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第六章「ガラスを砕く」

これは見世物だ。されど現実に起きている事である。

第六章「ガラスを砕く」


隣室のドアが開き最初に見えたのは、年配の警官だった。

細身ではあったが、長身で鍛え抜かれたような体つきをしている。


その男がドアを開けて室内に入りドアを抑える。

そして、次の瞬間、みすぼらしい中年の男性が入ってきた。


八木だった。


どこか怯えた表情を浮かべ、腰を曲げて媚び諂うような姿勢で八木は入室をしてきた。

そして室内に入ると、落ち着かないように周りを確認し始めた。


佐々木にとって、仇ともいえる存在。

そして自身を脅かす悪夢の根源ともいえる、恐怖の存在。

しかし、今目の前に見えるその男からは、とてもそのような印象を抱くことはできなかった。


最初に入ってきた年配の警官によって開かれたままのドアから、八木に続き若い警官が入ってきた。

若い警官は、八木に部屋の真ん中にある椅子に座るように指示をし、八木が座るのを見ると、そのまま八木の対面の席に座った。


部屋の真ん中には、テーブルを挟んで若い警官と八木が向き合うように座り、最初に入ってきた年配の警官は、ドアを抑えたまま、八木の後ろに立っている。

「では、これより」と若い警官が取り調べの開始を語ろうとした瞬間、ドンという音がして、八木が椅子から落ちるのが見えた。

座った瞬間から、落ち着かないのか貧乏ゆすりをしていた八木が、椅子に浅く座っていたためか、バランスを崩し、尻餅をついたのだ。


二人の警官は、少々驚いた顔をして、お互いに苦笑をしたような顔を向き合わせ、そのまま八木に視線を移す。

八木は照れくさそうに表情を緩めながら、二人の警官にヘコヘコと頭を下げながら、席に座りなおし、警官は、タイミングを崩されたことで、やりずらそうな表情で取り調べを開始した。


