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 航介は、ラッキー・ストライクに火を点けた。二十歳になり、もう、親の前でも堂々と吸える。

 紫煙に顔をしかめた航介は、タバコをくわえたまま、総鎮守から伸びる街道周辺の藩政村を、ふたたび書き並べた。今度は地理的関係を重視しようと、市販の道路地図を引っ張り出す。神秘的な「埖渡村」周辺に、まだ秘密が隠されている気がしたからだ。道路地図には、地形図ではわからなかった多くの情報が書き込まれていた。なかでも鳥居の地図記号の多さが気になった。

「月山神社」

なぜか月山神社ばかりだ。山形県出身の神様が、ここ青森県で密度が高いのはなぜだろう。

 しばらく地誌本をめくっていると、古来、南部藩主の信仰対象は次の三つであることがわかった。

・「櫛引八幡」

・「三戸月山社」

・「桂清水観音」

月山神社は、明治以降に勧請されただけではなく、昔から、地域の重要な信仰対象であったのである。

「糠部と庄内は、昔から結びついていたのか…」

航介は、自分の体に流れる血が、ちょうど南部殿の信仰対象として配合されていることに自惚れた。

 そのとき、地ビールの伴としてつまんでいた「しなべきうり」の香りと歯ごたえが、なぜかよみがえった。子供の頃に好物だったその漬物からの刺激のおかげで重要なあることを引き出した航介は、興奮気味に台所へと立つ。月山がみえる母親の実家から送られてきた小さめのダンボールに書かれてあるその漬物の産地名を確認した瞬間、ここしばらくの間、頭を悩ませてきた「埖渡村」周辺にある不思議な地名の謎の解決への光明を見出した。

「JA櫛引農工連」

つまらない政策によって、この世から消えてしまった山形県東田川郡旧櫛引町は、南部総鎮守周辺の神秘に満ちた空間に、よく似ているはずだった。月山や湯殿山からの聖なる水が伏流しているその里にも、「土の花」が咲いているにちがいなかった。

 航介は、国土地理院のホームページにアクセスし、「櫛引」をサーチした。同じ漢字ではこの二ヵ所と埼玉県内にしか該当しない。「くしひき」と「くしびき」との違いはあっても、無視できる違いだ。

「やはり、この二ヵ所は繋がっている…」

航介は、「埖渡村」につづいて、「櫛引村」という地名にも秘密が隠されているのだろうと確信した。

 航介は、意気込んで推理をはじめようとしたが、その秘密の中枢は、意外にもあっけなく解明された。アーニランが手直ししたワークシートに、すでに書き込まれていたからである。それは、駒の代わりに王冠を置いていた「5九」という目が「くしひき」なのだった。ワークシートでは「E9」の場所である。

 まず、「くしひき」の「くし」を九九の「九四」、すなわち36という値にする。この36という値を何かから「ひけ」ばよい。もちろん81から引く。九九の最大値である81から36を引くと、その差は45となる。あの45である!

 航介は、小学三年生でもできる算術をつかって、「櫛引村」に込められた情報をひとつ抽出することに成功した。付近に、同じ方法論が通用する藩政村がないだろうか。

 その候補もすぐに見つかった。あの「埖渡村」である。「さんご」、「ごさん」で導かれる九九の値の十五は、「0.06666…」の循環小数を返す美しい数だ。「三」を「サン」と音読みせずに「み」と訓読みすることで、「ごみ十五」の九九が「埖渡村」に込められているのではないか。

 航介は、「櫛引村」と「埖渡村」に込められた謎をメモ紙に整理していく。地名に九九の値が隠されているなど、世界中の誰が発想しようか。

「被除数の『1』を、九九の値の除数で割った循環小数は美しい。『櫛引村』と『埖渡村』以外に、この循環小数が返される地名を探してみよう。」

航介とアーニランは、「3」、「9」、「18」、そして「30」という九九の値が隠されている地名を、ほかに探すことにした。

 しばらく探しつづけた。「字」のレベルまで徹底的にやった。しかしなかなか候補がみつからない。航介は決断せざるを得ない。

「これではいつまでやっても埒があかない。『45』と『15』を足した値である『60』を、『81』から引いた『21』という値、数字に注目しよう。そうすれば、『3』と『18』を足した値と、『30』から『9』を引いた値に等しい方程式ができあがる。ちなみに、この『21』は1から6までの自然数を足した値に等しい。」

「1+2+3+4+5+6=21…。」

二人はこの方程式を凝視し、さらに「美しいもの」を探しつづけた。

 しばらくの沈黙のあと、航介が新たにラッキー・ストライクに火を点け、古い振り子時計が午前五時なのに四回だけ鐘を鳴らしたとき、じっと考えていたアーニランが意見を述べた。

「よく見たら、これらは全て『3』の倍数じゃない!『81』から『45』、『15』、『3』を引いていくと『18』が残る。逆に『3』、『15』、『18』、そして『45』を足していったら『81』になる。この場所には、これら四つの値が隠されているのかもしれないね。」

