Episode.05:計画
そこに現れたのは、ユグドラシルの『殺し屋』ことエージェント13。
雷、電流を操る異能の持ち主。彼は――二丁の拳銃を構えながら、巨大化したジョンに襲われる七旗の前に現れた。
「13……! なんでお前が此処に……!」
エージェント13は、基本的にユグドラシルの上層部から危険分子の排除を命令されており、他の捜査官と組んだり共に行動する事は少なく、更には隠密行動が基本であるがゆえに、姿を見せる事も少ないのだ。なので、今回七旗の前に現れたのは、彼自身にとっても驚きだった。
「折角助けてやったのに礼もなしかよ」
チッと舌打ちをして彼は言った。
すると、先ほど電気ショックを受け怯んでいたジョンが再び叫び声を上げながら立ち上がる。七旗はその場から逃げて13の立っている車の元へ走って行った。
「で、何なんだあいつは。異能にしては理性が無さそうに見えるが」
「あれは……【オルタナティブ細胞】とかいうのを打ち込んで突然変異した元人間――つまりは妖、だ。クリフォトの連中の差し金だ」
「【オルタナティブ細胞】にクリフォト――色々面倒だなあ……」
はあ、とエージェント13は溜め息を吐くと銃をジョンに向かって放つ。撃ちだされた銃弾はジョンの右腕辺りに被弾する。そしてそこから電撃が放出され、ジョンは叫び声をあげた。そして痛みに襲われながら、彼は近くのビルに顔を突っ込み、崩れたビルを手で瓦礫を回収し、それを思うがままに投げる。
投げられた瓦礫は辺りのビルや道路、車に落ち砕ける。その内の一つが七旗たちに向かって落ちるが、13はそれを電撃によって粉々に砕き防ぐ。
「で、助けに来ておいてなんだが――。アレを倒す手段、何かあるか?」
「あんな登場しておいて何も考えなしかよ⁉」
七旗は焦りの表情で言った。
「うるせえ。俺にできるのは雷を操るくらいだ。それが効かない相手にはどうしようもねえ」
彼曰く、かなりの高出力で電撃をジョンに浴びせたが、あまり効いてないらしい。細胞によって身体が巨大化した際に肉体へのダメージもかなり軽減されているのだろうか。
「よし、じゃあ……アレだ。おい、13。お前、鮫映画見た事あるか? サメ映画じゃなくても、『ゴジラVSビオランテ』でもいい」
「急になんで映画の話を……。どっちも見た事ねえし」
「うーわジェネレーションギャップ。まあいい、外が駄目なら……内からだよ」
七旗はそう言うとその場から駆け出し、自分の乗っていた車に乗る。そして、クラクションを何度も鳴らしてジョンの気を引いた。
「おい! こっちだこのクソッタレ! おーい、見えてるか? こっちだよノータリンのすっとこどっこい!」
彼は思いつくがままの罵倒をジョンに投げかけた。すると、ジョンはぐるりとこっちを向くと、ゆっくりと歩き出して七旗の方へ向かう。それを13は狙おうとするが、七旗はあえて攻撃するな、と彼に伝える。
やがて七旗の前にやって来たジョンは、両手で七旗の乗っている車を掴むと、それをそのまま飲み込もうと大きく口を開ける。行動を見た七旗は、すぐさま後部座席に移動し、最初の嚙み砕きを乗り越えた。そして、再び口を開いたその時、彼は後部座席側のドアを開けて地面へ飛び降りる。
「13! 今の内だ! 車を爆破しろ!」
「あー……そういう事」
七旗の言っていたことを理解した彼は、今にも車を嚙み砕こうとするジョンに目掛けて雷を放つ。刹那、電撃によって車は大爆発を起こした。同時に、それを口に咥えてたジョンも当然、爆破に巻き込まれ頭部が吹き飛んだ。頭部の大半を吹き飛ばされ、大量の血が溢れ出し、力が抜けた様にその場に崩れ落ちた。
「うっわ、汚ねえ……」
13はドン引きしながらその様子を見ていた。大量の鮮血とジョンの残骸が地面を覆っているのだ。
