91.悪夢再び ~ ソフィー狂戦姫モード突入! ~
王都リンデンブルグ侯爵邸では、潜入させている者からの報告が、エリカの下へ届けられていた。
「フフフ。ソフィーも大分追い詰められ着ているようね。」
「お嬢様。今後はどうなさるおつもりですかな?」
満足気な笑みを浮かべるエリカへ老齢の執事が問う。
「そうね。
そろそろ、正式に婚約発表するつもりだって、ソフィーに報せてあげようかしら?」
ニヤリと悪戯っぽく笑うと、見せつける様に便箋をヒラヒラとさせた。
「あまり追い込んでは、手痛いしっぺ返しを受けるやもしれませんぞ。
『窮鼠猫を噛む』とも言われております故。」
本当に心配していると伝わるくらい、真剣さが籠った声だった。
「心配してくれてありがとう。爺。
でも、大丈夫よ。今回は私一人の計画じゃ無いのだから。
二人の王子と第一王女が味方してくれているわ。
だから、きっと上手くゆくわ。」
自信あり気に微笑んで見せる。
「爺もエリカお嬢様の此度の計画が成就するように祈っております。
では、手紙が完成したらお知らせくださいませ。
側近くで控えております。」
そう告げると、一礼して部屋から出て行った。
「爺も心配性ね。
ソフィーなんて、幼少期からずっと私には勝てずに過ごしてきた負け犬じゃない。
『窮鼠猫を噛む』なんて言うのなら、是非とも爪の一つでも反撃して見せて欲しいものだわ。
まあ、あの子じゃ無理でしょうけどね。」
少し嗜虐的に笑うと、ペンを取り、便箋になにやら書き始めた。
◇
翌日。
王都伯爵邸では、ソフィーがエリカから届いた手紙を前にして肩を震わせていた。
「エリカってばっ・・・・!!
毎回毎回、私が気に入らないからって、ここまでしなくたってっ!!」
「お嬢様・・・・?」
珍しくソフィーがワナワナと怒りで震えながら手紙をクシャクシャにして握りしめていた。
「これが怒らずにいられるとでも言うのかしらっ!!」
ベシっと机に叩きつけられた手紙を拾うと、白髪頭に赤眼のメイドは素早く目を通した。
『私の腹違いで身分の低い妾の娘であるソフィーへ。。
ご機嫌は如何かしら?
まあ、貴女が会長を務める『アーデルハイド親衛隊』から脱落者が続出していて、ご機嫌で何ていられないでしょうけど、一応は挨拶だから聞いておくわ。
そういえば、『 隼城』に住む王女がアーデルハイドにご執心だったのよ。
それで、本来であれば私が正妻として嫁ぐつもりだったけど、正妻の座は王女に譲るわ。
その代り、私が第二婦人として嫁ぐから、やはり貴女は不要になることに変わりは無いわ。
そういった事情で、今回は王女からの婚約発表の後に、私との婚約発表をするので、そのつもりでいるように。
では、ご機嫌用。
エリカ・フォン・リンデンブルグより
追伸―勝手に癇癪を起して暴れて、アーデルを監禁なんて真似をしようとは考えないように。』
手紙を拾い読みしたメイドもまた、怒髪天を衝く勢いで頭に血が上った様子だった。
「・・・・いいでしょう。
エイカお姉様が私に宣戦布告するなら、私もそのケンカを買うわ・・・・。」
ゆらーりと身体を揺するようにしてソフィーの瞳から光が消え失せている。
「・・・・お嬢様・・・・私も、今回は黙ってはおられません。
お付き合い致します。」
メイドはいつも通り無表情に近いが、いつもよりも少し声のトーンが低く感じられた。
それは、ちょうどアーデルハイドが学園から帰宅する直前の出来事だった。
◇
その日、僕はいつも通り王立学園から帰宅して、玄関ホールで屋敷の者たちからの出迎えを受けていた。
「「「「「お帰りなさいませ。坊ちゃま。」」」」」
「「「「「お帰りなさいませ。若様。」」」」」
玄関ホール内の両側に並んだ執事やメイドたちからの帰りの出迎えの挨拶を受ける。
「うん。ただいま。」
いつもと変わらない様子だけど、一つだけ違った。
僕はキョロキョロと辺りを見回してから、執事長のポールに聞いてみた。
「そういえば、今日はソフィーはどうしたんだい?
姿が見えないみたいだけど・・・・。」
風邪でもひいてしまったのだろうか?
