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DEPARTURES  作者: 冷麺
SEASON.Ⅰ『PROJECT D.I.C.E』―漸ノ篇
4/6

Episode.04:サプライズ

 数時間後――午前10時。

 七旗はというと、東京と千葉の県境にある競馬場へと訪れていた。平日ではあるが、多くの観客が訪れ、走る馬たちに声援や罵詈雑言を投げていた。彼はその中を通って行き、スタンドの中段辺りでビーフジャーキーを口に咥えてつまらなそうにそれを眺める青年の横に座る。


「探したぞ、貌無」


 大きく溜め息を吐いて、七旗は横に座る。すると、貌無(かをなし)(あくた)は咥えていたビーフジャーキーを一旦手に取ってつまらなそうに七旗を見る。


「なんじゃあ、お前か……。何しに来た」


 貌無はその風貌とは裏腹に、まるで老人の様な喋り方であった。


「『自称』妖怪のお前に聞きたいことがあってな」

「だからその『自称』を付けるのをやめい、儂はマジモンの妖怪だっちゅうに……。まあいいわ、で、なんじゃ、聞きたい事って」


 彼はタバコの箱から一本取り出し口に咥えると、指を鳴らした。すると一瞬で火がタバコの先に点いた。

 貌無(かをなし)(あくた)――七旗はまだ信じ切っていないが、彼は正真正銘の妖怪である。

 この世界に於いて、『妖怪』と『妖』は似て非なる存在だ。


「お前が本当に100年以上生きてる妖怪だってなら……知っているか、『十三隊』と呼ばれる妖狩りの存在を」

「――『十三隊』……久しいな、その名前を聞くのは」


 煙をふう、と吐き出しながら彼は言った。


「知っているのか?」

「もちろんじゃ、儂ら妖怪にとっては天敵みたいなもんじゃった。妖にとってもな」

「……? 妖怪と妖ってわざわざなんで分けて言った? 同じ存在じゃないのか?」


 七旗は貌無に訊ねる。

 確かに、あえて『妖怪』と『妖』を態々言い分けたのには違和感がある。


「そりゃそうじゃ、儂ら『妖怪』は、言わば天然物……モノや動物、例えば儂ならキツネじゃが、そういったものに怨念や何かしらの強い意志、そしてそれに魔力が合わさって生まれたのが儂ら『妖怪』。古くはこの国がまだ生まれて間もない頃から存在していたらしい。儂の知り合いが言っとった」

「天然物、ねえ。じゃあつまり、『妖』っていうのは人工物だっていうのか?」

「そうじゃ。幕府の体制が終わり、軍国へ突き進んどったこの国が生み出した生体兵器それが『妖』じゃ。聞いた事によれば、【オルタナティブ細胞】と呼ばれる物を動物や人間に埋め込んだことで突然変異を起こし、怪物へと変貌したその姿がまるで儂ら妖怪と酷似していたから『妖』と名付けられたそうな」

「【オルタナティブ細胞】……」


 彼の言った『妖』の成り立ちは、数時間前に御影や飴田から聞いた都市伝説の内容と似ている。というより、殆ど合っている。

 幕府の時代が終わり、軍国体制へと進んでいった当時の日本である大和帝国。侵略戦争に備え、【オルタナティブ細胞】と呼ばれる物を造り出し、人間等に埋め込むことで変貌を遂げた怪物。所謂『妖』――そして、それらを狩る存在、『十三隊』。


「成程な……。じゃあ、今でも妖は残っているのか? 少なくとも、俺がユグドラシルに入ってから、そう言った類の話は聞いた事が無い。それに、十三隊とかいう奴らもだ」

「そうさな――。簡単な話よ、十三隊はお役御免になってしまったから歴史の中に埋もれてしまった、それだけじゃ」

「お役御免? 何故だ?」

「そりゃあお前、理由は一つしかないじゃろ。狩る相手が殆ど消えたからじゃ。少なくとも、人に仇を為す類の奴らが全部、な」

「……消えた?」


 七旗は聞き返す。


「そう、消えた――。ある日を境に、突如、全員。まるで最初から居なかったかのように、な。理由は分からん。十三隊が一気に妖を消し去る術でもあったのかもしれんが。まあ、儂の知る由もなし。なんせあの頃はほぼ引き籠って生活してたもんで」

「…………」


 そうやって自分の昔の事を喋り出した貌無の横で、彼は黙り込む。わざわざ十三隊と呼ばれる組織を作るまで妖が溢れていたと思われる当時に、その数の妖が一気に消え去った。それによって存在意義がなくなった十三隊は解体され、歴史の闇に葬られた。


