあな…』


エリック等と別れてエレベーターから降り、自分が働いているワークフロアに入って行くと、同僚達から次々と握手を求められた。


言葉はあまり無い。あっても『おめでとう』とか『応援してるよ』とか『がんばって』ぐらいだが、笑顔で手を握り、軽くハグを交わすだけでも結構感動するものだ。


40人程から祝福や激励を受ける頃には、少し涙ぐんでいた。


自分のデスクに目を向けると、スコットが立ち上がってこちらに笑顔を向けている。


『どうでした・・?』


『社としての対応で新しく決まったことはまだないよ・・これから始まる向こうとの打ち合せの中で、指示や要望の中身が分かればそれに基づいて対応を決めるってさ・・』


そう言いながらソリッド・メディアを取り出してスコットに渡す。


『新しいワーク・アドレスだとさ・・置換して、関係している各部署とこれまでの取引相手に変更通知を送ってくれるか?・・それと、このアドレスもアドレス・ボックスに入れて置いてくれ・・』


そう言って貰ったメディア・カードも全部スコットに渡した。


『分かりました。パスワードは?・・』


『決めてくれ・・後で携帯に送ってな?・・』


『了解です・・・携帯端末のアドレスは?・・』


『このワーク・アドレスとはリンクさせてないが・・』


『社内や取引先で先輩の携帯アドレスを知っている人は?・・・』


『お前も含めて何人かいるけどね・・』


『なら携帯のアドレスも換えた方が良いですよ・・同じものにしますか?・』


『いや、新しいアドレスの最初と最後の二文字だけを換えて、リンクさせておいてくれ・・』


そう言うと携帯端末も取り出して手渡した。


『パスワードは同じで良いよ。この携帯のSWカテゴリーに、この携帯のアドレスを知っている人が入っているから、同じ文面でアドレス変更通知を送信してくれるか?・・』


『了解です』  『どのくらいでできる?』   『20分ですね』


『解った・・頼む』       『仕事はどうなってる?』


『今日やるべきような事は、もうないですね。それよりもうニュース・メディア12社からこのデスクに通話がありましたよ・・』   『どうした?』


『取り敢えず全部広報に廻しましたけど・・』


『そうか・・ありがとう・・すまんな・・それじゃこのデスクとの通話サブルーチンに、ニュース・メディアを名乗る通話は自動で広報につながるようなプロトコルを加えてくれるか?・・それとレコード・メッセージにもそう言う一文を頼むよ・・』


『お安い御用ですよ・・・それで今日はどうします?・・』


『・・そうだな・・今日と明日いっぱいはここでやらなきゃならないことはないな・・』


『帰っても良いんじゃないんですか?・・休暇を取って・・』


3Dモニターから眼を離さず、パネルの上で指を走らせながら話している。私はその後ろでソファに腰を降ろした。


『・・昼飯を食うまでにチーフに連絡するよ・・終わったら自分のデスクに戻ってくれ・・ありがとう。昼まではここにいるから・・』


『分かりました。もう少しで終わりますから・・』


私は座ったまま伸びをしてさり気なく周りを見回した。こちらを気にしているような同僚はいないようだ。気を遣ってくれているな・・。


不意に私の携帯にコールが入った。


『どうぞ。まだ手を付けていませんから・・』と言って手渡してくれる。


『悪いな・・』と受け取って繋いだ。相手は先程のエリック・カンデルだった。


『突然すまない。今はどこにいる?・・』


『オフィスにいますよ・・』   『仕事中か?・・』


『いえ・・スコットが手伝ってくれていたので、私のやる事は暫らくはありません』


『そうか・・・実はまた事態が急転してな・・・またもう少し付き合って欲しいんだが・・』


『良いですよ・・・どうしたんですか?・・・』


『いきなりですまんが記者会見を開くから、出てくれ』      『はい!?』


これにはかなり驚かされた。


『メディアの取材攻勢がすごくてな・・受け流し切れなくなって来た・・社長も含めて取締役員のほぼ全員の耳に入っているし、大口投資家やウチのメインバンクからも問合せが入ってな・・・形だけでも公式発表をやって切り上げるよ・・』


『分かりました。いつですか?』


『午後イチでやろうと言ったんだが、昼飯前で押し切られてな・・11時から始める・・10時から何か軽くつまみながら打ち合わせしよう・・・さっき話した応接ラウンジで良いか?・・』


『良いですよ・・分かりました』   『・・じゃ、その時にな・・』  『はい・・』


通話を終えて、また携帯をスコットに手渡す。


『・・どうしました?・・』     『会見を開くとさ・・』


『ええ!?』    『型通りの公式発表だって言ってたけど、荒れるかもな・・・』


『いつです?』   『昼飯前だと・・・』   『そりゃキツイすね・・・』


『1人で?・・』  『まさか・・・最低でもチーフと、もう1人は付くだろ・・』


『・・それじゃ、その会見が終わったら直帰ですね?・・・』


そう言って携帯を手渡してくれた。


『・・・そうするよ・・終わったのか?・・・』


『・・終わりました・・パスワードは、僕からのメッセンジャーに入ってます・・』


『・・ありがとう、助かったよ・・もう戻ってくれ・・私も、あと少ししたらまた5階に上がるから・・・・』


『・・分かりました・・・ファイルは、見れば判るようになってますから・・・』


『・・本当にありがとう・・・これからも宜しく頼むよ・・・』


『・・こんなのお安い御用ですよ・・またいつでも声を掛けて下さい・・』


いつもの笑顔を見せてスコットは立ち上がった。


『・・ああ、今度奢るよ・・』


私の最後の言葉に直接には応えず、左手でのサムズアップを笑顔でキメて自分のデスクに戻った。


私はデスクの傍には立ったが席には着かずにファイルやら資料やらをザッと見渡して確認した。相変わらずスコットはきれいに、判りやすく機能的にまとめてくれる。


デスクのライトを消してバッグを取ると、スコットには上に行くからと右手で合図してオフィスを出た。


エレベーターに乗って5階で降りる。応接ラウンジでは三つほどボックスシートが使われていたが、先刻エリック・カンデル等と話したシートは使われていなかったので、同じボックスの先刻と同じシートに座った。


バッグを開けてリストを出した。500人の女優やら様々な分野・方面での女性タレントやモデル、ヴォーカリストが載っている。


そうは言っても画像と名前と年齢の他には、データコードがプリントされているだけだ。


どうやら彼女達の詳細な個人データは、このデータコードでサイバースペースからダウンロードできるらしい。


プリント・リストの最後の行に、URLアドレス・コードがあったので、私は携帯端末を取り出してそのコードを打込んでブラウズさせ、彼女達全員の詳細な個人データをダウンロードした。ダウンロードには2分ほど掛かった。


2人、3人と読み進めていったが、ふと思い付いて私は、芸能的な学歴・経歴・経験・業績・スキルとは直接的に関係の無い個人データを分離するようセットアップして実行させた。


データの分離が終わるまでに1分ほど掛かった。改めて読み直そうとしたが、何人かの話声と靴音が聴こえて来たのでファイルを保存して閉じ、携帯端末をポケットに仕舞った。


ほぼ同時にエリック・カンデルが4人の男を連れて入ってきた。私は立ち上がって迎えた。


その中の1人を見た時、自分が緊張するのを感じた。


4人の中の2人とは、さっき会った。宣伝部のアグシン・メーディエフと広報部のマスード・カーンだ。


「おっ、度々すまないな・・」  「・・いえ、大丈夫です・・」   「・・ちょっと待ってくれ・・・」


そう言ってエリック・カンデルは、アグシン・メーディエフとマスード・カーンを伴ってディスペンサーコーナーに入った。残りの2人は、真っ直ぐこちらのボックスに入ってきた。


ハーマン・パーカー常務・・・42才・・常務の中では最も若い・・・現在の営業本部長でもある。


私と握手を交わした時に人懐こそうな笑顔を見せた。


「・・・まずは、おめでとうと言わせて下さい・・・頑張って下さいね・・・初顔合わせなので、紹介しましょう・・・営業本部次長でファースト・ディレクターでもある、ミスター・ジェア・インザー・・・」


「・・よろしく・・・」  「・・よろしくお願いします・・・」  握手を交わして席に着いた。


「・・・もう挨拶は終わったようだな・・・・」


エリック・カンデルがあとの2人と共につまみを持って入ってきた。


つまみは中皿2枚に8種類のオードブル盛り合わせ・・メーディエフはコーヒーポッドと紙コップを・・・カーンはオレンジジュースとジンジャーエールのピッチャーを持っていた。


「・・まあ、慌ただしくて申し訳ないんだが・・・昼飯前には終わるからな・・・・」と、カンデル。


そう言いながら中皿をテーブルに置くと、メーディエフから紙コップを貰って配った。


少し疲れた様子で座るとオードブルを一つまみ口に放り込んだ。


「・・・常務は知っているな?・・・お前と役員会を直接につなぐパイプ役として、さっきの緊急役員会で選任された・・・・ミスター・インザーは、その補佐を務められる・・・・」


「・・・改めてよろしく頼む・・・・」 そう言いながらインザー氏も一緒にメディアカードをくれた。


「・・・会見は11時から10階のホールで始めるが、長くても30分で必ず終える・・・出るのはお前と常務と私の3人だ・・・司会は私が務める・・・こちらから伝えるのは、事実と基本的な方針・姿勢だけで、お前の心情や考えている事などについては、質疑応答の時に簡潔に答えれば良い・・・・大丈夫だとは思うが、あまりベラベラ喋るなよ・・・お前の中で、もう決めていることがあっても、答えたくなければ答えなくて良いからな・・・」


そう言いながらニヤリと笑うと、またオードブルを一つまみ口に放り込んでコーヒーを飲み干した。


「・・・気楽に構えていれば良いからな・・・」   

「・・・分かりました・・・」


続いて常務が口を開いた。


「・・実際に大会が始まるまでには、色々な打ち合わせやら話し合いやら催しもあるでしょうが、誰からどのような話があったかについては、面倒だとは思いますが、フロア・ファーストチーフにも私にも、同じレポートを上げて下さい・・・』    『・・了解しました・・・・』


『・・・ところでアドルさん・・・・どのタイプの艦を選びますか・・?』と、常務が訊いた。


『・・・そうですね・・・軽巡宙艦を選ぼうと思っています・・・』


『・・・ほう・・・重巡宙艦と比べると・・火力がかなり劣りますが・・・差し支えなければ、理由を教えてもらえますか・・?・・・』


『・・確かにそうですが・・私は火力よりも機動力と操艦技術で戦いたいと思っていますので・・・』


『・・戦場となる空間は、デプリが多いと聞いていますので・・・ゲリラ戦を展開するつもりですか・・?』


『・・結果的にはそうなると思います・・・重巡ではダッシュも小回りも利きませんからね・・・』


『・・・なるほど・・・分かりました・・・軽巡ならクルーは50人ちょっとですね・・・人選はあなたが・・?・・』


『・・・はい・・・500人ほどからなるクルー候補者リストを貰っていますので、その中から・・・・』


『・・・そうですか・・・分かりました・・・』


『・・さっきの話の中でも言ったが、社として行うお前に対してのケア・マネジメントの方針に変わりはないからな・・・会見で訊かれれば答えるが、こちらからベラベラ喋るつもりはない・・・・』


エリック・カンデルがまたつまみを口に入れてオレンジジュースを飲んでから、確認するように言った。    『・・・分かりました・・・・』


少し改まった調子で常務が後を引き取り、口を開く。


『・・会見では、先ず私から概要を説明します・・・その後捕捉があればファーストチーフからお願いします・・・その後質疑応答に入って、終了と言う流れですね・・・』


『・・分かりました・・』


『・・それじゃあ、会見前の打ち合わせとしてはこれで良いですかね?・・』と、エリック。


『・・そうですね。では10時50分にホール脇の控室で・・』と、ハーマン・パーカー。


彼が立ち上がったので、1秒遅れて全員が立ち上がった。


応接ラウンジからの出掛けにエリックから呼び止められた。


『・・会見までどうするんだ? ああ、オードブルか? ウチのチームの昼飯になるから心配ないよ・・』


『・・控室で一服していますよ・・そんなに時間も無いですし・・』


『・・すぐに終るから気楽にしてろ・・』 『ありがとうございます・・』


『・・終わったらすぐに帰れ・・明日は休んで良いから・・』


『・・分かりました・・』 『・・気楽にな・・』


左肩を軽く叩いて、左に行った・・・腕のクロノ・メーターを見ると、もう10:35 だ・・何をする時間もない・・10階に上がることにした・・通常のエレベーターはマスコミの関係者なんかで一杯だろうから・・役員専用のエレベーターに乗った・・10階で降りると直ぐに控室に入った・・・ドリンクディスペンサーにコーヒーを出させると・・奥の席に座った・・灰皿を用意して最初の一本に火を点けた・・コーヒーを飲みながら携帯端末を取り出し・・先刻の話し合いの前に、クルー候補者たちの芸能的な学歴・経歴・経験・業績スキルとは直接的に関係の無い個人データを分離して保存したファイルを呼び出して開いた。なかなかに興味深い経歴やスキルの持ち主がいるものだ・・・。


煙草を揉み消し8人目の個人ファイルを読み始めて3分程したぐらいで、控室のドアがノックされた。ファイルを閉じてクロノ・メーターを見ると、10:48 だった。


「・・どうぞ・・」と、応えて立ち上がる。


ドアを開いたのは30代後半のように見える男で、続いて20代前半のように見える女性も入って来た。


「・・アドルさんですか・・?・・」  「・・そうですが・・」


「・・初めまして・・私はホール・ディレクターのアラミス・イェルチェン・・こちらは、フロア・マネージャーのサリー・ランドです・・今日は宜しくお願い致します・・10:55になりましたら、舞台上に用意しました席に着席してください・・それと、今回はおめでとうございます・・頑張って下さい・・応援していますので・・」


「・・ありがとうございます・・」


「・・初めまして・・サリー・ランドです・・私も応援しています・・頑張って下さい・・後で・・サインをお願いできますか・・?・・」


「・・ありがとうございます・・良いですよ・・」 「・・!ありがとうございます!・・」


嬉しそうな表情を見せて、出て行った。


ほぼ入れ替わりでエリック・カンデルがドアを開けた。


「・・おう、いたか・・準備は出来た・・行くぞ・・」


「・・分かりました・・」そう応えて、一緒に控室から出た・・。


廊下を少し歩いて、舞台のそでに入る・・舞台の後方左側には、会議室にあるようなテーブルにパイプ椅子が三つ用意されている・・舞台の中央前面には、小振りな演台が据えられていた・・『・・発表会かよ・・』私は心中で独り言ちて、パイプ椅子に座った。


ホールの中は見えないが、大分騒めいているのは判る・・。


席に着いて2分ほどしてハーマン・パーカー常務が舞台外そでに入って来た。


私とエリック・カンデルは立ち上がったが、常務は座るように合図した・・笑顔を見せて頷いたので、私も会釈して座り直した・・。


「・・宜しくお願いします・・私は演台の方で・・」エリック・カンデルはそう告げて一礼すると、舞台に出て演台の前に立った・・数秒して、カーテンが左右に開き始めた。


凄まじいストロボの閃光が連続して浴びせられ、エリック・カンデルは思わず藪睨みになったが、何とかにこやかな笑顔を作る・・凄い・・カメラの砲列が幾つあるのか分からない・・60・・いや80はある・・ライヴカメラの数も凄い・・40はある・・・。


「・・こんにちは・・本日はお忙しい中、弊社にようこそおいで頂きました・・私は今回の会見で、司会を務めさせて頂きます、エリック・カンデルと申します・・宜しくお願い致します・・それでは、弊社常務取締役のハーマン・パーカー営業本部長より、概略を説明致します・・」


そう言ってエリック・カンデルは舞台の外に退がり、入れ替わりにハーマン・パーカー常務が演台の前に立った・・。


「・・皆さん、こんにちは・・ようこそおいで頂きました・・ハーマン・パーカーです・・今回は、弊社の営業社員が『サバイバル・スペースバトルシップ』の出場者募集に応募し、当選致しました事を受けての、会見であります・・それでは、本人を紹介する前に・・私から概略を申し上げます・・弊社営業第二課のルテナント・オフィサーであります・・アドル・エルク氏が当選致しました・・彼は現在38才で、弊社勤続17年になります、非常に有能・有力な戦力であります・・それでは、ここでご紹介しましょう・・アドル・エルク氏です・・」そう言って彼は私を見、左手を上げて舞台に出るよう私を招いた・・。


私は立ち上がり、居住まいを正して舞台に出た・・。


先程よりも遙かに激しい閃光の奔流が湧き起こった・・とても客席の方を見られない・・何とか演台に辿り着くと、パーカー常務の左隣に立つ・・常務も前方を見られないようだった・・左手で眼を庇うようにして待っていると、30秒ほどで落ち着いてきたので腕を降ろして真っ直ぐ前を見た・・・。


スチール・カメラマンとライヴ・カメラマンと記者の数が凄い・・数えられない・・・。エリック・カンデルが舞台の右端でハンド・マイクを持って立った・・・。


「・・それでは、ここからは質疑応答の時間とさせて頂きます・・質問のある方は、挙手をお願い致します・・・A7の方・・」


「・・セントラル・ニュース・ネットワークのルディ・ヴィーナーです・・先ず・・当選した事が判った時のお気持ちを教えて下さい・・・」


「・・それはもう・・驚きました・・まさか、当選するとは思っていませんでしたから・・・」


「・・どうして、この『サバイバル・スペースバトルシップ』に、応募しようと思ったのですか・・?・・」


「・・私は、このようなバーチャル体感システムでのゲーム大会が好きでして・・この3年間に開催された・・主だった大会には応募していたんですね・・勿論全部外れましたけど・・その流れで、この大会にも応募していました・・」


「・・はい! 次の方、どうぞ! B 12の方・・」


「・・グローバル・ニュース・ネットワークのスキート・オーティスです・・選ばれる艦種は、何にするのですか・・?・・」


「・・軽巡洋艦にしようと考えています・・」  「・・その理由は・・?・・」


「・・ヒット・アンド・アウェイで戦っていこうと考えているからです・・ゲーム・フィールドが、デブリや岩塊や障害物の多い空間として設定されているのも・・理由の一つです・・ヒット・アンド・アウェイで・・ゲリラ戦を展開する事にも・・なるだろうかとも思います・・・」   「・・はい! 次の方、どうぞ! C 27の方・・」