ちょっと心配だな。
「ソフィーお嬢様なら、執務室と呼んでおられる部屋でミラと共に居るはずでございます。
先程手紙が届いた様子なので、それを読んでいるのやもしれません。」
「そうか。なら良いけど・・・・。」
手紙が届いたくらいで、僕への出迎えをしてくれないなんて、少し変だなと思ったけど、実際にこの場に居ないのだから、仕方が無いかと諦めて、2階にある自室へ向かおうかと玄関ホールから階段へ移動しようとした時だった。
「アーデル・・・・お・兄・・・ぃ・・・・さ・・・・マァァァァァァァーーーーっ!!」
階段の上にソフィーの姿が見えたけど、なんか様子が変だった。
顔にはシャドーを張り付けて、片眼が真っ赤に爛々と光っている。
なんで!?
僕は今学園から帰って来たばかりだというのに!?
ソフィーがゆっくりと階段を一段一段降ってくる姿は、一種異様で、どこかの怪談を実物として再現した様な恐ろしさが漂ってくる。
「ハ・・・・イ?」
原因不明のソフィーの暴走状態に、僕の頭はハテナマークしか浮かんでこなかった。
「下がってください! お嬢様は狂戦姫モードですっ!!」
執事長のポールが僕の前へ盾になるように進み出て後ろへ下げようとする。
「執事隊! 前へっ!!
命を惜しむなっ!!」
「「「「「ハっ!!」」」」」
黒服に身を固めた執事隊がザザッと左右から僕とポールの前へ進み出る。
「白百合隊っ!! 今日が死に日和よっ!!」
「「「「「ハイっ!!」」」」」
メイド長カーミラの掛け声とともに、銀の盆をシールド代わりに装備したメイドたちがソフィーの攻撃を防ごうと応戦体制を取る。
「ハンス! 若をシェルターへお連れしろっ!!」
「ハッ!!」
副執事長のマシューが僕付きの執事であるハンスへ指示を出す。
「待てっ! 今回は未だ、ソフィーの怒りの原因が不明なままだっ!!
このままでは、いつ怒りが収まるか分からないままになってしまうっ!!」
僕は慌てて指示を遮った。
「しかし・・・・ このままでは、若の身も危険に晒されます!!」
近くでドローイング・ボードを構えているジェーコフが僕の身を案じてくれた。
「構わない。怒りの原因さえ分かれば、解決するかもしれないんだっ!!
皆っ! 僕がソフィーから怒りの原因を聞き出すまでで良い!
持ちこたえてくれっ!!」
「「「「「了解!!」」」」」
僕の呼びかけに、屋敷の者たちが応えてくれた。
「では、若。せめて、フォッカーを護衛隊詰め所まで援軍を呼びに行かせることはご了承くださいませ。」
「ああ。それは構わない。」
「フォッカー! 援軍を呼べっ!!」
僕が了承するのとほぼ同時に、マシューがフォッカーへ援軍を呼びに行かせた。
そんな短いやりとりの間にも、ソフィーとの距離はジワリジワリと近づいて来る。
階段を全部降り切ったソフィーの両手には、戦棍と呼ばれる矛の反対側にハンマーが付いているような武器が握りしめられていた。
内心『うわぁ。コレ絶対に破壊力パナイよね・・・・・。』なんて考えてしまったのは内緒だ。
玄関扉の外側から、高らかにビユーグルと呼ばれる軍用ラッパの音が鳴り響いていた。
これまでの反省から、屋敷から少しだけ離れている護衛隊詰め所まで態々出向かなくとも良いように、屋敷で異常事態が発生した場合に、ビューグルを吹き鳴らすことで、いち早く異常を報せ、援軍を派遣するようにしたのだ。
ビューグルを吹き終わったフォッカーが素早く戻てくる。
「わぁ・・・・今回は、戦棍かぁ・・・・。」
どうやら僕と同じことを考えたらしく、ソフィーの姿を確認するなり呟いてしまったらしい。
「白百合隊っ! あの日からの訓練の成果を発揮するわよっ!!」
「「「「「ハイっ!!」」」」」
カーミラの命令に、一糸乱れぬ洗練された動きで、メイドたちが次々と箒やハタキを武器代わりに、戦棍を構えるソフィーへ目掛けて襲い掛かる。
お?
前回よりは、まともに戦えているかな?
