89.エリカの逆襲! ― 脱兎の如く! ―
エリカにソフィーからの贈り物が届けられた二日後。
王都ツバイシュタイン伯爵邸に、一台の荷馬車がガタゴトと揺れながら近づいて来た。
「こちらのお屋敷のソフィーお嬢様へ、エリカ・リンデンブルグ侯爵令嬢よりお届け物でございます。」
普段伯爵邸に出入りしている配送業者だった。
「ご苦労様です。荷はこちらで預かりましょう。
ちなみに、中身は何ですか?」
年齢の若い兵士が、業者へ声を掛ける。
「はい。それが、ペットであるとのことですが、私も中身までは・・・・。」
伝票を見ながら、首を傾げる宅配業者だった。
「ペット・・・・?
危険な生き物ではないのですね?」
「おそらくは。」
そんな問答の後、布で覆われた四角いケージを受け取ると、若い兵士は
屋敷へ向かった。
「ソフィーお嬢様へ、エリカ・リンデンブルグ侯爵令嬢よりペットのお届け物でーす!」
玄関にて元気よくそう告げると、中から副執事長のマシューが表れた。
「ペットと?」
「はい。配送業者からもペットとしか聞いてはおりません。」
腕組みをして考え込むマシューにとりあえずケージを手渡すと、兵士は持ち場へ戻って行った。
「エリカ様、からですか・・・・。
フム。」
すると、いつの間にかどこからともなくソフィーが表れてマシューが手にしているケージを見つめていた。
「私に、よね?」
「は、はい。」
驚いたマシューが目を大きく見開いて、ソフィーを確認すると首肯した。
これでも武家に仕える身であり、ポール執事長には劣るものの、それなりの鍛錬を積んでいると自負していたマシューには、ソフィーがいつの間に自分の後ろを取ったのか、驚きが大きかった様だ。
「なら、私に見せてちょうだい。」
無邪気そうにニコニコと笑いながらケージを指される。
「畏まりました。」
そう頷くと、マシューはケージを包んでいた布を取り除いた。
「まあ! 可愛いっ!!」
「・・・・。」
ケージの中には、鼻をヒクヒクとさせている可愛らしい仔兎が一羽収められていた。
「早速ケージから出してみましょう。」
ソフィーがケージを開いて、玄関ホール内へ仔兎を解き放った瞬間だった。
「・・・っ!!」
「あっ!!」
突然、仔兎が何かに目覚めたかのように、ダッシュで玄関ホール内を駆け抜けて姿が見えなくなってしまった。
「脱兎の如くとは・・・・文字通りでしたな。」
マシューが冷静にそう告げる。
大人の兎であれば、時速40キロほどでのダッシュが可能だと言われる。
仔兎とはいえ、兎は兎である。
人間では決して追いつけないほどの素早さで、あっという間に駆け抜けてしまったのだ。
「困ったわ。
私まだあの子に名前も付けて上げていないのに・・・・。」
ソフィーが少しだけしょんぼりした様に仔兎が走り去った先を見つめていた。
「とりあえず、メイドたちにも協力してもらい、探し出しましょうか。」
「そうね。悪いけどお願いするわ。」
マシューの提案に、ソフィーも頷き、仔兎が隠れられそうな場所を総出で探すことになった。
◇
仔兎が脱走して、約二時間後。
「玄関ホール内を隅々まで探しましたが、見つかりません!」
「フンや絨毯やカーテンを噛み千切った後が確認されましたが、未だ見つかりません。」
「地下食糧庫でニンジンや葉物類を食べた形跡が見つかりましたが、仔兎は発見できません!!」
次々と意外な場所から逃げ出した仔兎の痕跡は見つかるものの肝心の本体が見つからない。
「地下通路に小便をした後が点々と続いておりました。」
「物置に使っていた部屋では、木箱や古書を齧った後が見つかりました!」
執事や従者も総出での捜索となっているが、それでも見つからない。
「どうやら、仔兎は屋敷の地下を中心に動き回っているようです。」
執事長のポールが、頭が痛いと言いたげに報告して来た。
「困ったものだわ・・・・。」
それから間もなくして、発見の報告は上がるのだが、素早過ぎて捕まえられないとの補足の報告も同時に告げられる。
ソフィーが溜息と共に、エリカが自分への仕返しに贈って来た仔兎の意外なほどの攪乱作戦が功を奏しているのを認めざるを得なかった。
なにせ、アーデルハイドが帰宅した後も捜索を続けなければならないほど、上手く隠れおおせたのだから。
◇
そらから、更に数時間が経って、夜の9時頃になってようやく仔兎は、普段あまり使われることの無い物置の木箱をガリガリと齧っている音を聞きつけたカーミラの高速抜き手で確保されたのだった。
ちなみに、齧られた木箱の後ろには、どこから引き摺って来たのか、古くなった衣服がズタボロになって巣のように丸められていたという。
「本当に悪戯っ子なのね。
あなたは。」
ソフィーがようやく捕まった仔兎をケージの中へ収めると、屋敷中の者が安堵の表情を浮かべたという。
「それで、その仔兎の名前はどうするつもりなんだ?」
僕がソフィーに尋ねると、ソフィーがまたしてもニヤリと口の端を釣り上げた。
「あ。やたらと長い名前は止めておけよ?
