23
この日、南部曲家を離れることになったのはアーニランの都合からだった。アーニランは母親との連絡はとっており、家出をしていたわけではなく、もちろん航介にたぶらかされたわけでもなく、この一ヶ月の間、十四歳の意志で航介と行動してきた。
しかし、一月九日は、およそ半年ぶりに愛犬が帰ってくると予言された日だった。その予知夢を信じる根拠など何もないだろうに、アーニランは金沢への帰宅を切望した。
「なぜ、その夢を正夢だと確信するの?」
「だって、その夢には、色が着いていたんだもん。」
いつもより笑顔が映えているアーニランの様子を見て、航介は、行方不明のその犬に嫉妬した。航介は、今朝見た夢をアーニランには言わなかった。たまたま見た夢などにふりまわされている小さな自分を隠したかった。もう少し調査を進めたあとに、さも科学的な根拠があるようなフリをして、えらぶって教授したかったのだ。
今朝は、よく電話が鳴る。いまだに、ダイヤル式の黒電話で用を足している市野沢家では、そのけたたましい呼び鈴がここまで連続すると受信者を不快にさせる。まだ午前九時にもなっていないというのに、インターネットの回線だの、貸しアパートの建設だの、外資系の生命保険だの、およそこの鄙びた里には似つかわしくない、いかがわしい営業の電話が続いた。そのうち羽毛布団や浄水器の押し売り、そして保守系の大新聞の勧誘がやってきて、一見してその筋と思われる人相をした三人の中年が、たてつづけに航介と短いやりとりをしていった。イライラしていた航介は、最後の新聞勧誘員には、くわえタバコにタメ口で、あからさまに嫌味な態度をとった。「私は、横浜から出張で来ています」などと、訳のわからないことを口にしたその中年の勧誘員は、なぜか口元に不敵な笑みを浮かべて、航介の前から消えていった。
「いい歳して、横浜から新聞勧誘だって。」
と吐き捨てた航介に、アーニランは優しく穏やかな心でフォローを忘れなかった。
「世の中、不景気なんじゃないの?」
決して、雲助への同情ではないアーニランの言葉は、とがり気味の今朝の航介を、まるく包み込むことが目的のようだった。
しばらく会えなくなる両親のために、航介とアーニランは二人で朝食をつくることにした。いつもの和風ではなく洋風のメニューで。定番の卵焼きも、だし巻ではなくオムレツにした。航介は、生クリームを滴らした四つの卵を強火のフライパンに流し込み、激しく両手を使ってふんわりとしたプレーンオムレツをつくりあげた。一方、アーニランは、ピザトーストとサラダをつくろうといくつかの野菜を切っている。途中で思い出したのか、ドレッシングのために用意したシソの葉をあわただしくミキサーにかけ、その傍らでサラダ油や塩胡椒の分量を、慎重に何度も加減している。航介は「遅いよ」とからかいながら、オニオンと小さく刻んだベーコンが入ったコンソメスープをカップに汲み、ミキサーにはシソに替えて林檎とバナナ、そして牛乳と氷をブッコんだ。
三十分ほどかかって作りあげた朝食は、正方形のコタツの上に並べられた。ダイニングテーブルに並べられていれば格好もついただろうに、市野沢家の冬の食卓はコタツだった。食器棚には、四人分のナイフやフォークがなく、気取った洋食を箸で食べることになった。コンソメスープを飲むために、父親が箸を不器用に使おうとするので笑いが起こり、アーニランが腹を抱えながらスプーンを取りにいった。
