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第二章「終わらぬ悪夢」

何をもって真実とするか。現実の実態が真実なのか、心の中で感じたものが真実なのか。それだけが問題だ。

第二章「終わらぬ悪夢」


八木が捕まった。

その言葉は、一拍を置いてから佐々木の頭の中を一瞬で駆け廻った。

そして、「はい」という短い返事だけを絞り出させた。


「続けて大丈夫か?」と浅井が言う。

あまりのことに混乱する頭を無理にでもまとめながら、佐々木は再度「はい」と応え、浅井の言葉を待った。

「俺は今、仕事でK市の警察署に来ているんだが、さっきそこに八木が連れてこられたんだ。」

13年という月日が経ちながら何故今日なのか。

そして本当に八木なのか。

「どうも空き巣か何かをしているところ現行犯逮捕されたらしい。さっき署に連れてこられた。」

13年前の事件の後、八木の手によるものと見られる軽犯罪が何件か発生しているのは有名な話だった。

大きな怪我人こそ出していないものの、空き巣や強盗の類を繰り返しながら、八木は、この13年間逃げ続けていたのである。

もっとも、ここ数年は、確実に八木本人による犯罪といえるものはなかったようだが。


「本当にあいつなんですか?」

ここ10年以上捕まらなかった男である。

佐々木は、まだどこか信じられない気持ちがあった。

「警官達が、あの八木を捕まえたと興奮して話しているのが聞こえた。それに遠目だが、俺の方で顔を見た。多少やつれて、老けてきているが、あれは八木に間違いないな。」


浅井の言葉を聞いた佐々木は、どこか身体の力が抜けていくのを感じた。

そしてそのまま、どすんと音を立てながら椅子の背もたれに体重を乗せた。

「大丈夫か?」。

浅井が声をかけてくる。

「大丈夫です」。

ぐちゃぐちゃになった頭の中をまとめようとしながら、佐々木は応える。



「まあ夜のニュースで話が出るだろうし、警察やマスコミもお前に接触しようとしてくるだろう。これらか忙しくなるだろうし、今日は早めに切り上げて構わんぞ。」

こちらに気を遣うような話し方で浅井が声をかけてくる。

「先生は大丈夫ですか?」

念のため浅井に話を振る。

「俺はもう少し仕事があるから、しばらく戻れん。今日は気にせずに帰れ。」

仕事は9割方終わっており、もう帰宅自体はできる状況であった。

浅井に礼を言って電話を切ると、佐々木は書類の整理をし、そのまま帰宅することにした。


街の中は、特にいつもと変わった様子もなかった。

13年前の殺人事件の犯人が逮捕とあっても、まだニュースが流れているわけでもない。

そもそも、そのような過去の話など、多くの人々は気にしていないのだろう。


途中、コンビニで弁当を買い家に帰る。

夕食の支度をしながらテレビを見ていると、ニュース番組が始まった。


『13年前の強盗殺人事件、犯人が捕まる』

「本日お昼頃、13年前の強盗殺人事件の容疑者、八木浩一郎容疑者がK市内のスーパーの駐車場で警察に確保されました。」

K市の警察署の正門をバックにテロップ流れ、その後ろでアナウンサーの声が流れる。

「八木容疑者は、おにぎり、お茶等のスーパーの商品4点を未精算のまま外に持ち出そうとしたところで、警備員に声をかけられ逃走。そのままスーパー敷地内駐車場に停車していた、自分の車に乗り込もうとしましたが、ちょうど地域巡回中の警察官が駆け付けたことで現行犯逮捕されました。」