どうせ、そんな面倒な名前なんて、付けるつもりも無いだろ?」
念のため、先制攻撃代わりに釘を刺しておく。
「えー お兄様の意地悪っ!!」
頬を膨らまして抗議の声を上げるソフィーだけど、本当の事だから仕方ないよね?
それから、ケージの中でポリポリと幸せそうに牧草や雑穀類を齧っている仔兎を見つめながら、ソフィーが思案すると。
「では、この子の名前は、アレックスにしましょう。」
と満足気に言った。
「オスなのか?」
「ええ。この子は、雄の兎ですわ。
おそらくネザーランド・ドワーフ種でしょうから、大人になってもあまり大きくはなりませんわ。」
見た目は黄金色で、毛の塊にも見える可愛らしい姿をした仔兎が、つい先ほどまで屋敷中を齧りまわって、方々で被害を出してくれていたなんて、ちょっと信じがたいけど、実際に齧られて無残にもボロボロになってしまった品々を見せられた僕は、絶対にケージから出すまいと心に固く誓ったのだった。
◇
その日の夜、ソフィーの執務室では、白髪頭で赤眼のメイドとソフィーが会話をしていた。
「お嬢様。アレックスを送り込んだのは、やはりエリカ様からの意趣返しだと?」
「ええ。今回はしっかりと仕返しされてしまったわね。
私が油断したのもあるけど、まさか、アレックスがあれ程素早く逃げ出せるなんて、予想外だったわ。
今度からは気を付けないとだわ。」
そう言う割には、あまり悔しそうな表情はしていないソフィーだったが、やはり悔しさはあったのか。
「まあ、今回は私から贈ったオウムとアレックスの悪戯で、引き分けかしらね。」
珍しく、ソフィーから一本取り返したのは、やはり腹違いとはいえ姉故であろうか。
エリカとソフィーの闘いは、未だ始まったばかりだ。
「クレオとの兼ね合いは、どうなさるのですか?」
既に王都伯爵邸には、クレオという名の猫が飼われている。
縄張り意識もあるだろうし、先に飼われているペットが、後から飼われるペットを大事にし過ぎると、すねて出て行ってしまうとも言われている。
「そこは、心配いらないわ。
アレックスはなるべくケージの中で飼うことにして、クレオとは接触させないように心掛ければ良いんじゃないかしら?」
ケージから出さなければ、お互いにぶつかり合う心配も減るだろう。
ソフィーが両方とも飼うつもりだと理解したメイドは、就寝の挨拶を告げると、優雅に一礼して部屋を後にした。
ネザーランド・ドワーフ種。毛並みがモフモフで飼いやすいと定評がありますよね。
でも、実際に逃がしてしまったことがある人なら、味わうと思われるのですが・・・・。
コードを噛み千切られたり、色々な物を噛み千切られるという恐怖を・・・・(涙
でも、モフモフに罪は無い!
 ̄( ÒㅅÓ) ̄




