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 玄関先で工藤と別れた航介とアーニランは、御前神社へ向かった。渡る必要がなかった湊橋を渡って。「このお宮は、アーニランのためのものだ。」

もっともアルニラムらしいアルニラム。祭神の住吉神は、二人の冒険者を導いてくれるのだろうか。

「五月十五日が例大祭で、『御浜入』はその前の日なんだね。」

「十五日っていうのは、陰暦で満月だったことを記念する名残さ。お祭りは、だいたい十五日に行われる。月の満ち欠けは、人の心に大きく影響していたんだ。今じゃ、みんな知らんぷりだけど。」

航介は、参道の玉砂利に三×三の九マスの行列を書いた。

「魔法陣って知ってる? タテ、ヨコ、ナナメのそれぞれ一列を計算すると、同じ値が導かれるクイズなんだ。そのうち、いちばん小さな魔法陣がこの九マスのもの。三つの項をそれぞれ足していくと、十五になる。」

「十五…。」

アーニランは、試行錯誤を繰り返し、九マスを五分ほどかかって埋めた。「正解だよ」と言った航介は、

「これには覚え方がある。七五三ってあるだろ、神社にお参りに行って、千歳飴を貰ってくるやつ。それを、まず中央にドーンと入れちゃうんだ。西から東へ。」

「西から?」

「三歳、五歳、七歳の順で埋めるなら、東から西さ。天体の動きと一緒。特に意味はない。」

「じゃなくて、魔法陣がなんで方角と関係あるの?」

航介は「ああ、そっちかい」と言って、簡単に陰陽道の九星占術の話をした。

「アーニランは、もうすぐ十五歳。昔なら、『ねぇやは十五で嫁にゆく』年齢だよ。男の子が、神様の前で元服するのも十五歳だし、義務教育も十五歳まで。むかしの人は、十五という数字に相当な美意識を持っていたにちがいない。」

「『埖渡村』もでしょ。」

アーニランの指摘に、航介は、久々に思い出した。「土の花」にも、十五が隠されているにちがいない。

これだけは、二人で独占する著作物だった。

「五月十五日に例大祭ってのは、意味深だよなぁ。前の日に、櫛引からわざわざ渡御するわけだし。」

航介は地形図を広げて、櫛引八幡宮から御前神社の地理的関係を確認した。どうやら方位角で五十七.五度、羅経盤では寅になる。その数値を見た航介は携帯電話を出して、川向こうに見える測候所へ電話をかけた。

「館鼻で、夏至の太陽の方位角は何度ですか?」

今日の電話番が、どんな役職だったかはわからないが即答で返ってきた。さすがプロである。

「真北から五十七.五度です。」

航介は、アーニランに満足げな表情をした。

「御前神社の例大祭は、本来ならば、夏至におこなうべきもののようだ。『御浜入』は、その前日に。」

ふたりで解明した「かごめかごめ」の歌詞に込められたインテリジェンスの実存が、いまだにこの町に残っていたようだ。

「この『御浜入』は、櫛引八幡の応神天皇が、御前神社の神功皇后へ会いに来る話になっている。」

そう言って、航介は前髪をかきあげた。

「物語としてはそれでいい。しかし、この『御浜入』のインテリジェンスは、おそらく、櫛引八幡宮におわす八幡神が館鼻岬まで渡御して、例大祭の旭を食べる準備をすることなんだ。次の日、水平線からは、もっとも活きのいい夏至の旭が昇ってくる。」

「旧暦の五月十五日未明といったら、牡牛座の『鶴』と『すばる』が、太陽をお出迎えする日ね。」

「さっき、七五三の話をしただろ。あれをするのが、十一月十五日だ。この五月十五日の半年後さ。旧暦で考えれば、冬至と夏至のウラオモテとなる。本来のインテリジェンスに忠実に祭祀するのならば、七五三ってのは十二月下旬の冬至に、『御浜入』は、六月下旬の夏至前日にするべきなんだよ。この宮司さんは、気づいていないんだろうな。」

 航介は、御前神社の祭事を自分なりに分析していくことで、八幡信仰に大エジプトの遺伝子が組み込まれていることを確信していた。夏至に勢いよく昇ってくる旭が大好物だという八幡神にとっては、スフィンクスとはちがって、年に一度だけの食事日だ。食欲が旺盛なのも理解できる。

 そんななか、祭事で忘れ去られた記憶が多いことが気になった。これは、政治のせいではないのか。

 航介は、明治政府による廃仏毀釈や、敗戦後の占領軍による民族アイデンティティの解体を批判した。外国人や旧植民地出身者によって構築された無宗教教育を、国家の危機としてとらえた。その一方で、不安定な人民の心につけこむ新興宗教の伸張は、自明の理だとも考えていた。たとえ、それが仏教系であろうとキリスト教系であろうと。もちろん、航介は明治以後に発足した新興宗教のすべてに否定的だった。たとえ神道系であろうと。しかし、無宗教者と売国勢力によって治められた子羊たちが、救いを求めて新興宗教へ入信したり、マルクスやニーチェにかぶれたりすることは、人間の性として理解しようとした。ただ、航介は、他の人とはちがって維新より前に成立していた古来の神仏に、もう一組の父と母を見出そうとしていたのだった。