「・・ホット・ニュース・ステーションのモリー・ヴァッシーです・・応募されたことを、奥様には伝えていましたか・・?・・」


「・・いや・・この3年間・・色々な大会に応募していまして・・2年目ぐらいの頃までは・・伝えた事もありましたが、今回の大会については、伝えていませんでした・・・」


「・・当選された事を奥様に伝えられた時・・奥様は何と仰られましたか・・?・・」


「・・先ず・・応募した事を伝えていませんでしたので・・その事については、言われましたね・・あとは・・身体には気を付けて、無理にならない範囲でやって欲しい・・と言うような感じでしたね・・」  「・・はい! 次の方、どうぞ! D 11の方・・」


「・・ハイパー・ニュース・サービスのニコール・ユンジンです・・搭乗される艦のクルーとなるメンバーの選抜は、終わりましたか・・?・・」


「・・まだ、始めてもいません・・」


「・・運営サイドから、クルー候補者のリストは、送られましたか・・?・・」


「・・はい・・それは、届けられました・・」 「・・何人のリストでしたか・・?・・」


「・・500人ほどのリストでした・・」 「・・はい! 次の方、どうぞ! E 23の方・・」


「・・データ・ストリーム・ネットのマイロ・オーサーです・・パーカー常務にお訊きしますが・・今回、御社はアドル・エルク氏に対して・・どのようにサポートされるのでしょうか・・?・・」


「・・はい・・現状で、取敢えずと言う事にはなりますが・・番組の収録が祝・休日に行われる場合・・時間外勤務手当と出張手当と日当が付与されます・・平日に行われる場合にも出張手当と日当が付与されます・・就業時間終了後にも収録が続くようであれば、時間外勤務手当が付与されます・・無論交通費に於きましても・・事後にはなりますが・・弊社が負担します・・」


「・・御社の商品を・・アドル・エルク氏が番組の中でPRする、と言うような事も考えておられるのでしょうか・・?・・」


「・・誓って申し上げますが・・そのような下品な事は考えておりませんし・・今後も考えるような事は無いでしょう・・」 「・・はい! 次の方、どうぞ! F 31の方・・」


「・・ニュース・データ・ストリームのトレイシー・エイムスです・・クルー候補者となる女性芸能人リストが送られる前に・・運営サイドに対して何か条件は出されましたか・・?・・」


「・・はい・・二つだけ、伝えました・・35才以上の人はリストに含めないで欲しいと言う事と・・クルーの人事と艦内配置については艦長と艦内司令部の専任事項として欲しいと言う事でした・・・」「・・どうして、35才にラインを引かれたのですか・・?・・」


「・・私は・・同年代から年上の人に対して・・命令じみた物言いをするのが苦手なので・・・」


「・・女性は年下がお好み、と言う事ですか・・?・・」


「・・それは・・ご想像にお任せします・・・」


「・・はい! 次の方、どうぞ! G 43の方・・」


「・・ワールド・データ・ニュースのマシュー・キリアンです・・現状で決まっている日程について、教えて頂けますでしょうか・・?・・」


「・・今月の30日に・・土曜日ですが・・私が運営本部に出向きまして・・番組のプロデューサーやディレクターの方々との顔合わせと・・最初の基本的な打ち合わせを行います・・その後に撮影セットについてのレクチャーを受けて・・セットの見学をさせて貰える事になっています・・」


「・・それまでに、クルーの選抜は・・終わらせるのでしょうか・・?・・」


「・・まあ・・そう出来れば良いかなとは、思っています・・」


「・・はい! 次の方、どうぞ! H 57の方・・」


「・・セントラル・ネット・ストリームのカミール・キートンです・・参加されるに当たっての意気込みをお願いします・・」


「・・まあ・・初めて参加する大会ですので・・思い切り楽しみたいと思っています・・」


「・・勝算は・・どのように考えていますか・・?・・」


「・・そうですね・・無理はしないで・・熱くならないで・・その日その日を生き延びられるように・・頑張りたいと思います・・」


そこまで話したところで、ハーマン・パーカー常務が私とマイクの間に割って入った。


「・・はい、それではそろそろ質問も出尽くしたように見えますし・・まだ始まったばかりでもありますので・・今日の会見はこれで切り上げさせて頂きたいと思います・・ゲーム大会が実際に開始されれば・・また皆さんにお話できる事も・・判ってくるかとも思います・・ですので、それまで見守って頂ければ、幸甚に思います・・今日はお疲れ様でした・・お気を付けて、お帰り下さい・・昼食がまだでしたら、どうぞ、ラウンジにて召し上がって行って下さい・・どうも、ありがとうございました・・・」


そこまで言ってパーカー常務は私を誘って後ろに退がった・・直ぐにカーテンが左右から閉まり・・舞台と観客席とを隔てた・・観客席からは会見の続行を求める声が暫く聴こえていたが・・エリック・カンデルが宥めて誘う声が聴こえ始めると・・それも治まっていった・・。


「・・常務・・これで良かったんでしょうか・・?・・」


「・・はい? ええ、上出来ですよ・・マスコミ対応なんて、こんなものです・・お疲れ様でした、アドルさん・・良ければお昼を、フロア・ファースト・チーフもご一緒に如何ですか・・?・・」  「・・ありがとうございます・・ご一緒させて頂きます・・」


終ってみればあっと言う間だった・・こんなものかとも思った・・緊張が解けてほっとしたのと・・あっけに取られたような感覚を、同時に感じていた・・。


記者会見が終わって雲を踏む様な少し落ち着かない感覚で、ホールからハーマン・パーカー常務やエリック・カンデルチーフと一緒に役員専用のエレベーターに乗り込もうとした時に、先刻初めて会って挨拶したホール・フロア・マネージャーのサリー・ランドが駆け寄って来た。


「・・お疲れ様でした・・素晴らしかったです・!・」


「・・いや、そんなに大した事は喋ってないですよ・・」


そう応えながら彼女が差し出して来たノートとペンを受け取ると、開いてサインして返した。勿論、芸能人になったような感覚は無い・・。


それから約20分後・・私は9階のスカイ・ラウンジで・・ハーマン・バーカー常務と、エリック・カンデル・フロア・ファースト・チーフと共に・・昼食の卓を囲んでいた。


9階のスカイ・ラウンジに入った事は、これまでに3回あったが昼食の席に着いた事は無かった・・。


気が抜けたような感覚がまだ残っている・・目の前にはジンジャーエールの注がれたグラスがあった・・今気が付いたかのように手に取って、二口飲んだ・・。


右手側にパーカー常務が座っていて、左手側にエリック・カンデルが座っていた・・。


高級そうで面倒臭そうなランチ・メニューが多かったが、一番食べ易そうな定食風のランチを頼んだ・・常務はハーフ・ボトルのロゼ・ワインを頼んで、私達にも勧めたが私は車で帰宅するからと辞退した・・。


「・・アドルさん・・今日はお疲れ様でした・・ご苦労様でした・・これでマスコミも・・役員会や大口株主の方々も、暫くは静かにしていてくれるでしょう・・しかし、このゲーム大会に関わる事が、これ程の反応を引き出す事になるとは・・予想外でしたね・・」


「・・全くですね・・」


エリック・カンデルもそう応じてライト・ビールのグラスに口を着けた・・・。


「・・ところでアドルさん・・運営本部に公開を許可したのは、どこまでだったのですか・・?・・」    「・・顔と名前と年齢だけです・・」


「・・なるほど・・ですがそれから僅か数時間で、勤務先、ワークアドレス、パーソナルアドレスも割れましたね・・もう貴方の今の住所も・・ご家族の住所も探り出されているでしょう・・今日の会見は社としての会見でしたので・・個人情報の公開について、釘を刺すと言う事には・・敢えて言及しませんでしたが、今後アドルさんの個人情報が次々と晒されるようでしたら・・また対応を考えないといけなくなりますね・・・」


「・・そうですね・・」


「・・まあ、そのような事態になっても・・社として適宜・適切にサポートさせて頂きますので・・心配しないで下さいね・・」


「・・分かりました・・宜しくお願いします・・・」


「・・今日は、これから直帰ですか・・?・・」  「・・はい・・」


「・・気を付けて帰って下さい・・奥様に連絡を執られて・・様子を訊いてあげた方が良いと思いますね・・要望とか報告とか連絡とか・・直接、私やファースト・チーフに通話を繋いでくれても構わないのですけれども・・スケジュール的にすれ違いになる可能性もありますので・・どうでしょうね、チーフ・カンデル・・?・・秘書室から誰か・・アドルさんに付いて貰いましょうか・・?・・」


「・・そうですね・・そうして頂ける方が、時間の節約と言いますか・・タイム・ロスの防止には・・なると思いますね・・」


「・・いや、そんな・・私の為に秘書室の方の手を煩わせてしまうのは・・・」


「・・いや、アドルさん・・社として貴方のバックアップを全面的に展開して行うには・・必要な人員配置と思います・・秘書室のチーフには私から今日中に話をしますので・・一両日中には、アドルさん専任の副官と言いますか・・セクレタリィが決まるでしょう・・・」


「・・分かりました・・」


「・・じゃあ、頂きましょう・・冷めちゃいますから・・・」


それから暫くは3人とも無言で、昼食に取り掛かった・・。

それから30分後・・3人ともデザートのプディングまで食べ終わって、コーヒーを飲んでいた・・。


「・・アドルさん・・土曜日は、何時に行かれるのですか・・?・・」


「・・出来るだけ早朝から行こうと思っています・・」


「・・そうですか・・報告書のフォーマットは、後程チーフからでも渡るようにしますので・・宜しくお願いします・・」


「・・分かりました・・」


「・・それでは、今日はここまで、と言う事で・・」


常務の言葉を受けて3人ともナプキンで口を拭うと、立ち上がった・・。


もう昼休みは終わっていたので、自分の職場のフロアまで降りた私は、フロア・チーフに午後から帰る旨を伝えた・・同僚たちは私と顔を合わせると、労いの言葉を掛けてくれた。最後に自分のデスクに寄ると、グラハム・スコットは自分のデスクで仕事をしていたが、直ぐに立って来てくれた・・。


「・・お疲れ様です・・堂々と話してましたね・・」


「・・ライヴで中継していたのか・・?・・」やれやれと言った感じで言うと・・、


「・・そりゃあ、お昼でしたからね・・帰るんですよね・・?・・」


「・・ああ・・明日も休もうかなって感じもしてるけどな・・」


「・・良いんじゃないんですか・・明日いっぱいは何もしなくても良いぐらいには進めておきましたから・・」


「・・本当にありがとうな・・感謝してるよ・・」


「・・良いんですよ・・いつもお世話になってますから・・・」


「・・うん・・やっぱり明日も休むわ・・チーフにそう言ってから帰る・・何かあったらデスクにメモでも残して置いてくれ・・じゃあ、お疲れさん・・お先に・・」


「・・お疲れ様でした・・気を付けて・・・」


最後に左手を挙げて合図すると、もう一度フロア・チーフに声を掛けて1階に降りた・・。


1階のカフェテリアでコーヒーを飲みながら一服してから帰ろうかと思って、軽く中を覗いて見たが・・マスコミ関係者のように観える人はいないようだった・・。


もしもいたら面倒な事になるかな、と思って入り口の辺りで迷っていると、顔見知りのウエイトレスと眼が合ったので、ハンドサインで《・・マスコミの人はいる・・?・・》と訊くと《・・いない・・》らしいので、入った。


いつも座る席に座って、シナモン・コーヒーを頼んだ・・。


灰皿を引き寄せて一服点ける・・半分ほど灰にしたぐらいでコーヒーが来た・・。


カップを半分ほど空にしたぐらいで、一本を灰皿で揉み潰す・・シナモンの香りと共に残りのコーヒーの味と香りを楽しんでいると、人の気配に気付いた(・まさか・・)。


「・・すみません・・相席してもよろしいでしょうか・・?・・」


(・・うっ・・やっぱり・・)「・・あ・・はい・・ええ・・どうぞ・・」


「・・ありがとうございます・・アドル・エルクさん・・」


「・・記者さんですか・・?・・会見場にいらっしゃいましたか・・?・・」


「・・ええ・・いましたが、座っていたのはずっと後ろの席でした・・初めまして・・モリー・イーノスと申します・・フリー・ライターをしています・・」


そう言いながら自分のメディア・カードを私の目の前に置いたが、私は視線を左に逸らしたままだった・・。


「・・宜しければ・・少しお話を伺いたいのですが・・・」


「・・私への取材でしたら、会社の広報部に訊いて下さい・・私自身が個人としてお話する事も、質問に答える事も許可されておりませんので・・」


そう答えてバッグを手に取り立ち上がって出て行こうとしたが、次に発せられた彼女の言葉に、思わず足を止めてその時に初めて彼女の顔を見た・・。


「・・勝ちたくないですか、アドルさん・・?・・私は貴方を勝たせる事の出来る情報を持っています・・」


・・モリー・イーノス・・年の頃は24.5才だろうか・・?・・若手の女優かタレントと言っても充分に通用するような美人だ・・ライト・ブラウンに少しカーマインが入ったような色の、ナチュラルにカールさせたセミロングの髪だったが・・意志の強さを感じさせる眼が、真っ直ぐ私の顔を見据えている・・。


「・・どう言う事ですか、それは・・?・・」


「・・まあ座って下さい・・それとも、奥の席に移りましょうか・・?・・」


「・・いや、ここは会社の中なのでこれ以上はマズいです・・後程私から連絡します・・」


それだけ言うと、彼女が先程テーブルに置いたメディア・カードを手に取り、バッグを抱えて急いで外に出た・・。


そのまま従業員の駐車スペースに入り、自分のエレカーに乗り込むと直ぐにスタートさせた・・大通りに出て最初の大きい交差点の手前で、信号待ちの渋滞に捉まったので一息吐くと、胸ボケットに取り敢えず突っ込んでいた彼女のメディア・カードを取り出す・・。


余白に手書きで何かが一行書き付けてあったのでよく見ると、サイバースペースの中での個人用クラウド・データ格納庫のURLコードのようなものと、そこにアクセスして閲覧するためのパスコードのようなものだった・・・。


メディア・カードを胸ポケットに戻すと私は、渋滞で停車している間にナビの検索で近場の端末ショップを見付け、ロックしてコースを設定した・・。


ショップで買ったのは、使い捨ての安い携帯端末だ・・すぐその端末でデータ格納庫にアクセスする・・データ・カテゴリーの中に『待ち合わせ場所』があったので閲覧すると、私が月に2回ほど休日に訪れる小さいカフェの名前と住所と電話番号があった・・。


何か見張られているような感覚を覚えて思わず周りを小さく見渡してしまったが、そのカフェの記事に『A・E・・2時間後に』とだけコメントすると、総てを閉じて端末の電源も切って帰路に就いた・・・。


帰宅するとシャワーを浴び、下着姿のままジンジャーエールの瓶を取り出すと、一息で半分ほど呑んでから、ソファに深く座った・・・。


クロノ・メーターを見遣ると、出るなら20分後ぐらいまでには出ないと待ち合わせ時間に間に合わなくなる時刻だった・・。


私は立ち上がって身支度を整えると、先程購入した端末と普段使っている端末と、普段は使っていない端末の3つをバッグに入れ、そのまま携えて部屋を出た・・。


そのカフェのパーキングに入ったのは、待ち合わせにコメントで書き込んだ時間の15分前だった。


途中、断続的に渋滞したのでこの時間になった。


カフェはカウンターで5席、4人掛けのテーブルが2つに2人掛けのテーブルが4つのこじんまりした店だ。入って一番奥の2人掛けテーブルの奥側の席に座る・・。


マンデリンをホットブラックで頼んで一服点けた・・。


一本目を吸い終わって灰皿で揉み消すと、マンデリンが来た。


馥郁とした香りを充分に楽しんでから一口を含み、久し振りにマンデリンの味を堪能した。


マンデリンを半分ほど飲んで2本目を咥えようとしたら、彼女が入って来たので止めてしまった。


服装は先程と同じだったが、髪はポニーテールにしていた。


私に気付いて微笑みながら歩み寄って来る・・。魅力的だと感じてしまった自分にマズいな、と思う。


脈拍が少し速まる。血圧も少し上がったかも知れない・・。


煙草を吸っていたのを気付かれたくなくて、マンデリンを飲み干した。


「・・お待たせしました・・」そう言いながら向かい側に座る。バッグはテーブル下のラックに置いた。


「・・いや、まだ少し早いです・・」


何か言い掛ける前にマスターが来たので彼女はホワイト・レモンソーダを、私はお替りを頼んだ。   


「・・ここへは、よくいらっしゃるのですか・・?・・」


訊ねながら彼女は、左手で左の頬骨の辺りが気になるように触れた。


ファウンデーションのノリでも気になるのだろうか?


