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第五章「不安と期待」

これは始まりであるが、終わりは見えない。ただ、始まった以上進むしかない。

第五章「不安と期待」


朝、目覚ましの音で目を覚ます。

そのまま身支度を整え、テレビを点け、ニュースやワイドショーをチャンネルを変えながら流し見をする。


「昨晩あった火事で民家が全焼…」、「交通事故で幼い子供が死亡、容疑者を逮捕…」。

テレビは、既にあの事件のこと、そして八木の逮捕という出来事に完全に興味をなくしたのだろうか。

また数日しか経過していないにも関わらず、新しいニュースばかりを流し、八木の件は、まったく取り扱わなかった。


「逮捕された八木容疑者ですが、今月初めに発生した三件の窃盗に関与している可能性が発覚し、警察が捜査を続けております。」

ようやく、八木のニュースが出てきたのは、市内の動物園で新しく生まれたアライグマの赤ちゃんの一般公開イベントに集まる人々の様子を報じたニュースの後だった。

しかしニュース自体は、八木が別の窃盗に関わっていた可能性が、監視カメラの映像から発覚した程度のもので、すぐに次のニュースに映るくこととなった。


確かに過去の事件の犯人逮捕のみが報じられ、その後大きな進展はない事件の扱いとしては、この報道は妥当なものであろう。

ただ、佐々木は昨日の井上の発言が気になった。


『協力者』という存在。


これは、進展がない事件のニュースとしては、多くの人の興味を惹く存在ではないのだろうか?

まだ、井上以外の報道機関は、その情報を掴んでいないのか。

それとも、もう事件そのものに興味がないのか。


何も分からないままであったが、深く考えている時間もなかった。

家を出て車を飛ばす。

今日は、職場ではなく浅井の家に来るように、事前に浅井から指示があった。


浅井の家は、郊外の住宅街の一区画にあった。

同じようなデザインの建売が並ぶ中の一棟。

収入も決して悪くないはずで、その気になればこの辺りで、そこそこの家を建築することもできる浅井であったが、家には、こだわりがないのか、細かい色合いの違いを除けば、隣地の家とろくに区別もつかないような戸建てに浅井は住んでいた。