洗い物をしている時、アーニランがふと尋ねてきた。
「こんど、いつ来れるのかなぁ。」
「いつでも来れるさ。うちの親父もおふくろも、アーニランを自分の娘だと思っているよ。」
航介は、アーニランがこの家を気に入ってくれていることが嬉しかった。娯楽がない町のたいして裕福でもない航介の家族を慕ってくれるアーニランに、航介は無償の愛を感じていた。短い睡眠時間のせいなのか、それとも胡散臭い営業マンたちのせいなのか機嫌が良くなかった今朝の航介も、アーニランと二人で料理をすることで、落ち着きを取り戻していった。
航介は、「ジオ俳句・ジオ短歌の会」の課題を片づけてから、この町を離れることにしていた。前回、最優秀賞を手に入れた航介によって「四戸」が御題とされていた。
航介は、自分が推定した「四戸」にほぼ対応する南部町の歴史や風土を、ユニークな形で句と歌に盛り込む作業を始めた。
この日も、すぐに浮かんだ風景や印象深いあの人の言葉、さらに愛郷者として忘れてはならない出来事や年月に埋もれてしまった知恵の数々の発掘を、古い机の上で気張ることにした。
即興でいくつか作ったあと、句と歌のバランスを考えながら、社交場へ提出するワンペアをアーニランと考えることにする。
・星岡に つるつるすべる 月の山 (航介)
「この句は、法師岡という場所にある月山神社を詠んだんだ。旧星岡小学校に赴任したツルツル頭の校長先生と無邪気な児童たちが雪遊び、なんてね。」
そう言った航介は、
「『かごめかごめ』という童謡を知っているかな?」
とアーニランに質問をして、全国の子供たちに口伝されてきた歌詞を、二通り書いた。
・かごめかごめ 籠のなかの鳥は いついつ出遣る
夜明けの晩に 鶴と亀がすべった 後ろの正面 誰
・籠目籠目 籠のなかの鳥居は 五五出遣る
夜明けの番人 ツルツル統べった 後ろの正面 誰
「一つ目は、標準なもの。二つ目が、オレの解釈。」
航介はチラシの余白に五芒星を書き、野球のホームベースに似た、中心部の五角形を塗りつぶした。
「竹とか蔓草で籠を編んでいくと、この目が現れる。力学的には六芒星の方が安定するという人もいる。たとえば、サッカーのゴールネットのように。」
航介は塗りつぶした五角形に、神社の地図記号を赤ペンで書き入れた。
「『籠のなかの鳥』というフレーズで、『不自由な人』を表す。しかし、音節からすると『トリ』ではなくて、『トリイ』と言っているように聞こえる。『いついつ』は、五月五日のこと。この前、杢蓮和尚が言ってたよね。この日は何の日だっけ?」
航介は、「ジオ俳句・ジオ短歌の会」で、主催者である大山杢蓮が述べたことに感化されていた。
「端午の節句だよね。男の子の日。たしか、あの和尚さんは『勝負の日』だって言ってた。」
「そう。『不自由な人』が、『勝負の日』に『出遣る』。『遣る』という語は、英語の【do】と同じ意味なんだけど、スラングで『殺す』とか『不利益を与えてやる』という攻撃的な意を含んでいる。オレは、この有名な童謡をあの本能寺の変と絡めて解釈してみようと思うんだ。」
・明智家の家紋である桔梗紋よ ああ桔梗紋よ
不自由で身動きがとれないでいる光秀は
端午の節句に勝負に出る
夜明け間近に襲い込むだろう
信長に恨みを持つ比叡山の僧侶がけしかけた
さて、その向こうにいる黒幕とは?
