94.錯綜する思い
王都にあるリンデンブルグ侯爵邸へと連れてこられた僕は、客人として丁重に迎え入れられ、外出する以外は自由に過ごすことを許された。
まあ、夕食の席でエリカの家族から「婿殿」などと呼ばれた時にはむせ返ったけど、なんとか和やかに歓談しながら食事を終えることができたと思う。
夕食後、暖炉のある談話室でエリカと二人だけで会話する機会が与えられた。
「なあ、エリカ。
どうして、僕なんだい?
本当は、他に好きな人が居るんじゃないのか?」
室内着に着替え終わったエリカが、寛いだように僕の隣でソファーに座っている姿は、正直ちょっと正面から見るには刺激が強い姿だったけど、なるべくそちらは見ないようにしながら、聞いてみた。
「アーデル。貴方はツバイシュタイン伯爵家次期当主だわ。
私が貴方と婚約を結び、近い将来結婚する理由なんて、それだけで十分なのよ。」
「それって、つまり、僕自身ではなくて、僕の家柄や地位と結婚を望んでいるってことなのか?」
「ええ、そうよ。
私は、自分で言うのもなんだけど、リンデンブルグ侯爵家という大貴族であり、名門中の名門に生まれて、後悔はしていないわ。
むしろ、家門に誇りさえ覚えているもの。
であれば、私が結婚相手に望むものもまた、家柄や有用性よ。
王都守護を代々任じられ、防衛に関する一切を取り仕切る我がリンデンブルグ侯爵家と、東部軍管区を領地として代々治め、武門の名門と呼ばれるツバイシュタイン伯爵家が婚姻によって結ばれれば、結果として両家にも、王国にも益となる。
その上、腹違いの妹のソフィーが王家に嫁げば、生家である我が家と、育て親である貴方の家、両家にとっても良いことだわ。
そうやって、すべてが丸く納まるのだから、この婚約は正しいのよ。
それに、私は貴方のその整った顔も嫌いじゃないわ。」
そう言って、真正面から僕の顔を覗き込んでくる。
わっ。エリカのたわわな胸元がたふんと揺れて、室内着からチラリと少しだけ見えそうになる。
「フフ。顔が赤くなっているわ。
Hぃ。でも、そーゆー純なところも、庇護欲というか・・・・征服欲を・・・・ゲフンゲフン。
ううん。何でも無いわ。」
今なんか、すっごく不吉なキーワードが聞こえた気がしたんだけど、気のせいなんかじゃないよね。
「えーと・・・・、とりあえず、今夜は寝ようかな。」
誤魔化す意味も込めて、僕は席を立つ。
「あ。アーデル。
今夜から一緒に寝る?」
ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
「キャァァァァッ!!
大変! 爺っ! 爺っ!!」
エリカが悲鳴を上げて執事を呼ぶ。
「どうなさいました?
おや? これはこれは・・・・。」
エリカがあまりにも大胆なことを言うから、僕は盛大に鼻血を噴き上げて倒れ込んでしまった。
それから、血を拭き取ったり、着替えたりで、慌ただしくリンデンブルグ侯爵邸での第一日目は幕を閉じた。
◇
僕がリンデンブルグ侯爵邸に連れて行かれた翌日の王立学園では、珍しい光景が繰り広げられていた。
「クララ! あんたなんでソフィーなんかに味方してんのよっ!!
私からの誘いは真っ先に断ったくせにっ!!」
「あら? 元から私とエリカさんは、対等な恋敵という盟友であって、配下へ降れなどという要求にお応えするつもりはございませんでしたもの。
それに、アーデルさんを手中に収めたとは言え、未だ情勢は不透明ですわ。
私は、私の意志と判断で、ソフィーさんに味方すると決めたのですもの。
貴女からとやかく言われる筋合いは無いわ。」
ブチ切れて、怒りながら睨みつけるエリカへクララが多少怒りを滲ませながら冷静に反論して、口論となっているのだ。
「フンっ! そんな強がりも今のうちよ!
こっちには、王族だってついているし、親衛隊からだって大勢離反者が出て、みんな私に味方しているわっ!
貴女も今のうちに素直に謝って、私の軍門に降れば、側室の末席くらいなら考えてあがなくも無いわ!
でも、これ以上歯向かうつもりなら、絶対に許さないんだからっ!!」
「だーかーら、先程から言っているように、未だ情勢は決まってないじゃないのっ!!
まったく、これだから頭に血が上った人は、見境無いとはこのことですわね。
冷静なつもりで、冷静さを見失っているのですもの。」
ヤレヤレとばかりに、肩をすくめてクララがエリカへ冷笑を放つ。
対するエリカもまた、鋭い眼光が燃え上がらんばかりに熱い視線を放つ。
「結果は見えているわよっ!!
もし、ここで逆転敗北なんて結果になったら、金輪際アーデルには関わらないと誓えるほどだわっ!!
だから、クララっ!
貴女も、私に負けたら、アーデルを諦めると誓いなさいよっ!!」
周囲で二人の口論を心配そうに見守っていた者たちがザワっと騒いだ。
この二人が、僕を巡って陰で盟約を結んだり、互いに駆け引きをしていることを察したり、知っている者たちが、互いに顔を見合わせたりして、二人へ声を掛けたそうにしている。
「いいですわ。
最初からそのつもりでしたもの。」
「今の言葉、しっかりと聞いたわっ!