「なあ、ちなみにお前、これが何か分かるか?」


 貌無の言葉を遮り、七旗は彼に写真を見せる。

 それは昨夜七旗たちを襲った『蜘蛛どくろ』と呼ばれた怪物の残骸の写真である。


「ん? ああ、こいつは……ええと、『蜘蛛どくろ』だったか。一度だけ会ったことがある。こいつはなあ、人間を喰らってその骨を自分の身体の一部にする厄介な妖じゃった。たしか、『がしゃどくろ』の親戚みたいなもんで――って、なにゆえお前がこいつの写真を? こいつもあの日から消えた奴じゃぞ」

「……こいつは昨日、突然現れたんだ。【時空乱流】――突然時空が乱れ、過去の存在が現代に現れる現象なんだが……」

「ほう、【時空乱流】……奇怪なこともあるもんじゃなあ」


 そう言って彼はタバコの煙をふかす。

 一方、七旗は再び思考を巡らせる。

 『蜘蛛どくろ』と呼ばれるこの妖も、貌無が言うには突如と消えた。その理由は、【時空乱流】によってこの2019年の日本に飛ばされたからだ。【時空乱流】で繋がる先の時代とは、勿論法則性等皆無である。実例では、江戸時代であったり、第二次魔術大戦時であったり、氷河期であったり――世界に起きるバグの様な物である為、そこに法則性は存在しない。 

 だが、もし――妖が一斉に消え去った理由が【時空乱流】……それも、『何者』かの意思によって敢えて時間移動させられたのだとしたら……?


「おい、もう帰るのか」


 七旗は立ち上がる。それを見て貌無はつまらなそうに呟く。彼は懐の財布から5千円札を取り出すと、彼のポケットに入れた。


「捜査協力の例だ。受け取ってくれ」


 彼は貌無にそう告げて、その場所を後にする。

 足早に競馬場を後にすると、彼はユグドラシルから支給されている白塗りの乗用車に乗り、再びユグドラシル日本支部のビルへと向かう。


「時間移動を可能にするオーバーテクノロジー……それは一つしかない……」

「――『パンドラパーツ』、ですよ」


 信号が赤だったので車を停止させ、そう呟くと突如、彼の呟きに返答するかのように、後部座席から声が聴こえた。


「――誰だ、お前」


 バックミラーを確認して、七旗はすっと右手で腰の拳銃に気付かれない様に手を伸ばす。

 後部座席に居るのは、真黒なレインコートを被り、顔を見られない様にしている謎の人影。その人影から発せられる声は、ボイスチェンジャーを通しているのか、ノイズ交じりで本来の声が分からない様になっていた。


「はじめまして、七旗鋼介さん。私はジャルトゥア=スウァンベル――ユグドラシルの皆様がお知り、テロ組織クリフォトの幹部で御座います」

「クリフォト、だと……⁉」


 七旗の額を、汗が流れる。

 クリフォト――世界に魔術を取り戻す為、各地で一般人に対するテロ行為を繰り返す、ユグドラシルや世界賢者機関『セフィロト』の目下の危険分子。

 構成員の全体像はいまだに不明、幹部と推測されている構成員も数少なく、今現在後部座席に現れたジャルトゥア=スウァンベル、棺山(ひつぎやま)黎実(くろみ)の二名程しか名前は判明していない。

 その幹部であるジャルトゥア――。彼が、今後部座席に座っている。


「ええ、そのクリフォト――。いやあ、上手くいったでしょうか、サプライズ」

「サプライズってのは嫌いなんだ、残念ながら」


 彼は動揺を隠しつつ答える。そして、拳銃をゆっくりと引き抜いて有事の際に備えた。


「そのクリフォトの幹部様が俺みたいなそこらのユグドラシルの捜査官に何の用だ。しかもわざわざどうやって入ったのか知らないが俺の車の後部座席にまで。高いぞ、送迎料は」

「いえいえ、何も送ってもらおうとこの車に乗り込んだわけじゃありませんよ。ただ一つ、貴方にお伝え――いや、もはやこれは警告と言っても良い。そう、警告をお伝えしに来たまでです」


 ボイスチェンジャーではっきりとは分からなかったが、多少彼の言葉交じりに笑いが含まれているのが分かった。


「警告、だと?」

「そう言いましたよ。警告。何も、我々はむやみやたらに人殺しをしたい訳ではありません。世界に魔術を取り戻す――。そういった最終目的に向かうために必要な犠牲を払っているわけですので。まあ、それは良いとして……。つまりは、我々は貴方を殺したくはない。異能も魔術も持ち合わせない唯の人間であるのに、ユグドラシルの上級捜査官に登りつめた七旗鋼介――。貴方の様な方が魔術を学べば、きっと偉大な魔術師になれるでしょう」