「光秀は、比叡山と日吉大社の門前にある坂本城の城主だった。これは彼の希望でもあり、信長はそれを認めた。インテリ志向だった光秀は、僧侶や宮司と深い付き合いをしていたに違いない。『ツルツル』ってのは、僧侶が剃髪している状態さ。」
戦国時代の謎の解読に、アーニランも興味津々だ。
航介の心の内では、目隠しをした幼いアーニランが、大勢の子供たちに取り囲められている。いつまで経っても「後ろの正面」を当てることのできないアーニランはずっと目隠しをしたままで、まさに籠の中の鳥だ。まるで、アーニランがいじめられているように見える。
「アーニランはこの童謡で遊んだことある?目隠しをした子の周りを、ぐるぐる回るやつ。」
小さい頃からひとりぼっちのアーニランには、そんな想い出はなかった。母親がエジプト系のアーニランは、その存在さえ知らなかった。航介が説明すると、
「目隠しをしている子を中心に、巡るお星様…」
とつぶやき、次の句を詠んだ。
・あかつきに 夜明けの番人 あづまかな (アーニラン)
「目隠しの子は太陽で、手をつないでぐるぐる回っている子たちは惑星を表すのかも。『夜明けの番人』だって、明けの明星のことだと考えれば、闇夜にうごめく悪人を朝日が昇るまで取り締まる警備員に、金星をあてはめて考えることができるよ。」
・五芒星よ ああ金星よ よく聞くがよい
閉じた系の真中で動けないあの偉大な星は
端午の節句になるとその位置からおでましになる
明けの明星よ お前は二つの星によって抑えこまれる
ひとつは太陽 さらにその向こうにある牡牛座に
「なるほど。籠目は金星をあらわすのか。そういえば、旧暦の端午の節句は、太陽暦では夏至のあたりだ。もっとも朝が早く来る日でもある。太陽の力がもっとも強力で、闇夜で偉そうに威張っていた金星などひとたまりもない。日の出が近づくにつれて、金星の光は弱まっていく。」
「地球が宇宙の中心であることを前提にしていると、地動説というのはものすごい秘密なの。『コペルニクス的転換』っていうでしょ。」
「これまで、『後ろの正面』というフレーズを、うまく解釈できなかったんだ。アーニランが言うように、真夏の朝の東の空を表現したのならば、太陽の向こうにあるはずの牡牛座や、その代表的な一等星のアルデバランを『後ろの正面』という変な日本語でわざわざ暗示したことが理解できる。」
アーニランは、チラシの裏に牡牛座の星座図を描き、さらにその星座線に肉付けするように、プレアデス星団とヒアデス星団を組み合わせて、優雅な鶴のイラストを描いた。その鶴は、右の翼に大きな丸い鏡を抱いている。アルデバランだ。
「プレアデス星団は『すばる』と呼ばれてきたの。その語源は『統ばる星』だからなの。肉眼で見える六つの星々を束ねた姿は、よく髪飾りにたとえられていたんだって。」
アーニランは、航介が知らなかった知識を恵む。
「鳳凰というのは、中国の為政者が好む鳥だよね。日本の為政者が、もっとも好んだ鳥は?」
「鶴か白鳥だけど、まあどちらかというと鶴だろうね。家紋や地名にたくさん残っているからね。ヒアデスの星座線を、威嚇している鶴の翼と解釈するのか。」
「牡牛座のヒアデス星団は、『あめふり』とも呼ばれているの。これが、『雨降り』ではなくて『天降り』の意だとしたら、『統ばる』と合わせて、カリスマをもった人間の降臨が連想できるよね。」
航介とアーニランは、「かごめかごめ」の歌詞には、地動説をもとにして、太陽系という情報が隠されているという結論を共有している。その作詞者は、「ツルツル統べる」で牡牛座そのものを指示したのだ。彼は、「後ろの正面」という変わった表現でその位置から昇ってくる夏至の太陽を導きたかったのだろう。
さらに、金星という闇夜の将軍をスケープゴートにして真の王者である太陽を礼賛する詩が込められ、無邪気な子供たちの遊び唄として歌いつがれてきたというわけだ。いつまでも目隠しをされていじめられているように見えた幼きアーニランは、その実は、礼賛されているのだった。