 ハッキリとはわからないその神の香りは、潮風にのってほのかに芳しく、神仏混交で、すでに土着的な「あのころの神」なのだった。

 柳田國男の真似をして、あるいは批判をしながら在郷の神仏や古来の風習を考察してきた航介は、さまざまな格差問題や青少年問題、そして高齢化問題といった社会の荒廃が、宗教のタブー視に源を発しているのではと考えるようになっていた。かつて、神や仏は、国や地域をまとめあげる存在であった。抑圧からの解放を求める民衆や、貧しさに苦しむ大家族を束ねる存在でもあった。

「悪いことをしたら地獄に落とされるぞ。」

と言った祖父の言葉は、無垢な幼い航介の記憶にすり込まれていた。

「嘘をついたら閻魔大王に舌を抜かれるんだよ。」

という祖母の言葉には震え上がったものだ。

「弱い者をいじめたり、お年寄りを粗末にすると仏罰にあたるぞ。」

と叱ってくれた遊び場の住職の言葉は、すでに小学生となった航介の心にも響いていた。そんな地域社会の知恵を無視し、「神は死んだ」などと平気に吐き捨てる頭でっかちは、そのうち、人も殺すのだろう。


・水上の 恩賜にかえす 放生会 (航介)


「武神として祀られることが多かった八幡大菩薩は、仏教の精神からすると矛盾している。宇佐八幡ではその反省として、『蜷』と呼ばれる巻き貝を川へとかえしてきた。」

「巻き貝?」

「春に採れるこの巻き貝は、形がタケノコに似ている。殺気盛んな八幡信徒を教育するために、『武の子』に掛けて撒いているのかもしれない。もし、オレが御前神社の宮司ならば、『御浜入』に放生会を組みこむだろう。天には鷹を放って、地には蜷を撒き、氏子連中には筍料理を振る舞う。」

 航介は、宇佐八幡の中興の祖である法蓮が工夫してきたように、神仏への崇敬と地域振興をリンクさせたユニークなモデルを考えはじめていた。過疎化が進行する地域社会のエントロピーを、小さく保ち続ける最良の処方だと考えていたからである。

「オレが法蓮なら、どうするだろうか…」

 この瞬間、航介はひとつ、大人の階段を登った。

 航介は、あの頃のように、多くの子供たちで境内が賑わう風景を期待した。生まれつき人間が持ちあわせている残酷なまでの暴力性を、神社の祭りという場で存分に発散させてやる。有名なだんじり祭(大阪府岸和田市)のように。

 一方、寺では困っている人に手を差し伸べる慈しみを教育する。年寄りの昔話には大勢の子供たちが胸を躍らせ、子育てを終えた先輩ママさんが、育児に悩む若いギャルママたちにアドバイスする。漠然と、そんなイベントを考えてみた。

「まるで、香具師か興行屋やな…」

航介は、イベントの企画をしている自分を自嘲した。大学でも、ただのくだらない人集めを「イベント」だの「セミナー」と称して活動する熱心な学生がいた。

「アホらしい。まるで、ヤクザのなり損ないやないか…」

航介は、ひとつ登った大人の階段を、すぐに降りることになった。これが志というものだとは気づかない。思いを実現することから逃げているのだ。

 そのような善行は、徳のある王の務めとされてきたのに。


「よぉ、市野沢くん。」

 不意に、社殿のうしろから航介を呼ぶ声がした。航介とアーニランが振り返ると、黒ずくめのスーツを着た男が三人、ゆっくりと近寄ってくるのが見えた。そのうちの一人は、同級生の三浦だった。

「杢蓮和尚からだよ。」

三浦は、胸ポケットから薄い茶封筒を手渡してきた。なぜか、五芒星で封がされている。不審がる航介の言葉を遮った三浦は、残る二人を「ツレ」とだけ言った。目つきといい、どこか湿っぽさがある連中である。

「友人にしては年齢が離れすぎてやしないか?」

航介はそう思ったが聞くのをやめた。航介にとって、三浦など親しくもなかった人間である。例の社交場を紹介してもらってはいたが、この町に住んでいるわけでもない航介とアーニランは、句や歌の投稿こそしても、その場に出席することはもうなさそうだった。二人は、それだけの会話で彼らと別れた。

「ムカツクなぁ。なんで上から目線やねん。」

 航介は、品がありそうで実は卑しい三浦の本性を、第六感で感じ取っていた。


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