「へえ、それは良いね。だが悪いな、俺は異能も魔術も覚える気はないんだよ」


 七旗はぶっきらぼうに言った。


「我々の望む新世界には、優秀な魔術師のみが世界を支配する――。故に、有望である魔術師、そして魔術師候補は消したくないのです。故に――貴方に警告しましょう。これ以上、『この現象』に関わるな、と」

「この現象――つまり、意図的に起こされた時間移動に、か?」

「その通り。これ以上、貴方……いえ、ユグドラシルそのものに、関わって欲しくはない。我々の望む未来の為に、この大いなる計画――『プロジェクト・ダイス』は潰えるわけにはいかないのですよ」

「ジャルトゥアさんよお、お前、それで俺が『はい、分かりました調べるのは止めます』とでも言うと思ったか?」

「……でしょうね。なので、最終手段に出ます」


 ジャルトゥアがため息交じりにそう言うと、その瞬間にその存在ごとがその場から消え去った。困惑する七旗。続いて、後続車の何台かが爆発を起こし、宙を舞ってから地面に墜落する。近くの通行人たちは大騒ぎを起こしてその場から逃げ去って行く。七旗は急いで車から降りた。


「おい、ふざけんなこの野郎!」


 何処に行ったのかも分からない相手に対して彼は叫んだ。すると、ジャルトゥアは近くのコンビニの建物の上にその姿を現す。


「だから言ったでしょう……これは最終手段だ、と。そのまま我々の要求を飲まないのであれば、我々は貴方を――ユグドラシルそのものを消すしかなくなるのですよ。ほら、ジョン。君の出番ですよ」


 彼がそう言うと、燃え盛る車の向こう側から一人の男が姿を現す。その男はよれよれになったシャツを着た外国人で、片手には大きめの注射器を握っていた。中に入っている液体は紫色でとてもまがまがしく見えた。


「クリフォトの大いなる目的の為に――!」


 彼は叫んだ後、注射器を自分の首に刺す。嫌な予感がした七旗は有無を言わさず、拳銃を構えて彼の脳天に弾丸を放つ。しかし、それは既に手遅れだった。注射器の中の紫色の液体は瞬時に彼の肉体に吸収され、白煙を体中から噴射し、その姿を一気に変貌させる。


「帝国陸軍の暗部、『帝国秘匿兵器開発部』が生み出した、生体兵器【オルタナティブ細胞】……その改良型、【餐型(さんがた)】……。その効力、思う存分発揮してください、ジョン」


 それだけ告げるとジャルトゥアはその場から姿を消した。一方で注射器の液体を体内に取り入れたジョンは肉体が肥大化してまるで巨人の様な姿へと変貌した。その大きさはマンション5階分の大きさで、焦点のあってない目で彼は近くの燃え盛る車を手に取るとそれを近くのビルに投げ込んだ。瞬間、再び大爆発を起こしてそのビルは黒煙を上げながら崩れ去る。


「これも妖の一つかよ……! ふざけやがって……!」

 

 七旗は悪態をつきながら拳銃を撃った。その弾丸はジョンに命中するが、彼からしたら痛くも痒くもない様だった。

 【オルタナティブ細胞】『餐型』を注入し変貌したジョン。

 その巨人の様なさまから、それは後に『ダイダラボッチ』と呼ばれる妖であった。

 思うがままに暴れるジョンに、流石の七旗もなす術が無かった。彼は直ぐにユグドラシルに連絡を取り、救援を送る様に指示を出す。

 そこへ向かってジョンは瓦礫の塊を投げ込んだ。


「あぶねえ‼」


 彼はその瓦礫を避けて地面に転がる。そして倒れた態勢のまま彼が再び銃弾を放つ。が、巨人の身体を得たジョンにその様な物は通じなかった。彼はゆっくりと七旗に向かって手を伸ばす。そしてその指先が彼に触れるくらいにまで近付いたその時、一筋の雷がジョンに墜落する。その電流に痺れ、彼は大きな声で呻いた。


「お前――」


 一時的に電撃によって膝を着くジョン。その向こう側、七旗の乗っていた車の上に立っている人影。赤いコートに身を包み、二丁の拳銃を構えた長身の男が立っている――。


「よう、七旗。手助けが必要か?」


 雷を操るユグドラシルの『殺し屋』、エージェント13の姿が、そこに在った。




 To be continued...

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