「よくやった、13。今度何か奢るよ」
七旗は爆破の炎で黒ずんだ顔でそう言って彼の前に現れた。
「そりゃどうも。で、何でお前はこいつと戦ってたんだ?」
「最終警告、だとよ」
「最終警告?」
13が訊ねる。
「ああ。話せば長くなるんだが――」
七旗は、昨日起きた【時空乱流】によって現代に現れた剣士と妖の話、過去に生体兵器として造り出された【オルタナティブ細胞】、そしてある日を境に一斉に妖が消えた事……それらを調べていた所、クリフォトの幹部・ジャルトゥアによって襲撃されたことを彼に話した。
「……成程なあ。じゃあ七旗、お前に聞いておきたいことがある」
「何だ?」
「――『プロジェクト・ダイス』について……お前は何か知ってるか?」
その言葉を聞いて、七旗は驚愕の表情を浮かべる。
先ほどジャルトゥアが言っていた『プロジェクト・ダイス』。それを13が知っていた事に驚きを隠せなかったのだ。
「なんで、お前がそれを……⁉」
「――ああ。昨日だ。俺は上に言われて棺山……クリフォトの幹部の一人と会敵していた。その時だ。あいつの口から出た言葉だ。『プロジェクト・ダイス』。クリフォトの大いなる目的だそうで」
「俺もそうだ……ジャルトゥアとかいう幹部が言っていた。あいつら、何を考えている……?」
「棺山とそのジャルトゥアとかいう男……少なくともその二人が、この『プロジェクト・ダイス』とかいうものに関わっている。そして今回のこのバケモノに関する何かも関わってるんだろう。…………七旗、お前が捜査官の中で一番信用しているから伝えておくが――」
「なんだ、改まって」
13は深刻そうな顔で彼に告げる。
「……棺山が言うには、俺達ユグドラシルの中に……クリフォトと通じてる奴が居る。あまり他の連中を信用するな。今回の襲撃もそうだろう。調査をするのは構わないが――慎重にな」
「ユグドラシルに……裏切り者……⁉」
七旗は驚きを隠せなかった。そして同時に、彼の脳裏には自身の知り合いの捜査官たちの顔が思い浮かぶ。そして同時に、自分が妖について調査をしようとしていたのを知っているのは僅かな人数に限られる。
自身のバディ、夜嶋御影。
スカウトした新米捜査官、飴田字事エージェント774。
旧知の仲である捜査官、刑聖。
そして妖怪である貌無芥。
「……はっ、信じたくないな、それは」
「信じるか信じないかはお前次第だ。だけどな、気を付ける事だ。いつ背後から刺されるか分かったもんじゃねえ」
そう言って13はその場から離れていく。
「おい、何処行くんだ?」
「俺は俺のやり方で調べてくる。何か分かれば連絡するよ。じゃあな、七旗」
七旗に訊ねられると彼はそう言ってその場から去って行った。七旗は追いかけず、ただそれを見送るだけだった。
数十分後、ユグドラシルの日本支部へ戻ってきた七旗。彼は尋問室へ入って行く。
「あ、おかえりなさい七旗さん」
パソコンを使ってゲームをしていた飴田が、戻ってきた七旗に言う。
彼は部屋の中を見回す。
「御影は?」
「あー、夜嶋さんならかなり疲れたのか部屋に戻って寝るって言ってましたよ」
「そうか」
七旗は頷くと、尋問室のマジックミラーの向こう側で机に臥して寝ている帝坂を見る。
貌無が言っていた通りなら、彼女は【オルタナティブ細胞】によって変貌した怪物たちを狩っていた少女である。そして、【時空乱流】によって巻き込まれたのか、はたまた別に理由か、1918年の過去から現代へやって来た。
「過去からの来訪者、か……」
七旗はボソリと呟いた。
オルタナティブ細胞、時間移動、パンドラパーツ……これらがクリフォトの言う『プロジェクト・ダイス』に関わって来るのか?