駐車場に車を入れ、インターホンを鳴らすと外で待つように指示があり、すぐに浅井が出てきた。

浅井は、挨拶もそこそこに、佐々木の乗り込む。


「K市の警察署に向かってくれ。」

助手席に乗った浅井の指示で車を出す。

仕事で何度か足を運んだこともある場所のため、案内も不要だった。


K市の警察署までの道のりは、渋滞もなくスムーズに進んだ。

途中、お互いに特に話すこともなく、時折、簡単な会話が散発的に口から出るだけだった。

浅井は、考え込むような顔で助手席の窓に目を向け、外を眺めていた。


予定していたよりもずっと速いペースで目的が近づいてきた。

このまま警察署の建物に入ろうとした佐々木に対し、浅井は、駐車場に車を入れず、そのまま道路を流すように指示をして、電話をかけ始めた。


浅井に言われたように、車を流す。

浅井は、しばらく電話先の相手と話していたが電話を切ると、佐々木に警察署から少し離れた、裏通りにある喫茶店に行くように指示をした。

佐々木は、指示に従った店の方に向かい、近くのコインパーキングに車を停めた。


喫茶店に入ると、やや騒がしいジャズの音が鳴り響いていた。

狭い店内に客は男性が一人しかおらず、暇そうなマスターがカウンターの向こうに座って新聞を読んでいる。

浅井は、店内を見回すと、奥の男性が座っている席に向けて歩き出し、佐々木も慌てて後を追いかけた。


奥の席に座っている男性は、こちらに気が付くと飲みかけていたコーヒーのカップを机に戻し、座ったまま軽く会釈をしてきた。

浅井は、それに応えるように会釈を返し、そのまま男の前に座り、佐々木に隣に座るように示した。


佐々木が座ると、浅井が口を開く。

「佐々木、こちらは、K県警察の保内(やすうち)さんだ。」

保内は、佐々木に紹介をされると、軽く頭を下げた。


保内は、一見すると、どこにでもいるような中年男性のように見えるが、その柔和な笑みの奥に見える鋭い目つきと、太い腕がただならぬ空気を感じさせてくれる。

佐々木は、そんな保内の強い視線に耐えられず、少し目を背け気味に会釈で答える。


マスターが注文を取りに来ると、浅井はコーヒーを頼み、佐々木もそれに倣うことにした。


浅井は、言葉を続ける。

「今日この後、八木の取り調べがある。」

保内が、その後を引き継ぎ言葉を続ける。

「希望をするなら、そちらの様子を見れるように私の方で手配をします。どうしますか?」


二人の声は、気を使ってか、店内のジャズの音でかき消されるような小さな声ではあった。

しかし、どこか力を込めたその言葉は、店内の音楽が鳴り響いている中でも、確かに佐々木の耳に届いた。


八木と実際に出会える。

今日の目的地を聞いた瞬間から、佐々木が予想はしていた展開ではあった。


今の八木に出会うこと。

それは、佐々木がどこか心の奥底で望んでいたことであったのは確かだった。

しかし、その機会が予想だにせず訪れたことによる動揺は隠せなかった。


目の前の保内も、隣に座った浅井も、何も話さずこちらを見ている。


マスターが注文のコーヒーを席に置き、また立ち去る。

しかし、誰もコーヒーには手を付けない。

それぞれが固まったように、相手を見続けている。


実際には、数分にも満たない、されど佐々木にとっては数時間にも感じられたその一時は、佐々木が口を開いたことで崩れた。

「お願いします。」

力を込めて、恐怖を振り払うように佐々木は応えると、マスターが入れたコーヒーを口に運ぶ。


豆を一から挽いているのか、市内のチェーン店の喫茶店とは違った独特の味が口に広がる。


佐々木の答えを聞いた保内は、頷くとどこかに電話を始める。

佐々木のための段取りをしてくれたのだろうか。


浅井は、佐々木と同じようにコーヒーを口に運び、どこか感慨深そうにこちらを見てきた。


二人がコーヒーを飲み終わるころ、保内は電話を切った。


「取り調べですが、後1時間程したら始まるようです。なので、大体30分後ぐらいに警察署に来てください。」

そう告げると保内は、立ち上がりこちらに頭を下げるて伝票を持ち席を立とうとしたが、伝票は浅井が引き取り、そのまま店を出るように示した。

保内は、少し考えたようだが、そのまま頭を深々と下げてお礼を言うと店内から出て行った。


保内が店を出ていくと、浅井はこちらを見て口を開いた。

「保内は、昔仕事の関係で付き合いがあってな。少々便宜を図ってもらったんだ。」

誰ともなしに、浅井はそう話すと、佐々木に準備ができたかを聞いてきた。

佐々木は、カップの底に残ったコーヒーを飲み干すと強く頷き、店を出た。


店を出て車に向かおうとする佐々木に対し、浅井は警察署まで歩いていく旨を伝えてくる。

よくわからないまま浅井についていくと、浅井は警察署の正門でなく、職員たちが使うような裏門の方に向かう。

人通りも少ない、小さなその入り口には、先ほどの保内が若い警官と一緒に立っており、二人を見つけると手招きをし、そのまま小さな入り口から警察署の中へ二人を迎え入れた。