「・・たまに旨いマンデリンが飲みたくなるので、月に2回ほどですね、貴女は・・?・・」


「・・私は3ヶ月に1回位ですね・・」


「・・それで・・改めてどう言う事なんでしょう・・?・・」


私は訊きながらリラックスした風情を醸し出すように深く椅子に腰を掛けて脚を組んだ。


「・・私と、独占での取材と報道の契約を結んで頂けないでしょうか・・?・・」


私は彼女が何を問い掛けているのか分からなかった。独占取材に独占報道なんて、もうあり得ないだろう・・。


「・・はい?・・まだ何も始まっていないのに、この騒ぎになっているんですよ・・?・・貴女だけに取材と報道を許可するなんて、もう出来る訳が無いでしょう・・?・・」


私は半ば呆れたように問い返した。


彼女は2秒程驚いた表情をして、直ぐに慌てて弁明を始めた。


「・!・ああ、はい・・分かります・・最初からお話します・・当選者が発表されてから私は、全員を出来得る限り調べて・・貴方に一番高い可能性があると言う結論に達しました・・優勝する可能性です・・」


「・・はあ、その論拠とするところを是非伺いたいですね・・」


奥底を探るような口調と表情で先を促す。


きっと同時に途方もないと言うような表情もしているのだろう・・。


「・・プロファイルです・・可能な限り取得し得たデータを基にプロファイリングを行い、この結論に達しました・・」


この人に対しての基本姿勢が決められない。当面は適当にあしらうつもりで話を聞く方が良いだろう・・。


「・・なるほど・・では貴女は様々なプロファイリングデータを私に提示して、私が指揮する艦の勝利に貢献して下さると・・?・・」


「・・そう・・その通りです・・」笑顔を見せた。


「それで貴女は私の何を取材するんです?」   「・・総てです・・」


「発表は・・?・・」


「・・この大会が終了後に一定期間が経過して、束縛的な契約が総て終了して以降・・回顧録か独占手記か、スタイルはまた後で決めようと思っていますが、アドルさんとの共著と言う事で発表しようと思っています・・勿論、この契約をアドルさんとの間で結んだのも、束縛的な契約が総て終了した以降と言う事にします・・」


マスターが彼女のレモンソーダと私のマンデリンのお替りを持って来たので、カップを取り上げて口を付けた・・彼女も3分の1ほどを飲んだ。


「・・申し訳ありませんが一服点けても宜しいでしょうか・・?・・」 「・・どうぞ・・」


彼女の表情が少し意外そうだったので訊いた。


「・・喫煙者とは思わなかった・・?・・」  「・・ええ・・」


「本数は少ないと思っているんですがね、プロファイリングに影響しますか・・?・・」


「・・一日に10本以上喫煙するようでしたら依存性ありと認められますので、影響はあるでしょう・・」


「・・それは良かった・・私の喫煙は通常一日に5.6本ですので・・」


「・・それ以上増えないように、宜しくお願いします・・」


私は鷹揚に頷いて見せた。


一服喫い点けて紫煙を燻らし、マンデリンのカップに口を付ける。


「・・それで・・私への取材とか、お互いへの連絡とかはどうしましょうか・・?・・もう私の住所も電話番号もアドレスも・・家族の住所も電話番号もアドレスも特定されているでしょう・・」


「・・私の個人クラウドデータにアクセスしてコメントを付けると言うやり方では、良くないでしょうか・・?・・」


またレモンソーダを3分の一ほど飲んで、彼女はそう言った。


「・・貴女の個人クラウドデータ格納庫が特定されても、その中のデータに私がコメントを付けたと言う事が判らないように、その格納庫の中に暗証番号とパスワードで開く特別格納庫を設定して頂けませんか・・?・・」


「・・分かりました・・お安い御用ですが・・」


「・・私から貴女の個人クラウドデータ格納庫へのアクセスは、曜日は決めませんが一週間に一回は必ず行うと言う事にして、アクセスからアクセスまでの間に貴女は、特別格納庫を開く為の新しい暗証番号とパスワードを、データの最終行に併記させて置くと言う事でどうでしょう・・?・・」


そう言って3服目の紫煙を燻らせると、煙草の灰を人差し指で灰皿に落とした。


「・・良いアイディアですね・・凄いです・・分かりました・・そうしましょう・・」


と、彼女は感心したように応えてレモンソーダを飲んだ。


「・・と、まあここまで言いましたけれども一番肝心で重要な件の確認が済んでいませんので、これまでの話は総て仮定のお話です・・」


そう言って私は、2杯目のマンデリンを飲み干した。


「・・どう言う事でしょうか・・?・・」訳が判らないと言った風だった。


「・・まだ貴女の事を100%信頼できないと言う事ですよ・・当然と思ってもらえると思いますが・・」


そう言いながら私は普段使っていない端末を取り出してテーブルに置いた。


彼女はハッとした様子で少し表情を固くしたが、何も言わなかった。


「・・この中にあるアプリで、レコーダーの反応とデータ転送の有無を調べます・・今持っているレコーダーがあったら、ここに出してください・・」


彼女は何も言わずにポケットとバッグから、それぞれ一つずつの小型レコーダーを取り出してテーブルに置く・・どちらも起動はしていない。


私は端末のアプリを開いて反応を見た・・レコーダーの反応もデータ転送の反応も無かった。


「・・失礼しました・・私が貴方を100%信頼して契約を結ぶまで、総てはオフレコでお願いします・・よろしいですか・・?・・」


「・・分かりました・・」


「・・結構・・それでは次に貴女のPIDカードを見せて下さい・・」


彼女はバッグから財布を出すとその中からパーソナルIDカードを取り出して私の前に置いた。


私は端末のカメラアプリを開き、カードの両面とも撮影して彼女に返した。


続けて端末をそのまま彼女の前に置き、別のアプリを開いて見せた。


「・・それじゃ、貴女が指紋認証に使っている指でここに触れて・・」


彼女は左手中指の腹で指紋読み取りアプリ画面のセンターに触れた。


私は端末をしまうと、メモ帳を開いてペンと一緒に彼女の前に置いた。


「・・これで最後です・・PIDメールアドレスとパスコードとパスワードと・・これから貴女が設置する特別格納庫のパスワードとパスコードも書いてください・・」


彼女がペンを取って書き終わり、ペンを置く迄90秒少々・・。


私はペンとメモ帳を受け取ってポケットにしまった。


「・・それではモリー・イーノスさん・・今日はここまでにしましょう・・私の方で貴女から頂いた情報の裏を取ります・・貴女の身許が複数の方位で確認出来たら・・特別格納庫の中の投稿記事にコメントを付けます・・これは言うまでも無いとは思いますが・・PIDカードやその中の情報が偽造されたものであった場合・・重大な連邦個人登録法違反と言う事になります・・」


「・・承知しています・・」


「・・ところでイーノスさん・・私の職場のラウンジから帰る時に、即けられているような感覚はありませんでしたか・・?・・」


「・・いえ、特には・・いや・・分かりません・・」


「・・此処からの帰り道を4割ほど長くして、周囲に注意を払いながら帰宅してください・・貴女はまだどうか判りませんが・・私はもう既にマークされている筈です・・」


「・・分かりました・・気を付けて帰ります・・」


「・・余程の事が無い限り、直接に顔を合わせるのは避けましょう・・特別格納庫の中の投稿記事にコメントを付け合う形で、連絡します・・大会が始まったら、特別格納庫の中に更に特別な格納庫を設置して下さい・・宜しいですか・・?・・」


「・・承知しました・・そのようにします・・」


「・・私からのコメントを待っていて下さい・・それまで貴女から私に対して、どのような接触もしないようにお願いします・・ここは私が持ちます・・ああそれと、今日はお会いできて良かったです・・」


そこまで言って私は立ち上がり、左手でテーブル・コードカードを取り上げると、右手を彼女に差し出した。彼女の表情に柔らかさが戻ったのが見えた。


彼女を先に帰らせてから10分ほど店内で過ごし、小用を足してから会計して外に出た。


このカフェから見て私の社宅は西南の方向だが、私は北東の方位方面に向けて30分ほどエレカーを走らせてから南西の方位方面に向けて更に30分ほど走り、そこから社宅をロックしてナビに従って走り始めたが、このエレカーがハッキングされている可能性に思い至るとナビゲーションを切って自分で運転して帰った。


おかげで帰路を間違えて20分ほど道に迷い、ようやく社宅に帰り着いた。


追跡者がいたとしても、完全に撒けただろう・・。


部屋に入って部屋着に着換えると私は先ず妻の携帯端末に通話を繋いだ。


「・・はい・・」「・・もしもし、俺だ・・」「・・どうしたの・?・こんな時間に・?」


「・・今日、社のホールで俺がゲーム大会に出る件で記者会見があってな・・そのまま生で中継されてたんだけど、観たか?・・」


「・・観たわよ・・あんまり大した事は喋ってなかったわね・・」


「・・まあな・・それでさ・・昨夜からあんまり時間は経ってないけど、そっちに通話とかメッセージとか・・直接誰かが来たとか、無かったか・・?・・」


「・・今のところ通話は18件・・メッセージは26件・・あとは8人の記者とかレポーターが来たわね・・でも今朝の9時過ぎにあなたの会社の広報の人から電話があってね・・対処の仕方を詳しく教えて貰って、全部その通りに切り換えたから、あたしが直接応対しなくても済んだわよ・・」


「・・そうだったのか・・面倒掛けてスマんな・・・」


「・・いいのよ・・通話とメッセージは全部あなたの会社の広報に転送したし、インタホンの応答メッセージも、代わりに応対してくれる会社の広報の人の端末のアドレスとか、通話番号とかも入れて録り直したから、大丈夫だと思うわよ・・」


「・・そうか・・ご苦労さん・・生中継の事もその広報の人に聞いたのか・・?・・」


「・・そう、だから最初から観れたけど、凄かったわね・・・」


「・・ああ、あんなの初めてだから疲れたよ・・・あとはアリシアの学校と、ご近所さんだな・・・」


「・・ああ、アリシアの学校の方だけど、これも広報の人からの提案で、学校に問い合わせがあった場合にも、会社の広報に転送できるように応対のシステムを少し改編するように学校に提案しても良いですかって訊かれたから、宜しくお願いしますって言っといたわよ・・」


「・・そうか・・でも記者やレポーターが直接アリシアの学校に行ったら・・?・・」


「・・大丈夫でしょ・・?・・あなたと一緒に視たけど、あの学校、正門にも副門にも近くに警備室があるし、巡廻警備の体制もしっかりしてるからアポ無しじゃ入り込めないんじゃないかな・・?・・それにアポを執っての取材なら、ちゃんと先生方が応対するでしょうから心配ないでしょう・・?・・」


「・・ああ、それもそうだな・・あとはご近所さん達なんだけど、悪いけど今度の土日はゲーム大会の関連で、顔合わせやら打ち合わせやら撮影セットの見学やら色々なレクチャーやらで帰れそうにないんだよ・・その次の金曜は帰るから、土曜日から一緒に挨拶回りをしないか・・?・・ちょっとした・・お土産を持ってさ・・?・・」


「・・良いわね・・お土産の準備と、根回しはやって置くから金曜は早く帰ってよ・?・」


「・・ああ、分かったよ・・できるだけ早く帰る・・ところでお前とアリシアの携帯端末には、まだ通話やメッセージは来ていないのか・・?・・」


「・・来てないわね・・あなたの方には来たの・?・」


「・・俺の方は来る前に手を打って、アドレスも通話番号も換えたよ・・・」


「・・あら、そうなの・・?・・」  「・・メッセージを見てないのか・・?・・」


「・・ごめんなさい・・この後すぐに確認するわ・・」


「・・お前とアリシアの携帯端末も換えた方が良いな・・」


「・・機種を換えるの・・?・・」


「・・いや、取り敢えずアドレスと通話番号を換えるだけで良いと思うよ・・」


「・・分かった・・あの娘が帰ったら話して、一緒に換えるから・・」


「・・頼むよ。換えたらメッセージで報せてな・・?・・」


「・・分かった・・ねえ、あの会見の後すぐに帰ったの・・?・・」


「・・いや、あの後チーフと常務も一緒に昼飯を食ってさ・・その後報道陣が全部帰るぐらいまで社内で過ごしてから帰ったよ・・」


「・・そうなの・・これからは人にすごく観られるから、気を付けてよ・・」


「・・分かってる・・じゃあ金曜日にな・・」  「・・ええ、それじゃ・・」


妻との通話を終えた私は固定端末と社宅の中でしか使わない携帯端末とを起動させ、バッグから出した3つの携帯端末総てと接続させた。続けてメモ帳も取り出す。


モリー・イーノスのPIDカードの表裏の画像と彼女の顔写真と個人認証用の指紋画像をネットワークに接続させ、彼女のPIDメールアドレスとパスコードとパスワードを入力して、彼女のPIDサイトに入った。


彼女の個人情報項目は68400にも上っていたが、私は彼女の身許を適正に確認する為に重要度が高いと思われる情報項目から、慎重に注意深く多方面からのクロス検索と検証・確認の作業を進めて行った。


そして重要度が高いと思われる個人情報、758項目の検証を終えた私は、彼女が正真正銘の彼女本人であると確信するに至り、それを以て確認作業を終了した。


次いで私は彼女の個人クラウドデータ格納庫にアクセスし、彼女が自分のメディアカードに手書きで書いてくれていた、パスワードを入力してその中に入った。


入って見ると、既に彼女が特別格納庫を設置してくれていた。

また、今日の待ち合わせの為に私が付けたコメントに、更に彼女がコメントを付けていた。


ただ一行、「パスワードとパスコード」・・(・・なるほど・・)


私は彼女のPIDサイトに入るために入力したパスワードとパスコードを、この特別格納庫の認証要求欄にも入力して中に入った。


中に記されていた言葉は三つだけで、「結果は?」と、次にこの特別格納庫に入るためのパスワードとパスコードだった。


私はパスワードとパスコードをメモ帳に書き留めると、「結果は?」に「ALL OK また来週に」と、コメントを付けて二つの格納庫から出ると、閲覧履歴とクッキーを消去してブラウザーを閉じた。


そこで初めて大きく息を吐いた私は、立ち上がってベランダに出ると一服点けた。


喫い終わると部屋に戻り、マンデリンを深めに淹れた一杯をソーサーごと両手で持って、この社宅に入った時に少し高かったが思い切って買ったソファーに深く身体を沈み込ませた。


肉体的にも精神的にも疲労を感じている・・明日も有給休暇取得としたのは正解だった。


まだ始まってもいないのにこれじゃ先が思い遣られるな・・だが、明日一日休めば仕切り直せるだろう・・ああ、固定端末のメッセージ・オートアンサーを書き換えないといけないな・・メッセージボックスの中身は見たくない・・。


コーヒーを飲み干してまた立ち上がると固定端末の前に座り、メッセージ・オートアンサーの文面を書き換えた。


対象とする返信先には総てのメディアカンパニーを指定し、他には記者・ジャーナリスト・リポーター・ルポライターをメッセージの中で名乗る個人も自動で対象とするように返信システムを組んだ。


社内業務関係、社外業務関係、家族・親族の関係、SNS以外の交友関係、SNSの中での交友関係、ゲーム大会関係と、それぞれでメッセージボックスを新設し、今ボックスの中にある総てのメッセージをAIに指示して分類させ、それぞれのボックスに収納させた。


残ったメッセージをAIに指示してダブルチェックさせ、総てメディアや個人ジャーナリストからの取材の申し込みや質問であることを確認すると、オートアンサーで返信した。


次に自分で返信しなければならないメッセージに取り組み始めたが、27件終えたところで嫌になって放り出した。まあ、急いで返信するべきメッセージは片付けたから良いだろう。


冷蔵庫からジンジャーエールのボトルを出し、そのままベランダに出て一服点けた。


喫い終って部屋に戻り、ボトルに口を付けて二口飲んだところで思い出した。


私が指揮する軽巡宙艦のクルー候補者として貰った女性芸能人達の資料から、芸能的な学歴・経歴・経験・業績スキルとは直接的には関係の無い個人データを分離して保存したデータファイルを固定端末に落とし、一人一人のデータ項目に対してネットワークの中で様々にクロス検索を掛けながら読んでいった。


なかなかに興味深い業績スキルを持っている人がいる・・読んで様々に参照しながら気になる人をピックアップして、自作のクルー候補リストに入れていった。


腹が鳴ったので見ると、もう20:20だった。手早く夕食を作る。ニュースを観ながら食べ始めたが、私の他にも今日記者会見を開いた人が3人・・メディアの囲み取材に応じた人が6人・・やはりかなり注目されているようだ・・明日記者会見を開く人も4人いる・・。


私は明日も休みだから、報道されれば観られるだろう・・。


夕食を終えて全部片付けてから、ライトビールを呑みながらまた個人データについてのクロス検索と参照を始めたが、酔いが回ってきたので30分ほどで止めた。


その夜は早くベッドに入ったのでゆっくり寝めた。


それでも今朝は8:30には起き出して家事を済ませ、買い出しも終えると11:40だった。


朝は少し摘んで食べただけだったので早めの昼食をゆっくりと摂り、片付けてコーヒーを淹れるとソーサーごとベランダのデッキテーブルに置き、デッキチェアに寝そべって一服点ける。深めのマンデリンとその一本を楽しみ終えると、少し体が冷えたので部屋に戻って熱いシャワーを浴びた。


それから気分を切り替えて、またクルー候補者個人データの検索・参照を始めた。


一人、また一人と気になる人材のピックアップも進んでいったが、軽巡宙艦の乗員数は65人から70人弱と言ったところだから、候補者500人の中からなら1.5%程だろう・・。


気が付くともう18:20だったので気分を変えてメッセージボックスを見てみると、チーフ・カンデルからのものがあった。


「このメッセージには返信しなくて良いから、明日出社したら1階のラウンジに来てくれ。紹介したい人がいるから」とあった。返信不要とあったのでしなかった。


多分きっと、秘書室の中の誰かだろうな・と思いつつ今度は、ピックアップ・クルー候補リストと軽巡宙艦の乗員配置表を交互に見ながら、配置案を固めていった。


軽巡宙艦のメインスタッフとしては、艦長・副長・参謀・カウンセラー・機関部長・観測室長・メイン・センサー・オペレーター・メインパイロット・砲術長・メイン・ミサイル・コントローラー・補給支援部長・保安部長・生活環境支援部長・医療部長と言ったところだろう・・・。


気が付くともう21:30を過ぎていたので今日はこれで切り上げて、今日のメディアのニュース報道のチェックを始めた。同じ艦長仲間の声を聴いてみたいと思ったからだ。


記者会見を開いた艦長が7人・・囲み取材に応じた艦長が14人・・一通り話を聴いた。


動画と音声は、勿論記録して保存した。2回繰り返して観て聴いても、深い人となりが判る訳でも無いが、幾つかの特徴的なメンタリティとか性格的な反応の一端などは、把握できたように思う・・ゲーム大会開始までにはまだ時間があるから、また聴かせて貰えるだろう。