クリフォトの目的は世界に魔術を取り戻す事。
それに何故オルタナティブ細胞や時間移動が関わって来る……?
「どうしたんですか七旗さん、そんなに考え込んで」
「いや……ちょっとな」
彼は自身の思惑を濁して伝える。
13が言うには、ユグドラシルにはクリフォトと通じている裏切り者が居る。それが例え自身がスカウトしてきた捜査官であっても、漏らすわけにはいかない。
調査しようにもユグドラシルの奴らは使えない。裏切り者が誰か分からない以上、何処から情報が洩れるかが分からない……どうしたものか。
彼はふと机の上に無造作に置かれていたカメラを手に取る。
「これは……」
「ああ、それ。ほら、昨日刑聖さんが取ってきた奴ですよ。現場を盗撮していた人が居たらしくて」
「ああそう言えばそんなこと言ってたな……」
そして彼はカメラのファインダーに刻まれた文字を見る。
――米蘭探偵事務所。
「個人の探偵事務所、か……」
ふと、彼はとあることを思いつく。
それは多少馬鹿馬鹿しい物であったが、試してみる価値はあるだろう、と七旗は考えた。
Episode.05 計画
都内某所――。
かつて第二次魔術大戦中に無数に張り巡らされた地下道は、長い間放置されていたからか水が漏れだしたり柱が腐食していたりしていた。
だが、人は滅多に現れないので、吸血鬼たちにとっては隠れ家としてよく利用されていた。
クリフォトの幹部、棺山黎実も例外ではない。クリフォトというユグドラシル・セフィロトの重要指名手配犯である彼女にとっても、その場は非常に有効な隠れ家である。
「やっほ~。まってたよアクちゃん」
棺山は吸いかけのタバコをぽいと捨てると足で踏んで火を消した。
その場に現れたのは、真黒なレインコートに身を包んだジャルトゥアだった。
「その呼び方は止めろ、棺山」
ジャルトゥアはボイスチェンジャーを通した声でぶっきらぼうに言う。
クリフォトの幹部たちにはそれぞれ固有の名前が別に与えられている。
クリフォトの「邪悪の樹」10個の名前である。
棺山は、『醜悪』を意味する6iのカイツール。そしてジャルトゥアは『残酷』を意味する5iのアクゼリュスである。
「――それより本当なのか、もうパンドラパーツを手に入れた、っていうのは」
「うん。まあ、前からある程度目を付けてたんだけど、一思いに奪ってきたんだよね。ほら、昔からの知り合いの吸血鬼が居るんだけど、そいつが持っててさ。くれって言っても全然首を縦に振らないから力づくで奪ったんだよね」
棺山はニコニコと笑いながら言った。そんな彼女の服には返り血が夥しい量付いていた。懐から彼女は、小石程の大きさの虹色に輝く箱の欠片の様な物を取り出した。
パンドラパーツ。
かつて地球から邪神たちを消し去ったとされ、使用者の願いを何でも叶えるが、その代償として10の不幸が世界に訪れるとされている『希望と絶望の函』。それが砕け散った6つのうちの一つであるのが今ここにあるパンドラパーツである。
「そりゃあどうも。これで次の実験に進めることが出来る」
ジャルトゥアはそれを受け取った。
「それは良いんだけどさ。ユグドラシルの管理してるパーツは使えないの? わざわざ私が取って来るより手間はかからないでしょ?」
「馬鹿言え。アレの管理は重要だ。もし許可も無しに取ってみろ、数秒で賢者共がすっ飛んでくる。上手くユグドラシルに入り込めてる以上、無暗にバレる様な動きは出来ない」
彼は首を振りつつ棺山の質問に答える。
「なるほどねえ。まあいいけど。じゃ、また何かあったら言ってよ」
「ああ、分かった。それじゃあな」
二人はそれだけ言葉を交わすと、互いに別の道を進んでいった。
着実に、『プロジェクト・ダイス』は歩みを進めていた――。