表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

26

・矢と松尾 大きな栗の 木の下で

・法螺吹きの 舌に止まった 蚊が運ぶ

信じられない 消えた杉沢 ( )


「なんのこっちゃ。」

便箋には、それだけしか書かれていない。アーニランも覗き込んで、首をかしげていた。

「なんで和尚さんが、いっちーに?」

航介は、アメリカ映画のよくあるシーンのように、両手をひろげて肩をすぼめ、首を振った。

『 』

「港の地図記号って、火星と金星が組み合わさったみたいだね。」

四駆車のシートを倒し、便箋に書かれた一組の句と歌を読みこむ航介の傍らで、茶封筒を手にしたアーニランが言った。航介は、「へぇ、オスとメスとは言わないんだ」と下ネタでからかったが、シンボルとしては同じことだった。

「港は、有と無の境目、仲介所、メディアだ。」

「メディア?」

「現代では、マスコミを表す言葉になってしまっているが、正確には媒介者という意味だ。このメディアという存在は、生命や文明の発展においてとても重要なものなんだ。」

航介は、まずダーウィン進化論におけるウィルス進化説を紹介した。つぎに、古代社会における霊媒者や占い師の影響力を指摘した。そして、中世に興った茶道文化の本質を受け売りした。さらに時代がくだって、暴力団が好んで侵出する不動産仲介業や人材派遣業といった口利き業というビジネスモデルに注目し、その寡占化について問題視した。

「それだけ、メディアには普遍的な力がある。『双務代理』をキーワードにして処世すれば、すぐに出世するはずだ。港にはそれだけの可能性がある。そこに描かれてある港湾の地図記号は、メディアのシンボルとして、オレは解釈している。」

 アーニランは、「双務代理」という法律家の用語がわからなかったらしく、自分の携帯電話を使って、インターネット経由で検索しだした。その様子を横目に見ていた航介は、杢蓮の句に書かれてあるそのフレーズから、あの童謡を唄い出した。


『大きな栗の木の下で

あなたと私

仲良く遊びましょ

大きな栗の木の下で』


「っしょうもないなぁ。」

航介は、この歌詞の完成度の低さを嗤った。あの「かごめかごめ」なら、もっと奥ゆかしかった。推理のしがいがあった。

「『矢と松尾』…。弓矢でワンセットならわかるんだけどな。松尾ってなんだろう。」

「的なんじゃないの?」

「松尾を『マトゥオ』か…。そういえば、ウチの死んだばあちゃんが、そんなことを言ってたな。」

航介の祖母は、ある町の松尾集落の出だった。祖母は旧盆に本家に帰るとき、「マドさ行ぐ」とよく言っていた。航介は、「本家カマド」の略のことだと思っていたが、「松尾」という地名の転訛だったのかもしれない。

「『的に矢が当たった。大きな栗の木の下で』だって。わけわかんねぇ。」

航介は、句の謎解きをやめて歌の方へ目を移した。なんどか音読し、理解しようとしたが、

「今日は、なんだか集中できないな。」

と言って、これも投げ出した。寝不足のせいもある。目を閉じた航介から便箋を受け取ったアーニランが、携帯電話を片手に,「消えた杉沢」だけを検索しだした。なにか感ずるものがあったのだろう。

 しばらくして、航介はアーニランに叩き起こされた。アーニランの携帯電話は、検索サイトにアクセスされてあり、そこには「消えた杉沢」の検索結果がズラリと表示されていた。

「ハァ?」

航介は、思わず声をあげた。ヒットしたサイト数が異常に多い。しかも、すべて「青森県の杉沢村」云々と書かれてあり、「人殺しの村」だの「猟奇伝説」が、キーワードとされていた。どうやら、それらのサイトには、おぞましいことが書かれてあるようだ。さらに驚くべきことに、「杉沢村」に関するDVDがすでに発売されており、地元紙でも取り上げられているというブログ情報も目にした。世間は大騒ぎらしい。

「おいおい、こんな話は聞いたことないぞ。」

二人は、一路、市立図書館へ向かった。

 航介は、ブログ情報を頼りに、司書へ古新聞の閲覧を申し出た。地元の代表紙である。すでに、マイクロフィルムに刷られていたその資料には、「杉沢村」に関する記事が大きく書かれてあった。

『先日、在京民放で放送されたテレビ番組によって、県内に実在しない杉沢村なる自治体についての問い合わせが、青森県庁や各報道機関へ殺到している。その内容は、一人の殺人鬼によって全村民が虐殺され、地図から消えてしまった伝説をもつという話である。当社では、人口の自然減少によって廃村となった青森市内の小字が誤解されたものと推定し、これらデマゴギーや都市伝説に振り回されないよう、注意を喚起したい』

「テレビが先だったみたいだね。」

「いや、テレビよりネットが先だと思う。テレビ局は、根も葉もないことを捏造できない。たぶん、ネットで流通していた情報を、その番組が拾ったはずだ。」

航介は、冷静に分析した。

「しかし、『地図から消えてしまった杉沢村』とはなんだろう。」

「あの『埖渡村』の隣りにある、旧杉沢村のことなんじゃないの?」

航介は、「それも考えたさ」と言ったものの、「地図から消えてしまった」という形容詞が引っ掛かった。航介もケータイを取り出し、国土地理院の地名検索サービスにアクセスして、「杉沢」という地名が該当する所を抽出し、開架されている全国の地誌本にひとつずつ対照させていった。

「『杉沢』という地名は、東北にしかないんだなぁ。」

航介は、意外な結果に驚いた。「杉沢村」などよくありそうなのに、なぜか東北地方にしか存在しない。航介は顎ひげに手をやって、地図から地名が消える理由を考えてみた。


・大量殺人事件?