併せて彼らが指揮する艦に遭遇した場合の、対処の参考にさせて貰おう・・。


また私への要対処メッセージの確認と、それへの返信作業に切り換えて取り組み始めた。


少し集中して34件のメッセージを処理したところで、さすがに疲れたので今日は終わりにした。


翌朝私は、いつもより20分程早く出社した。車から降りてラウンジに向かいながら、携帯端末を取り出してチーフ・カンデルに通話を繋ごうとしたが、ラウンジに入ったらチーフが2人の女性と一緒に座っていて、私を認めて右手を挙げたので端末をコートのポケットにしまった。


「・・おはようございます、チーフ・・」


「・・ああ、おはよう、早いな、スマんな、朝早くから・・」


そう言いながらエリック・カンデルは、2人の女性と一緒に立ち上がって私を迎えた。


「・・いいえ、いつも朝はしばらくここで過ごすんで・・」


言いながら3人の近くにまで歩み寄る。


「・・早速なんだが、先ず紹介しよう・・こちら、秘書課渉外主任のドリス・ワーナー女史・・そしてこちらが同じ秘書課のリサ・ミルズさんだ・・そしてこの男が我が社の未来の英雄(笑)、アドル・エルクです・・」


「・・おはようございます・・」と、朝から2人の女性に完璧なハーモニーで挨拶されて、思わず笑ってしまった口許を左手で隠した。


「・・あ、・おはようございます・・アドル・エルクです・・宜しくお願いします・・」


「・・こちらこそ宜しくお願い致します・・」  またも完璧なハーモニー・・・。


「・・立ち話も何だから先ず座ろう・・朝のお茶もまだだろ・・?・・」


チーフがそう言ってウエイトレスに目配せすると、近くのテーブルに陣取った。


2人とも素晴らしく美しい・・さすがに秘書課の人だ・・。


ウエイトレスが来たので私はマンデリン(砂糖2杯)を、彼女達はレモンティーとミルクティーを、チーフはチェリーソーダ(氷1つ)を頼んだ。


「・・改めまして、秘書課渉外主任のドリス・ワーナーです・・ハーマン・パーカー常務からの要請を受けて、彼女をアドル・エルクさんの専任秘書として選抜しました・・まだ若いですが既にセカンドレベルのセクレタリィです・・アドル・エルクさんとハーマン・パーカー常務とを繋ぐパイプ役としても、アドル・エルクさんを業務上補佐するケア・マネージャーとしても問題はありません・・」


ドリス・ワーナー主任が立ち上がり改めて彼女を私に紹介したので、私も立ち上がって応じた。


「・・分かりました。ご丁寧に有難うございます。改めて宜しくお願い致します・・

それと、私の事はどうぞアドルと呼んで下さい・・」


そう言って右手を差し出す。


「・こちらこそご丁寧に有難うございます・・私の事はどうぞ、ドリスとお呼び下さい・」


そう応えて握手を交わした・・ドリス・ワーナー渉外主任・・腰の辺りにまで伸びるライトブラウンのサラサラなストレート・ロングヘアが素晴らしく美しい。


「・・宜しくお願い致します・・リサ・ミルズさん・・どうぞ、アドルと呼んで下さい・・ゲーム大会が終わる迄で長丁場になるかも知れませんが、お付き合い願います・・」


彼女も立ち上がって私と握手を交わした。


「・・こちらこそ宜しくお願い致します・・私の事はどうぞ、リサと呼んで下さい・・至らない点もあるかも知れませんが、精一杯務めさせて頂きます・・お願い致します・・」


握手を交わしながら彼女は真っ直ぐに私を見る・・瞳の色はヘイゼルだったが、暗褐色のナチュラルボーイッシュショートヘアがフットワークの軽さを感じさせる・・。


挨拶が終わったので3人とも座って一息吐く・・丁度いいタイミングで飲み物も届けられたので、もっと落ち着いたリラックスタイムになった。


「・・もうこちらのお二方に、お前の連絡先は全部教えてあるからな・・」


エリック・カンデルはそう言って自分の飲み物に口を付けた。


そこでドリス主任もリサ・ミルズも自分のメディアカードを私の目の前に置いてくれた。


「・・何かあったり、どんな質問でも疑問でも構いませんので、いつでも連絡を下さい・・」


「・・有難うございます・・お世話になります・・」


「・・お前がこっちに上げてくれる報告書のフォーマットも、もう彼女には知らせてあるからな・・あまり時間が無ければ口述筆記でも大丈夫ですよね・・?・・」


「・・ええ、それは勿論・・いつでも大丈夫です・・」


「・・お前、今度の土曜日には撮影セットの見学とか、顔合わせとか打ち合わせとかブリーフィングとかレクチャーとかで行くんだろ・・?・・」


「・・ええ、行って、観て、聞いて来ますよ・・」


「・・リサさんと、一緒に行ったらどうだ・・?・・色々と観たり聞いたり説明されたりするんだろ・・?・・お前が一人で行って、何か一つでも聞き漏らすような事があったらマズいからな・・」


「・・え、・そりゃマズいですよ・・せっかくの休みなのに・・そこまで付き合わせちゃ・・予定もあるでしょうし・・ねえ・・?・・」


引くだろうと思って話を振ったのだが、興味津々と言った感じで身を乗り出して来た。


「・・私なら大丈夫です・・私もアドルさんと同じでこの業務に関する限り、休日出勤で出張の扱いにさせて頂けますし・・このゲーム大会に関連して、アドルさんが見たり聞いたり話し合われたりする事には・・アドルさんの秘書として同席するべきだと考えていますし、私自身も非常に興味があります・・」


エリック・カンデルは1つ頷くとドリス・ワーナー主任を見遣る。


彼女も彼を見ていて目が合ったので、そのまま言った。


「・・それじゃあドリス・ワーナー主任、彼女の休日での勤怠に関してはお任せしても宜しいですかね・・?・・」


「・・はい、承知しました・・こちらの勤怠事務として処理しますので、お任せを・・」


「・・それじゃ現状での打ち合わせは、この位で宜しいですかね・・?・・」


「・・はい、これで結構です・・今後は二人で話し合って調整して貰えればと思います・・申し訳ありませんが、秘書課の朝礼が始まりますのでお先に失礼致します・・まだもう少し時間がありますので、始業までごゆっくりなさって下さい・・それでは・・」


そう言うとドリス主任とリサは、立ち上がって一礼をしてラウンジから出て行った。


初めて知る香水の香りが残る・・隣のテーブルから灰皿を取って目の前に置くと、チーフ・カンデルがソーダの残りを飲み干して立ち上がった。


「・・俺も朝礼があるから行くよ・・あと15分はあるから、お前はゆっくりしてろ・・それじゃあな・・」


そう言って右手を軽く挙げると足早に出て行った。


私は三口目のコーヒーを口に含んで飲み、その日最初の一服にゆっくりと火を点けた。


オフィスに入るとグラハム・スコットはもう来ていて、デスクには着かずに立ったままファイルなど拡げて見ていたが、私を視ると片手を挙げた。


「・・おはようございます!・・ああ、良い顔してますね。休めましたか・・?・・」


「・・おはよう・・ああ、おかげ様でね・・暫くぶりに充実して過ごせたよ・・」


「・・さっきラウンジでチーフと他に、2人の凄い美人と一緒にいましたね・・?・・」


「・・目ざといな(笑)・・ああ、秘書課の人だよ・・この前の会見の後でチーフと常務の3人で昼飯を食ったんだけど、その時に常務の提案で大会が終わるまで俺に専任の秘書を就けてくれるって言ってさ・・それで今朝、紹介されたって訳さ・・」


「・・へえ、あのショートヘアの娘ですよね・・?・・」  「・・分かるか・・?・・」


「・・そりゃ分かりますよ、素敵に可愛い娘ですね・・」  「・秘書課の人だからな・」


「・・もう結構、話したんですか・・?・・」


「・・ちょっと打ち合わせしただけさ・・総てはこれからだよ・・ほら、始

まるぞ・・」


始業のチャイムが鳴り始める・・フロア・リーダーを囲んで朝礼が始まる。


グラハム・スコットが私の業務を手伝ってくれて、整理や調整と同時に業務の先行を進めてくれていたので、随分助かった。彼には感謝しかない。本当に今度、奢ろう。


10:00からの休憩時間に私の端末にメッセージが来たので、見たらリサさんからだった。


昼食をどこで摂るのかと訊いてきたので、1階のラウンジで摂りますと答えた。


まさかなあと思いながらも昼休みに1階に降りると、彼女はもう来ていた。


「・・どうしました・・?・・何か、忘れていた事でも・・?・・」


「・・いいえ・・これからは一緒にお仕事をする事になりますので、お近付きになれればと思いまして・・ご一緒にお昼でもと思ったのですが・・宜しいでしょうか・・?・・」


「・・え?・ああ・ええ、良いですね・・ああ、良いですよ・・やはりもう少し・・知り合わないといけないでしょうね・・でもせっかくのお昼ですし・・お友達と食べた方が良いんじゃないんですか・・?・・」


「・・大丈夫です・・主任も同僚たちも、分かってくれています・・」


「・・いや、リサさんが無理しなくても良いと思いますよ・・別に顔を会わせなくても連絡方法はいくらでもありますし、打ち合わせも話し合いもできますから・・」


「・・私がそうしたいんです・・ご迷惑でしょうか・・?・・」


「・・いや、迷惑だなんてそんな・・どうぞ、座って下さい・・私は日替わりランチプレートを取って来ますから・・」


そう言って先に座っているよう彼女に促すと私は、ランチプレートの列に並んだ。


彼女はラウンジの禁煙エリアに入っていくと、手前に近いテーブルに着いた。


今日はBランチだったので、サラダ(小)とゆで卵とスープを追加した。


プレートにコーヒーとオレンジジュースも乗せて、彼女が着いているテーブルの向かいに座る。 彼女は可愛らしいランチボックスを取り出した。勿論手造りのお弁当だ。


「・・お弁当は、自分で造るの・・?・・」


「・・ええ、前の夜に大体の下ごしらえは済ませるので、朝はそんなに時間を掛けなくても出来ます・・」


「・・これまで、秘書として誰かに就いた事は・・?・・」


「・・短期のピンチヒッターでしたら3回ありましたけれども・・専任は今回が初めてなんです・・」


「・・そうなんだ・・それじゃ僕も頑張らないとね(笑)・・」


お互いに喋りながら、少しずつ食べ進めていった。


「・・土曜日は、何時に行くんですか・・?・・」


「・・そうだね・・朝早くに行って、向こうのラウンジで朝食を摂ろうと思っていたんだけど・・?・・」


「・・分かりました、良いですよ。ご一緒します・・」 「・・大丈夫・・?・・」


「・・大丈夫です・・私、朝には強いんです・・」


「・・分かった・・向こうには2人で行くと、私から伝えて置きますよ・・待ち合わせの時間と場所については、あとで私からメッセージします・・」


「・・分かりました、お願いします・・あの・・艦の乗組員については・・どなたにお願いするのか・・もう決められたんですか・・?・・」


「・・そう・・半数ぐらいのポストについては、大体案が固まってきましたかね・・」


「・・そうなんですか・・」


そこで言葉が途切れた・・2人ともしばらくそのまま食べ続ける・・オレンジジュースのグラスを半分ぐらいまで空けた・・。


「・・土曜日は、長い時間になっても大丈夫・・?・・」


「・・大丈夫です・・最後まで、ご一緒できます・・」


「・・それは良かった・・僕も、聞ける話は全部聞いて置きたいから・・」


「・・はい・・そうですね・・」


「・・何か・・ただのゲーム大会なのに、大事になってきちゃったね・・(笑)・・」


「・・本当にそうですね・・」


「・・君は・・僕が、この大会に出て・・勝ち残り続けることが社の為にもなると思う?」


「・・思いますよ・・だってアドルさんがここの社員であることは、もう広く知られていますから・・」


「・・そうなんだろうね・・昨夜さ・・この大会で艦長に選ばれた他の人達の会見やらインタビューの報道を観たんだけど・・君は観た・・?・・」


「・・観ました・・少しでしたが・・」


「・・今回、業務上の秘書として私に社命で就いてくれる君に、頼めるような事じゃないかも知れないし・・選ばれた他の艦長たちが指揮する艦が、僕の指揮する艦と実際に対戦する事になるかどうかも分らないけど・・選ばれた他の艦長たちの情報って・・集められるかな・・?・・」    言い終ってジャーマンポテトを2つ、口に入れた。


「・・そうですね・・主任に訊いても良いですか・・?・・」


「・・勿論、それは良いよ・・是非、訊いてみて下さい・・」


そこでまた言葉が途切れた・・昼食ももう残りは少ない・・コーヒーを二口飲んで残りを片付けていく・・最後のパンの残りを食べて水を飲み、ナプキンで口を拭っていると・・彼女もランチボックスを閉じて片付けた・・。


「・・コーヒーでも・・?・・」と言って立ち上がろうとしたが、彼女が左手で制した。


「・・あ、大丈夫です・・私はこれで・・」と言って右手で保温ボトルを取り出すと、カップを取り外してお茶を注いだ。


「・・いつもお昼用に持って来るハーブティーです・・」


「・・何か、珍しいフレーバーですね・・オリジナルブレンドですか・・?・・」


「・・ええ、母の趣味で・・数種類、ブレンドしています・・」


私はちょっと失礼して、コーヒーを取って来た。


「・・コーヒー党なんですか・・?・・」


「・・ええ、マンデリンには煩いです(笑)・・」


そこでまた言葉を切って食後のお茶を堪能した。


「・・午後の始業時間までは、何をして過ごされるんですか・・?・・」

と、彼女に訊かれて・・


「・・そうですね・・大体まったりしています・・特に決めてやっていることはないですね・・チェスを嗜む同僚と一局指したりする事もありますが・・そうだ。昨日からの続きで、艦内配置案を固めていきますかね・・リサさんは・・?・・」


「・・私は大体軽いエクササイズ・ダンスをしています・・」


「・・へえ、食後すぐなのにすごいですね・・」


「・・そんなに激しくは動きませんし、これも慣れですね・・軽く動くと消化も促進されますし・・エネルギーにも早く変換されて、午後の業務でも動き易くなります・・シャワーを浴びて汗を流せば、すごくサッパリしてリフレッシュできますよ・・?・・」


「・・そうなんですか・・じゃあ、午前中に調子の良い日があったら、僕も試してみようかな・・」   「・・是非・・その時にはご一緒しますから・・」   (笑・笑・笑)


2杯目のハーブティーの温かさを、カップを通して掌で確かめるようにゆっくりと飲み終えると、彼女はカップを保温ボトルに取り付けてランチバッグにしまった。


「・・どうもごちそうさまでした、アドルさん・・お昼に付き合って頂きまして、本当に有難うございました・・お話しできて、本当に良かったです。ありがとうございました・・」


「・・こちらこそありがとうございました。リサさん・・改めて、これからよろしく・・」


彼女はランチバッグを左腕に掛けて立ち上がり、私に一礼してラウンジから出て行った。


私はコーヒーの残りを飲み干すと、総てをプレートに乗せて持って立ち上がったが、そこで初めてここが禁煙ラウンジで、ここで昼食を摂っているのは女性社員が圧倒的に多くて、彼女達のおそらく半分以上が、私に視線を集中させている事に気が付いた・・。


私は食器をプレートごと返却口に置く時に「・・ご馳走様!・・」と努めて明るく声を掛けて禁煙エリアから出ると、そのまま禁煙エリアから離れた場所のテーブルに着き、灰皿を目の前に置いて一服点けた。  


(・・こりゃあ、えらい事になってきたかなあ・・)


そう思いながら座っていた。


少し早めにオフィスに戻ったが、自分のデスクに着く前にスコットに捕まった。


「・・先輩!・我が社の女性社員達のストレスレベルが、明らかに少し上がってますよ・・」


「・・やっぱり、分かるか・・?・・」


「・・そりゃ、分かりますよ・・僕が先輩と一番話してるって、みんな知ってますからね・・それでどうしたの?・どうしてなの?って、みんな訊いてくるんですよ・・一体どうしたんですか・・?・・」


「・・どうって・・秘書に就いた彼女と一緒に昼飯を食っただけだよ・・」


「・・なんでそんな事したんですか・・?・・」


「・・なんでって・・別に問題無いだろう・・?・・常務のお声掛かりで秘書として俺に就いた彼女と、打ち合わせがてら一緒に飯を食っただけだよ・・」


「・・先輩・・今先輩に注目しているのは社内だけじゃないんですよ・・どこで誰が視ているか判らないんですから、社内で迂闊な事は勿論ですけど、目立つような事はしない方が良いですよ・・」


「・・迂闊な事だとは思わないけどな・・目立ってたなって言うのは、食い終って彼女がラウンジから出て行った後に気付いたよ・・」


「・・そうでしょう・・?・・ですからせめて社内では自重しましょうよ・・」


「・ああ、解ったよ・多分もう2度と無いだろうと思うからさ・・ホラ、もう始まるぞ・・」


そう言って椅子に座るのとほぼ同時に、昼休み終わりのチャイムが鳴る。


その日(1/27:火)の業務は定時で終えて社を出た。


帰路、買い物に寄ったマーケットで、店の人にも買い物客にも話し掛けられる。


応援されたり羨ましがられたりだ。ギャラが幾らかも訊かれたが、今のところそこら辺の事は全く解らないからと答えた。セルフィーは丁重にお断りした。


帰宅してシャワーを浴び、雑多な家事を終えて夕食も済ませてから今夜もまた、艦内配置のクルー人事案策定に取り組みながら、時折報道されるニュースにも眼を向けていたが、私も含めて艦長たちの周辺は今日も喧しい。


もう艦長たち全員の会見か、インタビューのビデオが繰り返し流されている。


気になる人が浮上した。「・・ハイラム・サングスター・・」54才。


現役の海上護衛警備隊の中佐で、軽巡洋警備護衛艦の現職艦長だ。


なんでも息子さんが自分の名前で応募したのが当選したと言う事で、当選はしたが参加は辞退する意向であったのを、家族全員から説得されて参加することにしたそうである。


参加するにあたって彼は、有給休暇と併せて半年間の休職を申請し、受理された。


彼自身が許可したので、経歴は総て公開されている。


特筆に値するのは現職として12年間、半世紀以上前から海賊が出没していた海上輸送航路の護衛警備任務に就き、3つの大きな海賊組織とそのシンジケート・ネットワークに打撃を加え、3つとも摘発して壊滅に追い込んだ功績に依り、勲章を授与されている。