ソフィーが振り回す戦棍とメイドたちが手にした武器代わりの掃除用具が、カンカンと乾いた打撃音を響かせるけど、前回よりも動きが良くなっているメイドたちに、ソフィーが若干押され気味な様にも見える。
ちょっと期待が持てそうかも、なんて、僕が思ったのがいけなかったのだろうか。
まるで僕の心を見透かしたかのように、ソフィーが次々と無力化してしまう。
「甘い。」
「駄目ね。」
「無駄よ。」
「フっ」
「遅いわ」
一言発する度に、次々とメイドたちの後ろから、斜め横から、転じて斜め上から、真下から、戦棍が振り回される度に、メイドたちが昏倒して行く。
「クッ! お前たちっ!!」
最後に残ったメイドは、カーミラ唯一人だった。
「貴女も・・・・そこで・・・・大人しくしてなさいな・・・・。」
「なんのっ! お嬢様こそ大人しくしてくださいっ!!」
正面から打ち込むと見せかけて、左右に身体をブレさせたかと思うと、ソフィー目掛けてモップを右斜め下から救い上げる様に弧を描いて、吸い寄せられるようにブォンっと風切り音まで上げて打ち込んだ。
「やったか・・・・?」
固唾を飲んで見守っていたジェーコフが、思わず呟いた瞬間だった。
「ざーんねん・・・・ハ・ズ・レ・ね?」
いつの間にか、ソフィーの戦棍の柄の部分が、カーミラの胸元へ撃ち込まれていた。
「グフっ・・・・。」
一瞬だけ咳き込むと、カーミラはガックリと倒れ込んでしまった。
「・・・・・さぁーて・・・・次はぁ・・・・誰か・・・し・・ら?」
カックンっと首を90度に傾けて、ソフィーが近づいて来る。
「総員っ! 若を護れっ!!」
「「「「「応っ!!」」」」」
執事たちが護衛隊の来るまでの時間稼ぎに次々とソフィーへとアタックを繰り返す。
戦棍の打撃には、ドローイング・ボードを盾代わりに振り上げ、お返しとばかりに、万年筆やピーンと伸ばしたナフキンを武器代わりに打ち付ける。
無論、殺傷能力などある訳が無い。
だが、彼らがソフィーを傷付けることを目的とするなら武器の使用が基本となるが、あくまでも「沈静化」だけが主目的なので、武器では無く、文房具による応戦や布などの柔らかい物でしかソフィーを攻撃しようとはしない。
「ソフィー!!
一体どうしたというんだっ!!」
彼らが時間稼ぎをしている間に、僕も今回の原因を探るべく、呼びかけてみる。
だって、本当に今回は全く心当たりが無いのに、屋敷に帰ってみたらソフィーが暴れ出したのだから。
僕が呼びかけている間にも、沈静化させようとした執事たちが飛ばされたり、倒されて行く。
「お兄様・・・・。
どうして・・・・?」
やっと、僕の言葉に耳を傾けてくれたのか、一言だけど答えてくれた。
でも、その代わりと言ってはなんだけど、ジェーコフがパッカーンと屋敷の外へ打ち飛ばされてしまった。
すまん。
内心謝っておこう。
「どうして?
何を言っているんだい?
ソフィーがそんなにまで怒り狂う理由を!
理由を教えて欲しいんだっ!!」
「理由・・・・?
お姉様ですわっ!!」
「姉?」
はて、僕たち兄妹には、姉なんて居ないけど・・・・?
ソフィーの言葉を聞いて、益々状況が分からなくなってしまったぞ。
困った。
「どこの姉だい?」
仕方なく、素直に聞いてみることにした。
すると、今まででも充分に脅威だったソフィーの攻撃が激しくなってしまった。
「・・・・悔しいのっ!!」
パッカーン!
パッカーーーーンっ!!
ソフィーが戦棍を振り上げる度に、執事たちが次々と窓をブチ破っては空高く飛ばされて行く様は、正に悲劇と言うよりも、喜劇とさえ思える状況だった。
そうして、遂に執事長のポールだけが残っている状況となってしまった。
ヤバイぞ。
本格的に追い詰められてきている。
「・・・・おかしいですな。
護衛隊が今頃到着しているはずなのに、未だ姿を見せぬとは・・・・?」
そう言われてみれば、確かにそうだ。
先程、フォッカーがビューグルを吹いてから、戦闘が始まり、既に30分は経過しているのに、誰一人として護衛隊が駆けつけて来ないだなんて。
一体どうしたというのだろうか。
「アハハハハハハ。
無駄ですわ。
護衛隊なら、既に。」
ソフィーが心底可笑しそうに笑って見せた。
「・・・・ソフィー?
一体、護衛隊に何をしたんだい・・・・?」
よろける様に、僕から聞いてみた。
すると、背後から答える者があった。
「お嬢様。
護衛隊沈静化、終了致しました。」
「ミラ!?」
僕たちの後方にある玄関扉から、白髪赤眼メイドのミラが入って来たのだ。
「なんだと・・・・!?」
ポールが驚愕に目を見開いていた。
ヤバイ。
マジで今回はピンチ過ぎる。
「自宅に帰ったら、妹がバーサクしてました。」(Byアーデルハイド)
(゜Д゜)ハァ?
「腹違いの姉からパワハラ&モラハラレベルの嫌がらせ手紙着たからブチ切れました!」(Byソフィー)
(怒`・ω・´)ムキッ




