90.婚約裏事情と親衛隊離脱者たち
ソフィーとエリカが互いを困らせる目的でペットを送り合った数日後。
「それにしても・・・・我が娘ながら困ったものです・・・・。」
「ハッハッハ。
なかなに元気そうじゃないか。」
『 隼城』にある一室にて、二人の男性が会話をしている。
「しかし、王よ。
これでは、あまりにもバランスが悪すぎる。」
一人は、コルネリウス・リンデンブルグ侯爵。
「そうだな、ツバイシュタイン伯爵家に、王族と侯爵家からでは、あまりにも一極集中となってしまう。これでは、鼎の軽重が問われるだろうな。」
もう一人は、アルベルト・フォン・リベラ・レグナム二世。
年齢的には、ツバイシュタイン伯爵やリンデンブルグ侯爵と同年代のアルザス=ライシテ王国の国王だ。
二人は今、深刻かつ重大な案件について話し合っていた。
「そうです。我がリンデンブルグ侯爵家とツバイシュタイン伯爵家が、何故側室の子であるソフィーを次期当主であるアーデルハイドへ嫁がせようとしたか、エリカが理解してくれんのです。」
頭を抱えながら、コルネリウスが盛大に溜息を吐き出す。
「うむ。帝国と国境を接しており、東部軍管区を領地とするリンデンブルグ侯爵家と王都守護であるツバイシュタイン伯爵家が結びつくのは、我が王国にとっても望むべく事。
しかし、そこへ長女を送るとなれば、正妻の座が相応しいであろうな。
ところが、今度は我が娘マリーネまでもが、アーデルハイドへ嫁ぎたいなどと言い出していてな・・・・。
余としても、頭が痛いのだ。」
今度は、アルベルト王が頭を抱えて見せた。
二人の表情は暗い。
元はと言えば、アーデルハイドへソフィーを嫁がせて、エリカを王家へ迎え入れることも模索してはいたのだ。
しかし、周辺諸国の情勢が変化すると、エリカの嫁ぎ先も予め王家一択では、身動きが取り辛い。
そこで、東部軍管区を領地とするツバイシュタイン伯爵家とリンデンブルグ侯爵家の婚姻を先に進め、状況を見てから王家とリンデンブルグ侯爵家の婚姻を結ぶつもりが、エリカの横槍によって、大幅に改変されそうになっている。
一番頭が痛いのが、アーデルハイドとソフィーを除く当人たち、つまり、エリカと二人の王子たちと第一王女がツバイシュタイン伯爵家との婚姻を強く望んでいる事なのだ。
親心としては、我が子が望む相手と結婚して欲しいとの思いはあるが、貴族として生まれたからには、政略結婚など、双方の利害関係の手駒として利用しなければならないという事情もある。
王家に側室の子であるソフィーを嫁がせて、正妻の子であり長女であるエリカを他家へ嫁がせるというのも、醜聞に繋がりかねない。
しかも、そこへ第一王女までもが大貴族とはいえ、伯爵家へ輿入れするなどとなれば、口さがない者たちがどのような噂話を流して来るか、予測もつかない。
一向に出口の見えない会話を続けながら、二人の父親たちは溜息を繰り返すのだった。
◇
王城にて、王と侯爵が深刻な話し合いをしている同じころ、王都伯爵邸でも、白髪頭のメイドとソフィーが執務室で真面目な顔つきをして会話していた。
「・・・・流石に今回は、『プロネシス商会』の財力を使っても、全然お姉様の手の内が読めないわね。」
「すみません。
王都守護を任じられているリンデンブグル侯爵家の勢力圏内でもあり、思うように動き回ることが出来ません。
敵地での情報収集が、ここまで難しいとは、想定外でした。」
メイドが神妙な表情で首を垂れる。
「良いのよ。
貴女を責めている訳じゃ無いから。
むしろ、貴女は良くやってくれているわ。
ミラ。」
優しい表情と声でソフィーが応じる。
「ハイ。もったいないお言葉をありがとうございます。」
レベッカ侯爵令嬢の時は、王都と周辺都市に影響力の強い商部廠大臣であった父親のザルツブルグ侯爵の影響力もあり『プロネシス商会』の売り上げが激減したり、取引を止めてしまう商人たちが続出したため、一時的にとはいえ大打撃を被った。
現在は、ザルツブルグ侯爵家とも良好な関係を築けており、商取引を止めたりしていた商人たちも、取引を再開して、以前よりも売り上げを伸ばしてはいる。
王都本店周辺に購入した用地も、様々な店をそこに並べさせて、ショッピングモールの様な形態で、テナント収入を稼いでくれている。
無論、『プロネシス商会』直営店も紛れさせているので、売り上げ増加とテナント料収入とでこれまで以上に増収増益が図れている。
それでも、リンデンブルグ侯爵家と全面的に対立するには足りないだろう事が容易に予想できたため、ソフィーとミラは神妙な顔つきをしていたのだ。
「何代にも渡って貯め込んできた財力や影響力って、本当に侮れないものね。」
珍しくソフィーが弱音とも思える言葉を吐いた。
「お嬢様。未だ結果が出ている訳ではございません。
引き続き、私どももエリカお嬢様の企てについて、少しでも多くの情報が得られるようにします。」
励ますようにメイドが言ってくれた。
「ありがとう。ミラ。」
そんな言葉に励まされたように、ソフィーも少し明るい表情を見せた。
「ところで、お嬢様。
お嬢様が会長を務めておられる『アーデルハイド親衛隊』通称『アーデルを愛でる会』ですが・・・・。
その、大変言い難いのですが、離反者が相次いでおります。」
「あら? もう鞍替えしている人たちが出ているのね。」
先日行ったソフィーの一方的な宣言の後から、親衛隊員から少なくは無い人数が抜け、エリカの陣営に鞍替えしていたとの報告だ。
「現時点での主な異動者の中には、前会長であるレベッカ様、インテグラ様、シンシア様、シャーロット様、ユーリ様、他にも男性親衛隊員から数名が離脱しているとの報告がありました。
こちらが、現時点での名簿です。
ご確認ください。」
かつて、アーデルハイドを巡って遣り合った者たちの名も含まれていた。
「フフ。沈みかけた船からは、ネズミも逃げると言うわね。」
「お嬢様は、沈んでしまう様な船などではございません。
私どもにとって、一番大切なお方なれば、どうかその様にご自分を卑下なさらないでくださいませ。」
メイドがやや語気を荒くしながら懇願する。
「分かったわ。
でも、現状では、私から打てる手は少ないのだもの・・・・。」
「お嬢様・・・・。」
この主従のやり取りを扉の外から盗み聞きしている一人の女性の姿があった。
ツバイシュタイン伯爵家でメイドとして働いている者の一人の様だ。
「ソフィー様は、大分お困りの様子っと・・・・。」
満足気に頷くと、周囲と中の気配から、そろそろ白髪頭のメイドが退室する頃だと見計らうようにその場を離れた。




