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今朝の夢には、色が着いていた。
航介とアーニランは、共に大きな帆船に乗っている。大阪と函館を結ぶ寝台特急「日本海」と同じヘッドマークがその船首にとりつけられ、「筑紫」と書かれたロール式の懐かしい方向幕が、この帆船の目的地を示している。終点である九州北部の港に着いたその帆船は、「八幡講」と書かれたおそろいのハッピを着ている乗客たちを降ろしたあと、ゆっくりと方向幕を回転させる。
『Giza』
目を覚ました航介は、この特別な夢を、いつものようにメモにして、それをできるだけ小さくたたんで、最近、市中に出はじめた瓢箪型のペットボトルに、金将の駒と一緒に隠した。
「夢を覚めさせないように…」
古時計をみると、まだ午前七時をまわっていない。二時間も寝ていないのだ。この日にアーニランを金沢に送りがてら乗車する予定である大阪行の下り寝台特急「日本海」の発車時刻まで、あと十二時間ほどしかない。
航介は急いで百科事典を開いて、ギザ・コンプレックスの地理的関係を考察する。三つのピラミッドとスフィンクス、そしていくつかのパレスによって構成されるギザ・コンプレックスは、その目的や建設方法が不明である。
「発祥がGiza…。そしてシルクロードを経て…」
眺望の独り占めを企む航介にとって、日本文化の一部が、朝鮮や中国を超えて中近東由来のものがあるという仮説を立てることなどたやすいことだ。
「東大寺(奈良市)の正倉院には、ペルシャ由来のものなんかいくらでもあるらしい…」
そうつぶやいた航介は、ふと、「おとぎ話の会」で聴かされたギリシャ神話にでてくる「スフィンクスのなぞなぞ」を思い出した。
『朝は、四本足。昼は、二本足。夕べは三本足で、同じ声を発するものとは?』
追い込まれた冒険者オイディプスは、「人間」と答えたらしい。ハイハイの赤ちゃんがやがて立ち上がり、その後老人になって杖を使う姿を、恐ろしいスフィンクスに回答したらしい。
航介は、「太陽系の惑星」と回答してみた。
『はじめは火星。つづいて金星。最後は地球。すべて太陽が支配する』
太陽を中心にして、公転軌道の順序に対応させたのだ。「メンカウラーは神なり」という美称から、火星は一番小さいメンカウラー王のピラミッドとした。
①メンカウラー王のピラミッド 第四惑星(火星)
②カフラー王のピラミッド 第二惑星(金星)
③クフ王のピラミッド 第三惑星(地球)
「ピラミッドの大きさと惑星の大きさが相関するとして…」
航介は分厚い理科年表を繰り、地球の質量を1としたときの金星の質量比が「0.8150」、火星との質量比が「0.1074」であることを確認した。
「火星はずいぶん軽いんだな…」
さらに小さくて軽いはずの水星の質量比を調べると、「0.0552」と書かれてある。
「うーん…」
行き詰まった航介は、バタンと大の字になって寝転がった。朝のストレッチ代わりに、できるだけ大きく足を広げ、内転筋がつるくらいに「大」の漢字を体現し、その姿を少し高いところから、もう一人の自分が見下ろすイメージで。
「両腕を広げた長さは、身長とほぼ一致するんだったな。」
そう言った航介は、さらに腹筋に力を入れる。すると自分のヘソから両手の中指までと、同じく頭のてっぺん、そして両足の親指までの距離が等しいような気がした。
「本当にヘソを中心にオレの肉体が完成されているのならば、まさに円を描くわけか…」
二十歳になって、さすがに身長も伸びなくなった航介は、意識的に膝のウラも伸ばしてみる。
「胎児のころに、おふくろから栄養をもらっていたヘソから、オレの細胞の最端部までの距離が等しいのは論理的なんだが、成長するにつれて重要になっていく心臓と、次の世代に引き継ぐ意味で重要なチンポの位置が、ヘソから同じ距離にあるのか…」
この朝の航介にとって、人体と宇宙に相関する答えを導くことなど簡単なことだ。スフィンクスへの回答は、オイディプスも航介もどちらも正解なのだ。
「ヘソを太陽とするのか、心臓を太陽とするのか、それとも…」
航介は、朝の日課であるラッキー・ストライクに火を点けた。いつものように肺に入れ、ゆっくりと紫煙を鼻から出した時、ちょうどアーニランも起きてきて、そのまま顔を洗いにいった。
昨晩から吹いていた風は、いつのまにか止んでいた。遠くで、鳩が鳴いていた。