「表には、マスコミが多いですからね。」

保内が、今一状況を理解していない佐々木に対して説明をするように声をかける。

「彼らの相手をしていると、日が暮れてしまいますから、できる限り避けるに越したことはないのですよ。」

そう話しながら、ある部屋のドアを開けると保内は佐々木を招き入れた。


部屋に入ると、そこには、そこそこの広さの中にいくつかの机と椅子だけがある簡素な風景が広がっていた。

部屋の隅の机には、書類が入ったフォルダーが並べて置かれている。

そして左の壁一面に、隣の部屋が見えるような大きな窓が付いていた。


「それじゃあ、俺はさっきの店で待っているよ。」

部屋の様子を見ている佐々木に対し、浅井が唐突に声をかける。

突然のことに驚くが、浅井は、そのまま保内に対して軽くお礼を言いながら若い警官と共に去っていった。

浅井が部屋を出ていくと、保内がドアを閉めながら話しかけてくる。

「浅井さんは、部外者なのでさすがに同席がまずいんですよ。」


そう話しながら、保内は佐々木に席に座るように促す。

それに従い目の前の椅子に腰掛けると、保内も椅子に座りこちらを向いて話しかけてきた。

「改めて宜しくお願い致します。保内です。」

鋭い眼光はそのままでありながら、どこか柔らかな物腰で保内が自己紹介をしてきた。

「佐々木です。その、今日は、宜しくお願い致します。」

少々どもりながらも、お礼を言う。


そんな佐々木の様子を見ながら、保内は説明を始めた。

「今日は、佐々木さんに八木容疑者の確認をしていただきます。」

そういいながら、保内は、部屋の片面にある隣室を映している窓を指さす。

「今から隣の部屋に、八木容疑者が連れてこられて取り調べが行われます。その顔を見て、13年前の事件の犯人が、今から連れてこられる八木容疑者か否かを確認してほしいのです。」

保内は、淡々と話し、佐々木はそれに頷いた。

「この窓は、所謂マジックミラーとなっており、隣室からこちらの様子を見ることはできません。また、向こうの部屋の音は、マイクを通してこちらで確認できますが、こちらの声は向こうに聞こえませんので、ご安心ください。」

そういいながら、彼が指さした隣室は、机と椅子が置かれただけのこちら以上の簡素な部屋となっており、奥に室内に入るためのドアが見えるだけだった。


説明をさっと終えると、保内は、「何かご質問は?」と尋ねてきた。

「普通、そういう確認は複数人の顔を見て行うんじゃないんですか?」

佐々木は、ふと思った疑問を述べる。

すると保内は、どこか苦笑いをしながら口を開いた。


「えぇ、率直に言うと、これは特例です。浅井さんから今回の事件で貴方に便宜を図ってほしいという話があったので、名目を取り付けてこの場を設けているにすぎません。」

佐々木は、成程という顔をしながら頷いた。

そこで保内は、少し声の様子を変えて話を続ける。

「実は、八木容疑者は13年前の事件について既に認めています。」

佐々木の様子を見るように、保内はそこで言葉を切るが、佐々木は表情を変えずに保内の話の続きを待った。

八木が13年前の犯人であることは、分かりきっている事だった。


「これはオフレコですが、彼は、13年前の事件の他、近隣で起こした複数の窃盗事件等の件で現在取り調べを受けております。そしてそのほとんどを認めており、近いうちに起訴され、裁判となる予定です。」

保内は、声の調子を変えずに話を続ける。

「貴方に現在の八木容疑者の様子を見せてほしいと、浅井さんからお願いがありましたので、これから始まる取り調べを特別にお見せしますが、こちらから特に求めることはありません。途中、気分が悪くなったりしましたら、退席を頂いても結構です。ただ念のため、今から連れてこられる人物が13年前の事件の犯人と同一人物か否かだけは、教えてください。」

佐々木が保内の再度の説明にうなずくと、保内は、室内の電話を使ってどこかに電話を掛けた。


電話を終えると保内は、「今から始まります。」と、述べると隣室の様子を確認し始めた。

佐々木もそれに倣い体を隣室に向け、姿勢を正した。


待ち時間中、佐々木は、不思議と落ち着いていた。

恐怖も興奮も何も感じることはなかった。


そして保内の言葉から5分程経った頃、隣室のドアが開いた。


~第六章へ続く~

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