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この付近でもっとも初詣客が多いのは、南部総鎮守の櫛引八幡宮である。
その帰り道のことだった。アーニランは、車窓から見えたある地名に強く惹かれたようだ。
「ねぇ、あれはなんて読むの?」
『埖渡』
「土」偏に「花」。漢字に強い航介も読めなかった。
家に帰ってから父親に聞いてみると「ごみ・わたり」と読むらしい。漢字辞典をひいてみると、日本人が創造した国字であることが判明した。もちろん訓読みのみで、「ごみ」とだけ書いてある。
怪しい。
航介は、いつものように、「ミウラ折り」にたたまれた二万五千分の一の地形図を広げてみた。馬淵川右岸に沿って県道134号が通っている。地形図の北東端には南部一之宮の櫛引八幡。ここから、この街道をなぞっていくうちに、航介は、もうひとつの地名に目が留まった。
『樺木』
これは、なんなく「かばき」と読める。航介は、この「樺」という漢字の構成が、「埖」渡のそれと、対応するのではないかと考えた。「樺」の旁は「華」だが、これは「花」の旧字体でもあるからだ。
やはり、怪しい。
航介は、南部総鎮守周辺の地名に恣意を感じ取った。地名は、通称が尊重された下からのものと、その土地を治めるものによって名付けられた上からのものとの二種類ある。前者ならば地形の特徴を表すもの、後者ならば勧請されたお宮に関わるものが代表的である。
「木の花に、土の花…。」
航介は、念仏のようにつぶやきながら羽織を脱ぐ。足袋を脱ぎ袴を脱いで、やがてボクサーパンツ一枚だけの無防備な姿になった。その側で、航介の脱いだ和服を甲斐甲斐しくたたみ、あるいはハンガーに掛けていた晴れ着姿のアーニランは、羽織の襟にデザインされていた市野沢家の家紋に興味をもった。
「この家紋は何?。」
「梅の花さ。」
「へぇ、星だとおもった。」
五つの大きい円が、中央の小さい円を囲む梅鉢紋は、アーニラン部長の目には五芒星に映ったようだ。
「近所には、ダビデの星そのまんまの家紋を掲げている家だってあるよ。ユダヤの末裔だとうわさする人もいる」
他意なくこたえた航介は、「木の花に、土の花…」と、ふたたび唱えだした。
航介の母親に介添えされながら、晴れ着から普段着になり部屋に戻ってきたアーニランは、依然としてブツブツ言っている航介に、決定的なアドバイスをした。自然な表情で。
「陰陽五行じゃない?」
航介が教授したはずの知識を、このタイミングでアドバイスしてくれたアーニランの仮説は、航介にとって恩返しそのものだった。
前髪をかきあげた航介は、メモをしはじめる。
まず、『樺木』の「樺」を、「木の花」に分解する。陰陽五行の相生の理「木生火」から、「樺」とは「火」に置き換えられる。『樺木』という地名は、『火木』という表記となり、さらにレ点を打って、これも相生の理「木生火」から『火』という一文字に、情報整理される。
つぎに、『埖渡』の「埖」を、「土の花」に分解する。相生の理「土生金」から、「埖」とは「金」に置き換えられる。『埖渡』という地名は、『金渡』という表記となる。「渡」まで分解するとすれば、こちらは相剋の理「土剋水」から、少量の「水」…。
「たぶん、そうだよ。アーニラン!」
航介は、北斗九星と「戸」地名との関連を発見したときと同じ興奮を覚えていた。ちがったのは、あのころは寒いアパートで、ひとりぼっちだった。
「花というのは、実を結ぶために必要な通り道だ。漢字の『花』には、『化ける』『変化する』のニュアンスが含まれているらしい。草冠に『化』で『花』だからだ。陰陽五行の相生の理というパラダイムを適用すれば、この『埖』という国字は解けるよ!」
航介は、櫛引八幡宮から伸びる街道周辺の村々書き並べた。「櫛引村」、「樺木村」、「杉沢村」、「法師岡村」、「埖渡村」、「福田村」…。
大河である馬淵川右岸にひろがるこれらの村々に陰陽五行説が適用できそうな地名は、「埖渡村」と「樺木村」のほかには見当たらなかった。顎に手をやって、少し伸ばした無精ヒゲをいじりながら考えていた航介は、これら藩政村のなかで格段に異質な「埖渡村」だけを取り出して考察することにした。
「なぜ、『ごみわたり』と読むのだろうか…。」
「『金』を『コン』と読むんじゃないの?」
「『こん・みわたり』か?弱いな。『渡』を『みわたり』とは読めない。『埖』だけで、『ごみ』と読ませなければならない。」
「ゴミ…。」
ネガティブに解釈されがちなこの地名を、わざわざ総鎮守の門前に設定した理由はなんだろう。
農村特有の正午を知らせるチャイムが里に鳴り響いたことをきっかけとして、昼食の準備をしていた航介の母親が、台所からアーニランを呼んだ。
「アーニラン、おづぎば温めて。」
アーニランは意味がわからず、航介に聞いた。
「味噌汁のことだよ。南部弁で、御御御付の略。」
そう言った航介はハッとした。尊敬語のひとつである「御」をたくさん用いた、標準語でいう「おみおつけ」。「埖渡村」の「ごみ」を、「御御」としたなら「御御渡」。神輿や天皇、皇后らの貴き者が、人前に現れることを渡御という。
近い。
そのとき、父親が点けたテレビから流れたニュースで、しがない男性アナウンサーが、決定的なヒントを航介に与えた。諏訪湖(長野県)からの報道だ。
「諏訪湖では、例年よりも早く湖が凍り、二方向からぶつかった氷が盛り上がる『御神渡り』の現象が見られました…。」
「これだ!」
諏訪大社の上社と下社の間での、神のかよいじに擬せられる、内陸湖の氷結現象「御神渡り」。一方、総鎮守への街道に集落がはりつく「埖渡村」。
この瞬間、航介は、この地名を設定した貴人と、二人だけの秘密を共有した気がした。荒ぶる御霊を北野天満宮に封じ込めた神官とのように。九つの地上の星を丁寧に拵えた「星秀麻呂」とのように。
「埖渡という世界唯一の場所には、尊ぶべき何かが隠されているのかもしれない。」
「『埖』を使う地名は、他にはないの?」
「たぶん、ないやろ。仮にあったとしたら、この地名を名付けた貴人が誰かわかるはずだ。」
一之宮の八幡神から恵まれた初詣の御利益は、これだけにとどまらなかった。多くの歴史家や推理作家、そして在野の民俗研究家であった柳田國男でさえ気づくことができなかった謎の八幡神の正体を突き止めるところまで、かの神は航介とアーニランを導いた。二人は、この旧家に代々引き継がれてきた古い小机の引き出しをアクセスポイントとする乗り物に、いつのまにか搭乗していたようだ。
その乗り物は、不可逆的だとおもわれている流れにわざわざ逆らって、猛スピードでとばしつづけている。あたかも滝をのぼる鯉のように。あたかも産卵前の鮭のように。
貴金属で造られたその船には、なぜか大きな帆が張られていた。意外なことに、その動力源は風だったのである。