このわらべ歌は、天体運行に関するインテリジェンスを独占できた頃のインテリたちの知的な悪戯ではないだろうか。有能な作詞者は、「本能寺の変」説を唱えていた航介の暴走を苦笑しながら、高みの見物をしていたにちがいない。
航介は、アーニランとだけで共有する秘密が増えていくにつれて、二人の愛が深まっていくような気がした。
「霊験あらたかなその鏡を抱えて 荒れた国土と不埒な者どもを統べろうではないか
明けの明星が出没する年回りの時 夏至の太陽に身を合一させ
絶対無二の王者となり天降ることにしよう 勇猛な牡牛のように…」
・比売神の ふるきかんざし 樺細工 (航介)
「この句は、『杉沢村』と『樺木村』を隠しているんだよねぇ。比売神っていうのは?」
「八幡神は三位一体なんだ。総本宮の宇佐神宮(大分県宇佐市)を例にとると、応神天皇、比売神、そして応神天皇の母親である神功皇后の順で祀られている。櫛引八幡宮でも同じ順序だ。」
航介は、祀られている神々の位置を書いた。
・一之神 応神天皇
・二之神 比売神
・三之神 神功皇后
「ここで、注意してほしいことがある。順番と位置だ。オレらから見て、向かって左側が一之神、真ん中が二之神、そして右側に三之神。八幡信仰は仏教と一体であり、代表的な所では、ほとんど神宮寺をもっていた。これを見てほしい。」
航介は百科事典を取って「唐本御陰」(宮内庁蔵)のページを繰り出した。そこには、聖徳太子と二人の王子が描かれている。
「仏教の常識として、もっとも位の高い者こそ真ん中におさめられる。いや、仏教だけではない。官位でもそうだ。南面する天皇を中心として、左大臣と右大臣がはべり、左大臣は右大臣よりも格上だ。」
「そうすると、比売神がもっとも格上なの?」
「と、言いたいが」と答えた航介は、やはり序列は、応神天皇、比売神、そして神功皇后の順とした。
「それでは、位置はデタラメなの?」
「デタラメでもないよ。あの位置関係は、この東洋で通用する配置ではないということなんだろう。」
航介は、前髪を整える。
「いまや全国各地で八幡神が祀られている。とくに、古典に頻出されるところを挙げてみよう。」
・宇佐神宮(大分県宇佐市)
・筥崎宮(福岡県福岡市東区)
・石清水八幡宮(京都府八幡市)
・鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)
「この代表的な四ヶ所は、同じ『八幡宮』を名乗っているが、不思議なことに、祀られている神の位置がちがうんだ。」
航介は、九州にある二ヶ所のお宮こそ三位一体である八幡神の原形だと考えていた。
「じゃあ、京都と鎌倉の八幡さまは?」
「八幡神の性格が九州のものとはちがうというか、東洋的、正確には儒教文化圏的に変質したということなんだ。これは、石清水も鎌倉もヨソから勧請したからこそのこと。本宮がある宇佐から、直接に輸入したわけではないんだ。寄り道をしてしまうと、大体こうなる。」
航介は、誰かと同じように、伝言ゲームの症状を例にして変質していった八幡神を説明した。
「そのうえ、鎌倉の八幡神は、武神的な性格が強い。征夷大将軍である頼朝は、先祖筋にあたる八幡太郎義家こと、源義家を参考にしたにちがいない。同じ奥州を治める者として。」
「八幡太郎というニックネームの由来は?」
「義家が元服したのが、石清水八幡だったからさ。」
航介は、よく理解できていないアーニランの様子をみて、石清水八幡宮の近くにある天王山(京都府乙訓郡大山崎町)周辺の地形図を開いた。
「ここ大一番を、『天王山の戦い』という。本能寺の変のあと、光秀が豊臣秀吉に敗れた『山崎の戦い』をしたこの場所が、その由来だ。」
「聞いたことあるぅ。」
「この戦に勝った秀吉が、後に天下を獲ることになったから、『天下分け目の戦い』というニュアンスでよく使われる。しかし、この場所で両陣がぶつかったのは、地形的な要因からどちらかが戦術として選択したのだろう。こんな地形を、地峡という。」