この人が指揮する艦と遭遇したら、かなり厳しいことになるだろうなと思った。


だがクルーは女性芸能人だから、誰を選んで配置するかで、戦い方も結果もかなり違ってくるだろう。


我に帰るとまた頭の働きを、艦内配置のクルー人事案の策定に戻した。

色々と考え併せて彼女たちの情報やデータを様々に相互参照しながら配置案を固めていく。


ベランダで煙草を2本喫い、色々と相互参照して考えながら2杯のコーヒーを飲み干すまでに、ほぼ150分ほどが経過した。


頭の疲れを自覚したので視ると、11:15だったので切り上げて寝た。


翌日(1/28:水)は、朝から珍しくしのつく雨で気温が低い・・。


寒かったので熱いシャワーで体を温める・・いつもより熱さを感じるコーヒーの味が体内に染み渡っていく感覚が、残っていた眠気を拭い去る。


昨日より一枚多く着込んでエレカーに乗り、出社した。


いつもの習慣で先ず1階のラウンジに入る・・マンデリンを自分で淹れて席に着き、灰皿を目の前に置いて一服点ける・・・。


もう三日目だからか、出社しても声を掛けて来る社員は昨日よりは少ない。


半分以上飲んで一本目を揉み消した頃、携帯端末にメッセージが来たので観るとリサさんからだ。


「・・お早うございます。朝早くにすみませんがご報告もありますので、そちらに参ります・・」   (・・何故ここにいるのが判る・・?・・)


そう思いながら禁煙エリアに移るべきかどうか迷ったが、結局ソーサーごとカップを持って禁煙エリアに入ったのだがその瞬間、10数人の女性社員の視線が集中したのを感じた。


席に着くと3分ほどしてリサさんが禁煙エリアに入って来たので、コーヒーを飲み干してソーサーとカップを脇に除ける。


「・・お早うございます、アドルさん。朝早くからすみません・・相席しても宜しいですか・・?・・」


「・・お早うございます、リサさん・・どうぞ、どうぞ・・朝からご苦労様です・・何か飲みます・・?・・」


「・・はい・・それでは、紅茶を・・」 「・・ミルク?・レモン?・・」


「・・あ、ミルクで・・」    「・・ミルクは先に入れる?・・」 


「・はい・」 「・砂糖は?・」 「・1つで・」


「・了解しました・・」


そう答えて席を立った私は、カウンターでミルクティーを淹れるとソーサーに乗せて持ち、彼女の前に置いた。


「・・さあ、どうぞ・・」


「・・ありがとうございます・・頂きます・・」


そう答えてカップを取り上げ、一口飲むとそのままカップを置いて・・


「・・美味しいです・・紅茶を淹れるのもお上手なんですね・・?・・」


「・・それほどじゃありませんよ・・リサさん、よく私がラウンジにいるって判りましたね・・?・・」


「・・それは・・アドルさんは、大体いつも朝はこちらにいらっしゃると伺っていましたので・・」


「・・そうでしたか・・それで、お話と言うのは・・?・・」


「・・はい・・昨日のお昼にアドルさんから依頼された件についてなのですけれども、主任に訊いてみましたところ・・法に触れない範囲内で外部に洩れないなら、情報収集も問題無いだろうと言われましたので・・これを・・」


そう言ってリサさんはスーツの左内ポケットから小さいソリッドメディアを取り出すと、私の眼の前に置いた。


「・・これは・・?・・」と、思わず手に取って観る。キーホルダーが付いている。


「・・この中には、アドルさん以外の艦長に選ばれた19人についての、調べられる範囲内での情報がまとめてあります・・お役に立てるかどうか、判りませんが・・」


「・・え・・リサさん、これを何時間でまとめたんですか・・?・・」


「・・3時間から4時間程度です・・ブロックやシールドされていない情報やデータだけ抽出してまとめましたので、あまり手間は掛かっていませんし・・とりとめのないものになってしまっているかも知れませんが、お渡しします・・お役に立てれば嬉しいです・・私の今の仕事は、アドルさんとのお仕事だけですので・・気になさらないで下さい・・私にできる事でしたら、何でもお手伝い致します・・」


「・・リサさん・・要らない面倒を掛けてしまって本当にすみません・・軽い気持ちで頼んでしまって、配慮が足りませんでした・・謝罪します・・ですが、これ程のものを用意して頂きましたので、有難く頂戴して活用します・・改めて、有り難うございました・・」


「・・そんなに丁寧なお礼はいいですよ・・私達はパートナーじゃないですか・・他人行儀に気を使わないで下さい・・仕事抜きでもアドルさんのお手伝いが出来るのは嬉しいです・・どんな面倒ごとで疲れても、こんな美味しいお茶が頂けるのなら吹っ飛びます・・」


私はソリッドメディアを丁寧に上着の内ポケットにしまうと、照れ隠しの苦笑いを顔に浮かべながら、ティーカップを両手で持ち、眼を閉じてゆっくりとミルクティーを味わって飲む彼女を観ていた。


「・・ミルクティー・・お好きなんですか・・?・・」


「・・はい・・ハーブティーの次に好きです・・アドルさんが淹れてくれたミルクティーは、母が淹れるものより美味しいです・・あ、これはお世辞じゃありませんよ・・」


「(笑笑)有難うございます・・熱いのは、大丈夫なんですか・・?・・」


「・・大丈夫です・・私、猫舌じゃありませんので・・」


「・・そうなんですか・・それで・・リサさん・・もしもご都合が宜しければ、今日のお昼もご一緒に如何ですか・・?・・」


「・・え・・はい・・私は大丈夫なんですけれども、アドルさんは大丈夫ですか・・?・・私、昨日あの後で・・女性社員の皆さんの視線が凄くて・・」


「・・ああ・・リサさんもそうでしたか・・僕も昨日、あの直後から凄く感じましたし・・同じフロアでよく話をする若い同僚がいるんですけれども・・彼があの後女性社員たちから色々と訊かれたようで・・何をやってるんですかと言われましたよ(笑)」


「(笑)じゃあ・(笑)、どうしましょうか?・またここだと・・」


「(笑)そうですね・・じゃあ、9階のスカイラウンジに席を取りますので、そこでどうでしょう・・?・・」


「・あっ、そこの予約でしたら、私の方で取ります・・アドルさんが取ると、またすぐに知れ渡りますから・・」


「・・それもそうですね(笑)・じゃあ、お願いしようかな・・それじゃ、詳しい話はその時にと言う事で・・もう、朝礼が始まりますよね・・?・・」


「・・はい・・そうですね・・それじゃ、後はお願いしてお先に失礼させて頂いて宜しいですか・・?・・」 と、彼女は左手首のクロノ・メーターを見遣るとそう言った。


「・・どうぞ・・片付けて置きますから、気を付けて・・」


そう応えると彼女は立ち上がって会釈し、そのままラウンジから出て行った。


私は2つのカップアンドソーサーを両手で持って立ち上がったが、集中した女性社員たちの視線は、昨日の昼程に多くはなかった。


オフィスに入ると、またグラハム・スコットが寄って来る。


「・・お早う、今日も元気そうだな・・」


「・・元気そうだな、じゃありませんよ、先輩・・また秘書の彼女と話してたそうじゃないですか・・先輩は今や女性社員たちの注目の的なんだって言う自覚あります?・・ヤバいですよ、マジで・・」


「・・その自覚はある程度あるよ・・だが女性社員たちの興味に忖度しなきゃならない必要は感じないね・・私と彼女は今やパートナーとして一緒に仕事をしてるんだ・・私がこのゲーム大会に参加して勝ち進むことは、私と彼女のこの社内での業務の一つとして、社に承認されている・・今度誰かに何かを訊かれたり言われたりしたら、こう言ってくれないか、スコット? 彼らは仕事をしているんですよ・・ってね・・」


「・・分かりました・・お早うございます。先輩・・」


「・・お早う、スコット・・今日も良い日にしようぜ・・」


午前中の業務は、順調に進んだ。今日中での処理・送付が必要であった業務は、10:00に迄には終わり、先行しての業務処理に入っていった。


これも私がこのゲーム大会で艦長に選ばれたおかげ(せい)なのだろうが、私を指名しての製品発注・部品発注・業務発注・業務委託の依頼が、それぞれ今週に入ってから10件程入っている。


昼休みに入ると私は一旦1階のラウンジに降りてコーヒーを飲みながら一服ふかし、手と顔を洗うと階段で2階に上がってエレベーターで9階に向かう。


スカイラウンジに入ると、直ぐにウェイターが私に付いて案内してくれる。


彼女はもう、ラウンジ窓際の席で待っていた。


「・・お待たせしました・・ちょっと時間を潰していましたので・・」


「・・大丈夫です・・そうだろうなと思っていました・・」


彼女はそう言いながら微笑む。私は彼女の対面に座ると、今朝彼女から預かったメディア・キーホルダーを内ポケットから取り出して彼女の前に置いた。


「・・この中に入っていたデータは、総て私のクラウドスペースに移して保存しました・・中のデータはそのままにしてありますが、それに加えて土曜日朝の待ち合わせ場所と、私が考えた乗員の艦内配置案も入れて置きました・・艦内配置案についての貴女の意見を伺いたいので、メッセージでも通話でも、いつでも構いませんのでお願いします・・あと、これらのデータは上に挙げて貰っても結構です・・宜しいでしょうか・・?・・」


「・・分かりました・・よく読ませて頂いてから、後でお伝えします・・すぐに返して頂いて、ありがとうございました・・」


そう言いながら彼女は大事そうにメディア・キーホルダーを内ポケットにしまう。


「・・いえ、こちらこそ、ありがとうございました・・お腹空きましたね、注文します・・」


そう言ってメニューを開いた。


この前常務達と食べたような定食風の日替わりランチにしようかとも思ったが、日替わりコース・ランチにした・・あまり変わらないか・・ウェイターを呼んで伝える。


彼女はランチボックスの包みを開く・・可愛いが栄養的にもバランスがとれているように観える・・最初のスープが運ばれてくる・・。


「・・今日もハーブティー・・?・・」


「・・はい、お昼はいつもこれです・・」


「・・もしよかったら、後で一杯貰っても良いですか・・?・・コーヒーは好きですけど、いつもだと流石に飽きるから・・」


「・・良いですよ・・そう言われるかも知れないと思って、いつもより多めに淹れてきました・・」


「・・そうなんですか・・ありがとう・・あ、ここの払いは僕が持ちますから、何でも好きなものを追加して下さい・・僕もここで食事するのは、これで2回目なんで・・」


「・・大丈夫です・・私はいつもこれで充分なので・・それにここでの支払いは、既に経費と言う事で処理が済んでいます・・ので、追加されても大丈夫ですよ・・」


「・・え・・これも業務上の必要経費として認められるのですか・・それは流石に少し、プレッシャーかな・・」


「・・大丈夫です・・それだけ会社が私達の共同業務をビジネスとして承認していると言う事です・・仕事をしているだけですよ・・私達は・・」


「・・そう・・ですね・・その認識を実感として持てれば、心強いですね・・」


前菜を食べ終えたのでウェイターを呼んで主菜を頼む・・ついでにカップを一つ頼んだ。


「・・アドルさんは単身勤務になられて、どれぐらいなのですか・・?・・」


彼女は赴任とは言わなかった・・本社勤務だから赴任とは言わない・・知りたければ私の人事ファイルを視れば判るのだが、彼女のアクセス権限がどの程度のレベルなのかも分からないし、ちょっと個人的な情報の範疇だなとは思ったが、気にしない風を装った・・。


「・・18ヶ月目に入りました・・当時の娘の学業の状況が、転校を強いるには厳しいと判断しましてね・・」


主菜が来たので早速取り掛かる・・ジンジャーエールも頼んだ・・。


「・・奥様とか、お嬢様の方に、報道関係者からの接触はありましたか・・?・・」


「・・・ええ・・ありました・・でも広報の方から、ひどくなる前に色々とアドバイスして頂いて、それに従って対処・対応は済ませましたので・・今は安心しています・・」


その後は話が続かなかった・・30秒に1回位眼が合って、お互いに微笑んだりしていたが・・何も話題には上らなかった・・そして、お互いに食べ終えた・・。


厨房のシェフが気を利かせたのか、ウェイターがプディングとアイスクリームを2つずつ持って来る。


「・・こちらは、私達からのサービスです・・頑張って下さい・・」


「・・ありがとう・・」苦笑いしながら応じたが、知れ渡っているなあと改めて思った。


「・・9階から観ると・・良い眺めですよね・・なかなか気付きませんが・・」


「・・本当にそうですね・・」


プディングとアイスクリームも食べ終えて、ナプキンで口を拭うと落ち着いた。


「・・それじゃあ、そろそろ特製ハーブティーのご相伴に与りましょうかね・・?・・」


そう言って私は、空のカップをリサさんの前に置く・・彼女は保温ポットを取り出すとカップを外して先に私のカップにハーブティーを注いでくれた・・。


「・・ありがとうございます・・昨日のものとは少し色合いが違いますね・・?・・」


「・・ええ・・母が、毎日違うブレンドを試していますので・・」


「・それじゃ、リサさんの好みに合わないブレンドになってしまう事もあるんですか・?・」


「・・そうですね・・10日に1回位は、そんな感じのブレンドに当りますね・・」


「・・そうなんですか・・それじゃ、頂きます・・」


私はカップを両手で持つと、先ずはゆっくりとハーブの香りを堪能した。


「・・とても個性的なブレンド・フレーバーですね・・勿論ですが、初めての香りです・・にしても、食後に楽しむお茶の香り、と言う感覚ではありますね・・」


そう言うと口を付けて二口飲み、カップをテーブルに置いて味を確認した。


「・・個性的で不思議な味ですね・・でもやはり食後に楽しむお茶と言う感覚の味です・」


彼女も自分のカップにハーブティーを注ぎ、両手で持ち上げて香りに感じ入っている。


「・・うん・・今日の方が昨日のものより香りでは、私の好みに近いですね・・」


そう言ってゆっくりと飲み始め・・3分の1程飲んだところでテーブルに置いた。


「・・味は・・昨日のものとあまり変わりませんね・・でもどちらも私の中では好みの範囲内です・・」


そう言って微笑むとまたカップを持ち上げる。


2人とも7分程掛けてお茶を飲み終えた・・尤も私が一杯を飲み終えるまでの間に、リサさんは2杯を飲み終えたが・・。


カップをポットに装着させるとランチバッグに保温ポットをしまい、非常にスッキリとしたように観える表情で彼女は両手をテーブルに置く・・。


「・・今日もお昼をご一緒して頂きまして有難うございました・・ご馳走様でした・・」


「・・こちらこそ、付き合って頂きまして有難うございました・・ご馳走様でした・・」


「・・お預かりしましたものは、じっくり吟味させて頂きます・・私からの感想とか意見は、早めにお知らせした方が宜しいですか・・?・・」


「・・いえ、ゆっくり吟味して貰って・・じっくりまとめて貰って、手の空いている時で結構ですよ・・何時でも大丈夫です・・」


「・・分かりました・・それではこれで失礼させて頂きます・・楽しい時間を過ごさせて頂きまして、有難うございました・・次にお会いできるのは土曜日の朝ですね・・宜しくお願い致します・・」


そう言うと彼女はランチバッグを左腕に掛けて立ち上がり、会釈してスカイラウンジから出て行った。


私は隣のテーブルからピカピカの灰皿を取って眼の前に置くと、一服点けた。


この時スカイラウンジにいたのは自分も含めて5人だけで女性社員はいなかったし、4人とも面識の無い人だった。


昼休みが終わる5分ぐらい前に9階から降りて自分のオフィス・フロアに戻ったが、スコットも含めて誰も私に声を掛けない。


その日の午後の業務も順調に推移し、私は残業する事も無く定時で退社した。


ちょっと考えたが買い物には昨日行ったので、今日は何処にも寄らずに社宅のガレージにエレカーを滑り込ませる。


家事・雑事・夕食・入浴を済ませると私は、また乗員の艦内配置案の策定に取り掛かった。


艦内の配置は、メイン・スタッフで考えれば15人。


艦長(私)副長、参謀、カウンセラー、機関部長チーフ・エンジニア、観測室長、メイン・センサーオペレーター、メイン・パイロット、砲術長、メイン・ミサイル・コントローラー、補給支援部長、保安部長、生活環境支援部長、医療部長、食堂・メインシェフ・・と言う事で良いだろうと思う。


医療部長と食堂のメインシェフは専門知識と高度な経験や技術が必要だろうから、ゲーム大会の運営本部から人事が指定されるだろう。


サブ・スタッフとしては、参謀補佐が1人、副機関部長が1人、主任機関士が2人、機関部員が7人、副観測室長が1人、観測スタッフが3人、分析スタッフが2人、サブ・センサー・オペレーターが2人、サブ・パイロットが2人、副砲術長が1人、砲術コントローラーが2人、対空砲コントローラーが2人、サブ・ミサイル・コントローラーが1人、ミサイル・オペレーターが2人、対空ミサイル・オペレーターが2人、副補給支援部長が1人、補給支援スタッフが3人、副保安部長が1人、保安部員が7人、副生活環境支援部長が1人、生活環境支援スタッフが2人、医療室スタッフが3人、食堂セカンド・シェフが1人、その他、様々な局面で様々な部門を適宜に補佐するサポート・クルーが3人と言う事にして、艦長である私を含めて総員で、68人と言う事にした。


随分大人数になる。が、これ以上人数を削るのは厳しい。軽巡宙艦内部の生活空間がどの程度の規模なのかまだ判らないのが難点だが、少しでも快適なものであるよう祈るとしよう。


翌日(1/29:木)は、冬晴れだった。空が高い・・。


業務は実に順調に進む。進み過ぎているようなきらいでもある。今は私自身のネームバリューと言うものもあるようで、私を指名しての取引の申し込みが日を追う毎に増えている。


チーフ・カンデルから15:28に連絡が入り、この件に関して私を指名しての新規顧客は、別のカテゴリーで括るようにと指示された。複雑な想いでもあり、感覚でもあり、感情でもある。事態の推移を静観するしかない自分自身がもどかしいと思うし、そう感じてもいる。