・人口減少による廃村

・津波災害などの自然災害

・ダム建設などの国土開発

・行政区域の改変


「こんなもんだろうな。」

航介は五つの可能性を示し、江戸時代末期にはあったはずの「杉沢村」を探し求めた。

 すると「杉沢村」という藩政村は、現在の青森県においてたった二ヶ所にしか存在しなかった。現在の青森県青森市と、同三戸郡南部町である。どちらも明治の大合併で吸収合併されていた。決して、ダムの底に沈んだりはしていなかった。

 そこに、アーニランが古地図を書庫から持ってきた。

「青森県って北海道にもあったんだね!」

アーニランが手にした古地図は、明治初期に描かれた行政区域の絵図だった。かなり保存状態が悪い。

「北海道だけじゃない!今の岩手県もだ!」

航介は、アーニランの活躍に、場所をわきまえないで大きな声を出してしまった。

 明治四年(一八七一)におこなわれた廃藩置県から、明治二二年(一八八九)の明治の大合併まで、日本各地の行政区域は流動的だった。とくに東北地方は、最後の内戦である戊辰戦争で貧乏クジを引かされたこともあって、それまでの地域社会が徹底的に破壊させられた。まさに、参商のような関係であった旧南部藩系と津軽藩系が薩長の謀略によって合県され、その漁夫の利を得るがごとく敗北者である会津藩の流れ者が入植して、以後の県政に関与していた。

 そんなモザイク模様の初期の青森県は、北海道の渡島半島や現岩手県北も県域だったのである。

「北海道に『杉沢村』があったんじゃない?」

アーニランが推理した。しかし航介は、「その可能性はないよ」とすぐに否定した。航介は、ブラキストン線を知っていたからだ。

「津軽海峡より北には杉が生えないことになっている。あの海峡は、相当古い時代から海峡だったようだ。あの海峡を境に動物も植生も一変する。杉が生えないのに、そんな地名はつけられないはずだ。」

「じゃあ、岩手県にあるのかも。」

航介はアーニランに促されて、未調査だった現在の岩手県内の旧青森県域を調べていった。

 二戸郡を調べていたときである。アーニランが予想したように、たしかに「杉沢村」があったのである。青森県二戸郡杉沢村が、明治初期には行政区域として機能していたのである。現在では岩手県二戸市となり、「杉沢村」は消滅していた。

「ほら、あったじゃん!」

宝物を見つけたように、アーニランは無邪気に微笑んだ。しかし、航介の表情はいまいち冴えない。

「こんなものが、都市伝説として広まるだろうか…」

航介は自分の地形図を広げ、旧杉沢村付近を目で追った。すると、有名な大寺院があるではないか。


「八葉山天台寺」


桂清水観音とよばれてきたこの名刹は、歴代の南部藩主が保護してきた大寺院である。全国的に有名なあの女流作家が、先日まで住職を務めていた。

 航介は、この尼住職がおこなう法話で、彼女が「杉沢村」のことを広めたのではないかと推測した。全国から集まってくる善男善女がその話を各地に伝え、都市伝説化したのではないかと考えてみた。

 航介は、京都の庵で隠居している彼女に、自分が京都に戻ったら取材をすることにした。彼女への手土産には、あの仮説の呈示を予定して。


「糠部の『戸』地名は、日吉山王信仰の影響下にあり、北斗九星を降ろした地上の星である」


 天台宗の住職である彼女ならば、この手土産は歓迎されるだろう。比叡山から千キロも離れている日本の奥地に、千年前に同じ香りの仏が咲いていたという仮説は、僧侶にとっても誇らしいのではないだろうか。航介がここまで自惚れるのは、最近、この仮説を補強する知識を得ていたからだった。


「天台とは天体観測をする場なり。彼の三台星に之をつくるべし」


 三台星とは、おおぐま座の足を結んだものに比定されている。中国の古典「晋書天文志」には、上台、中台、そして下台という三ヶ所の天文台に、それぞれ寿命、宗廟、そして軍隊を統括する役割をおわせた旨が書かれてある。


•上台 おおぐま座ι星タリタ

        κ星タリタ・アウストラリス

•中台 同   λ星タニア・ボレアリス

        μ星タニア・アウストラリス

•下台 同   ν星アルラ・ボレアリス

        ξ星アルラ・アウストラリス


北斗九星の魁の底を支えるような三台星たちは、中国から輸入された天台宗の特別な星にちがいなかった。そのために、琵琶湖西岸の坂本に北斗七星を祀る日吉大社があり、その日吉大社を見下ろす比叡山に、三体の仏が祀られているのだと推理した。もちろん、三位一体の仏は三台星に相当する。

 しかし、航介は、あの女流作家を思い浮かべながら、アーニランに「世間を賑わしている『杉沢村』はここではないよ」と言った。杢蓮が航介に興味を持ってもらいたかったのは、やはりあの杉沢村にちがいなかった。

 神の気に満ちたあの神秘的な空間は、冒険者にとって、いまだ未知なる宇宙そのものだったのだ。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