そう言った航介は、京都と大阪間にある代表的な渋滞スポットの原因を質問した。
「名神高速の天王山トンネルは、現在のように上下八車線になる前は、しばしば渋滞した。国道のバイパスもあるのに。なぜだと思う?」
アーニランはしばらく地形図を眺めて、
「淀川のせい?」
と、工事費用がかさむ架橋の必要性を回答する。
「六十点。」
と採点した航介は、このスポットが洪水常襲地帯であったことを指摘した。
「石清水八幡が坐す男山と天王山に挟められたこの場所で、水量がある宇治川、木津川、そして桂川の三川が合流する。淀川はここより下流だ。琵琶湖という天然ダムからの水はもちろんのこと、京都盆地のすべての水脈が、この場所のみを経由して一気に大阪湾へ流れ込む。濃尾平野の輪中どころではない大水害地帯だ。窮屈になるこの場所へ、水と同じように京滋地域の多くの財が流れ込み、水とは異なって阪神地域の多くの財も逆向きに流れ込む。交通がここで渋滞するのは、実に当たり前なんだ。」
「ダムの蓋をするんだったら、ココだね。」
と言ったアーニランに、航介は、彼女が地形図を読めるようになってきたことを嬉しく思った。
「ちなみに、将棋盤の中央、5五を天王山という。」
航介は、将棋盤を知恵の宝庫ではないかと考えていた。小将棋の81マスに、小宇宙の美を感じ取っていた。行列を意味する【matrix】とは、ラテン語で母体や子宮を意味する。産む力のある存在から、新たに次々と生まれてくるのはごく自然なことだ。
「石清水八幡宮は古代の防災ダムだったはずだ。」
航介は、突飛なことを言い出した。以前、石清水八幡宮へ導くケーブルカーの中で、初めて三川合流部を見下ろした時にそう直感していたからだ。眼下では、数本の大きな河川が蛇のようにうねり、いくつかの大きな橋が架かっている。
「もちろん、現実に水を溜め込んでいたわけではない。八幡信仰のなかでのダム機能ということだ。正確に言えば、荒ぶる川を八幡神が支配するということ。これを治水という。」
「八幡さまが治水の神?」
航介は、「根拠は、後々言うことにしよう」と言って、応神天皇と神功皇后にまつわる伝説を、記紀から引用して説明した。
「日本書紀には、朝鮮半島にあった新羅という国を征討するために、筑紫経由で神功皇后が攻め入ったと書かれてある。皇后の腹の中には、後に応神天皇となる皇子が宿っており、ゆえに、この母子が軍神として神格化された。」
「ふつうなら、母子ではなく、父子を軍神とするはずだよね。」
「神功皇后の夫は、仲哀天皇だ。もちろん、皇子の父でもある。今では、全国各地にある八幡宮のうち仲哀天皇も祀っている所があるが、オレは八幡神にこの天皇は必要がないと思っている。ハッキリ言おう。この伝説では、神功皇后に夫は要らない。おなじく皇子に父親は要らない。母子家庭で結構なんだ。」
アーニランは、母子家庭という言葉に反応した。
「パパが要らない子供って?」
航介は、エリートという概念を正確に解釈した。選良とは、一般的な支配者層や努力してきた人を指すのではない。努力する姿を評価して神が選んだ人のことだ。いや、努力せずしても神に好かれている存在がいる。それが、エリートだ。
「この伝説で、エリートを一人だけ挙げてごらん。」
「皇子。応神天皇。」
「そのとおり。皇子は、この世に生を受けたときには、すでに新羅征伐を成し遂げている。彼には、なんの経験や負担もないのに。軍神として敵と戦ったのは、お腹の大きな皇子のママだ。」
「お腹の大きなママ…。」
「応神天皇の諱は、『ホンダワケのミコト』という。この『ホン』というのは、古い言葉で金属を表す。『ダ』は、有る所。『ワケ』は、『分別すること』なのではないか。この『ワケ』という音から、道鏡の謀略を糾弾する『宇佐八幡託宣事件』で活躍した和気清麻呂の和気姓に続く。もしかしたら、大分の『分』や、別府の『別』も、『ワケ』由来かもしれない。」
航介は、「ホンダワケ」と謚られた応神天皇に込められている「ことのは」を自分なりに微分したあと、さらにたたみかけた。