定時まではオフィスにいたが16:08からはメールの文面を作成していた。


ゲーム大会の番組制作サイドに宛てたもので、土曜日は8:30に2人でそちらに伺うと言う事と、私が考えたメイン・スタッフとしての乗員配置案を伝えるものであり、このスタッフメンバーとして私が選んだ女性芸能人の皆さんとは、大会が始まるまでの間に全員、面談の機会を得たい、と言う趣旨のものだった。


16:45にこのメールを番組制作サイドに送信した私はリサ・ミルズにも宛てて、今送信したメールの文面を添付してこんなメールを送信しましたと言う事と、土曜日の朝には番組制作現場の撮影施設に程近いカフェで7:30に待ち合わせして朝食を摂り、8:30に撮影施設に入りましょうと書き添えて送信した。


定時となり、周りのメンバーと挨拶を交わし合いながら帰り支度を始める。


自分のデスク上の整理整頓と帰り支度を終えて、最後にメッセージチェックをする。


彼女からの返信を期待していた自分に心中で苦笑しながら立ち上がるとスコットに声を掛けてオフィス・フロアを出た。


サブスタッフの乗員配置案はまだ固まっていないが気分転換したい・・カフェかレストランか・・夕食にはまだ早いが帰宅してから再度出掛けるのも面倒だ・・さて、どうするかな・?・3ヶ月前にスコットと連れ立って一度だけ入った事のある郊外にあるお洒落な感じのカフェダイナーを思い出して、そこに行くことにした。


3回ほど渋滞に捉まったが、45分ほどでその店のパーキングに滑り込む。


中に入ると奥の隅に人が集まっている。15.6人程だろうか・・何かの宴会かな・?・。


ウェイターに1人であることを告げて案内して貰った。


飲み物は甘くないソーダで、ロースト・ダックのセミ・コース・ディナーを頼む。


私の顔はある程度割れていると思うので、最近携行している伊達眼鏡を掛ける・・。


隅の人だかりと私のテーブルとの距離は、そんなに近いものではないが切れ切れに聞こえてくる言葉の断片で、どうやら有名人の周りをファンの人達が取り巻いているようだ。


聴き耳を立てるのも失礼だし、スープと前菜に摂り掛かろう・・携帯端末にメッセージが入った・・視るとリサ・ミルズからだった。


(メッセージは拝見致しました・・土曜日朝の待ち合わせ場所と時間については了解です・・エリック・カンデル・チーフ・ディレクターから要請があり、明日の10:20に営業本部・営業2課・第3会議室に来て欲しいとの事です・・)と、あった・・。


携帯端末をバッグにしまうと、また食事に戻る・・が、・・視線を感じる・(マズいか?)・方位は2時・・視界の端に入れて視ると、向い合って座る2人の女性客が話しながら時折こちらを観ている・・比較的に目端の利く人のようだ・・。


これ程早い段階で気付かれるとは思わなかった・・話し掛けられる前に食事を済ませて帰りたいが、微妙な状況だ・・。


件の女性客がウェイターを呼んでこちらを観ながら話をしている・・いよいよマズい・・平静を保たねば・・ウェイターが女性客に何かを言われてこちらに来る・・ダメか・・。


「・・お客様・・お食事をお楽しみの所を失礼致します・・あちらのお客様方からアドル・エルク様に、同じブランドで同じヴィンテージのポートワインをボトルで進呈致したいとのお申し出がございました・・宜しければ直ちにお持ち致しますが、如何致しましょう・・?・・」


ナイフとフォークを置いて伊達眼鏡を外してナプキンで口を拭った私は、2人の女性客に対して笑顔で会釈を反すと、そのままの笑顔でウェイターに顔を向ける。


「・・あちらのお客様方にお伝え下さい・・大変に嬉しいお申し出に感謝申し上げます・・ですが今日は車を運転して来ておりますので、アルコールは控えなければなりません・・お申し出は、お気持ちだけ有難く頂戴させて頂きます・・が、宜しければ折角ですのでお近付きの印に私から同じワインを進呈させて頂きますので、どうぞ食後のお時間をお楽しみ下さいと・・」


ウェイターは黙って笑顔のまま一礼をすると退がった。


2人の女性客にもう一度笑顔で会釈すると食事を再開する。


サラダとメインディッシュとライスが運ばれて来たので、本格的に取り掛かる。


ウェイターが件のワインをボトルで持って来て2人の女性客に進呈すると、2人とも笑顔一杯で喜びを爆発させた。


内の1人がワインボトルを手に、こちらに歩いてくる。慌てて口を拭って笑顔を作る。


「・・初めまして、アドル・エルクさん・・私はローズ・クラークと申します・・初めてお見掛けした方に不躾な申し出をしましたのに・・こんなに素敵なお返しを頂きまして、本当に有難うございます・・あの、ゲーム大会では頑張って下さい・・私達は二人とも応援していますので・・それでもし宜しければ、このボトルにサインを頂きたいのですけれども宜しいでしょうか・・?・・」


そう言ってボトルとホワイト・マーカーを差し出して来た。


「・・こちらこそ、初めまして・・大丈夫ですよ・・そして、有難うございます・・お二人に応援して頂ければ百人力です・・サインですか・・あまり上手くはないのですが、セルフィー撮影は遠慮させて頂いておりますので、サインは頑張ります・・」


そう応えながらボトルとマーカーを受け取り、サインを記して返す。


ローズ・クラーク女史は満面の笑顔で、3回お辞儀をしながら自分の席に戻って行った。


やれやれ、これでやっと食事を片付けられるかな・・。


そう思って再度食事の残りに取り組み始めたのだが、別の視線があの隅の人だかりの方から私に当てられているのを感じた。そして発せられた言葉が・・。


「・・アドル・エルクがいるの・・?・・」  「・・ちょっと開けて・・」


その言葉で人の環が開き、テーブルに座っている人が私の視界に入り、その人と私の視線が合った。私でも直ぐに判る・・ハイラム・サングスター・・54才・・・。


彼も私を確実に認識したようで、お互いにフォークとナイフを持ったまま、ちょっとぎこちなく、少し上目遣いに会釈した。


彼の周りにいた2人の女性が時間差で私に向かって歩み寄ろうとするのを、彼は注意して制した。2人とも私の顔を睨みながら渋々彼の周りに戻る。


これはどうも穏やかじゃないらしい・・同じゲーム大会に参加する者同士・・同じ艦長役でもあるし、初顔合わせだから挨拶ぐらいはしておくべきだろうとも思うが、その機会はまだこれからもあるだろう・・今は食事を済ませて失礼するとしよう・・。


サングスター氏の周りにいる人達は、変わらずチラチラと私を観ている。


サングスター氏が時折あまり観ないように注意しているが、少し経つとまた視線が私に当り始める・・お世辞にも居心地が良いとは言い難い・・・。


ようやくメインディッシュを片付け終わったぐらいのタイミングで、デザートのプディングとコーヒーが運ばれて来たのには助けられた・・もう少しだ・・。


長身の若者が何やら急いでいる様子で入って来た。


直ぐにサングスター氏と取り巻いている人達のグループを認めると、足早に歩み寄る。


先程私に歩み寄ろうとした2人の女性が若者に何か二言三言告げると、その青年は顔を険しく強張らせて振り向き、大股に歩み寄って来た。


「・おい! お前一体何のつもりで・!・」


「・マイケル! 止まれ!! 」


「・でも、父さん! 」


「・いいから、止めろ!マイケル! 戻れ! 」


立ち上がって青年を鋭く制し、自分の方に戻させるサングスター氏・・。


勿論驚いたが取り乱すまでには至らなかった事に内心の一瞬で安堵し、私の顔を睨みながら渋々戻って行く若者を見遣りながら想う・・。


(・・あれが息子か・・)


若者が人の環に戻るとサングスター氏はグラスの水を一口含んでナプキンで口を拭い、席を立つと身なりを整えてその場の人達にここにいるように告げると、私に向かってゆっくりと歩み寄って来た。


私も口を拭うと立ち上がって居住まいを正す・・同じ艦長同士のファーストコンタクトは、意外な形での顔合わせだった。


先程サインボトルを渡したローズ・クラーク女史とお友達の女性が、満面に驚きの表情を浮かべてこちらを凝視しているのが判る・・。


サングスター氏は私から見てテーブルの右斜め前で立ち止まると会釈した。


「・・初めてお目に掛かりますが、ハイラム・サングスターと申します・・食事をお楽しみの所、お邪魔してしまい、あまつさえ私の息子が大変な失礼をしてしまいまして、誠に申し訳ありませんでした・・この通り、お詫び致しますのでお許しを頂ければ幸いに思います・・お好みに合うかどうかは判りませんが、これは私からの細やかなお詫びの印として、また、初めてお会いできたご挨拶として進呈させて頂きます・・」


そう慇懃に謝絶と挨拶を告げて30°に腰を折ったサングスター氏は、スーツの内ポケットから地味だがしっかりとした造りのシガレットケースを取り出すと、テーブルに置いて蓋を開いた。


中を観ると一見して上物と判る細身のプレミアム・シガーが5本並んでいる。


「・・こちらこそ、このような形で初めてお会いしましたが、アドル・エルクです。初めまして。ご丁寧な陳謝とご挨拶を頂きまして、私からも謝意を申し上げます。何やらご事情がおありと推察致しますので、謝意はお気持ちとして頂きます・・お気になさらずに・・私も喫煙者ではありますが、このような高級品を初めてのご挨拶で頂くのは気が引けますので、どうぞお戻し下さい・・私は一向に気にしておりませんので・・」


そう告げて私も少し深く会釈した。


サングスター氏はシガレットケースを蓋を閉めずに手に取ると、そのまま私に差し出して言う。


「・・貴方の今のお言葉を伺って、ますます受け取って頂きたいと思いました・・どうか一本だけでもお取り下さい・・ゲームの中で出会えば戦う事になるのでしょうが、外でなら友誼を結んでも構わんでしょう・・私からのお近付きの印として頂いても結構ですので・・どうぞ、お取り下さい・・」


ここで重ねて断ったりしたら、私から関係を悪くする事になるだろう・・。


「・・そこまで仰って頂けるのを無下にお断りする事も出来ないでしょう・・それでは、お近付きの印として一本だけ、有難く頂戴します・・改めまして、アドル・エルクです・・これから宜しくお願い致します・・」


右手でシガレットケースから一本だけを丁寧に取り上げ、軽く掲げてから内ポケットに収めると、右手を差し出してそう言った。


「・・ご丁寧に有難うございます・・こちらこそ、宜しくお願いします・・」


サングスター氏はシガレットケースを内ポケットに戻してそう応じると、私の右手を笑顔で力強く握った・・ローズ・クラーク女史がこの瞬間を撮影していた事は後で知った。


「・・今はこれ以上お邪魔するのも無粋ですし、当方も関係者がおりますので今夜はこれで失礼させて頂きます・・また後日にお会いしてご挨拶できることもあるでしょう・・それまで、何かありましたらこちらにお願いします・・」


そう言ってサングスター氏は、自分のメディアカードを内ポケットから取り出してテーブルに置くと会釈した。


「・・ご丁寧に有難うございます・・こちらは私の連絡先になりますので、何かありましたら宜しくお願いします・・」


そう言ってサングスター氏は、自分のメディアカードを内ポケットから取り出してテーブルに置くと会釈した。


「・・ご丁寧に有難うございます・・こちらは私の連絡先になりますので、何かありましたら宜しくお願いします・・」


私も少し慌てて自分のメディアカードをバッグから取り出すと、彼の直前のテーブル上に置いてそう応じ、軽く頭を下げる。


造り笑顔だったのかも知れないが軽く頷くとサングスター氏は右手で私のカードを取り、踵を反して自分の席に戻って行った。


深い息を一つ吐いて座る。食べ掛けのプディングを片付けて冷めたコーヒー

を飲み干す。


彼のカードを取って内ポケットにしまい、口を拭うとバッグを手に立ち上がる。


ローズ・クラーク女史と彼女のお友達に向けて左手を軽く挙げると振り返らずにフロアーを後にし、会計を済ませてレストランから出た。


これから一人で外食するのは考えた方が良いかも知れない、とそう思いながらエレカーに乗り込んでスタートさせる。今夜の事はリサさんに伝えた方が良いな・・。


社宅迄の帰路、ハンズフリーでリサさんの携帯端末に通話を繋ぎ、レストランでの顛末を説明した。


今後一人で外食に出る事については、その都度考慮して対応を決めるべきだろうと言う考えには、彼女も賛成してくれた。


ハイラム・サングスター氏と偶然ながら大会開始前に会えて、連絡先も交換できたと言う事については結果的には良かったし、彼の人柄にも触れられた事は良い経験になったと言う事で、この点でも意見は一致した。


彼が現在直面しているであろう『事情』については、可能な範囲内で調べてみてくれるそうだ。


社宅への帰着迄後5分ほどと表示されたので、明日会議室での再会を約して通話を切り上げる。


帰宅した私は、先ずベランダに出て一服点けて喫い、着換えて雑事を片付けてからゆっくりと入浴して上がると時間を掛けてコーヒーを淹れ、ゆったりと座って薫りを楽しんだ。


思い立って上着の内ポケットからサングスター氏のメディアカードを取って来ると、私が所有している総ての端末の連絡先に追加した。


その後自分のクラウドスペースにアクセスしようとしたが、ニュース・ネットワークが私の名前を報道していると通知したので、何だ? と思って表示させると私とサングスター氏が握手している画像が報道されている・・。


「・・あ・??・(これは何だ?・握手はしたな・・写真は・・)・はっ!(彼女か・・何でまた・・)」


思い至ってローズ・クラーク女史を検索してみると、彼女のSNSアカウントは直ぐに見付かり、彼女がアップしたこの画像に寄せられる反応が物凄かった・・。


彼女がネットワークメディアに売り込んだのか、メディアが彼女に取材したのか、までは判らなかったがメディアによる報道が拡散を爆発させた事は疑いない・・。


(これは緊急事態だな)そう思った私は携帯端末を取り出すとリサ・ミルズに通話を繋いだ。


「・・あ、もしもし、今晩は。私です。夜分にすみません。・・ええ、いえ、ニュースは観ました?・・ええ、あの前にサインボトルを渡した女性が撮影したようです・・ええ、はい・・その時は気付きませんでした・・それでですね・・メディアからの取材の申し込みが社に入るだろうと思いますので・・ええ、はい・・常務の方に連絡を・・ええ、お願いできますか・・?・・ありがとうございます・・よろしくお願いします・・それじゃ、また明日に・・ええ、はい・・おやすみなさい・・それでは・・」


こちらから通話を切ったがまた直ぐに外から繋がった。スコットだ・・。


「・・もしもし、ああ、俺だよ・・ああ、今観てる・・ああ、以前にお前と行ったダイナーだよ・・覚えてるか?・・ああ・・何・・?・・偶然に遭ったんだよ!・・何言ってるんだよ!・・連絡先なんか知らなかったよ・・今は知ってるけどな・・ああそう・・交換したからさ・・あ?・そう・・いや、挨拶しただけで特に何も話してないよ・・ああ・いや、撮られたのは気が付かなかったよ・・ああ・・先にその人が俺に気付いてさ・・話し掛けられて相手して・・ワインボトルにサインしたんだよ・・え?・いや、気分転換に外で飯でも食おうと思っただけだよ・・ああ、これから外に出る前には考えようと思っているよ・・あ?・・何?・・いや、挨拶しただけだからどんな人かなんて判らないよ・・え?・印象?・・ゲームの中で出遭えば手強いだろうなとは思ったよ・・ああ・・じゃあ、もう良いか?・・明日も話せるからさ・・それじゃあな・・お休み・・」


通話を切って端末を放った・・疲れる・・両手の指で頭を少し揉んだ・・もう一杯コーヒーを淹れようか・・それとも一服点けようか・・ああ、彼から貰った一本が有ったな・・思い出した私は、上着の内ポケットからそれを取り出して鼻先に寄せる・・。


さすがにプレミアムシガー・・馨る芳香を確認するだけで少し落ち着く・・端を1ミリだけ切って点ける・・一服吹かし、燻らせ、薫りを楽しみ、喫う・・3服で大満足した私は、丁寧に火種を外し2ミリ切り捨てて手近な小箱にしまった。またお世話になるだろう・・。


水を飲み洗顔し改めて自分のクラウドスペースにアクセスする。


リサ・ミルズが集めてくれた艦長たちのデータを読み進めながら、クルー候補者女性芸能人名簿と彼女達の特殊スキル経歴データを開き、配置案の上では空席になっているサブスタッフの艦内配置を決めていく。


別に今日中に空席を総て埋める必要はない。


6人の配置案を決めたところで切り上げて保存する。


艦長たちのデータを一通り読了したが、これを読む限りで艦長たちの中に特徴的で警戒すべき思考傾向や行動傾向を有していると観られる、パーソナルキャラクターは読み取れなかった。


ゲーム内の戦場でいきなり遭遇した場合に、最初の思考や行動に何か認識しやすい傾向が読み取れればと思って読んでいったが、顕著に特徴的なものは観受けられない。


まあ艦の指揮は艦長だけでするものじゃないからな。


艦長たちのキャラクターより彼等が揃えるメイン・スタッフ達のキャラクターとか、思考や行動の傾向が当該艦の操艦や艦の行動に、重きを示すようになるのだろう。


だが各艦のメイン・スタッフが誰になるのかは、ゲーム大会が始まってリアリティ番組が始まらなければ判るものでもないだろう。


ゲームの戦場で遭遇した時に、相手艦の情報がどこまでダウンロードできるのかについてなどは、今考えても意味が無い。


無益で無意味で無駄な思考だ。


久し振りに20年もののモルトウィスキーのボトルを取り出した。


この前呑んだのは確か・・1ヶ月程前だったか・・ウィスキーグラスの半分より少し下ぐらいまで注ぐ・・別に酒を呑まない性質と言う訳じゃない・・


本当に旨い酒を、たまに嗜めれば良いと思っているだけだ・・が、本当に旨い酒は・・やはり少々値が張る・・それはまあ、致し方ない・・ウィスキーグラスを右手に・・小箱と灰皿とライターを左手に持ってベランダに出る・・テーブルに持っている物を置いて、椅子に座る・・小箱から先程のプレミアムシガーを取り出して、火を点ける・・外で吹かし、燻らせ、喫っても、このシガーの豊潤な芳香は少しも損なわれない・・グラスの琥珀を一口含む・・モルトの香りと味とシガーの馨り・・絶妙すぎる・・これはなかなか無い体験だ・・一服燻らせ、一口含み、味と薫りを充分に堪能して、呑み下す・・また3服で、琥珀の液体を呑み干した。