「氏名は?」

「八木浩一郎です。」

「住所は?」

「K県I市…。」


若い警官の形式通りのような質問に、八木は応えていく。

言葉に詰まるたび、大げさに謝り、警官に媚び諂うような哀れな態度を続ける八木の姿は、傍目からみても、かなり哀れであった。


それは、自身の仇、恐怖の存在であるはずなのに、佐々木はどこか同情のような感情がこみ上げてくることを実感した。


警官の質問は、どんどん続く。

「貴方は、今回逮捕されたスーパーでの窃盗容疑の他、その一週間前に、K県Z市の別のスーパーに行きましたね?」

「はい。」

警官の質問に答える八木の声は、聞き取ることは問題はなかったが、どこか弱弱しい、親に叱られた子供が相手の出方をうかがうような声だった。


「そのスーパーで、菓子類2点と石鹸等の生活品3点を窃盗しましたかね。」

「はい。」

「具体的に盗んだものは?」

「クッキーだったと思います。それと石鹸の他に歯ブラシと小さい入れ物に入ったシャンプーと、袋入りティッシュです。」


質問は続く。

淡々とした警官の問いかけに、淡々と答える八木。

しかし、八木はどこか気を遣うような話し方を繰り返し、相手が話しやすいように話している。

目が、どこか怯えたような動きをしながらも、大人しく話すことで、早くこの場を終わらせようとしているだけの話し方。


「他にも、ここ数年で貴方がこのような窃盗を繰り返しているという被害届が出ております。」

「はい。」

「時折、店内にいる人間に暴力をふるって現金を奪って逃走を図ったこともありましたね。」

「はい。」


「何故、そのようなことを繰り返したのですか?」

警官が、一呼吸を置いて話したその言葉に対し、八木は少し考え込むように黙り込むと、小さくつぶやくように、「すいません」と答えた。


「生きるために、お金や食べ物が必要だったんです。」

そう続けながら、警官から視線を外そうとする。

そのまま八木は、少し力を抜いたように姿勢を崩した。


しかし、警官は決して甘くはなかった。

「ふざけるな。」

強く机をたたくようにしながら、立ち上がり、警官は語気を強めて八木を怒鳴る。

八木は、その言葉に縮こまり、上目遣いに警官を見上げた。


警官は、一呼吸を置くと言葉を続ける。

「先週のスーパーで盗難の際、店員に呼び止められたとき、そのまま店員を押し倒したことが監視カメラの映像に残っている。」

その言葉に八木は、びくりとする。

「他の事件でもそうだ。見つかっていないときはまだしも、店員や他の顧客に呼び止められた際、その人達を無理に振り切ろうとして、怪我を負わせている。」

警官の追及は続く。

「でも、怪我をさせようとして押したわけでは、」

八木は言い訳のように口を開く。


「だが、現に怪我人が複数名出ている。」

しかし警官は、八木のそのような言葉を潰すように声を荒げる。

八木は、その剣幕に怯えたようにうつむき、ぼそぼそと言い訳じみた声で謝り続けていた。


「三ヵ月前の、M町のコンビニでの窃盗、そのすぐ三日前のS駅内のスーパーでの現金強奪…。」

警官は、声の調子を上げたまま、八木の罪を糾弾し続ける。

八木は、その都度、頭をたれ、弱弱しい声を繰り返す。


これが自分が怯え続けていた男の正体なのか。

佐々木は、目の前の光景に目を奪われながら、その状況を見続ける。


自身にとって恐怖の象徴でしかなかった存在が、自分と大差ない体格の男になじられ、責められ、それに抗うこともなく、ただ受け入れ続ける。

それは、自分が子供のころ、同級生の悪ガキが教師に、HRでみんなの前で糾弾をされてい時の光景に似ていた。

自分にとっては、敵わないと思っていた存在が、それより上の力で嬲られることを、自身は安全な場所で見続ける。

その一種の快感に、佐々木は酔いしれ、同時に満足を実感していた。


警官は、相手の人格を否定するような言葉こそ使わないものの、強い口調と身振りで八木に犯した罪の確認を取っていく。

八木は、その言葉にうなずき、相手に回答を求められた際は、最低限の言葉で答え、唯々この時間が過ぎるのを待っているように思えた。


年配の男性が、自分より年下の男に難詰され、どこか泣きそうな顔をしながら話を続ける。

そのアンバランスさは、より八木の惨めさを際立て、同時に佐々木の中の八木の存在を大きく変動させつつあった。


これまでの、どこか底が見えない恐怖を持った存在。

理解ができない、分からない存在だからこそ実感をしていた恐怖。

それらの正体が、今目の前で白日の下に晒されたことで瓦解していくことを佐々木は感じ取っていた。


取り調べが、終わりに近づいたのだろうか。

警官は、再度、八木に認めさせてた罪の内容を確認し、八木は、それに改めて答えていた。

一部の窃盗については、八木は否認したものの、警官からあげられた多くの罪状についてはそのまま認めていた。


「13年前の事件の、八木容疑者でお間違いはないですか?」

ふと、隣に座っていた保内が声をかけてきた。

その言葉に、佐々木は再度、八木の顔を確認すると、保内の方を振り向き、強くうなずいた。


保内は、少し安心をしたような表情を浮かべ、頷き返すと改めて取調室の方へ顔を向けた。

それに倣い、佐々木も顔を向ける。


取り調べは、もう終わりを迎えているのか、警官も元の口調に戻り、淡々と話を続けていた。

「そういえば13年間、どこを拠点に生活をしていたのですか?」

そんな中、警官は、ふと世間話をするように八木に声をかけた。

その質問自体も、特に意味のない、警官の純粋な興味から聞いているようにも思えた。


しかし、八木はその質問にすぐに答えず、一瞬考え込むような反応をして、それから口を開いた

「いえ、どこかに泊まることもなく、いろいろな街を転々としながら、その場、その場で雨風を凌げる場所を見つけて生活を続けていました。」


その言葉を話した瞬間、八木の弱弱しい目が一瞬、計算高い光を帯びたようにも見えた。

しかし警官は特に何も言わず、取り調べを終え八木とともに退出をしていった。


隣室から人がいなくなりショーは終わった。

「協力者」。

井上から聞いていた、八木を助けていたものの存在は特に触れられずに終わった。

それは、最後の瞬間の八木の反応に関係をしているのだろうか。

そして警察は、その存在を知っているのだろうか。


ふとした疑問が頭の中で回っている状況の中、保内が声をかけてくる。

ご協力ありがとうございます。お疲れ様です。さっきの取り調べは…。

保内の言葉を聞き流しながら、佐々木はさっきの疑問が頭の中に膨れていくことを感じていた。


「八木容疑者は、自分がやった罪については認め、やっていない罪についてはしっかりと否定していました。これは、自身でしっかりと判断して回答をしていた証拠になるので、自白の信憑性も増すんですよ。」

保内は、まだ話していたが、佐々木はそれを遮るように謝辞を述べ、そのまま言葉を続けることにした。

「八木に、協力者はいなかったのですか?」


瞬間、保内の顔が苦虫を潰したようになった。

佐々木は、そのまま保内の言葉を待つことにした。


~第七章へ続く~

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