「では、陰陽五行で、八幡神の属性は?」
アーニランは「土気」と答える。その理由を問うと、「土剋水」の治水の効用を根拠にしている。
「たしかに、そういう解釈もできるんだけど…。」
と航介は言い、軽く前髪をかきあげた。
「八幡神がメジャーになったのは、東大寺の盧舎那仏を造立したときだ。筑紫の技術者たちを束ねる象徴として、聖武天皇によって招来された。若い男たちに担がれていた八幡神は、神輿や仏像ではなく、巫女そのものだったらしい。」
「生身の女性?」
「この巫女は、現代の神社でよく見られているように、神の前で舞を披露したり、ましてや百円のおみくじを売ったりする娘のことではない。イメージでいったら、恐山のイタコに近い。預言者、憑人、霊媒師のこと。この巫女の代わりに、薦の枕を偶像とする例もある。これは、託宣を受けるときの神懸かった巫女の姿に由来するのだろう。巫女はムシロに横になり、ある種催眠状態になって神の御告げを受けた。浅い夢を見ているようなもんだ。」
「筑紫からわざわざ平城京へ出稼ぎに来た人たちは、どんな技術があったの?」
アーニランからのこの質問は、謎の八幡神の本性を決定づける、実に重要なものだった。
「鍛冶の匠だ。工匠と言ってもいい。そのニュアンスは、広くとってほしい。」
「鉄製の武器をつくる人、銅製の仏像をつくる人、それに金メッキをする人…、という意味ね。」
「正解。だけど、重要なことをひとつ忘れている。」
アーニランは、わからないようだった。
「原料だよ。鉄や銅、金なんかをどうやって調達するのさ。昔の鍛冶の匠は、金属が多く含まれた土を探すことも求められた。火をバンバン焚いて、炉の側で汗だくになって作業するだけにとどまらないんだ。鉱脈を掘り当てる地質学者や、炭坑夫のような仕事もあったはずだよ。」
「じゃあ、錬金術師ね。」
錬金術…。現在では、卑金属を貴金属に変えてしまう魔法やあぶく銭の儲け方としてネガティブに理解されている。しかし、そもそも素人には石ころにしか見えない鉱石から金属を抽出し、さらに製品化するという一般的な科学技術を、錬金術というべきなのである。
「そのとおり。応神天皇は、錬金術師だ。」
航介は、舶来とおもわれる八幡神に皇室が関与するという矛盾を、独自の方法論で分析した。
「『ホンダワケのミコト』という諱には、『金属がある所を分別する貴人』というメッセージが隠されているにちがいない。」
「ホン・ダ・ワケ…。」
「アーニラン、よく考えてごらん。半年もかけてコメを栽培したり、あてのない漁をするよりも、短期間に裕福になるための職は、どう考えたって鍛冶の匠だ。鉱石から金属を抽出するという情報は、名騎手が良血馬に乗るという情報よりもオイシイ秘密だろ。これに興味を持たない王などいるはずがない。」
航介は、ユーモアを交えて話した。
「『応神』の『応』の字。これも、八幡神を示唆する文字なんだ。アーニランは、『弘法にも筆のあやまり』ということわざを知ってる?」
「『猿も木から落ちる』や、『カッパの川流れ』と同じ意味でしょ。」
「書の名人である弘法大師空海が、間違えた漢字がこの『応』だ。『南無八幡』と言って生まれてきたといわれる空海が、こんな『応』の字を間違えるわけがない。おそらく空海のミスは恣意的なもので、このエピソードにより、逆に応神天皇が心に刻まれていくことを狙ったのかもしれない。ちなみに、『応』の象形文字は鷹狩をイメージするとされ、この天皇は武人的な性格も持っていたことを類推させる。」
航介は、三位一体の八幡神のうち、ホンダワケと呼ばれる応神天皇に込められた性格を理解して、さらに上位の神が、応神天皇に託している根源的なインテリジェンスを抽出した。
「応神天皇は火の神だ。一つは、火を扱う鍛冶の匠として。もう一つは、洪水を予防する軍人として。」
「予防?」
「アーニランは、八幡神の性格を『土気』としたよね。しかし、洪水を治める『土剋水』は、事後に必要な技術だ。呪は、災いを避けるためにおこなうもので、男山の石清水八幡宮に祀られている八幡神の性格は、『火気』のはずだ。」