火を消して注意深く火種を外し、1ミリ切る・・シガーの残りは元の長さの半分よりも僅かに短くなったが・・注意深く小箱に戻した・・。


ベランダから部屋に戻ってグラスや小物を片付けると、再び端末の前に座ってメッセージチェックに入る。


リサ・ミルズから来ていた・・ハーマン・パーカー常務とは連絡が取れて、明日は朝からメディアからの取材要請が社に届くだろうと言う予想は伝えられたそうで、常務の直命で明日の朝は始業前から社外からの接触に対しての、広報の応答対応体制が敷かれるように図られるとの事だった。


また、パーカー常務からは私に対して、早い段階で報せてくれた事に対しての謝意が述べられたと言う事も、伝えてくれた。


それと、ハイラム・サングスター氏が直面している『事情』についても可能な範囲で調べてくれた。


何でも応募したのが自身ではなかったのに艦長として選出された事に対して、ある方面からの嫉妬や不満を買ったようで、嫌がらせや脅迫やストーキング行為による被害が、ある一時期に集中してあったそうだ・・。


そこで偶然に私と彼があのダイニングレストランで遭遇したのを、あの時に彼の周りにいた関係者の中の2人の女性が勘ぐって、彼が受けていた嫌がらせ行為の裏に居るのが私なのではないかと思ったらしい・・。


傍迷惑な話だが、彼が極めて紳士的に対応してくれたので助かった。


リサ・ミルズへの返信は簡単に済ませた。明日、会った時にも話はできる。


何せまた膨大な数のメッセージが届いている。


丁寧な説明を含む文面と簡単な説明での文面の2種類の返信文面を作成して、後はコピー&ペーストでどんどんと返信していった。


今日中に返信した方が良いと思われるメッセージに総て返信し終わって観ると、11:45だった。一服して寝ようと思ったが、思い直して水を飲んでベッドに入った。


翌日(1/30:金)は、曇りだった。かなり冷える・・。


いつもより10分程早く1階のラウンジに入った私は、同僚たちと朝の挨拶を交わしつつ熱いコーヒーを淹れると席に着いてコーヒーの香りを堪能しながら、冷えた両手をコーヒーの熱さで温める。


朝のラウンジでいつも顔を合わせる同僚たちと朝の挨拶は交わすが、ゲーム大会に参加する件について彼らは何も言って来ない。


それぞれの職場・現場での朝礼などで、私に対する接し方について何らかの薫陶があったのかも知れないが、さり気なく気を使ってくれるのはありがたい。


コーヒーを二口飲んで一服点けたぐらいでダグラス・スコットが入って来た。


「・・お早うございます、先輩・・どうですか?反響は・?・・」


言いながら私の対面に座ると、脚を組んで保温ボトルのカバーカップを外し、コーヒーを注ぐ。


「・・お早う、今日も冷えるな・・またメッセージの数が凄くてさ・・」


「・・通話は・・?・・」


「・・俺はもう自宅での通話は、よほどの相手でもなけりゃ出ないよ・・オートレスポンスに任せてるから・・」


「・・しかし連日、色々な話題を提供してくれますね、先輩は・・ご苦労様です・・」


「・・やりたくてやってるんじゃないよ・・実際、ここまで騒ぎが大きくなるって分かってたら、応募しなかったかもな・・・」


「・・あのダイナーで食ったサーロインステーキは、旨かったっすね・・」


「・・また行こうか・・?・・」   「・・また大騒ぎされますよ・・」


「・・1人で行って、偶然に彼と遭遇した上に、顔合わせまでしちまったから騒がれただけさ・・お前と一緒なら、そんな事にはならないよ・・ってか、これはお前の顔と名前を売るチャンスだな(笑)よし、来週のどこか・・夕飯って事で行こうぜ・・?・・」


「・・奢ってくれるんなら、どこでも行きますよ・・」


「・・ああ、奢ってやるよ・・日頃から世話になってる、ダグラス・スコット君の慰労会だ・・何でも食って良いからな・・」


「・・どうしたんですか・・?・・いつもは渋いのに・・」


「・・外食はおろか、1人で出掛けるリスクが結構デカいんだよ・・買物でどこのマーケットに行ったって、今は少なくても7人から声を掛けられる・・セルフィーを穏便に断り続けるのに、どれだけ気力を使うか判るか・・?・・」


「・・はいはい、奢って貰えるんでしたら、どんなシールドにだってなりますよ・・」


そう言いながらコーヒーを飲み干すと、ダグラス・スコットはカバーカップを紙ナプキンで拭き上げ、保温ボトルにセットした。


「・・それじゃ、そろそろ行きましょうか・?・先輩・・朝礼が始まりますよ・・」


「・・ああ、そうだな・・行こうか・・」


そう応じてコーヒーを飲み干すと、私は煙草を揉み消してスコットと一緒に立ち上がった。


職場(現場の)朝礼でレクチャーするのは通常、そのフロアのサブ・チーフ、言わば課長補が務める。


週末の朝礼としても、内容としてそんなに変わるところは無かったが、私とスコットに対しては、来週から業務のパターンに変更が加えられる可能性があるから、頭の隅にでも置いておくようにと言われた・・。


どう言う意味で言っていたのか判らないままに始業したが、始業後40分でこれに対応するための布石として言ったのかも知れないと思うようになる。


今週に入って水曜日の終業時刻までの間で寄せられた、私を指名しての製品発注・部品発注・業務発注・業務委託の依頼が18件あったが、木曜日の1日と今朝の始業時刻までの間で寄せられたそれらは、57件にも昇った。


これまでの私に関しての報道がこの現象に繋がっている事は、もはや明白だろう・・。


取り敢えず全件、新しく作った『私を指名してでの新規業務顧客』のカテゴリーファイルに移管する・・。


それから『私を指名してでの新規業務顧客』の皆さん、お一人お一人に連絡を取って挨拶して、新規業務上の対話を始めながら関係構築の端緒に入って行ったが、10:00休憩時刻のチャイムが鳴った時に最初の挨拶を済ませて対話に入る事の出来た顧客は、まだ6人だった。


10分間の休憩時間が終わると、フロア・チーフのヘイデン・ウィッシャーが私のデスクに来た。


「・・今日、スコットは来てるのか・・?・・」


「・・いますよ・・あと1分くらいで来るでしょう・・」


言い終る前に本人が戻った。


「・・ああ、来たか・・営業2課の第3会議室に呼ばれているんだろ・・?・・私とスコットも一緒に行くぞ・・」


「・・呼ばれたんですか・・?・・」  「・・僕もですか・・?・・」


「・・そうだよ・・君とスコットが担当している業務ファイルは、取り敢えず全部持って行ってくれ・・」


「・・分かりました・・」  「・・了解しました・・」


「・・よし、じゃ行くぞ・・」


2人とも自分が担当する業務ファイルを総て記憶させているソリッドメディアをポケットに入れると、ヘイデン・ウィッシャーチーフと一緒にエレベーターに乗る。


営業2課の第3会議室は7階にある。


「・・どんな話なんでしょうね・・?・・」と、スコット。


「・・聴けば分かるだろ・・」と、私。


7階で降りて第3会議室に入る・・この会議室のテーブルは、中抜きの円型陣だ。


奥の上座にはエリック・カンデルチーフが座っていて、私から見て彼に向かって右側にリサ・ミルズが座っていた。彼女の左隣には、知らない若い女性が座っている。


「・・やあ、どうも・・忙しいところをすみませんね、ヘイデン・ウィッシャーフロア・チーフ・・こちらの、私の右側に座って下さい・・アドル君はチーフの隣に・・スコット君はアドル君の隣に座って下さい・・宜しくお願いしますね・・固定端末をそれぞれの席に用意しましたので、使って下さい・・・」


エリック・カンデルチーフが入って来た私達3人を迎えて、そう声を掛ける・・言われた通りに着席すると、また改めて口火を切った。


「・・飲み物も用意していなくて申し訳ないですね・・できるだけ早く終わらせますから・・まず紹介します。こちらの女性はリサ・ミルズ女史・・秘書課のホープでして、アドル・エルク君が例のゲーム大会に参加して活躍するに当たり、彼と役員会での担当者であるハーマン・パーカー常務との間を結びつつ、煩雑・繁雑で様々な報告・連絡・協議・相談・調整の業務を担って貰う為に、ゲーム大会が終わるまでアドル・エルク君専属の秘書として就いて頂いております。・・次に女史の隣の方ですが、マーリー・マトリン女史。・・我が営業第2課、ファーストフロアのホープです。・・そして私の右に居られるのが営業第2課、セカンドフロア・チーフのヘイデン・ウィッシャー氏・・そして、アドル・エルク艦長(笑)・・最後にダグラス・スコット君です・・」


私はマーリー・マトリンと紹介された女性を観た・・


年の頃はリサ・ミルズとそう変わらないかな・・?・・リサより身長は少し低いようだがよりふくよかに観える・・


髪の色はクリア・ライトブラウンだが、ミディアム・ドラマチック・ウェーブの髪形が若いのにゴージャスな印象を醸し出している・・


似合っていると思うし、良いと思う。


チーフがメンバーの紹介をしている間に、皆それぞれ目の前の固定端末を起動させて、自分のワークアドレスとワークパスワードを入力して、社内クラウドスペースの中の自分のデータベースにアクセスした。


「・・さて、紹介も済んだ事だし、早速始めよう・・先ずこのグループについてだが・・このグループは、アドル・エルク君の営業2課・セカンドフロアに於ける営業業務と、彼が参加するゲーム大会での彼の活動を併せ総合してサポートし、それぞれの業務と活動をスムーズに、円滑に、ストレス無く、成長・発展的に継続して向上させられるように、支援するプロジェクトチームだ・・チームの要は勿論彼だが、チームのリーダーは当面私が務める・・良いかな・・では、アドル・エルク艦長(笑)・・最近君を指名しての新規顧客が増えていると聴いているんだが、今朝までに何名で何件になっている・・?・・」


「・・先ず、艦長はやめて下さい(笑)・係長です・・今週に入ってから寄せられました私を指名しての新規顧客は、現在75名で・・業務件数は189件です・・」


「・・その75名を除いて、君が担当している顧客は何名だ・・?・・」


「・・386名です・・」


「・・現状で、顧客への対応に遅れは・・?・・」


「・・ありません・・」    「・・75名を含めても・・?・・」


「・・今週に入っての新規顧客への対応はまだ始まったばかりですので、総てはこれからと言う状況です・・遅れ云々は表現できません・・」


エリック・カンデルは両肘をテーブルに突いて両掌を見せた。


「・・OK、分かった。じゃあ情勢を分析して予測や予想をしてみよう・・アドル・エルク君を含めて艦長達20人の身辺状況は、連日様々に報道されている・・リサ・ミルズ女史・・この20人の中でアドル・エルク係長は、大衆の興味をどの程度に引いているのだろうか・・?・・」


「・・はい・・この20人に関しての今朝までの総ての報道をモニターしました・・そして、ゲーム大会やリアリティ番組に興味や関心を持ち、大会をモニターしながら番組を通しで視聴しつつ参加しようとしている大衆の反応・期待・願望・希望・要望・感想等が読み取れるインタビューやアンケート、また様々なSNSでの公開タイムライン上に投稿される記事を、68000件を超えてモニターしました・・その上でそれらを併せ、様々な報道に於けるニュアンスの違いをも加味して今朝まで分析を続けておりました・・その結果・・大会や番組に強い興味を持ち高い関心を持っている人々が、アドル・エルク係長に寄せている注目の指数・興味の指数は非常に高いレベルで示される事が判りました・・」


(・・マジかよ・・)「・・何番目くらいですかね・・?・・」


妙に声が擦れた・・水が欲しい・・。


「・・トップ3と言っても良いくらい・・トップ5は確実です・・」


「・・と、言う訳なんだな、アドル係長・・それに先程までは新規顧客の事しか話していなかったが、君が以前から担当して来ている386名の顧客の皆さんから受けている様々な発注や委託の依頼も、今週に入ってから増えて来ているのではないのかね・・?・・ああ、そこの端末からで良いから確認してみてくれたまえ・・」


私は少し慌てて自分の営業業務ファイルにアクセスした。そして・・・。


「・・どうかね・・?・・」


「・・やはり増えています・・今週に入って今日の10時までの集計ですが、製品発注で4%・・部品発注で2%・・業務発注で3%・・業務委託の依頼で5%・・それぞれ増えています・・私とした事が他の事案に気を取られていて、今まで気付きませんでした・・申し訳ありません・・」


「・・良いんだよ、係長・・これからはこのチームで対応・対処するんだから、謝罪は必要ない・・それでだ・・ここから予測・予想に入ろう・・ゲーム大会はまだ始まっていないのに、報道は結構過熱している・・大会の細かい内容については参加者すらまだ知らない・・明日初めて行って色々と見聞きして来ると言う事だからね・・にも拘わらず、業務上での君への接触係数は増大している・・凄い増大率だと言わなければならないだろう・・特に新規顧客の方々から君に寄せられるご執心は、警戒レベルと言っても良い位だと思うね・・それで何も新しい対応を採らないなら、君個人の対応能力で総ての業務依頼に速やかに応え続ける事は、直ぐに不可能になるだろう・・そうならないよう対応し対処する為に、このチームを立ち上げた・・と言う訳だ・・ご理解、頂けたかな・・?・・」


そこでエリック・カンデルは言葉を切って皆を見渡す・・誰も口を開かない・・。


「・・よし、ではここから具体的に提案しよう・・アドル・エルク係長が担当している総ての顧客への対応には、引き続き係長自身がメインで担当する・・事に変更は無いが、係長を指名しての新規顧客や紹介顧客への対応には、リサ・ミルズ女史がサポートで入る・・次に係長が以前から担当して来た顧客と、その顧客からの紹介顧客への対応には、ダグラス・スコット君とマーリー・マトリン女史がサポートで入る・・増大して寄せられる様々な発注や委託等の依頼も、原則として断らずに受容して対応する・・これについてもスコット君とマトリン女史がサポートで入る・・この2人のサポート対応への監督と、不測の事態が発生した場合の対応には、ヘイデン・ウィッシャーフロア・チーフに入って頂きます・・また、これらの対応サポート体制はそれぞれ固定的なものではないと理解して欲しい・・つまり、お互いに助け合い、補い合ってこのチームを円滑に運用していきたい・・リサ・ミルズ女史とマーリー・マトリン女史の勤怠については・・営業第2課、セカンドフロアへの助勤相当として扱い、セカンドフロアに彼女らのデスクを用意してハードシステムとソフトウェアも準備する・・と言う事で、ひとまずはどうでしょう・・?・・」


30秒程置いてヘイデン・ウィッシャーが口を開いた。


「・・期間限定で、と言うならひとまず申し分のない体制だと思います・・が、秘書課の方は大丈夫なんですか・・?・・」


「・・その点でしたら心配はありません・・リサさんの直接の上司である秘書課渉外主任のドリス・ワーナー女史からは、了解を得ております・・」


「・・それでしたら、こちらとして異存はありません・・」


「・・スコット君はどうかな・・?・・仕事を増やしてしまうようで申し訳ないが・・」


「・・僕はまだそんなに多くの顧客を担当していない事もあって、時間が空いたりする事もたまにはありまして、これまでにもアドル先輩の仕事を手伝ったりしていた事もあったので、このチームの中で先輩の業務をサポートすると言う事になっても、仕事が増えて苦しくなるんじゃないか、と言うような感覚はありません・・ですから、大丈夫だろうと思います・・」


「・・ありがとう、スコット君・・感謝するよ・・それで改めてアドル・エルク係長はどうかな・・?・・」


「・・そうですね・・営業第2課・セカンドフロアに於ける今後の業務情勢を分析すれば、これが私個人の業務処理能力を既に超えつつある事は、もう明白であろうと感じます・・ですので、このチームを立ち上げて協力・共同の元に取組み始めよう、と言う事については全面的に賛成です・・ついては、改めまして皆さんには宜しくお願いを申し上げます・・」


「・・ありがとう、アドル君・・快い了承を頂けた事には感謝するよ・・それではこの提案で、この場での了承は得られたと判断させて頂きます・・早速総務課に連絡を入れて、今日の午後からデスクの搬入と設置・・その他諸々の作業に入って貰おうと思います・・リサ・ミルズ女史とマーリー・マトリン女史に於いては来週、月曜日付で助勤に入って頂きますので、今日は業務内容の整理整頓と引継ぎをお願いします・・アドル・エルク係長に於いては、総ての業務ファイルをこの場の員数分コピーしてそれぞれ送付して下さい・・マトリン女史とアドル係長は、メディアカードを交換して下さい・・後は、何かありますかね・・?・・」


「・・私は、昼までにフロアのレイアウト配置を検討して決めます・・」


と、ヘイデン・ウィッシャーが応えた。


「・・私も手伝いますよ・・」と、そう申し出たのだが・・


「・・いや、スコット君と一緒にやっているから、君はコピーと送付が終わってまだ時間があるようだったら入ってくれ・・」


「・・分かりました・・」


そこでエリック・カンデルがまた、今度は少し改まった様子で口を開いた。


「・・アドル・エルク係長・・君とあと一つだけ話し合って置きたい・・もう君自身も充分に承知しているだろうとは思うし、私自身も社員の業務時間外でのプライべートに口を出すのは本意ではないし、良くはないと充分に承知しているのだが・・今後の君がメディアによってどのように報道されるのか・・?・・それによって事態・状況の推移は、大きく異なってくるだろう・・それについては同意してくれるかな・・?・・」


