93.来訪者と同盟
茫然自失している僕の近くでは、エリカがテキパキと指示を出していた。
ソフィーは未だ玄関ホールの端にあるソファーへ気を失って寝かされたままだ。
「それでは、ポールさん。
ツバイシュタイン伯爵も私との婚約に同意なさっておられますから、以後はアーデルハイドを我がリンデンブルグ侯爵家にて保護致します。
そこの愚かな妹が目覚めても、決して他言しないように。
もし、何か聞かれても、伯爵家と侯爵家双方合意の下で私が動いているとだけ伝えてください。」
ポールも突然のこと過ぎるのとエリカの申し出が一方的過ぎて、理解が追い付いているのやら、若干心許ないけど、かろうじて返事だけは絞り出せたみたいだ。
「は、はあ?」
眼を白黒させながら、エリカへ生返事で返したポールへ、更にエリカが告げた。
「もし、事の真偽を疑うなら、伯爵家へ問い合わせればよろしいでしょう。
では、私たちはこれで失礼しますよ。爺。」
「ハっ!」
老齢の執事が素早くエリカと僕を案内して先へ歩みだす。
去り際に、僕だけしか聞き取れないような小さな声で、なにやら呟いていたけど、驚きで半分近くを聞き流してしまった僕には、意味のある言葉はそれほど聞き取れなかった。
「まったく、リンデンブルグ侯爵家の女系にのみ受け継がれる“狂戦姫モード”を理性無しで、怒りに任せてしか使えないだなんて、所詮は下賤な血から産まれた子の程度が知れるというものだわ。
代々正当な継承者は、理性を保ったままで“狂戦姫モード”を使いこなせるように訓練を受けるのだけれども、幼少よりリンデンブルグ侯爵家での訓練さえ受けられなかったソフィーでは、私には適わないというものね・・・・。」
なんか、ソフィーに勝った割にはすごく不満そうにブツブツと呟いていたみたいなエリカだったけど、その後ろからは大勢の侯爵家の私兵たちがゾロゾロと従ってくる。
100人は軽く居るんじゃないだろうか。
下手したら戦争だって起こりかねない人数をよくも連れて来てくれたものだ。
こうして、僕は未だよく理由も飲みこめていないままで、「保護」という名目でリンデンブルグ侯爵家へと連れて行かれたのだった。
◇
エリカが去った後、それ程間を置かないで、王都ツバイシュタイン伯爵邸を訪れた者が居た。
「こんにちはー。ごめんくださーい。
あら? どなたも居ないのかしら・・・・?」
閉ざされた鉄扉に付いているノッカーを三回打ち鳴らしてみるが、反応が無い。
近くにある兵士詰め所にも人の気配が無い。
仕方なく、その来訪者は、鉄扉の脇に設けられている奉公人用の通用口へ手を掛けると、こちらは難なく開いた。
「仕方ないですわよね?
どなたもお返事してくださらないのだもの・・・・。」
来訪者は、そのまま勝手知ったる他人の家とでもいわんばかりに、スタスタと奥へ進んで行く。
やがて、屋敷の玄関扉の前まで辿り着くと、ドアノッカーを三回打ち鳴らした。
「ごめんくださーい!
どなたか居ませんかぁー?」
すると、玄関扉の内側からガチャリと鍵が解かれる音がして、ポールが姿を表した。
「いらっしゃいませ。当家へ何用でございますかな?
お嬢様。」
執事の鑑とばかりに、ピシっと背筋を伸ばして、姿勢正しく、先程まで乱戦があったことなど微塵も感じさせない見事な応対だった。
「様子を見に来ましたの。
先程までこちらのお屋敷にエリカがお邪魔しておりましたでしょう?
それで・・・・その・・・・ソフィーさんが大丈夫かしらと思いまして。」
「なんと・・・・。
ソフィーお嬢様のお見舞いでしたか。
残念ながら、お嬢様は今他者とお会いできる状態ではございません。
一旦お引き取り頂いて、また後日にでも、日を改めて当方からお礼のご挨拶へ伺うということでは・・・・。」
言い難そうにポールが応える。
「そうでしたか。
もしや、お気を失っておられるとか?
もし、そうでしたら、尚の事、私がお側に控えて、目覚めたソフィーさんを励まして上げたいのですけど・・・・。」
ポールは眼光鋭く値踏みするかのように来訪者を見つめた。
そして、逡巡すると、言葉を選ぶように応えた。
「そこまで仰るのでしたら、いつお目覚めになるかは知れませんが、夕刻までとの期限付きでしたら、当家にて帰りの馬車をお出しすることを条件に、その申し出をお受けいたします。」
来訪者は嬉しそうに屋敷の中へと入って行った。
◇
来訪者がソフィーの部屋へと案内されてから、少しの時間が経過した。
キングサイズはあろうかという天蓋付きのベッドに、一人寝かされているソフィーが居た。
「・・・・ん
・・・・っ!?
お兄様っ!!」
不意に寝言を漏らしたかと思えば、ガバっと飛び起きた姿へ、動じた様子も見せずに来訪者が告げる。
「お目覚めかしら?