「防災ということかぁ。」
「まず、『火剋金』によって、三川合流部周辺にある金気を最小限にする。すると、『金生水』の働きが弱まり、出水が減ると考えられてきた。仮に洪水が起こっても、『火生土』によって、土嚢を積み上げる用意はできている。このような哲学が働いているので、石清水八幡の『中御前』という最も格上の位置に、火気である応神天皇が坐しているのだろう。」
航介は、石清水八幡の祭壇の中央に、比売神である宇佐神宮とはちがって、応神天皇が祀られている理由を推理した。
「火の大神である石清水八幡だから、源頼義は、息子の義家をそこで元服させた。頼義が、石清水から鎌倉に勧請させたときも、その八幡神は火の大神だったはずだ。」
「石清水の八幡さまは、まるで火星の精みたいね。」
この朝に見た夢を、まるで覗き見されていたような気がしてドキッとした航介は、アーニランにその理由を聞いてみた。
「ローマ神話の軍神【Mars】は、英語で火星を表すの。惑星記号が『♂』の火星は、男らしく熱く燃え滾る応神天皇にピッタリ。」
航介は、「なるほどね。いいセンスだ」と言ったものの、すでに気づいていたことだった。
惑星記号が「♀」の天体も、この八幡神に込められているかもしれないという仮説は、もうしばらく、航介だけのものにしておこうと思った。
・埖渡 夜明けの番人 金字塔 (航介)
航介は、心のなかで新たに一句詠み、全国各地の八幡宮で中央に祀られている謎の比売神の正体を確信していた。
「金星、ギザの第二ピラミッド、埖渡…」
ほぼ同じくしてあることに気がついた航介は、全身に鳥肌が立っていくのがわかった。しばらく、ボーッと遠くを見ていると、
「いっちー。どうしたの?」
と声をかけられ、ようやく我を取り戻した。航介は、冷たく「別に」とだけ言って、トイレに立った。
便座に座った航介は、壁に張られてあった去年のカレンダーを荒々しく剥がし、右耳の上に挿しこんであった赤ペンを使って、ギザ・コンプレックスを描いた。スフィンクスに正対する構図で。つぎに、宇佐神宮や櫛引八幡宮に祀られている三位一体の八幡神を、神に正対する構図で描いた。その時の航介の前には、賽銭箱が置かれている。すなわち、中央に坐す比売神と正対しているのだ。
「惜しいな…」
ギザ台地でスフィンクスを望むと左手に「火星」、右手に「地球」。宇佐神宮で賽銭したあとに拝礼すると、左手に「火星」で、右手に「地球」なのは共通している。しかし、スフィンクスは真東を睨み、南面する八幡神は真南を睨む…。
・唐獅子の 糞から芽吹く 向日葵か (航介)
三基のピラミッドを、百獣の王でもあるライオンをデフォルメしたスフィンクスの体内から排出されていた「ウンコ」とする。この巨大な糞は、太陽のまわりを巡行し、向日葵のように身をくねらせて光を求める。それでは、スフィンクスは何を食べているのか。
それは王者の象徴とされる太陽ではないだろうか。ちょうど、スフィンクスが目を据えている真東から昇ってくる春分と秋分の旭日である。彼は王者であり続けるために、一年に二回だけの朝定食を喰らう。その日の太陽を喰らってこそ真の王者となるのだ。
ギザ・コンプレックスは、勇猛果敢で知的好奇心が旺盛なファラオによって考案されたはずである。彼は、スフィンクスを使った一連の視覚化によって、太陽系というインテリジェンスを表現したかったにちがいない。「かごめかごめ」のように。
便座の上で目を閉じた航介は、ムチを手にして、スフィンクスの背中に乗ってみることにした。まるでインディ・ジョーンズのように。暴れ狂うスフィンクスは航介を振り落とそうとするが、勇猛にムチをうまく操り、知的になぞなぞを解くことによって、やがて、その百獣の王も手なずけられた。
スフィンクスが最期に言った「王位なる!」の言葉に、航介は自分がクイズ王になったものだと思っていた。これまで乱暴をはたらいてきた百獣の王が、牡丹柄のアロハシャツを着た大学生に退治された。