「・・はい・・私もそれについては充分に承知しています・・」


「・・ありがとう・・単身で社宅に居住して貰っている君にこんな事を言うのは筋が違うのだろうと本当に思っているのだがね・・買物等の必要な場合には外出しなければならないと言うのも充分に承知しているよ・・でも、出る場合には充分に注意して欲しい・・我が社の相互共済課には、従業員が消費する食料品も含む物品購買のサポートや代行を頼めるチャンネルもあるんだが、検討してみるかね・・?・・」


「・・そうですね・・買物に出る度に10人弱から声を掛けられますし、セルフィーを丁重に断るのが本当に大変なので、連絡してみようと思います・・」


「・・そうか・・共済課の課長には私から連絡して置くよ・・おそらくファーストコンタクトは向うから来るだろう・・何でも気軽に気兼ね無く頼めるから多忙な社員の中には、結構利用している人も多いんだよ・・それと・・買い物以外の君の外出についてなんだが・・出来れば・・このチームメンバーの誰かと一緒に出掛けて貰う事を考慮して貰えないだろうか・・?・・」


「・・そうですね・・明日はリサ・ミルズさんと一緒に行きますし・・スコット君の都合が良ければ、外食に付き合って貰うと言う事も丁度彼と話していましたので、今後は極力1人で外出しなくても済むように考えてやっていきたいと思っています・・」


「・・ありがとう・・そこまで考えて貰えるなら申し分ないよ・・ゲーム大会が始まる前にチームの主催で壮行会と言うか激励会を開こう・・その企画立案は私に任せてくれ・・それでは、この場はこれで切り上げましょう・・折角の週末に忙しくさせてしまうようで申し訳ない・・設置作業はあまり急がずとも安全に配慮して、月曜日の午前中に終われば良いからと指示して置きます・・皆さんも慌てずに進めて下さい・・次回の会合については、また追ってお知らせします・・じゃ、これで解散します・・」


そう言ってエリック・カンデルは立ち上がった。皆も倣って立ち上がる。


マーリー・マトリン女史が歩み寄って来て私とスコットとヘイデン・ウィッシャーチーフに、それぞれ自分のメディアカードを手渡した。


「・・マーリー・マトリンです・・宜しくお願いします・・」


私達3人も自分のメディアカードを彼女に手渡す。


「・・こちらこそ、宜しくお願いします・・」


その場ではそれだけで話は終わり、全員が会議室から退室した。


業務ファイルのコピーと送付は30分で終わった。


マーリー・マトリンからは直ぐに返信が来て、謝意と共に私と一緒に仕事が出来るようになって嬉しい、私を手伝える事が出来るようになって光栄だと書いてきた。


私はそんなに大した人間ではないし、同じ仲間として一緒にやって行こうと返信した。


ヘイデン・ウィッシャーチーフ、ダグラス・スコットとも一緒にフロアのレイアウトを考える・・搬入するデスク2つと付随する新規システムも込みで、どのように配置すればより作業効率が高く過ごしやすい業務環境になるか・・案を3つにまとめてエリック・カンデルに報告し、彼を通じて総務課に打診して貰った。後は総務課の判断に従おう。


終わると丁度位の頃合いで昼になったので、3人で1階のラウンジに降りて昼食を摂った。


チーフが奢ってくれると言ってくれたのでスコットは奮発して頼んでいたが、私は普通に食べた。


食後にチーフは私達に先んじてフロアに戻って行ったが、私達はそのままラウンジに残り、スコットは自分で淹れたコーヒーを飲みながら、私は一服点けてラウンジのコーヒーを飲みながら、話しつつ休んでいた。


と、そこへリサ・ミルズとマーリー・マトリンが連れ立ってラウンジに入って来て、私達が着いていた4人掛けのテーブルに歩み寄ると、対面の座席にスっと座った。


全く気付かなかったし突然だったので、2人ともかなり驚いた。


私は慌てて煙草を揉み消そうとしたが、リサ・ミルズがそれを制して言う。


「・・あっ、大丈夫ですよ・・アドルさんが喫煙されるのは、理解していますから・・」


「・・いや、良いですよ。一本ぐらい何て事は無いです・・じゃ、ここは煙草の臭いが篭っていますから、お話があるんでしたら禁煙スペースに移りましょう・・ホラ、行くぞ・・」


私はそう応えて煙草を揉み消し、スコットを促すとカップとソーサーを持って立ち上がる。


スコットも立ち上がり女性たちも立ち上がったので、4人で禁煙スペースに移動した。


「・それで・どうしたんです・?・何か話し合って置くべき事がありましたか・?・」


「・いいえ、そこまでの話じゃないんですけれども、折角チームになったんですし、お昼休みにでも色々とお話して、親睦を深められればと思ったので・・」


マーリー・マトリンが少し恥かしそうに微笑みながら言う。


クリア・ライトブラウンでミディアム・ドラマチック・ウェーブの髪をポニーテールにしている・・食事時のスタイルだろう・・。


「・・ポニーテールも似合いますね・・」と、ダグラス・スコットが褒める。


「・!あっ、すみません・でも、ありがとうございます・いつも食事の時はまとめているので・・」


そう言いながらヘアバンドを外すと、両手で髪を流して垂らした。


「・・もう引継ぎは終わったの・・?・・」と、コーヒーを飲みながら訊く。


「・・私には元々引き継いで貰うほどの仕事はありませんでしたから・・」

言いながらリサ・ミルズは例の保温ボトルをテーブルの上に置くと、カバーカップを外してハーブティーを注いだ。


「・・それは何ですか・・?・・」


どうやらハーブティーの香りがスコットの興味を惹いたようだ・・。


「・・毎朝母が淹れてくれるオリジナルブレンドのハーブティーです・・」


「・・とても不思議で、惹き付けられる、魅力的な味わいだぞ・・」


「・・飲んだんですか・!?・・」   「・・1回だけな・・」


「・・それじゃ、もう一度如何ですか・・?・・」


「・・喜んで頂きましょう・・」


そう応えてコーヒーを飲み干すと、紙ナプキンでカップを隅々まで拭き上げて彼女の目の前に置いた。


「・・ずるいですよ、先輩!・」


「・・お前は自分で淹れて持って来てるコーヒーがあるだろ・?」


「・・あっ、あの・・僕にも一杯頂けませんか・・?・・」


そう言うとスコットも自分の保温ボトルのカバーカップを紙ナプキンで拭き上げて、私が置いたカップの隣に置いた。


「・・良いですよ、どうぞ・・」


リサ・ミルズは笑顔で2つのカップにハーブティーを注いだ。


「・・これはまた・・この前に頂いた一杯とは違う香りですね・・」


「・・凄く、不思議な香りですね・・初めてですよ・・」


「・・どうぞ・・熱いですから、気を付けて・・」


「・・うん、また違った初めての味わいですが・・苦手ではありません・・飲みやすいと言っても良いですね・・」


「・・僕には何とも、表現の難しい味です・・」


私とスコットの感想を、リサ・ミルズは微笑まし気に聴いている。


「・・それで、マトリンさんはどうですか・?・引継ぎの方は・・?・・」


カップから立ち昇る湯気を顎に当て、ハーブティーの香りを堪能しながら訊く。


「・・私はまだ、入ったばかりの新米でして、任せて貰っていた仕事と言っても幾つもありませんでしたので、私への教育や指導を担当されていた先輩社員の方に、そのままお任せした次第です・・あの、あと・・私の事はマーリーと呼んで下さい・・」


「・・分りました・・それじゃ、僕の事はアドルでね・(笑)・」


「・・僕は、どっちでも良いですよ(笑)どっちもファーストネームみたいなものですから(笑)」と、スコットが少しお道化たように言う。


「・・それより、どんな感じだったんですか?・ハイラム・サングスターさんの印象は?・びっくりしました・・?・・」と、リサ・ミルズが興味深そうに訊いてくる。


「・・そりゃあ驚きますよ・・大会が始まる前に遭遇する事があるなんて、ひとかけらも思ってないですからね・・でも、彼の紳士的な対応には助けられましたよ・・」


「・・それで、印象は・・?・・」と、マーリー。


「・・さすがに現職の艦長ですからね・・見た目だけなら威圧的な印象も受けるでしょうが・・話してみると、とても礼儀正しくて紳士的な人でしたね・・ただ、本当に強い人は礼儀正しい、とも言いますから・・ゲームの中とは言え戦場で彼と遭ったとしたら、手強いだろうなとは思いました・・でも、彼がどんな艦を選ぶのかも判らないし・・艦の強さは艦長だけでは決まりませんからね・・彼がどんな人をクルーとして配置するかで、全く違って来るでしょうね・・」


「・・アドルさんは、もうクルーの配置を決めたんですか・・?・・」と、マーリー。


「・ええ、メインスタッフの配置案は固めました・・通るかどうかは判りませんけどね・」


「・・ちなみに副長には、誰を希望したんですか・・?・・」と、スコット。


「・・ん、・シエナ・ミュラーさんだね・・」


「・・知っている女優さんですけど、物凄く有名な人って訳でも無いですね・・」


と、マーリー。


「・・うん、それはもう色々と考慮してね・・」


「・・それより明日、見聞きできる事が楽しみですね・・」と、リサ・ミルズ。


「・・うん、それは本当に楽しみだね・・初めて撮影セットを観られるからワクワクしていますよ・・」


「・・良いなあ・・僕も一緒に行って良いですか・・?・・」と、スコット。


「・・俺は別に良いんだけどさぁ・・明日は最初の顔合わせとレクチャーと見学だからさ・・ここは俺と彼女でよく観て話して聴いてくるよ・・これから明日以降でも向こうに行くような用事は、大会が始まる前までにも、きっと後3回はあると思うからさ・・どこかの機会にこの4人で行って観ようか・・?・・」


「・・良いんですかね・?・この4人でぞろぞろ観に行っても・・?・・」


と、マーリー。


「・・観に行っても良いような催し物もあると思いますよ・・リアリティ番組の制作発表イベントとして、艦長達を全員集めて共同記者会見を開くとも言っていましたし・・PVを制作するから、撮影に協力して欲しいとも言っていましたから・・そのような催し物の予定が出て来たら、私から話してみますよ・・」


「・・やったー、これもチームの役得ですね。楽しみ、楽しみ・・」


そう言ってスコットが揉み手をしながら喜んだところで、昼休み終わりのチャイムが鳴る。


「・・さあ、午後も出来るところまでやっちゃいましょう・・」


と、いつもはこの時間までラウンジに残っている事は無いので、ちょっと急かされた感じで立ち上がりながら言う。


午後の業務が始まって30分くらいが経過した辺りから、総務課のスタッフ達によるワークデスクと附随する備品の搬入が始まった。


こう言う作業は専門のスタッフ達に任せた方が結果的には早く終わる・・私達はフロアの全員で午前中に既存ワークデスクと備品のレイアウト再配置を終わらせてスペースを空けて置き、後は総務課と専門業者のスタッフ達に任せて設置・配線・接続の作業が終わるまで、それぞれ自分の業務に集中していた。


プロジェクトチームの立ち上げミーティングから昼休みを挟んだ間だけでも、私を指名しての新規顧客・各種新規発注と追加発注・新規業務依頼と委託・追加での業務依頼と委託は増え続けている。


私はスコットにも手伝って貰って初めての連絡取りと挨拶とそれぞれの業務内容を確認して、業務遂行に於ける手配についての打ち合わせを進めて行ったが、75%が終わった位の頃に総務課と専門業者によるデスクと備品の設置・配線・接続の作業が終わった。


クロノ・メーターを観ると14:10・・・。


チーフと私とスコットとで仕上がりの状態と接続・動作の確認を済ませてから、スコットに頼んでリサ・ミルズとマーリー・マトリンに連絡を入れて貰う。


2人とも15分程度で箱に入れた私物を台車に乗せて押しながらフロアに入って来る。


チーフがすぐにフロアの全員を集めて自己紹介と挨拶は来週月曜日の朝礼でやるからと言い、彼女らも含めて全員の名前だけを言って紹介するとその場を解散させ、彼女らの私物を収めた箱をデスクに乗せる形で彼女らにデスクを割り振ると台車を片付けに行った。


せわしいなと思いながらも私とスコットとで後を引き取り、デスクと附随備品とフロア内設備についてを簡単に彼女らに説明して、後は彼女らに任せた。


2人とも手際よく私物や資料や携行備品を置くか収納して箱を空にすると、空き箱はデスクの下に置いて早速端末を起動させた・・ぐらいの頃合いで13:00のチャイムが鳴る。


私とスコットとで彼女らを隣の禁煙休憩室に案内する。


スコットは自分のコーヒーを飲み始めたが、私はリサ・ミルズのハーブティーをもう一杯頂く事にした。


スコットは自分のコーヒーを飲み始めたが、私はリサ・ミルズのハーブティーをもう一杯頂く事にした。


「・・どうですか・・?・・新しいデスクは・・?・・」


「・・良いですね・・前のデスクも新しい物だったのですけれども、それよりも色々と便利になっていて、新しいアプリケーションも付いていたりして、もっと使いやすそうで馴染みやすそうです・・」


「・・それは良かった・・」


「・・それで先輩・・今夜はどうします・・?・・」


「・・今夜って・・?・・明日は早いから今夜は早く寝るよ・・何で・・?・・」


「・・いや、来週からはこのチームも本格的に忙しくなるし・・今日は金曜日ですから、終わったらこの4人で軽く食べて帰りませんか・・?・・」


「・・良いですね・・是非ご一緒したいです・・」


マーリー・マトリンは乗り気だ・・どうやら社交的な嗜好が強いらしい・・。


「・・リサさんはどうですか・・?・・」


「・・私も大丈夫ですよ・・」


「・・じゃあスコット君・・近場で洒落た感じのカフェ・ダイナーでも調べて置いてくれよ・・?・・」


「・・了解しました・・」


「・・じゃあスコット君・・近場で洒落た感じのカフェ・ダイナーでも調べて置いてくれ給え(笑)?・・」


「・・了解しました(笑)・・」


スコットがそう答えたところで、休み時間は終わった。


それから終業時刻までは充実して過ごせた。


新規の顧客と初めて連絡を取る際に私は、出来得る限り映像回線を通じて対話する。


話をするなら顔を観てする方が私は好きだ。


挨拶とお礼の後は他愛のない話から始めて行くが、私がゲーム大会に艦長として応募して当選した事は知られているので、その話題も必ず出る。


折角私を指名してくれての新規顧客なので、ゲーム大会に関連してのご質問は弊社広報課にお問い合わせ下さい、等と邪険にする訳にもいかない。


かと言って新規顧客の質問にその場で丁寧に答えていたのでは業務の進捗に支障が出るので、プロジェクトチームとして取得したワークアドレスを質問の受付用窓口として提示して、随時受け付けておりますのでいつでもご自由にご利用下さいと提案させて頂いている。


寄せられる質問への応答文面については、リサ・ミルズと協議して数種類の基本的なパターンを作成し、後の対応は基本的に彼女に任せる方針としたが、彼女でも対応に困るような質問があればその都度、私と彼女で協議して対応内容を作ることにした。


そうこうして新規顧客22名との初対話協議を終えた頃、終業時刻となる。


スコットによれば洒落た感じの店だけどちょっと遠いと言う事なので、私の

エレカーで行く事にした。


リサ・ミルズは私服の方が少し地味に見えるが、さっぱりしたカジュアルな感じだ。


マーリー・マトリンは私服の方が派手ではないが、少しグレードアップした感じだ。


品の良い控え目な豪華さ、とでも言えるだろうか・・。


店は落ち着いて時間を過ごせそうな良い感じのカフェ・ダイナーだ。


迷った時とかよく分からない場合には、スコットに任せれば彼はいつも良いセンスでチョイスしてくれる。


彼のチョイス・センスはかなり高いレベルだと思っている。


このハイセンス・チョイスが、私の知る限りでは彼だけの才能だ。


迷ったのだが暫く食べていなかったので白身魚と茸と人参とポテトのソテーをメインに据えた料理をチョイスした。


スコットは肉だ・・今回彼がチョイスしたのは、ダブル・メガバーガー・・通常サイズのハンバーガーの3倍以上の大きさだ・・彼は野菜も好きだからサラダも大盛りで頼んでいる。


リサ・ミルズがチョイスしたのは温野菜をたっぷり使ったパスタ・・ペペロンチーノかな?


マーリー・マトリンがチョイスしたのはシーフードたっぷりのリゾット・・


この街は海にも近いからシーフードの新鮮さには定評がある。


彼女はティースプーンで山盛り一杯の粉唐辛子をリゾットに掛けて混ぜた。


かなりの辛党であるらしい。


帰りはエレカーをオートドライブにセットして3人とも最寄りのパブリック・ステーションまで送る事にしたから、皆に軽めで甘口の白ワインを振舞った。


食べながらでも話は弾む。


顧客から私の事を色々と訊かれるのはどうしてだろうと言う話から、このゲーム大会では色々なタイプで様々なレベルでのギヤンブルが既に成立していると言う話が出る。


公営のブックメーカーが既に募集を始めていて、まだまだ流動的ながらベットが既に成立していると言うニュースは、私も観て知ってはいる。


「・・そりゃもう当然でしょう・!・公営のブックメーカーやギャンブルがこれ程あるんですから、その裏側ともなれば100倍以上はありますよ・・それにこのゲーム大会は、始まる前から話題騒然ですからね・・先輩の今のオッズ、知ってます・・?・・」


「・・ああ、いいよいいよ、言わなくて良い・・知りたくもないね・・」


と、何故かスコットが当然の如くしかも何か得意げに私に話を振ったものだから、私も反射的にそう応えてしまった・・。


私がぶっきら棒にそう言ったものだからスコットはふくれっ面をして見せてこれだけ言った。


「・・まあとにかく・・2番人気ですよ・・」


「・・えっ、一番は誰なんですか・・?・・」と、マーリー・マトリンが思わず訊く。


「・・そりゃあまあ当然・・現職の艦長ですよ・・」


と、ぶっきら棒にそう言ってスコットはハンバーガーに大きくかぶり付いた。


「・・成程・・私も彼の事は調べましたが、20人の艦長達の中で人望・人気共にトップである事は間違いないですね・・」


と、リサ・ミルズは食べる手を止めてワイングラスを空ける。



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