アーデルさんなら、ここには居りませんわ。」
「・・・・クララさんっ!?」
「ええ。」
訝し気に見つめるソフィーに向けて、微笑みを崩そうとしないクララが側近くの椅子に座っていた。
「どうしてここに・・・・?」
思案顔でソフィーが尋ねる。
「エリカがこのお屋敷へ来たと聞いたから。
と言えば分かるかしら?」
人差し指を可愛らしく頬に当てながらクララが応える。
「でも・・・・このタイミングで?」
「ええ。元々私は、親衛隊にも所属していないし、エリカとだって対等な盟友であって、配下では無いもの。
だからこそ、このタイミングで、ですわ。」
返答としては最もだとは思われる。
しかし、ソフィーがアーデルハイドを手中に収め、親衛隊会長として、隠然たる影響力を発揮している状態であれば、ソフィーに味方する者には、それなりの見返りが与えられるであろう。
だが、現時点でのソフィーには、その全てが奪われている。
兄であり最愛のアーデルハイドはエリカに奪われ、保護との名目で、連れ去られている。
親衛隊からも、離脱者が相次ぎ、現時点では最盛期の半分ほどしかメンバーは残っていないらしいとの報告を白髪頭メイドのミラから受けたばかりだ。
であれば、そのような不利な状況に陥っているソフィーに味方する者は少なく、見返りなど到底期待できるものではないと思われる。
すると、クララが受ける見返りとはなんであろうか。
「現在、私の手元には、アーデルお兄様もおらず、親衛隊会長としての影響力も半減し、見返りに何かを期待するにしても、大したものは差し出せませんわよ?」
もう一度ソフィーが現状を整理した上で、問いかける。
クララもまた、何でもないことかの様に、笑顔で応えた。
「あら、私にはソフィーさんの勝利しか思い浮かびませんわ。
たとえ、現時点では不利に見えたとしても、必ずや、何かしらの隠し玉があるのではございませんこと?」
そして、片膝を付いて見せた。
「私ども、クルムバッハ伯爵家は、此度のエリカが起こした騒動にあたり、全面的にソフィー様にお味方することを誓いますわ。
これは、私個人の見解ではございません。
我が父、現クルムバッハ伯爵家当主であるブルーノ・フォン・クルムバッハ伯爵と当家に連なる者たちからの同意を得ての参陣でございますわ。」
極真面目な顔つきと声音で、格調高くソフィーに味方するとキッパリと言い放って見せる。
ソフィーもまた、普段の会話調の話し方ではなく、改まった、外交用の声と表情で迎えた。
「そう。では、私へのクブムバッハ伯爵家のお味方を心から歓迎致しますわ。
でも、もう一つだけ聞かせて欲しいのですけれども、仮に、私に隠し玉があるとしても、王族まで抱き込んで、私よりも経済力、権力、人脈、親衛隊からの離反者まで抱き込んでいるエリカよりも、私を選んだ本当の理由を教えて欲しいのですけれども?」
まっすぐな瞳で、クララの澄んだ水色の瞳の奥底を覗き込むかのように見据えた。
「よろしいでしょう。
結論から申し上げれば、私には最初からソフィー様には、戦いを挑むつもりが無いからですわ。」
「あら?
クルムバッハ伯爵家の至玉とまで呼ばれるクララ様が?
私如きと、争うおつもりが無いと言われるのですか?」
少しだけおどけた様な口調で、クララの本心を見極めようとするソフィー。
「ええ。ソフィー様やエリカは、私と違って、“天才”ですもの。
努力や積み重ねでは追いつけない、絶望的なまでの発想力や創造性がありますもの。
対して、私は自分で言うのもおこがましいですけれども、“努力型の凡人”ですわ。
アヒルはいくら努力して羽ばたいても、白鳥の様に天高く舞うことは出来ませんもの。
私がこれまで学年首位を守り続けられてきたのは、単にエリカがアーデルさんとのことや、本心は隠しているけど、ある人が気になって仕方がなかったからですもの。
気を散らしているエリカなら、私でも追い抜けるけど、本気で学業に打ち込まれたならば、私でも楽勝で追い抜かれていたことでしょう。
そして、ソフィー様は、エリカ以上の“天才”ですもの。
たとえ、一時的に追い詰められたとしても、反撃の手は残してあるはずですもの。
仮に、反撃すら出来ずに、私も巻き込まれて共倒れになったとしても、その時は、私に人を見る目が養われていなかったと恥をかき、クルムバッハ伯爵家は、当分の間冷や飯食いを強いられるだけですわ。」
サラっと言ってのけたが、内容は凄まじく、大貴族と呼ばれる一つの伯爵家が没落することまで覚悟の上で、ソフィーに全てを賭けると断言したのだ。
「それほどまでのお覚悟を決めての参陣でしたのね・・・・。」
「ええ。それに、味方が大勢居るエリカの処へ、今更味方すると参陣しても、大して喜ばれないでしょうし、現時点で味方が少なく見えるソフィー様の陣営であれば、私にとっても価値のある見返りを期待しても、許されるかもしれませんし?」
ここでクララは、少しだけ茶目っ気を出したように、上目遣いでソフィーの瞳を覗き込んだ。
「私たちにとって、価値のある見返りですわね。」
ソフィーもまた、その意図を正確に読み取ったようだ。
こうして、ソフィーとクララによる同盟が結ばれた。