極東に生を受けた航介は、いくつかの惑星を従え、故郷である東方を望んでいる。この日の夜明け前の東空には、めぼしい星が見当たらない。航介は、つま先まで洗うように流れるナイル川を肌で感じながら、しばらく、まどろむことにした。
ギザの三大ピラミッドは、正四角錐なので正面があいまいだ。スフィンクスの頭の向きによって、ようやくコンプレックスの指向する方角が確定する。出雲を発った白虎が、猛々しく平安京に向かうように。
「八幡神の周辺で、スフィンクスを探せばいいんだ!」
航介は、スフィンクスに相当する地名を、櫛引八幡宮周辺から見つけ出していた。
「法師岡村」
神秘的な埖渡村に北接するこの地名は、いかにもスフィンクスに相当するような奥行きがある地名だ。すでに比売神と金星、そして埖渡村をカフラー王のピラミッドに対応させている航介は、法師岡村に住むこの法師の睨んでいる方角が気になった。素直に考えれば、真北を見ているはずだ。しかしそれでは、法師が太陽化することがなくなる。北半球では、北の空に王者の象徴である太陽は出ないからだ。
どうやら、舶来の八幡神が輸入されてくる過程で、荷扱所のアルバイトが、「天地無用」のステッカーを貼り忘れたにちがいない。そのため、「天子南面す」という東洋思想に侵食されて、八幡神の空間的な配置が変質したのではないだろうか。
「うーん…」
櫛引八幡宮とおなじように、宇佐神宮の社殿も南面している。すなわち、応神天皇は西側、神功皇后は東側に位置している。仮にこのような配列で祀られている八幡宮では、参拝者が賽銭箱の前で手を合わせているとき、彼らはスフィンクスに相当する法師か神官、もしくは王の背中を拝んできたことになるのだ。
航介は、発祥地をコピーした理想的な八幡神の位置関係を、シミュレートしてみた。
①応神天皇
【東】 (法師)②比売神 【西】
③神功皇后
これが、あるべき八幡神の貴き順位と位置関係だ。ところで、大鳥居や賽銭箱を、どこに置くべきなのだろうか。京都の神社では、境内や拝殿の南側に配されていた。たしかに、神々を三次元で捉えれば、それらを法師の前に置き、参拝者はスフィンクスに似ている法師の顔を望みながら拝礼しがちである。しかし、奥に隠されている法師は、いわば船頭である。船頭の前には、水の世界という無しか存在しない。つまり、参拝者は謙虚に西側に賽銭箱を置いて、神々の後方からともに旭日を望むべきなのだ。その時参拝者は、船に乗っていることを初めて意識する。
船頭として参拝者を先導し、春分と秋分に太陽を食することでエネルギーを得た八幡丸は、向こう半年間の運航が保証される。そのエネルギー効率は、マメな補給を必要としない原子力船並みだ。
航介の分析は、八幡神と参拝者との関係性にくさびを打ちこむものであった。南面する拝殿では、参拝者がどれだけ手を合わせて祈りを捧げていても、八幡神はいつも向かって右側へよそ見をしているのだ。これでは、願い事が叶いそうにもないではないか。
「だから、八幡宮では柏手を四つも打つのか!」
航介は、他の神社とは礼拝形式がちがっている八幡信仰の謎を推測した。この八幡宮以外で「四柏手」なのは、出雲大社である。雲が湧き立つ西の果てのその神も、どうやら東西軸に興味がおありのようだ。
だから、参拝者は神にアピールするのだろう。
「頼もう!頼もう!頼もう!頼もう!」と。
航介は、あらためて自分の故郷が世界の極東の、しかも最辺縁部であることに喜びを覚えた。先達が遺した櫛引八幡宮周辺の地理情報が、郷土愛をもち、少年の心をもった独特の感性に刺激を与え、好相性のパートナーを得ることで、点と点を一本の生糸で結びつけることを促している。
航介は、便座の上でふたたび目を大きく見開いた。
「ギザのピラミッドは、防災ダムである」
「ギザのピラミッドは、ナイルに浮かぶ船である」
そして、
「ギザのピラミッドは、地動説にもとづく、惑星の表象である」




