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DEPARTURES  作者: 冷麺
SEASON.Ⅰ『PROJECT D.I.C.E』―漸ノ篇
1/6

Episode.01:赤い月

 古来より、何かその場所に於いて不吉なことが起きる際には、月は紅く輝くという。

 時は2019年11月某日――。

 その日、日本の各地で『赤い月』が観測された……。


 



 東京都某所。

 多くのビル群が立ち並ぶ、日本の首都。そのとある路地裏には、数多くの人間が部分的に集まっていた。そして、その場所へ入るのを防ぐかのように、黄色いテープで至る所が封鎖されている。そして、路地裏中央には、人間の死体。骨がむき出しになっており、顔もかなり抉られているので生前の姿を確認する事は出来ない。

 一見すれば、ただの殺人現場に見える。この東京都においてそれは珍しくない。人間同士の争いから、表面的にはなっていないが、人間社会に潜む吸血鬼による被害も、日々起きている。こうして、人目のつかない場所に死体が転がっているのは、珍しくないのだ。

 だが、これは――普段のどれとも違う。

 その死体は、現在でもない所から現れたものだから、である。


「――この死体の出所は掴めそうか? 鎌仲」

「ええ。身に纏っている衣服からして、この方が住んで居たのは恐らく1918年頃……まだ日本が大和帝国と名乗っていた頃の人間でしょうね」


 真黒で綺麗に整ったスーツを着た男性に訊ねられ、彼女――鎌仲寵(かまなかめぐみ)は、黒いマスクを指でずらして喋る。そんな彼女の表情は不服そうであった。


「そもそも――わたし、ユグドラシルの捜査官でもないのになんでこんな……。その内怒られるんじゃないですか、七旗(ななはた)先輩」

「はっ、俺は上級捜査官だから多少の事は見逃してくれるって。わざわざ深夜に来てくれてありがとう、今度何か奢るよ」


 七旗と呼ばれる彼――。

 七旗鋼介(ななはたこうすけ)、超常現象及び異能力者調査機関・ユグドラシルの捜査官。世界で多発する超常現象や、異能力……正統な異能力者(パークホルダー)から魔術師、吸血鬼等の起こす事件などを取り締まったり捜査、果ては危険分子の排除を行う機関であり、各国政府の秘匿組織として成立している(つまり、世間には公表されていない)。彼は何ら能力を持たぬ通常の人間ながら彼はA級捜査官まで上り詰めたエリートである。

 一方、鎌仲寵……彼女は、社会に潜む吸血鬼を狩る血鬼祓(けっきばらい)の一人であり、所属しているのはユグドラシルではなく、月鬼隊(げっきたい)と呼ばれる組織である。これもまた、世間に公表されていない秘匿組織である。


「奢るくらいで済まされても……なんならもっとこう……お金をですね」

「はーいお疲れさん」


 遮る様に彼は寵を押し出すかの様にユグドラシルの捜査官が運転手を務める車に乗せると、そのまま月鬼隊の本部ビルにまで送る様に伝え、その場を離れた。


「でもなんでそんな昔の人間の死体が現代なんかに?」


 転がる死体を白いメッシュの髪を弄りつつまじまじと見つめて呟くのは、ユグドラシルの捜査官の一人、エージェント774。『味覚を操る』という能力(パーク)を持つ彼女はまだスカウトされたばかりの新米捜査官だが、上司である七旗によって現場見学という事で連れて来られている。


「座学で習わなかった? 【時空乱流】よ」

「【時空乱流】? 夜嶋さん、なんですかそれ」


 彼女にそう伝えたのは、ユグドラシルの捜査官の一人で七旗のバディである夜嶋御影(やしまみかげ)。彼女は血鬼祓としての能力を持っているが、とある事情でユグドラシルに所属している。


「【時空乱流】――。時間は通常、一方向にしか流れない。過去から未来への一方向。でも時折、その時間の流れにバグが起きる。未来の存在が過去に迷いこんだり、その逆もしかり。まあ言ってしまえば行先不明の強制タイムトラベルみたいなものよ」

「はあ……成程?」

「…………」


 理解できてなさそうだな、と御影はその様な表情で彼女を見たのち、再び死体を見る。寵が言うには、あの死体が居た時代は1918年。まだ大和帝国時代だが、その頃にはまだ世界大戦は勃発していない頃である。つまり、あの様な……残虐な死に方をする可能性は少ないはずだ。

 あれは何かに襲われたのだろうか……? だとしたら何が? 吸血鬼……?