そのまま事件当時に流されていた八木の顔写真、当時の新聞記事が流されながら、アナウンサーは当時の事件について話を続ける。

「五人家族のうち、四名を刃物で殺害」、「目的は金銭」、「被害者、犯人はお互いに近所同士で顔見知り」、「警察の初動捜査ミス」…。

アナウンサーの止まらない声を聴きながら、佐々木は、当時の八木の顔写真を改めてみてみる。


町内会のお祭りが何かの写真を引き伸ばした写真だっただろうか。

写真の中の八木は、どこか中途半端な笑みを浮かべながらも、卑屈そうな、大人しい顔をこちらに向けていた。


その目は、やはり卑屈な男の目であり、どこにも恐怖を感じない。

あの日、佐々木が感じたあの目、狂気にあふれた殺人者の目。

むき出しの殺意をこちらに打ち付けてくるような、あの強い視線が込められた目とは、とても同一の目とは思えなかった。


チャンネルを変える。

「なんと捕まった万引き犯に殺人の前科。まさかの大捕り物となりました。」

次のチャンネルは、ワイドショー的なニュース番組だった。

どこか軽い感じのアナウンスに合わせ、画面が切り替わる。

「いやあ、そんな怖い人には思えなかったですね。どこかオドオドしてて、怪しかったというか。私が声を軽くかけただけで、すぐに逃げ出しちゃいましたし。」

初老の男性がインタビューに答える。内容からすると、どうも八木が万引きをしたスーパーの警備員らしい。

「お巡りさんがすぐ近くにいたからいいけど、今思うと怖いですね。しかし人は見かけによらないというか。」

八木は、やはり写真通りの男だったのだろうか。

それともそれは、13年前の幻だったのだろうか。


色々と考えながら、ふと思い出したように部屋の隅に置いた仏壇に向かう。

そこに飾られた四人の家族の写真を見ながら、佐々木は、事件の解決を報告をする。

これで13年間の重荷が取れたのだろうか。


テレビを見てみる。

ワイドショーは、まだ八木のニュースを続けていた。

そこには、視聴者提供映像というテロップとともに、警備員から逃げようとしている八木の姿が映っていた。

素人が携帯か何かで撮影した映像だからだろうか。手ぶれが酷く、そして逃げる八木から離れたところで撮影しているため、八木の背中が離れていくのが分かるぐらいのものであった。


八木は警備員を振りきり、スーパーのドアを開けて店外に飛び出した。

そして外に出た瞬間、一瞬周囲を確認するように首回して周辺を確認するような動作をした。

その一瞬、八木の顔がカメラを向いた。

そこには、白髪交じりになった、弱弱しい中年男性の顔が映っていた。

しかし、それは確かに八木であった。

街で一瞬であっただけでは、気づかないかもしれない程度には顔が変わっていたが、そこには、面影が残っていた。

社会に負けたような弱者の顔。

自身が、敗者であり、社会からはじき出されたことを実感していながらも、そこから這い出そうとしていない中年男の顔。

映像は、そこで終わっていた。

この後、外の駐車場で警察に捕まったのであろう。


八木が捕まった。

そのことに確かな確信を持った佐々木は、改めて色々と考えてみようとした。

しかし、思いはまとまらず、ただ自分の家族の仇が逮捕されたという事実だけでが頭の中で反芻するだけであった。


時刻は22時半過ぎ、少々早いが佐々木は、布団に入り眠ることにした。


夢の中で佐々木は、またあの日の夢を見た。

家族が殺されている音がする。

犯人の八木がこちらに向かってきている。

しかし佐々木は慌てなかった。

既に八木は、捕まっている。

そして、八木は決して恐ろしい存在ではなかった。

そのことを考えながら、八木が部屋に入ってくるのを、ドアの前で待つことにした。

ドアが開く。


そこには、やはり八木が立っていた。

今日のニュースで出ていたように、白髪交じりの髪と、少し老けた顔をして、血に塗れた刃物をもって、こちらを見ていた。

しかしその目は、今日のテレビで見た弱弱しい落伍者の目ではなかった。

様々な悪意を込めたような、殺気にあふれた狂ったような目をこちらに向けていた。

身体がしびれて動けない。

八木は、どこか狂ったように笑いながらこっちに向かって歩いてきた。

そして刃物を振り上げた。


目を覚ます。

時刻は午前3時過ぎ。

ぐったりと汗をかいた佐々木は、今の夢を思い返し恐怖に改めて震えていた。

そして、何故、自分の中にいる八木は、今でも恐ろしい存在のままであるのだろうかと考える。

八木の正体を見た昨日、佐々木は、その恐怖からすでに自身が解放されている者だと信じていた。

しかし、それは偽りだったのだろうか?


台所に行き水を飲み、呼吸を整えて改めて布団に入る。

佐々木は、今でも八木を恐れていた。

例えその正体が矮小な男であったとしても、それは佐々木にとっては関係ないことであった。


この恐怖に打ち勝たなければ、自分の人生は八木の幻に支配され続ける。

そのことを頭から振り払おうとしながら、佐々木は睡眠を望んだ。

しかし、一度冴えた頭は、肉体的な疲れを無視して佐々木を中々眠らせてくれなかった。


それでも一時間後、佐々木は再度眠りに落ちることができた。

眠る寸前、明日、浅井に夢のことを相談してみようと考えながら、佐々木は眠りの中に落ちていった。


~第三章へ続く~

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