後で吠え面かかないことねっ!!」
クララがキッパリと宣言してしまい、誰一人として止めることも出来ないまま、エリカとクララの僕を巡る賭けが成立してしまった。
って、僕の気持ちは置いてけぼりなままで、なんか話だけが勝手に進んでいるようだけど、それでも、クララ一人とはいえ、ソフィーに堂々と味方してくれる人が居ることが、少しだけ嬉しかった。
僕の耳にまで、親衛隊からかなりの人数が離脱してしまい、エリカのもとへ移ってしまったことが伝わっている。
代表的な人たちとしては、元会長のレベッカ、インテグラ先輩、ティファニーと&イヴォンヌ、シャーロット、ユーリまでもが親衛隊を離れているらしいから、半数以上という数字も納得してしまう。
まあ、王子と王女がエリカの陣営に居るならば、それだけでも十分に強い影響力があるのだろう。
◇
エリカとクララが口論をしていた同時刻に、学園内のとある一室では、ソフィーが白髪頭のメイドと共に、一人の男子学生を訪ねていた。
「今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。」
「君から俺へ連絡を取ってくれるなんて、珍しいこともあるものだな。」
アドルフとテーブルを挟んで向かい合うようにして、二人が座っていた。
「あまりお時間も無いようですから、単刀直入に申しますわ。
アドルフ様。王位継承権第一位の座へお着きくださいませ。」
口元へ紅茶の満たされたカップを近づけていたアドルフは、突然のソフィーの言葉に口内へ含んでいた紅茶を『ブーッ』っと横向きに盛大に吹き出してしまった。
「ゲゴゲホゲホっ!!」
「あら? どうしましたの?」
心底心配するように、ソフィーがハンカチを片手に差し出しながら、アドルフを気遣う。
「・・・・ちょっ!
お前なぁ・・・・ ハァー。」
ようやく咽終わったアドルフが、端正な顔を少しだけ歪めながらソフーを睨みつける。
「まあ、怖いお顔ですこと。」
それを気にした風もなく、柳に風とばかりに受け流す。
「一体どこまで知っているんだ?
そもそも、俺には無理な話だって分かっていて言っているのか?」
更にムっとしたように、キツイ眼光を放ちながらソフィーの瞳の奥を探るかのように睨み続ける。
「知っております。
貴方が、本来であれば第一王子であることも。
しかし、アドルフ様のお母さまが子爵家の出身のため、平民扱いをされてしまい、弟や妹たちよりも、王位継承権が低くされておられることも。」
「・・・・なっ!?」
先程までの強気な姿勢が嘘のように、逆に狼狽えたように視線を外してしまう。
「これまでのアドルフ様の言動も、失礼ながら分析させていただいておりましたわ。
アーデルお兄様に近づいたのも、少なくとも二つの目的がおありだと思われましたもの。
一つ目は、アーデルお兄様の親友として、将来側近くに仕えることにより、安定した収入が得られる職に就けるように。
二つ目は、あわよくば私との婚姻を結ぶことによって、伯爵家の一員となること。
どちらも、我がツバイシュタイン伯爵家であれば、王家からとは言え、護られることも確実でしょうし、貴族としての身分をお捨てになられたとしても、生活は保障されますわ。
アーデルお兄様の親友というご身分であれば、どちらも可能でしょう。」
まるで、その心の内を見透かしているかのようにスラスラと告げるソフィーの顔を直視することが出来ずに、アドルフはただ眼を見開いていた。
「しかし、本当にそれだけでよろしいのでしょうか?」
ソフィーがわざとアドルフの正面に立ち、その瞳を覗き込む。
「・・・・一体何を?」
首を傾げるアドルフに向って、ソフィーはまるで教師が出来の悪い教え子に諭すかのように、優しく、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「貴方と私は似ているのだと思っておりました。
私の母もまた、男爵家の生れだったものですから、侯爵家で私を生んではくれましたが、卑しい身分の女が生んだ子どもだからという理由で、蔑まれたこともありましたわ。
最初は、何故そのようにされるのか、さっぱり分からなくって、お姉様と仲良くしようとしたけど・・・・。
当時は私も、お姉様も幼すぎて、無理でしたわ。
でも、アーデルお兄様のやさしさに触れてから、私が生涯を共に過ごしたいと心から思えるお方は、ただお一人、アーデルハイド様だけなのだと、幼心に固く決意しましたの。
そのお兄様と私との関係を邪魔する人たちには、それ相応の報いを受けていただかなければ気が済みませんけれども、アドルフ様が皇太子となられて、次代の王となられるのであれば、我がツバイシュタイン伯爵家にとっても、私にとっても、護ってもらいやすい王となられるでしょうから、双方にとってベストな結果になるでしょうから。」
「フ、ハハハハハハハハハハハハハハハハっ!!
面白い。そんな理由のために、俺に次代の王になれと勧めるのか?
一国の命運を、この俺に託す理由が、好いた男と結ばれるためだと?
これほど愉快な理由もそうは無いだろう。」
ソフィーの言葉を聞き終えたアドルフは豪快に笑うと、席を立ち去ろうとした。
「お待ちください。
未だお返事はいただいておりません。」
「返事だと?
先に伝えたはずだ。
無理だ、と。」
ドアのノブを掴んで、扉を開けようとしたアドルフの背中へ向けて
「せっかく第一、第二王子と第一王女を失脚させられるだけのカードが私の手中にあると知っても、去ろうと言われるのですか?」
「なん・・・・だと!?」
今度こそ、アドルフは顔色を変えて振り返った。