 アーニランは「櫛引村」を「45の村」としたとき、81から引いた36を、3、15、18の、三つの項にしたのだった。

「ということは、残った『3』と『18』が隠されている地名を探せばいいのか。」

そう言った航介は、すぐに「杉沢村」を候補とする。「『杉沢村』の『杉』は、『サン』と音読みできる。旁の『彡』は、かんざしが髪に挿されていることを表すらしい。本来ならば、『みつ』と読める地名をあてはめたいが、『櫛引村』にかんざしはふさわしいと思う。」

「櫛と髪飾りかぁ。あとは、『18』だね。」

「『18』は、九九で『くに十八』と『ろくさん十八』の裏表の、合計四種類だ。『ここのつ』、『ふたつ』、『むつ』、そして『みつ』絡みのどれもないか…。ここは、強引に『福田村』をあてはめよう。『ふた・く』のアナグラムだ。これを『福田ふくでん』と読んでみると、『求道者が、悟りを得るために慈悲を与える対象』という仏教理念を見出すことができる。」

航介は、これら二つの地名の解釈には無理があると十分にわかっていた。

「『9』と『30』は、無視してもいいのかなぁ。」

「『30』は、あえて無視しよう。その循環小数は、桁こそ違えど『3』と同じものだ。しかし、『9』は、考えておかねばならない。」

「どうして?」

「『3』、『15』、『18』、そして『45』の最大公約数は『杉沢村』の『3』だ。しかし、最小公倍数は『90』になる。『1』を『90』で割った循環小数は『9』と同じものを返し、その値は『0.01111』と、『1』をたくさん含む所が美しい。」

航介は、ボサボサになっていた髪を梳く。

「九十歳の誕生日を迎えた人を、『卒寿』としてお祝いする。八十八歳の米寿や九十九歳の白寿と同じように。なぜ『卒』という漢字が、『九十』に当てはめられると思う?」

アーニランは首を振った。

「『卆』という俗字があって、便宜的に『卒』の代わりに用いられてきたからなんだ。しかも、この『卒』という漢字の意味には、『終える』という意味のほかに、ある重要な意味がある。」

航介は将棋盤の上に手を伸ばし、もっとも数多く転がっている駒をいくつか拾った。

「この駒は一番身分が低い。しかし『歩のない将棋は負け将棋』といわれるようにとても重要な駒なんだ。『卒』という漢字には、ズバリ、歩兵の意味がある。」

航介は「5九」に王冠を置き、「5七」の「と金」と正対させた。

「アーニランが興味をもった『と金』は、歩兵が敵陣に侵入して昇格したものだ。つまり、探し求めている『卆』が込められた地名は、王将がいる『櫛引村』の陣地にはないはずだ。」

航介は、新たな地形図を広げた。

「この『尻内』が怪しい。『尻内村』は、『櫛引村』とは馬淵川を挟んで正対している。それに『尻内』には、『九』の漢字が垣間みえるだろ。」


・「福田村」 (18)

・「埖渡村」 (15)

・「杉沢村」 (3または30)

・「櫛引村」 (45)

・「尻内村」 (9または90)


 近世南部氏の居城があった盛岡方面から総鎮守を参拝するときに、『尻内村』以外の村々には、この順序で通過することになる。側を流れる馬淵川と同じ流れで。うなずくアーニランの様子に安心しながら、航介は百科事典を広げた。

「この木簡には、鬼が全部で四十五柱書かれている。この鬼たちの状態は、『尸』で表されている。『尸』とは屍のことだ。」

航介は、玉津田中遺跡(神戸市)で発見された霊符の木簡を参考に、実に示唆的な、四十五柱の鬼を剋する呪術の存在を指摘した。

「『尻』という漢字を、『無能化した九』と解釈しよう。川のむこうの敵陣は、歩兵ばかりで無能である。そもそも、歩兵の駒は、ゲーム前に九枚ずつ並べられている。」

 ここまでくると、さすがのアーニランも、航介の屁理屈を理解できていないようだった。航介も、自分の考えが整理できていない。アーニランと対話しながら、独りよがりなひらめきを少しずつまとめていた。


•南部総鎮守周辺は、「神の気」がある神秘的な空間である。「髪の毛」フサフサの頭髪と掛けられる。

•将棋盤と九九表を対照させて、王将の位置に『櫛引村』があるという仮説から、フサフサの頭髪

を梳くための櫛を探し求める。

•その櫛は、3、15、そして18の各パーツで出来ており、これらすべてを足すと「九四」の値に等しい。なお、これらの逆数はそれぞれ循環小数を返す。

•これら「神の気」がある正義の陣内に対して、馬淵川の向こうには九枚の役立たずの歩兵が並んで、

尻内として睨みを利かせている。

•尻内で陣を張っていた敵の歩兵のうち、境界だった馬淵川を渡って侵入したものが「と金」に昇格し、「埖渡村」の誕生となる。


航介は、メモを読み返して苦笑した。前の三つはともかく、後ろの二つはさすがに強引すぎた。徹夜で考えると、大体こうなる。

「疲れたよ。もう、寝よう。」

航介は、そそくさと着替えをしはじめた。

強風は、依然として、古い格子戸をたたいていた。


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