「七旗さん」

「どうした?」


 御影が七旗に声を掛けた一方、貼られたテープの向こう側からひっそりとその現場を覗き込む影があった。そして無音カメラその現場を一心不乱に撮影する。


「依頼で変なスーツの男がうろちょろしてるから調べてくれって言われたから来たけど……なんだろうあれ、警察官っぽいけど警察官にしては服装自由すぎ~。いや、なにその白パーカーにヘッドフォン、ウケる」


 一人呟きながらカメラに写真を収めるのは、米蘭聖名(めいらんみな)。東京で助手であるとある少女と共に探偵事務所を経営している女性である。本来はこの場所に全く関係ない存在であったが、とある住人からの依頼で調査をしてほしいと言われこの場に現れた。

 ブツブツと呟きながらカメラのシャッターを押す彼女の背後から、人影が近付く。


「ダメやんかあ、勝手に人様の写真撮ったら」


 ピンク髪に眼鏡をかけた、男性とも女性とも見えるその人間……便宜上・彼と呼ぶが、その彼は聖名の手に持っていたカメラをすっと取るとにっこり笑った。その笑顔裏に何かしらの黒い感情に気付き青ざめた聖名は「ごめんなさい!」と叫びすぐさまその場から走り去っていった。


「――逃げ足は速いんやなあ」

「なんだ、どうした? って、刑聖(けいせい)か」


 聖名の叫び声を聞いて七旗が彼の元へやって来る。彼……刑聖とよばれるその人物は、聖名から手に入れたカメラをくるくるさせながら見せる。


「現場、危うく流出するところやったで。僕おってよかったな、七旗さん? ちゃんと現場の守秘頑張ってもらわんと、また上に起こられるんちゃう?」


 にやにやと笑いを浮かべながら刑聖は七旗に向かって言った。


「うっせ、証拠さえ押さえときゃ一般人が何言おうが狂言師扱いだよ。それ、中のデータ消しといてくれ」

「分かt――ちょっと、あれ、ヤバない?」


 刑聖が七旗の指示通りカメラのデータを消そうとした瞬間だった。微動だにしていなかった死体が急にガタガタと動き出す。慌てだす他の捜査官。御影は冷静なまま刀を抜く。一方で、エージェント774は直ぐに七旗の背後に隠れ、七旗と刑聖は臨戦態勢を取る。


「ねえ、七旗さん。あれ死体やんな? 死亡確認とったやんな?」

「鎌仲がそう言ってたから間違いないと思いたいが……どうやら間違ってたっぽい」

「だから言うたやんウチの検視官使えって。いつもそう言うとるy」

「ああもううっせ! 愚痴なら後で聞くからまずはこいつをどうにかするんだよ!」


 死体から無数の骨が触手の様に伸びだし、周りのビルを貫く。何人かの捜査官にも突き刺さり、血しぶきが上がる。七旗は自分と御影、刑聖を除くすべての捜査官を現場から退避するように指示するが、その際にまた何人かの捜査官が骨に突き刺さり絶命した。

 やがてそれは蜘蛛の様な形を取り、顔と思われる部分には八つの骸骨が蜘蛛の目の様に並んでいた。その骨のバケモノは大型戦車三台分ほどの大きさをもっており、残った三人を見下ろすと金切声を上げる。


「なあ……僕の能力、こういった怪獣向きやないんやけど……」


 刑聖は表情一つ変えず呟く。それを聞いて、七旗は少し怒った表情で言う。


「あのなあ、能力持ちなだけマシだろ、俺なんかなんもないぞ! 何も! いいだろ、あるだけ。ほら、がんばれお前ら。御影も血鬼祓ならこういう奴の相手慣れてるだろ」

「いくら吸血鬼でも此処までデカくなる怪物なんていないんですけど――」


 御影はそう言って、自身の刀に黒い影を纏わせると、そのバケモノの脚を切りつける。が、骨の強度が高いのか、傷一つ付かない。バケモノは鳴き声を上げると、前足と思われる二本の脚で彼らを薙ぎ払おうとする。

 御影はそれを刀で受け止め、攻撃を防ぐ。その際発生した衝撃波で、周りのビルの窓ガラスが砕け散った。


「……中々骨が折れそうね、こいつ」

「お、骨だけに?」

「殺すわよ」


 刑聖が御影にちょっかいをかけると、七旗はあきれ顔で「後でやってくれ!」と叫ぶ。


「行っておいで、『鎌鼬(かまいたち)』――」


 蜘蛛のバケモノが居る近くのビルの屋上。現代とは似つかわしくない、軽装化された軍服を身に纏った女性が、傍らで座っている真っ白な毛並みのイタチに撫でながらそう言うと、イタチがしゅっとそのバケモノの元へ飛び込んでいった。


「なんだこいつ!?」

 

 そのイタチは一気にバケモノと同じサイズにまで巨大化すると、両腕に鋭い鎌が変形して形を成す。そして、刹那。巨大な旋風が巻き起こったと思えば、先ほどまで存在していたはずのバケモノはそのイタチによって細切れにされ、バラバラと骨が地面に落ちる。


「…………」


 唖然とする御影と七旗。刑聖含めた三人は、そのイタチを見つめる。イタチは彼らを見つめると、しゅるしゅると小さくなって、ペットサイズにまで戻った。すると、ギリギリで生き残っていたのか、僅かな骨が伸びて七旗を突き刺そうとする。


「七旗さん!」

 

 刑聖がそう叫んだ瞬間、彼に向かって伸びていた骨が切り裂かれ、弾け飛んだ。そんな彼らの前に現れるのは、先ほどまでビルの上に居たあの女性。彼女の右手には、御影の持つ刀と似たような刀が握られていた。


「あのう――ワタシ、帝坂臨(みかどさかのぞみ)というものですがァ……。アナタ達なら知っているでしょうか。『帰り方』」


 赤い月の光を受けながら、帝坂と名乗るその女性は微笑んで、三人に訊ねた。




 七旗らが遭遇したバケモノの事件から少したった頃。

 日本のどこか、とある薄暗い廃工場の奥。

 血を吸われ干からびた大量の死体の中央に、その女性は佇んでいた。薄茶色の髪をロールさせた彼女は、スマートフォンで誰かと連絡を取り合っていた。


『まずは一つ目の実験クリア。近々、二度目の実験を行う予定。君達【クリフォト】の最終目標への大きな貢献がこれで出来そうだよ』

「そう、それは良かった。まってるからね、吉報。じゃないと~。そうだなあ、君は一生私の食用血液生産機にでもなってもらおうかな」


 ニコニコと笑みを浮かべながら彼女は言う。電話の向こう側の人物はドン引きしながら話を続ける。


『それはともかく……。そっちはそっちでどうだ。【函の欠片】は手に入りそうか? あと一つなければ――』

「分かってる分かってるって、そう焦らせないでくれない? やるべきことはこっちもちゃんとやっておくから。それに――」

『それに?』

「お客様が来たみたい。また後でね」


 彼女はそう言うと返答も待たずに通話を切ると、コツコツと足音が鳴る方向へ視線を移す。廃工場の入り口から歩いてきたのは、赤いコートを身に纏い、目に隈を作った長身の男性。彼は、腰のホルスターから拳銃を引き抜き女性へ狙いを定める。


「【セフィロト】及びユグドラシルから殲滅要請が来ている。死んでもらおうか、クリフォトの幹部にして吸血鬼――棺山黎実(ひつぎやまくみ)


 その女性――棺山黎実。彼女は吸血鬼でありながら、魔術を世界に取り戻し、魔術師以外の人間を殲滅しようとするテロ集団・クリフォトの幹部の一人である。


「もう、折角久しぶりに会ったんだからお話しようよタキさん」と、彼女は笑みを浮かべたまま語り掛ける。だが一方。

 タキ――……タキ=フォン=アインスドゥナーこと、エージェント13。ユグドラシルの数いる異能持ちのエージェントの中でもかなり上位、S級捜査官に部類される彼は、顔色一つ変えず銃の引き金に指をかける。


「御託はいいからさっさと死ねや」


 刹那、一発の銃弾が彼女に向かって放たれた――。


 



 

 To be continued...

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